久しぶりの大きい地震でした。「台所(厨・厨房)」を覗(うかが)うと、壊れた「瀬戸物」が床に「散らばって(散乱して)」いました。

それは、80年使い続けてきた「茶碗蒸し(ちゃわんむし)」の「器(うつわ)」です。壊れたのは一個だけでしたが、捨てがたく、「復元」を考えます。

「金継(きんつぎ)」を思いつきました。しかし、その破片の数は10数個もあります。その中には細かいものもあります。復元は無理とも思えました。

しかし、「潤沢(じゅんたく)な時間」が「後押(あとお)し」してくれます。どうやら、『挑(いど)まざる豈(べけ)んや(どうして挑まないでいられようか?)』のようなのです。

取り敢(あ)えず、「破片」を「組み合わせ」てみます。それは、丁度(ちょうど)、「考古学」の世界の、壊れた「土器」の復元作業のようです。

その結果、何とかなりそうな手応え(てごたえ)を得ました。どうやらこの作業は、暫(しばら)くとはいうものの、日々の「無聊(ぶりょう)」を凌(しの)いでくれそうです。或(ある)いは、「地震」が残した「お見舞」だったのかも知れません。


今日は、県東の「市場」に買い出しに行くつもりでした。「正月の支度」です。しかし、亀裂(きれつ)の入った道路に「車」が嵌(はま)っているニュースが紹介されていました。即、「支度」は、別の機会に委(ゆだ)ねることにしました。

シトシトと、「秋雨」が降り続いています。


DSCF0001_2025-12-10-07-37-56.jpgDSCF0004_2025-12-10-07-38-18.jpg
2025/12/10(水) 07:36
「初雪」です。しかし、「初雪」らしからぬ「粉雪」です。今日の最高気温は「氷点下」です。今冬一番の寒さでした。「空気の色」は「ツン」とし、「索漠(さくばく)」としています。

「雪」は、気温によって、その表情を変えます。気温が高いときは、「霙(みぞれ)」や「ぼたん雪(ボタ雪?)」になります。「霙(みぞれ)」や「ぼたん雪」は、所謂(いわゆる)、初冬や春の雪なのです。「逆もまた真」です。気温が低ければ「霙(みぞれ)」や「ぼたん雪」にはならないのです。

「藤原定家」の、『見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋(とまや)の秋の夕暮れ』の「空気」のように、「妙(みょう)」に、「透明感」があります。

山間部の「酸ヶ湯(すかゆ)」の積雪は、今日現在93㎝だそうです。他方、自宅前は2~3㎝程度です。しかし、「融雪剤」を撒(ま)かなければ、バリバリ凍(こお)ったままです。

即、「タイヤショベル」を駆(か)ります。今冬初の「ブルの出陣」です。この日のために「バケット」の「塗装」は終えてはいました。しかし、いざ運転となると、気付かなかったあれこれが自己主張し出します。

まず、フロントガラスに「雪」が「へばり付いて」前が見えません。理由は、「ワイパー」がフロントガラスから離れていたからです。また、「ヒーター」のボリュームも「弱」になっていたのです。それでも、20分ほどの「アイドリング」で解決します。


「タイヤショベル」を入手したのは20年ほど前です。「きっかけ」は、「椎骨(ついこつ)の骨折」でした。3ヶ所の骨折でした。蛇足(だそく)ながら、「MRI検査」をしてくださったご年配の先生が、「フッフッフッ」と笑いながら、『どうすればこうなるのですか。』と不思議がっていたことが忘れられないでいます。

怪我(ケガ)をして困ったのは、それまでの「雪ベラ」での「雪片付け」ができなくなったことでした。即、「大型免許」、「大型特殊免許」を取得し、「重機」と「作業免許」を入手します。それが、現在の「タイヤショベル」です。

その「お陰(おかげ)?」で、その後の自宅近辺が、真冬でもアスファルトが見える状態を保っています。「皮肉」なことです。因(ちな)みに、「腰の骨折」は「重機の運転」に支障は無いのですが、「連続歩行可能時間」は、今もって、30秒以上になってはいません。

