このところ「雨」がありません。困っています。今日の予報は「雨」でした。当初は9:00からの「雨」でしたが、実際は2:00からの「雨」です。それも「土」を潤(うるお)すだけの力の無い、ほんの霧雨程度でした。

結局、今日も、「雨乞(ご)い」しながら畑への「水遣(や)り」を余儀なくさせられます。


既に「好い加減な歳」です。毎日が日曜日です。とはいうものの、やりたいことは沢山(たくさん)あります。やはり、「春」は、植物も人をもアクティビティー(activity)にする力を持っているようです。


今日は、壊(こわ)れた「瀬戸物」の修復です。作業手順は「破片」の「組み合わせ」からです。この作業は、「考古学」の世界の「土器」の「復元作業」のようなものです。

作業は、「組み合わせ」の検討から始まります。その後、「大きい破片の組み立て」です。「接着剤」には「糊漆」を使います。

「糊漆(のりうるし)」は、文字通り、「糊(のり)」と「漆(うるし)」を「捏(こ)ね合わせた」ものです。「やまと糊」と「漆」を使いました。乾くまでには1週間以上の日数を要します。時間は沢山ありそうです。何とかなりそうです。


「苺(イチゴ)」の剪定(せんてい)をしました。剪定とはいうものの、単に、「枯れた葉」を取り除くだけです。既に「赤い実」が20個ほどついています。

「菊(きく)」の生育が順調です。そろそろ、折れないためのフォロー(follow)が必要のようです。


昨晩の「ラジヲ」で映画音楽を聴きました。「トニーベネット」の「いそしぎ(The Shadow of your smile)」、「コニーフランシス」の「シェルブールの雨傘」、「カーペンターズ」の「追憶(Yesterday once more」」等です。

普段の生活では聴くことのない、60年ほど昔の映画音楽です。懐かしさとともに自身の老いを思い知らされました。

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2026/05/28(木) 14:04
「雨」の無い日が続いていました。そのため、毎日、朝夕の「水遣(みずや)り」を余儀なくさせられていました。その中の今日の「雨」の予報です。歓迎すること頻(しき)りでした。

しかし、「雨」となると、それなりの支度(したく)があります。「薪(まき)」のフォロー(follow)です。折角乾いた「薪」をみすみす「濡らす」には惜しいのです。早朝、薪の整理がてら「シートがけ」を楽しみます。


工作室(駐車場の物置)では「瀬戸物の修復」です。実は、既に好い加減な歳です。その所為(せい)か、頓(とみ)に皿や器を壊しているのです。

「割れた器」を「金継ぎ」で修復しようとする企てを実現しようとします。


「木賊(とくさ)」の新緑が眩(まぶ)しいです。

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2026/05/24(日) 11:35
先日、「S道の駅」に行ってきました。片道1時間ほどの遠方です。やはり五月の連休です。開店前には既に駐車場は満杯でした。

「道の駅」へは「苗(なえ)」の入手のためです。トマト(ミニ、中玉)、マクワ瓜(ウリ)、レタス、シシトウ、アオジソ、キュウリ、ナンバン、トウガラシ、カボチャ、スイカ、キャベツ等40苗ほどを求めました。

それらを畑に植えました。他に、昨年秋に求めた「タネ(種)」も植えました。エンドウ、キヌサヤ、ミツバ、エダマメ、キャベツ、キュウリ等です。これらは、「春になったら、」と思って支度した「タネ」です。今冬はそれだけ厳しかったのです。

キュウリ、キャベツを「タネ」で植えたのは「人生初」です。春に植え替えした菊の生育が順調です。

寒暖の差が激しいです。最高気温が27℃の日もあれば17℃の日もあります。

このところ、「ラジオ深夜便(23:00~5:00)」を聴いています。昨晩の「田嶋陽子」のシャンソンは見事でした。

食品買い出しにお付き合いしました。スーパーの入口の自動ドアが閉まっていました。「熊対策」なのだそうです。これまでと違った世界との遭遇です。

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2026/05/23(土) 15:25

全国並みに奥州最北端も暖かくなりました。しかし、『春来たりなば冬遠からじ。』です。北の「春」は、即、「冬支度(ふゆじたく)」です。

先(ま)ずは「薪(まき)」の準備です。氷点下で乾燥した「薪」を更に「春」の陽光にさらし乾燥させ、「冬」の「支度(したく)」です。

このパターンは「スカンジナビア半島」も同様のようです。彼らも「春」になると「女」は農作業、「男」は「薪の支度」山に入るのだそうです。
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2026/05/15(金) 15:24

大型連休中は、1~2度の「雨」でした。この雨を「不満足」とする方が多かったようです。しかし、我が家にとっては「待望の雨」でした。「畑」が「水」を欲しがっていたのです。

先日、傘寿を迎えました。「傘寿」です。なにがあってもいい歳です。やはり、否応(いやおう)なしに、体力、記憶力、思考力、決断力、想像力、行動力等に衰えを感じさせられています。

衰えのブレーキ役に、できるだけ体を使おうとしています。そして、夜間も、「ラジオ深夜便(11:00~5:00)」を聴こうとしています。

夜間のラジヲは、話題とともに、「語り方」や、現代の「日本語」に触れことができるからです。また、放送の中には、聴き慣れない言葉遣いや、学校で習った「読み方」と違っているものが結構あるのです。竜宮城から戻った浦島太郎の感覚です。

