今日は「ねぶた」の「七日日(なぬかび)」です。そして立秋です。短い夏が一瞬に過ぎようとしています。しかし、電光掲示板の予報は、今日の最高気温は29℃だそうです。或(ある)いは、これから暑くなるのかも知れません。

奥州北端での29℃は、ひと夏に一度あるかないか、です。世界に違(たが)わず、奥州北端もまた驚くほど暑いです。

しかし、ひと頃大騒ぎしていた「地球温暖化」について、今は、日本をはじめ世界中がピタリと口を閉ざしています。何らかの「世界協定」があるのか、と疑いたくなります。

台風も気になっています。これまでの経験では、北に向かう台風コースが、突然、東に進路を変えて日本を直撃することが殆(ほとん)どでした。

今の所、13号は、真直ぐ中国大陸に進んでいます。それでも沖縄地方の波は荒れているようです。何時(いつ)、そのコースが変更するかが不安です。

他方、15号はいつの間にか、奥州北端の当地にまっしぐらに向かっています。大変なことにならなければ良いのですが・・・。


工作室では「弁当箱づくり」です。今日の課題は「塗装」の準備です。具体的には、「塗装」前の「養生」です。これは、「漆」が食(は)み出さない工夫です。

因(ちな)みに、「養生」には「病気や病後」の「手当」等の意味もありますが、「保護」の意味もあるようです。

使う「塗料」は「生漆(きうるし)」と「朱」の「色漆(いろうるし)」です。これらがお互(たが)いに「食(は)み出さない」ための「配慮」です。

今日は、その「養生」です。「マスキングテープ」を使います。朝からの数時間の作業で、150ヶ所ほどの「養生」をします。

老いた身には、このような「コツコツ」とした作業が向いているのかも知れません。

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2026/08/07(金) 12:44
世界に違(たが)わず、奥州北端も暑いです。

台風13号が気になっています。これまでの経験では、北に向かうコースが、突然、東に向かうことが殆(ほとん)どでした。

それが、今季は中国大陸に向かっているようなのです。それでも波が荒れているようです。何時(いつ)、そのコースが変更するかが不安です。


工作室では今日も「弁当箱づくり」です。今日の課題は、「塗(ぬり)・塗装」の「様子見」です。

まずは、「朱漆づくり」からです。実は、「弁当箱」の内部を「朱漆」にし、外側を「生漆(きうるし)」にするつもりです。その「朱漆づくり」です。

しかし、この「朱漆づくり」は初めての試みです。数日前からビビっていました。ようやく今日、意を決し、勇気を奮っての挑戦です。

結局、常識的な手法による挑戦をしてみます。単に「生漆」と「朱の顔料」を混ぜるだけです。

「生漆」と「朱の顔料」、両者の分量を半々にしてみました。単に、やってみて、それが適当な量に思えたからです。

しかし、「塗る」には「粘度(ねんど)」高いです。この調整には「テレピン油」を使いました。兎も角(ともかく)、「ビビ」る等の「取り越し苦労」は不要だったことになります。

「顔料」と「生漆」の「捏(こ)ね合わせ」用の「台」には、予定していた「ガラス」を使いました。使い勝手が良かったのです。この「後始末」にも「テレピン油」を使いました。この「朱漆塗」の後に、「生漆(きうるし)塗」です。

しかし、肝心の「マスキングテープ」を使い果たしてしまいました。朝一番に車を駆ることにしました。

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2026/08/07(金) 05:16
世界中が暑いようです。今日は奥州北端も暑いです。庭の戸を開け放ち、「蚊取り線香」を焚(た)き、扇風機で凌(しの)いでいます。


工作室では、今日も「弁当箱づくり」です。材料の発注、そして部材づくりからスタートした遅々とした進捗(しんちょく)でしたが、愈々(いよいよ)、「塗装」段階を迎えようとしています。

相手は「弁当箱」です。「対菌性」には、これ以上無い、最大級の配慮をしたいところです。部材は勿論(もちろん)「青森ヒバ」です。更に「塗料」を「漆(うるし)」にする企(くわだ)てです。