そして、「下手(へた)くそ」な「背負い投げ」は「不発」のままです。


DSCF0002_2025-12-05-11-11-10.jpgDSCF0003_2025-12-05-11-11-29.jpgDSCF0004_2025-12-05-11-14-33.jpg
2025/12/05(金) 11:09
近く、「大雪」になるとの噂(うわさ)です。しかし、今日は晴れています。「勿体(もったい)ない」ほどの青空です。「冬支度」のラストチャンスです。

「松の枝吊(えだづ)り」の断行です。「断行」とはいうものの、「鉢植え」の「松」です。簡単な作業です。

単に、「松」の「幹(みき)」に「軸(じく)」の「垂木(たるき)」を添(そ)わせ、その先端に「縄(なわ)」を取り付け、その「縄」で「枝」の先端を抱えて「吊(つ)るす」だけです。出来は拙(つたな)いものの10分ほどの作業時間で終了します。


今日の朝刊に次の「短歌」が載っていました。

『なかなかにカタカナ言葉に馴染(なじ)めない何度も辞書ひくアイデンティティ』。「詠み人」は、「津軽の結社」のご年配の方です。

「やはり」、でした。実は、つい先般、この日記にも次のような「カタカナ言葉」を載せたばかりだったのです。

アニバーサリ(anniversary・記念日)/イノベーション(innovation・革新、刷新)/インセンティブ(incentive・目標を達成するための刺激、報奨金)/エスタブリッシュ(establish・設立、確立)/グラディエーター(gladiator・古代ローマの闘士)/グローバル(global・世界規模の)/コーススレッド(coarse thread・木ネジの一種)/コンセダレーション(consideration・ 思いやり、心づくし)/コンテンツ(contents・中身、目次)/サプライチェーン(supply chain・同一資本による店舗経営)/ジェノサイド(genocide・集団殺戮(さつりく))/ジオラマ(diorama・実際の風景に似せた小型模型)/ソフトパワー(soft power・軍事力や買収などでない、自国の価値観や文化で魅了して味方につける力 、自国の魅力を通じて他国に与えられる影響力 )/デスティネーション (destination・目的地、行き先)/デリバリー(delivery・配達)/ビストロ(bistro・フランス風居酒屋)/ニュースディグ(dig・見つけ出す)/フィードバック(feedback・出力が入力側にもどる、評価を返す)/フルスペック(full spec・すべての条件を満たしている状態、全国の党員が投票に参加する方式、情報交換の簡略設備)/ブローカー(broker・仲買人)/ペコロス(small onion ・小さいタマネギ)/ホームタウン(hometown・郷里、チームの本拠地)/リアクション(reacti0n・反動、反応)/マーベラス(marvelous・素晴らしい、驚くべき、驚嘆すべき)/リカバリー(recovery・回復、復旧)/リテラシー(literacy・読み書きの能力、知識)/リリース(release・捕えた魚などを放す、レコード等の売り出し)/ルーキー(rooky・新人選手)/レジェンド(legend・伝説、英雄)/ロジック(logic・論理)/ワークライフバランス(work life balance・仕事と生活の調和)/・・・。

尤(もっと)も、その中には「アイデンティティ」は載せていませんでした。しかし、「カタカナ言葉」はその後も氾濫(はんらん)し続けています。今日、その後のそれらをまとめてみました。

セルフメディケーション(self-medication・自分の健康は自分で責任を持つ)/セルフリノベーション(self renovation・専門家の手を借りずに自ら修復を行う)/グローバルサウス(GlobalSouth・発展途上国、地球規模の権力関係による格差概念)/プロジェクション(projection・予測。売上、利益、成長などの見積もり)/スタンディングオベーション(Standing ovation・ 立ち上がってする拍手、喝采(かつさい)・・・。