以下は、ここ数日間の「深夜便」の「キーワード(keyword)・物事の核心?」です。「難易度の高い順」、「選(え)りすぐりと選(よ)りすぐり」、「出入(でい)りと出入(ではい)り」、「潮の満ち干(ひ)と満ち引き)」等です。

「難易度」は「難度」と「易度」のようです。それが「一緒くた」に、「難しい」ものとして扱われています。

「難(むずか)しさ」を強調するのであれば「難度の高い順」とし、「易(やさ)しさ」を強調するのであれば「易度が高い」とすべきのようなのです。

他に、「選(え)りすぐり」と「選(よ)りすぐり」、「出入(でい)り」と「出入(ではい)り」、「潮の満ち干(ひ)」と「潮の満ち引き)」等です。

「舌足らず」と「言葉たらず」もそのようです。何(いず)れも「差別語」のようです。よく解りませんが、「舌足らず」は「舌が回らない。」で、「言葉足らず」は「表現力の貧困」のようです。

コマーシャルの、「新聞の文字がボヤケテ見えない」も難解です。「文字が見えない。」のか、「ハッキリ見える。」のどちらかが曖昧(あいまい)です。

他に、知識の貧困によるものとしては「無作為の作意」です。これは「行動しないことによる結果や責任」のようです。「ひょうたんなまず」もあります。これは「言動があいまいで、要領を得ない」、「とらえどこがない。」の意味のようです。

「ハルク~米国のスーパーヒーロー」、「アールヌーボー・新しい芸術」、「ろじっく(logic)~論法。論理」、「すんでのところで~危険や失敗が間一髪で回避できた状況」等です。

「リュート・つのだたかし」、「as it is・あるがままに」、「チェロ弾きのゴーシュ」、「岡野弘彦(折口信夫)」、「昭和の歌など聞きながら」、「星の王子さま」、「高燥」、「黒田如水」、「草きり」、「花かげ」、「春落葉」もありました。

「ヌーベルバーグ・革命の波」、「おだまき(苧環)~糸巻き(静や静、静のおだまき・・・)」、「シンパシー(sympathy)~相手に共感・理解を示す心の動き」、「ルクソール(Luxor)~王家の谷」、「かんかんがくがく、 けんけんがくがく、けんけんごうごう」・・・等です。


「さつき」が「花」をつけました。いちご(苺)の花が盛んです。「いちご」の鉢をこれまでよりも「ひと回り大きい鉢」に変え、施肥をしました。200鉢以上あります。夏の収穫に期待すること頻(しき)りです。

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2026/05/03(日) 12:50
奥州北端も「春」です。しかし、庭に出るには防寒着が必要です。それでも、週に1回ほどは「ポッ」とする暖かい日もあります。

「雪融け後」には思いがけない発見があります。どこからやってきたか解らない「プラスチックごみ」、除雪車が壊して捨てていった「板塀(いたべい) の破片」、そして、「秋に仕舞い忘れたあれこれ」等です。

井筒(いづつ)の竹蓋(たけぶた)は朽(く)ちています。竹を編んでいた「麻紐(あさひも)」はバラバラになっています。大きい植木鉢が寝っ転(ねっころ)がっています。蹲(つくばい・石の水溜め)の竹蓋(ふた)も危うくなっています。新しい「青竹」との取り換えを要します。

他に、「雪」が降る前に仕舞い忘れた「バケツ」が3個ほどです。これらにも、「春の装い」を「せがまれ」ています。

今日は、それらの片付けと整理整頓です。取り敢(あ)えず、二つの「蹲(つくばい)」に手を掛けます。「タワシがけ」で「水垢(みずあか)」を取り除き、水を数回取り替えてやります。「手」は冷たくなるものの、それだけ「春」になった気がします。

寺山(寺山修司・筆者の高校先輩)が残した歌『村境の春や錆(さ)びたる捨て車輪(すてぐるま)ふるさとまとめて花いちもんめ』のとおりです。

意味はよく解りませんが、「車輪」は、「秋」に立てかけて忘れていた「壊れた荷車」の一輪か、或(ある)いは「錆(さ)びて置き場所に困り「ほったらかし」にしていた「自転車」なのかも知れません。それが「春になって雪が融けて再び姿を現した。」ということなのでしょうか。

しかし、このテーマは別にありそうです。それは、奥州北端県の「貧困の現実」です。「寒村」では、「春)」になればあちらこちらの農家の「娘さん」が首都圏に売られた歴史があります。「不作の年」の「翌年の春」は特に、です。つい最近までの現実です。

「・・・花一匁(いちもんめ)・・・。」は、寺山がそのことを歌ったようです。これは、「メルカトール図法」では「小さく見える」、「イコールアース図法採用でなければならない。」を訴える程度でない次元です。

とはいうものの、奥州北端は、政治経済文明等には今も不遇です。特に政治的には恩恵の薄い地区です。天気予報もそうです。毎日、那覇(なは)から始まり北上して紹介はするものの、秋田からは突然、札幌に飛びます。肝心の当地の気温は釧路、札幌、秋田の「相加平均」で予想をたてる現実です。

更に、「七戸」の道路には「奥州最北端の地」の石碑はあるものの、その「奥州」の名前はお隣のI「I県」が「奥州市」として使ってしまいました。不幸?なことに、この種のパターンは通念化しています。・・・本県にも、今少しの政治力とその恩恵が欲しいところです。


それとは無縁に、「さつき」が「新芽」を出しています。「新芽」の先端の「蕾(つぼみ)」は既に膨(ふく)らみ、早晩「開花」しそうです。お茶をいただきながらの「花見」を考えているところです。

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2026/04/29(水) 11:29