衛生上、このコンビは世界ナンバーワンです。とはいうものの、本来、「塗装」は、十分な「木地調整」後にすべきです。

しかし、いつものことながら、今回も不十分な「木地調整」で「塗装」段階を迎えようとしています。

「漆の色」は、「箱の内側」は「朱」の「色漆」、外側は「生漆(きうるし)」のまま使うつもりです。お互いの「際(きわ)」は「マスキングテープ」で「食(は)み出ない」ようにつとめます。

しかし、その「マスキングテープ」は残り少なくなっています。買い求めなければ、先に進めないようです。

初めての挑戦ですが、「朱漆」を自分でつくることにしました。最初はビビリましたが、作り方は、単に「生漆」と「朱の顔料」を混ぜるだけのようです。

「顔料」と「生漆」の「捏(こ)ね合わせ」の「台」には「ガラス」を使えば良さそうです。そのような茫洋(ぼうよう)としたイメージを根拠にスタートしようとします。

尤(もっと)も、実際の作業は次回に持ち込みます。今晩、その作業プログラムをもう一度吟味したかったのです。それだけ、「楽し」む時間が増すようだったのです。しかし、緊張することも頻(しき)りです。

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2026/08/05(水) 13:16
朝夕が寒くなりました。今朝は、久しぶりに工作室のストーブを焚(た)きました。その暖かさに、つい「ホッ」とします。

いつの間にか、今日は「8月2日」です。「青森ねぶた」の出陣、「りんごの初セリ」の日です。「秋の装いの日」です。

今年の「夏」は特に短く、須臾(しゅゆ)のようでした。つい先般まで続いた「雪片付け作業」がリアルに蘇(よみがえ)ってきます。そして、間もなくやってくる今冬の除雪に思いを馳せます。

実は、既に「好い加減な歳」です。大型重機を動かすには無理のようでもあります。とはいうものの、まだまだ「やれそう」でもあります。あるいは、自宅前だけでも、と「弱気」にもなっているところです。


工作室では「弁当箱づくり」の続きです。とはいうものの、作業の進捗(しんちょく)は極めて遅々(ちち)としたものです。現在の工程は「木地合わせ?」の段階です。この作業には「ベルトサンダー」を使いました。これには、「目詰(めづ)まり」解除のための「ケシゴム」も使います。

つくった数は、サンプルを含め、一重の箱が4個、二重が10個、三重が1個の15個です。しかし、これから「塗(ぬり)」の前に、まだまだの「生地調整?」の時間を要します。手抜きのできない、最も重要な工程です。

これらの「仕上げ」は「漆」の予定です。「漆(うるし)」が乾くには一ヶ月以上は要しそうです。しかし、老いた者の思いは、単に、早く結果を得たいのではなく、楽しみながらすることにあります。

謂(い)わば、この、遅々(ちち)とした進捗(しんちょく)こそが作業する目的でもあります。結果が早く出る課題は「面白味(おもしろみ)」に欠けるのです。丁度、遥か昔に挑戦した「数学の文章題」に似ているのです。


このところ、ずっと曇天続きでした。「空」の定義が「どんより」したものか、と認識しかけるほどの長い期間の曇天でした。

しかし、今朝は一転、青空を背景にキラキラと太陽が照っています。突然、「空」というものが「青いものだ」の認識を新たにします。

同時にその様子には、「秋の気配」を呈しています。「勅撰和歌集・藤原敏行」の、

『秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる』の通りです。

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2026/08/04(火) 03:55
奥州北端は、日本海側に2つ、太平洋側に2つの4個の低気圧で囲まれています。しかし当地はその中間点にあるためか、時折の小雨程度で済んでいます。また、予報気温は24℃から26℃と、過ごし易い夏です。

しかし、熊本は「震度7」に酷暑が重なっているようです。心からお見舞い申し上げます。

以前、大分に用事があった際、熊本空港にお世話になっていました。熊本空港には10回ほどお邪魔しました。空港から大分まで「竹林」の中を通った記憶があります。途中、「滝廉太郎」の「荒城の月」の舞台、「岡城址」に立ち寄ることもありました。