更に「追討(おいう)ち」をかける今朝の地元紙のトップ記事です。見出しは、カスハラ(customer harassment・カスタマーハラスメント・顧客等からの暴行、脅迫、暴言、不当な要求等の迷惑行為)でした。

『なかなかにカタカナ言葉・・・』同様、困った世の中になったものです。因みに、「アイデンティティ(identity)」は、「自分が自分であると自覚できる要素?」のようです。

DSCF0001_2025-12-03-15-31-45.jpgDSCF0002_2025-12-03-15-31-58.jpgDSCF0005_2025-12-03-15-32-16.jpgDSCF0007_2025-12-03-15-33-11.jpg
2025/12/03(水) 15:28
寒、暖、晴、曇、霧雨、雷雨、風等が目まぐるしくやってきています。肌感覚は、冬に向かっていることを告げています。

当然乍(ながら)、このところの課題は冬の備えです。当面の課題は、バッテリー、チェーン、ペンキ等の心配です。

バッテリーは乗用車用です。実は、長期間乗っていなかったことで、「上がって(放電して)」しまったのです。駐車場が雪に埋(う)まる前に「動く」ようにしておく必要がありました。

しかし、いざ、バッテリーを入手しようと専門店に問い合わせると、「お取引がありませんね。」と断られます。何となく、「裏の世界」を感じました。結局、自動車屋さん経由で入手しました。

バッテリー交換は、当初、簡単(そうな)な作業に思えました。しかし、生まれて初めての試みです。念のため「ネット」で調べてみます。すると、やはり、それなりの原則があるようでした。

取り外しはマイナスから、そして、取り付けはプラスから、なのだそうです。理由は、「スパナ」による、プラスとマイナスの同時接触で事故になることを防止するためなのだそうです。

チェーンとペンキは、除雪用の「タイヤショベル」用です。尤(もっと)も、「ショベル」のトリートメント(treatment・手入れ)は、雪が終わった後の初夏にすべき課題だったのです。

半年前にやっておかなければならなかったことを、雪の降る直前の、今になってやろうとしているのです。平素のだらしなさを恥じる有様です。

ペンキは、バケット内の「塗り直し」用です。これは、摩耗(まもう)で錆(さ)びている部分の「カバリング(covering)塗り」です。

このままでは、錆に雪が付着し、バケット内の雪が「スルリ」と滑(すべ)り落ちないのです。また、錆は一層進みます。しかし、この手当作業も初めての経験です。

チェーンは、すり減った部分の補修です。専門用語では「肉盛り」というようです。これは、知り合いの自動車屋さんが無報酬でやってくれました。

ペンキ調達のためSホームセンターに伺います。店員さんからの説明を拝聴し、勧(すす)められたペンキを入手します。

塗りは簡単そうでした。しかし、事前の手間を要します。「錆(さ)び落とし」です。「グラインダー」で頑張ったものの、50%ほどの満足度で妥協します。

雪の降る前、「あれやこれや」への対応に迫られています。その殆(ほとん)どは、これまでやったことの無いものです。半世紀以上前に通ったA高校では教えてくれなかった世界なのです。

話は飛びますが、以前、A高校の先生にそのことをお訊(き)きしたことがあります。答えは、『我が校では、数学や英語に堪能(たんのう)であれば合格なのです。ペンキ塗りは無関係です。』、でした。

これらの初挑戦は、丁度、幼児の「初めてのお買物」に似ています。結構な勇気を要します。しかし、老骨には、時間だけは潤沢(じゅんたく)です。冒険心がありさえすれば、何とか解決できる世界のようです。


「胡桃餅(くるみもち)」を食べたくなり、「胡桃」を割ろうとします。しかし、これにはそれなりの過程を要します。尤も、一晩水に浸けた後、火にかけて炒(い)るだけです。

すると、やがて割れ目が生じてきます。そこにドライバーを刺し込んで開くだけです。中学校高校では教えてくれなかった「至巧(しこう)の技」です。ほんのそれだけが、今は、数学以上に大切に思える瞬間です。


