久しぶりの大きい地震でした。「台所(厨・厨房)」を覗(うかが)うと、壊れた「瀬戸物」が床に「散らばって(散乱して)」いました。
それは、80年使い続けてきた「茶碗蒸し(ちゃわんむし)」の「器(うつわ)」です。壊れたのは一個だけでしたが、捨てがたく、「復元」を考えます。
「金継(きんつぎ)」を思いつきました。しかし、その破片の数は10数個もあります。その中には細かいものもあります。復元は無理とも思えました。
しかし、「潤沢(じゅんたく)な時間」が「後押(あとお)し」してくれます。どうやら、『挑(いど)まざる豈(べけ)んや(どうして挑まないでいられようか?)』のようなのです。
取り敢(あ)えず、「破片」を「組み合わせ」てみます。それは、丁度(ちょうど)、「考古学」の世界の、壊れた「土器」の復元作業のようです。
その結果、何とかなりそうな手応え(てごたえ)を得ました。どうやらこの作業は、暫(しばら)くとはいうものの、日々の「無聊(ぶりょう)」を凌(しの)いでくれそうです。或(ある)いは、「地震」が残した「お見舞」だったのかも知れません。
今日は、県東の「市場」に買い出しに行くつもりでした。「正月の支度」です。しかし、亀裂(きれつ)の入った道路に「車」が嵌(はま)っているニュースが紹介されていました。即、「支度」は、別の機会に委(ゆだ)ねることにしました。
シトシトと、「秋雨」が降り続いています。