他方、海外ではボルドーの山火事です。ボルドーはスペインと接するフランス南西部です。更にその南西部が「ジロンド」です。穏健派の「ジロンド党」は、且(かつ)て、急進派の「ジャコバン党」とともに、フランス革命の舞台に立ちました。

即、「ジャコ先生」を思い出します。実は、65年昔、筆者の通う高校には、「人気のある」先生の多くに「あだ名(渾名、綽名、ニックネーム、愛称)」がありました。

「センイスカン(潜水艦)、ドラキュラ、バフン(馬糞)、シニガミ(死神)、クモスケ(雲助)、ニンジャ(忍者)、ジャコ、ボンズ(坊主)・・・。」等です。

「ジャコ」の由来は、「K先生」の「フランス革命」の講義が発端のようです。世界史の彼の授業は多くの生徒に人気がありました。特に「フランス革命」の「あたり」です。その所以(ゆえん)で、「K先生」に「ジャコ(ジャコバン党)」の「綽名(あだな)」が付与された、という伝説が残っていました。

因(ちな)みに、筆者は、その先生に、高校卒業後も多くのお世話をいただきました。

不謹慎ながらも、地震と山火事で、つい、昔のことが思い出していまいました。再び戻ることのない古(いにしえ)の郷愁(きょうしゅう)のひとつです。因みに、筆者の担任О先生の「あだな」は「ドラキュラ」でした。東大法学部主席(東大ナンバーワン)卒業の紳士でした。


工作室では「弁当箱づくり」の続きです。今は「目地合わせ?」の段階です。「1段の弁当箱」には、「蓋と身(ふたとみ)」の「2面」、「2段の弁当箱」には「蓋」と二つの「身」の「3面」、同様に「3段の弁当箱」には「4面」の平面化が欲しいところです。この「平均化」の作業が厄介なところです。

本来?菓子箱等の場合は、大きい箱を二つにカットして「身と蓋」をつくるようです。素人の筆者には、この「目地合わせ?木地合わせ?」が大変な手間を要します。その「大変な手間」を「かけて」いるところです。

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2026/08/01(土) 10:15
熊本の地震被害にお見舞い申し上げます。やはり、「地震、雷、火事、親父」です。「地震」が最も怖いです。

霧雨の中、食料買い出しに付き合わされました。目的地は、往復5時間ほどの太平洋岸H市の「H食センター」です。

目当ては「鮮魚」でした。実は、このところ「魚の生干し」に凝(こ)っています。レシピは、「鮮魚」を「捌(さば)」いた後、一晩「塩水(たれ)」に浸(つ)け、風に晒(さら)し、冷凍保存し、その後折を見て焼いて頂きます。

「H食センター」に行くのは久しぶりでした。いつもと様子が違っていました。人の出入りが少なく、ひっそりしていました。また、「鮮魚」は殆(ほとん)どなく、「干物」が主体でした。結局、「鰈(かれい)」や「乾物」等を若干(じゃっかん)入手するだけでした。

他方、帰路に寄ったS町「道の駅」は買い物客で「ゴッタ」がえしていました。店頭は、「地元産」はじめ「下りもの」等の、季節のたくさんの野菜で溢(あ)れていました。

折角の折です。キャベツ、ニンジン、ダイコン、タマネギ、ナス、そしてスイカ、メロン、トウモロコシ、豆腐、等を入手します。豆腐は、いつもお世話になっているご近所のFさんへのお土産です。


帰宅後、工作室に入り、「弁当箱づくり」の続きです。取り敢えず数個だけを組み立てることにします。

作業の難関は「木地調整」でした。実は、「二段重ね」となると、一段目、二段目、そして蓋(ふた)、それぞれに「関係性」が生まれます。少しでも同一化させてやりたいところです。

この「同一化」への作業はデリケートな世界です。部材づくりの段階では極めて正確に「裁(た)っ」たつもりでしたが、やはり、各パーツを併(あ)せると微妙(?)な「食い違い」が生じています。

尤も、筆者の木工作業の目的は、そのトラブルに出会い、当面するトラブルを解決することにあるのです。


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2026/07/29(水) 09:18