生まれて初めてマニュキュアを使いました。実は、ギターを弾(ひ)くと爪(つめ)がギザギザに割れるのです。最近、頓(とみ)に、です。やはり、「歳(とし)」には勝てないようです。


何にでも、「挑戦せざるべけんや (否定の「ざる」+推量の助動詞「べし」の未然形の古形「べけ」+推量の助動詞「む(ん)」+終助詞「や」) 」、です。・・・「挑戦すべきだ???」。

いい歳をしながら、あれこれに挑(いど)んでいるところです。

DSCF0004_2025-11-30-11-02-14.jpgDSCF0005_2025-11-30-11-02-51.jpgDSCF0003_2025-11-30-11-03-09.jpgDSCF0007_2025-11-30-11-03-32.jpgDSCF0010_2025-11-30-11-03-55.jpgDSCF0014_2025-11-30-11-04-50.jpg
2025/11/30(日) 11:01
永遠に続くのでは、と思えた今夏の酷暑でした。しかし、自然の営みには抗(こう)す可(べ)くもなく、「受け身」だけが頼りです。今はただ「寒さ」と戦うのみの毎日です。

「正座」しながら、素直に、粛々(しゅくしゅく)と、そして観念(かんねん)しながら、「冬将軍様」の「お出まし」をお待ちしている昨今です。


半世紀ほど前に読んだ「豊饒の海」を思い出しているところです。

『松ヶ枝に積む春の雪 かくも清顕(きよけ)き和魂(にぎみたま) 防衛(まも)らず何の文化ぞや 盾(たて)の番長(ばんちょう)阿頼耶識(あらやしき)』

若い頃、この意味を、『国が滅(ほろ)べば、文化も「へったくれ」も無いのではないのか?』と、解釈していました。

「三島由紀夫」の絶筆(ぜっぴつ)は、「春の雪、奔馬、暁の寺、天人五衰」の四巻からなる「豊饒(ほうじょう)の海」だったようです。

昭和45年11月25日、「三島」は最終巻「天人五衰(てんじんごすい)」の原稿を(新潮社?)に届けた後、市ヶ谷に向かいます。

筆者には、その後の「市ヶ谷でのこと」の予感がありました。「三島」は、第二巻「奔馬」に「それとなく」著(あらわ)していたのです。

昔、その予感を多くの友人知人に話したものです。25日の朝も、勤務先のY事務長に話していたところでした。「三島は近い折に逝(い)くぞ。」、と。

しかし、それを聞いた誰もが「一笑(いっしょう)」に付(ふ)しました。実は、誰も、「奔馬」を読んでいなかったのです。

Y事務長に話したのは、25日の9:00頃でした。「市ヶ谷の事」が報道されたのは、2時間目の授業が終わる頃だったようです。


表記、主人公(松枝清顕)を織(お)り込んだ「四行詩」、『松ヶ枝に積む…』を詠んだのは「横尾忠則」です。「市ヶ谷の件」から結構な時間が経(た)ってから、「週刊朝日」に載っていました。


記憶は曖昧(あいまい)ですが、『(第二巻の)奔馬』には、度々(たびたび)、次のフレーズが繰り返されていました。

『蕭々(しょうしょう)とした松風の中、眼前の海の果てから、将(まさ)に日輪が昇る瞬間…。』です。25日当日は、「やはり・・・。」、と思ったものです。


最終巻の「天人五衰」には、「語部(かたりべ)」の「本多」が「門跡」と過去に触れる場面が描かれています。舞台は京都の「月修寺」だった筈(はず)です。

その折、「門跡(聡子)」は『こころ心ですさかい。(人の思いはそれぞれ異なるものだ?)』、と語ります。

それを聞いた「本多」は、『ここには何もない・・・。これまでのことは、一体(いったい)何だったのか。全ては儚(はかな)いものなのか。』、と悲嘆します。

当初、その意味が解りませんでした。数年後になって漸(ようや)く、このフレーズこそが、「三島」の「本音(ほんね)」だったのではないか、と思ったものです。


奥州北端の本屋さん(大観堂・寺山修司が通っていた)で第三巻「暁の寺」が発売されたのは、「市ヶ谷の件」の日でした。昭和45年11月25日です。今から55年前のことです。


