PCの加減の所為(せい)?で、暫(しばら)く、この日記をお休みしていました。多くの皆様方から、「具合が良くないないのか」、「入院でもしたのか」等の「怪訝(けげん)」の訴えを戴(いただ)きました。

その後、A・YのY先生の手直しをいただき、PCの復元を見、この日記の更新を見たところです。今日は、「年甲斐(としがい)」のない「日記の更新」です。しかし「思いのたけ」の「日々の雑感」です。


明けるのが遅くなりました。このところ、「白(しら)」み始めるのは4時頃、明るくなるのは5時頃です。全国的な暖冬ながら、奥州北端は一目散に「冬」に向かっていることょ窺わせています。

しかし、日中の暑さは、まだまだ健在です。夜明けから朝にかけてはキリキリと寒いです。朝は「毛糸」のセーターを着こんでいます。フランクシナトラの「セプテンバーソング(旅愁)」を思い出しているところです。

振り返ると一瞬の「夏」でした。65年ほど昔の高校時分にも、このような暑い日がありました。今とは異なり、「クーラー」なんぞの無かった時代です。英語の先生がニヤニヤしながら『次を和訳してみなさい。』と課題を出しました。『you might think but today’s at fishes. 』でした。

その時の教科書は「ラッセル(Bertrand Arthur William Russell)」でした。そんな講義をしている先生の出題です。「T大、H大等の難関大学」を目指す連中が必死に訳そうとしました。しかし無理でした。

正解は、「云うまいと思えど今日の暑さ(at fishes)かな。」でした。後刻、暑さに辟易(へきえき)して、流石の先生も冗談を言いたくなったものと皆思いました。

これから一目散(いちもくさん)に不毛の冬に向かうことを思うと憂鬱(ゆううつ)です。「冬」は早晩やってきます。極(きわ)めて憂鬱(ゆううつ)です。


先日、「長崎原爆の被爆81年 平和祈念式典」の生中継がありました。小学生が訴えていました。しかし、違和感がありました。

内容が偏(かたより)り過ぎていたようだったのです。内容が、『原爆は怖いものだ。』に終始していたことです。

「何故、武器を使う事態になったのか」には一切触れていなく、戦争の発端、当時の国の考え方や「戦争」の発端ついて及んではいなかったのです。

日本政府としては、特に小学生には触れられては困る「視点」です。おそらく、その原稿は、指導教師によってつくられたもののようでした。

全国放送、そして世界に発信される原稿です。その指導教師の原稿は、地区教育委員会、教育委員会、国のチェックを受けたことが「見え見え」です。本質的な、「当時の国の事情」に触れることが出来なかったのでしょう。

「原稿づくり」に、担当者は、さぞかし苦労したことでしょう。
2026/09/06(日) 05:40
数年前、駐車場の一角に小さい「畑」をつくりました。「畑」とはいうには極めて恥ずかしいほどの狭い「エリア」に、です。その場所に、毎年、「あれこれの野菜」を植えています。

何せ「園芸」は「お勤め時代」にはやりたくてもやれなかった憧(あこが)れの世界であったのです。「手あたり次第」に植えました。

因(ちな)みに、今年植えたのは、ダイコン、ネギ、サツマイモ、エダマメ、ミツバ、ミョウガ、キヌサヤ、キュウリ、ミニトマト、キク、セロリ、他に、自然発生した赤紫蘇や大葉等々です。

「キュウリ」は「実?茎」が大きくなる都度(つど)収穫し、「塩」と「重石(おもし)」を利(き)かせて「漬物(つけもの)」にしています。「塩抜き」をして戴(いただ)くと、やはり、絶品です。感動する瞬間です。


他方、「弁当箱づくり」は、一応の塗装を終え、次第にそれらしい風貌を呈(てい)し始めています。現在は、居間に置いき、「漆」の「乾き」を「落ち着」かせているところです。暫(しばら)く、この状態にしておくつもりです。

「漆」はこれまで5~6回ほど塗っています。「塗っては削り、削っては塗る。」の繰り返しでした。今日は最終段階のつもりで「2000番」のサンドペーパーをかけ、「生漆(きうるし)」で「薄」(うす)く「拭き漆」をしました。

