「ドカ雪」の無い穏やかな日が続いています。「除雪を趣味」とする身には、「拍子抜け」のような「極寒」です。
穏やか、とはいうものの、今日(1月18日)も最高気温は氷点下です。老いには堪(こた)える寒さです。座敷の囲炉裏(いろり)に炭を熾(おこ)し、石油ストーブや電気ストーブのボリュームを大きくし、工作室の薪(まき)ストーブをガンガン焚(た)きます。
昨日(1月17日)は、「熱海の海岸」で、「寛一」が「宮さん」を足蹴(あしげ)にした日だったようです。
唐突ですが、昔、国語の授業中、先生から訊(き)かれたことを思い出しています。『寛一は間(はざま)ですが、宮さんの姓は知っていますか。』でした。クラスの誰も答えることが出来ませんでした。
即、授業後に調べてみました。すると、小説の中に「鴫沢(しぎさわ)」と書かれていました。それも一ヶ所だけだった筈(はず)です。
「尾崎紅葉」は「宮さん」の名前を自身の「紅葉」とともに、西行法師(さいぎょうほうし)の『こころなき みにもあはれは しられけり しぎたつさわ(鴫立つ沢)の あきのゆうぐれ』を採用したようです?
実は、我が狭庭の「モミジ」の中にも「立沢モミジ」があります。これも「西行の歌」からの引用のようです。木の下から上を見上げると「葉脈」が透けて見える繊細な「モミジ」です。
話は飛びますが「三夕(さんせき)の歌」には西行法師、藤原定家、寂蓮法師の歌があげられています。尤も、何(いず)れにも「秋」がついています。或いは「三秋夕の歌」でも良いのかも知れません。
定家の歌は『見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋(とまや)の秋の夕暮れ(花も紅葉(モミジ)もない海辺の粗末な小屋に訪れる秋の夕暮だ?)』です。
そして、寂蓮(じゃくれん)の歌は『寂しさはその色としもなかりけり槙(まき)立つ山の秋の夕暮れ(とくに根拠はないのですが、常緑樹の秋の夕暮れは寂しいものだ?)』です。
またまた話は飛びますが、高校時代、「尾崎紅葉」、「尾崎四郎」、「佐藤紅緑」の名前が「ごちゃ混ぜ」になっていたことを思い出します。皆、同じように思えていたのです。
それぞれの代表作は「尾崎紅葉」は「金色夜叉」、「尾崎士郎」は「人生劇場」、「佐藤紅緑」は「あゝ玉杯に花うけて」だったようです。何れも中高校生が読みたがる作品です。
その中の、特に、「人生劇場」の「青春篇」、「愛欲篇」、「残侠篇」、「風雲篇」、「離愁篇」、「夢幻篇」、「望郷篇」、「蕩子篇」は圧巻だったことを記憶しています。
話は戻りますが、「紅葉」も「四郎」も「紅緑」も、その名前の出典は、「三夕の歌」に思えそうです。そしてそれは、『夢は枯野をかけめぐる(夢の中では枯野をかけめぐっている?)』の歌に似ていそうです。それは、「秋」は、今の厳冬以上に「冬」を感じさせるからのようです。
既に「好い加減な」歳です。自然の摂理なのか、65年も前のあれこれが思い出される昨今です。厳寒の砌(みぎり)です。体はアクティビティ(activity)ですが、活動範囲は、夏とは異なりネガティブ(negative)なものがあります。
今年の立春は「2月4日(水)」です。あと、10日ほどです。正座しながら必死に待っているところです。今日の「作業」は、「氷」の中から掘り出した「松の鉢」への「苔貼(こけはり)」なんぞです。そして、「金継ぎ」と「螺鈿(らでん)」の「漆の乾き」のフォローです。
先日(1月7日)掘り出した「梅」は、10日を経た今、「蕾(つぼみ)」の膨らみが顕著になっています。
午後、「breaking news」がありました。「国土交通省」からの「緊急発表」です。「21日からの大雪」についてでした。「気象庁」ではなく「国交省」からです。リアル感があります。気合の入るところです。