京都には3000件以上の「お寺」があります。当時の筆者は、お仕事の都合で、毎秋、京都に行っていました。その折、必ず、『「月修寺(げっしゅうじ)」はどこにありますか。』と、旅館の皆さんはじめ地元の方々、ツーリストの方々等にお訊(き)きして回っていました。

しかし、「月修寺」は、現実には存在しない「豊饒の海」の世界です。何方(どなた)も答えることはできませんでした。

「番長」は「二首」の「辞世の歌」を残しました。その一首が、『益荒男(ますらお)が手挟(たばさ)む太刀(たち)の鞘鳴(さやな)りに幾歳(いくとせ)耐えて今日の初霜(だった筈?)』でした。この意味は、おそらく、『俺がやらなければ誰がやるのか。』のようです。


「番長」のことをメディアは、「市ヶ谷の件」後、20~30年ほどは記事化していました。しかし、40年ほども経(へ)る頃には取り上げなくなりました。合掌。


DSCF0007_2025-11-24-06-30-15.jpg
2025/11/24(月) 06:23
永遠に続くのでは、と思っていた今年の「夏の暑さ」でした。しかし、いつの間にか、寒さと戦う昨今(さっこん)です。

「定家」の『見渡せば花もモミジも無かりけり浦(うら)の苫谷(とまや)の秋の夕暮れ』
のように、奥州北端にも桜花は無く、枝に残ったモミジ(紅葉、黄葉)の殆(ほとん)は彩(いろどり)を失い、散った葉は地上で朽(く)ちています。

将(まさ)に、「必殺」の、「♪春とおもえば夏が来て 夏とおもえば秋が来て 所詮(しょせん)最後は 寒い冬」の通りです。


熊が出没しています。当地の駅でも見かけたそうです。ニュースでは、「柿の木」に登っている「熊」を伝えています。

この顕著な「熊の出現」は、今年に限っての現象のようです。いくつかの理由の中に「どんぐり」の「不作」があるようです。
ある地区では、「熊の出現防止」のため、「カシやナラ」等の「どんぐりの生(な)る木」を近隣の山に植えているそうです。「熊の餌(えさ)づくり」です。
「餌)」が山にあれば、熊は市街地にまでは来ない、というプログラムです。

その最中(さなか)の、我が家の「干し柿づくり」です。吊(つ)るしている「車庫」に「熊」が群(むら)がっているのでは、と、毎朝、ビビリながら窺(うかが)っているところでした。
今日、自宅内に「柿」を移動させました。これで漸(ようや)く「安眠」できそうです。やがて、「冷凍庫」で「熟成」を待つことになります。

簡単なつもりで手を掛けた「干し柿づくり」でした。しかし、実際には手間のかかる作業でした。この歳になって初めて理解します。


「ウィークデー(平日)」の地方紙に短歌が紹介されています。それを覗うことが、このところの楽しみになっています。「詠み人」の殆(ほとん)どは、「結社」のご年配の方々のようです。今日(11/19/2025)は、次が載っていました。

『角川の国語辞典もすり切れて「老化」と診断されるのでしょう』

筆者もまた、只管(ひたすら)、「老骨」へのアプローチ(approach)中です。「鎌倉時代」の「定家の歌」同様、身につまされること頻(しき)りです。

天気予報は、向う一週間の「雨続き」を報じています。今日も朝からの雨です。しかし、昼前、青空に恵まれました。即、「銀閣寺蹲(ぎんかくじつくばい)の水」を換えてやります。

DSCF0005_2025-11-21-09-30-50.jpgDSCF0006_2025-11-21-09-31-07.jpgDSCF0004_2025-11-21-09-31-20.jpgDSCF0001_2025-11-21-11-46-03.jpg
2025/11/21(金) 09:29