つくった数は15個ほどです。殆どは「2段重ね」です。つい、嬉しくなり、未完成のまま、ご近所のFさんにプレゼントしました。実は、Fさんから先日、「ねぶた」の「跳人(はねと)」を戴いていたのです。そのお礼のつもりでした。

戴(いただ)いた「跳人」はテレビの前に置いています。そして時折、70年間以上の「ねぶた」との係わりのあれこれを思い出しています。

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2026/08/19(水) 14:01
畑の一角に「紫色の花」をつけた群れがあります。おそらく、これが「枝豆」になるのではないか、と思っているところです。正座しながら観察することになります。


心配した15号が温帯低気圧に変わったようです。北は、朝夕の細かい「霧(きり)」です。暑いものの、過ごしやすい奥州北端です。

ニュースでは、世界中が暑いようです。しかし、不思議なことに、数年前、世界中が煽(あお)り立てた「地球温暖化」の話題はピタリと鳴りを潜めています。

或いは、「地球温暖化対策」には、世界経済に不都合な結果を齎(もたら)すことから封印しようとする協定があるのでは、とも憶測(おくそく)してしまいます。下々(しもじも)にはよく解らないメカニズム(mechanism)です。


工作室での当面する課題は、相も変わらず「弁当箱づくり」です。記憶は曖昧(あいまい)ですが、木工のテーマを「弁当箱づくり」にしてから一ヶ月以上は経(た)つようです。

現在は塗装段階です。とはいうものの、作業の進捗(しんちょく)は、今も遅々(ちち)としています。しかし、その「遅々」なる進捗も、「良し」、としているところでもあります。所詮(しょせん)は素人(しろうと)作業です。作業中はいつも「暗中模索」なのです。

それが漸(ようや)く、「塗(ぬり)」の過程に辿(たど)り着いているのです。「めでたし、めでたし。」というべきなのです。逆に、課題をやり遂げてしまえば、「目標」を失うことになります。そのことが口惜(くちお)しくもあります。

先日、1回目の「塗(ぬり)」をしました。意外と早い乾燥でした。或いは、この気候の様子が「漆の乾燥」に適していたのかも知れません。「漆(うるし)」の「乾燥」は、高温多湿で促(うなが)されます。おそらく、その条件下にあったのかも知れません。「霧雨」の中の「工作室」です。然(さ)もありなん、とも云えることです。

一般的に、1回目の「塗(ぬり)」の後は「木地(きじ)」の表面が「ザラザラ」に荒れる傾向があります。「漆の乾燥」が「木地(きじ)の肌」を起こす傾向があるからのようです。その「ザラザラの平滑化」の過程はこれまで通りです。

次回の「塗」の前にも、これまで通り、120番と360番の「サンドペーパー」を使った「ザラザラ取り」をすることになります。簡単な作業です。しかし「作業数」が多いです。作業は延々(えんえん)と続きます。

これを続ける「コツ」は、与えられた「条件」に感謝しながら、楽しんでやることのようです。

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2026/08/17(月) 04:44

15号を心配していました。15号は当初、奥州北端を目指していました。それがカクンと南にコースを変えました。これまでの歴史では珍しいコース変更だったようです。被害の無いことをお祈りしています。


工作室では「弁当箱づくり」が塗装段階を迎えています。先日、1回目の「塗(ぬり)」をしています。庭の工作室で乾燥を待っていました。意外と早い乾燥でした。

「漆(うるし)」の乾燥は高温多湿で促(うなが)されます。おそらく、その条件下によるもののようです。

1回目の「塗」の後は「サンドペーパー」での「削り取り」です。120番ほどの粗(あら)い「鑢(やすり)」をかけた後に360番で滑(なめ)らかにします。この段階が、最終段階の「拭き漆(ふきうるし)」を迎える準備です。

「拭き漆」は「生漆(きうるし)」に若干(じゃっかん)の「テレピン油」を加えものを塗り、拭き取るだけの簡単な作業です。しかし、この工程が作品の様子を変身させます。

しかし、作業は約半数だけでした。実は、庭の工作室は狭(せま)く、塗ったパーツを「置く場所」が無いのです。残りは明日か明後日の作業になります。

時折鳴くミンミンゼミを聞きながらの作業は極めて快適です。

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2026/08/15(土) 17:01
昨晩の就寝時刻が早かった所為(せい)か、今日の起床時刻は2:00前でした。起床後、「囲炉裏(いろり)」に「炭(すみ)」を熾(おこ)し、湯を沸(わ)かしたりなんぞしているときに、テレビに「ベラフォンテの1960年日本公演」が入りました。

その舞台を「縦の番長」の「三島」も観ていたようです。当時、「三島」はベラフォンテの舞台を次のように評していました。『ここには熱帯の太陽があり、カリブ海の貿易風があり、奴隷たちの悲痛な歴史があり、力と陽気さと同時に繊細さと悲哀があり、素朴な人間の魂のありのままの表示がある。そして舞台のベラフォンテは、まさしく太陽のやうにかがやいてゐる・・・。』と。

ベラフォンテはニューヨーク生まれ、父親はフランス領マルティニーク生まれ、母親はジャマイカ系でした。


「弁当箱づくり」が塗装段階を迎えています。「朱漆」を先日塗りました。よく乾いていますが、塗った跡がザラザラです。或いは、「朱漆」の作り方に問題があったのかも知れません。

「朱漆」は「生漆」と「顔料」を攪拌(かくはん)してつくりました。或(ある)いは、その「捏(こ)ね」が十分でなかったことも考えられます。

今日の作業は、その「ザラザラとり」からです。作業内容は、塗った面に「サンドペーパー」をかけて「平滑化(へいかつか)」するだけの簡単なものです。しかし、数が多いので、結構な時間を要します。

「ペーパー」の「番手(ばんて)」は、240番~400番です。はじめに、「粗(あら)い240番」を使い、最後は400番で仕上げました。「ペーパー」をかけた後の「木地(きじ)」は、艶(つや)が失せています。

その面に「拭き漆(ふきうるし)」を施(ほどこ)し、「艶(つや)」を復活させます。「拭き漆」というのは、文字通り「塗った漆」を「拭き紙」で拭き取る作業です。この作業に一時間以上を要します。

「素手(すで)」で「拭き紙」を使ったことで右手が真っ赤になっています。しかし、数日経てば元に戻ります。同期のH君は「うるし」と聞いただけで発疹が出る体質でした。しかし、筆者の場合は、20年ほど前、初めて「漆工」に触れた時の最初の一度だけでした。2回目からは「発疹」は「出なく」なりました。一度の「カブレ」の経験で、漆に負けない体に変身したようです。

今後の作業は、漆の乾燥を待ち、愈々(いよいよ)、本体への「生漆」の「拭き漆」です。2~3回は塗るつもりです。

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2026/08/10(月) 08:24
秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる(平安初期・藤原敏行?)

明け方、庭に出ると虫の声が頻(しき)りです。「スズムシ」か「マツムシ」かは解りませんが、今が「秋」であることを思わせてくれます。

季節の変化は、y=sinθの正弦関数のグラフで表せるようです。夏から真冬に向かう過渡期の今は、さしずめ、θ=90°よりやや大きい値の時のようです。

やがてθが270°になると真冬です。即、除雪作業開始の頃が思い出されます。除雪作業は、θ=270°の前から始まります。気合の入るところです。


工作室では、「弁当箱づくり」が塗装を迎えました。昨日、1回目の「朱漆(しゅうるし)」を塗りました。今朝はその2回目です。

「弁当箱」に手を掛けてから一ヶ月以上経(た)つようです。この一ヶ月以上の時間が短いのか長いのかは判断できないところです。

「漆の乾き」は予想した以上に早いです。順調な作業進捗(しんちょく)です。「漆」が乾(かわ)く条件は「高温多湿」といわれています。

おそらく、工作室の環境とこのところの気温が作用しているのでしょう。秋や冬は、もっともっと時間を要するのです。

順調な進捗ですが、作業が進むにつれて様々な「不具合」とも遭遇(そうぐう)します。それらを「一つずつ」解決しながら先に進みます。

塗装作業には腕力は使いません。必要なのは、状況把握能力と作業遂行能力、楽しみながらの作業だけのようです。

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2026/08/09(日) 06:34