ここしばらく、明るい日が続いていましたが、今朝は「雪」です。久しぶりの「雪」です。「春の雪」です。

「横尾忠則」が三島を詠(えい)じた、『松ヶ枝に積む春の雪 かくも清顕(きよけ)き和魂(にぎみたま) 防衛(まもら)ず何の文化ぞや 盾の番長 阿頼耶識(あらやしき)』を思い出しています。

「春の雪」は日本文化の根底にある「ふんわりとした暖かい雪」であり、「阿頼耶識(あらやしき)」は「人の存在の根底をなす意識」、「和魂(にぎみたま)」は「柔和で精熟」した「霊魂」のようです。

そして、「防衛ず何の文化ぞや」は、「国を守ること無しに、国の文化を論じることは意味が無い」、のようです。「清顕(きよけ)き」は、「豊穣の海」の主人公「松枝清顕(まつがえきよあき)」を織り込んだフレーズです。

ウクライナの様子が過(よぎ)ります。
2026/03/21(土) 08:26
桜の開花予想は、東京は3月20日頃、奥州北端の弘前公園は4月15日頃と言われていました。

この予想は、二つの法則を根拠にしているようです。ひとつは「400℃の法則」、もう一つは「600℃の法則」です。

「400℃の法則」は、平均気温の合計が400℃に達する頃、「600℃の法則」は最高気温の合計が600℃に達する頃、なのだそうです。何れも、2月1日を起点として、です。初めて聞く法則でした。

その「言」の通り、昨日、東京で、開花(ソメイヨシノ)宣言があったようです。「開花宣言」の根拠は、物理的に、「標本木」を眼で見て「5輪」ほど咲いていることの確認によるようです。東京の「標本木」は靖国神社です。

突然、「春」が現実味を帯びます。京都の開花もそろそろのようです。他方、北は、春まであと一ヶ月ほどです。「正座しながら」お待ちすることになります。

「牛若丸」をテーマとした?「謡曲 鞍馬天狗」を思い出します。

『花咲かば、告げんと言ひし山里の。告げんと言ひし山里の。使いは来たり馬に鞍。鞍馬の山の雲珠桜(うずざくら)、手折枝折(たおりしおり)をしるべにて、奥も迷はじ咲き續く、木蔭に並み居ていざいざ。花を眺めん』。
2026/03/20(金) 07:56
前後しますが、「影」に、「ひかり」と「彼方(かなた)」の意味があるのは、或いは、この詩のつくられた時代背景が関係しているのかも知れません。

「荒城の月」が発表されたのは与謝野晶子が「みだれ髪」を発表した1901年です。その頃は古語(本来の日本語)と現代語が同居していた頃です。

「うつ(映)さんとてか今も尚(なお)、ああ荒城のよわ(夜半)の月」は、「輝き続ける月の光は、地上の人の世の移ろい」の表現のようです。

さて、「荒城の月」の舞台の「城」には諸説あります。
① 石動山城(せきどうさんじょう、いするぎやまじょう) (石川県・富山県にまたがる山)。「謙信陣中作」の舞台。
② 鶴ヶ城(戊辰戦争で幕府側につき敗れ荒廃した城跡。福島県会津若松市のシンボル)。土井晩翠が感動した美しくも悲しい荒城。
③ 岡城(九州大分)。作曲者滝廉太郎の出身地。
④ 富山城(富山県)。滝廉太郎が通った小学校の跡地。
⑤ 青葉城(宮城県)。土井晩翠の出身地。「仙台」の旧名が「千代」のことから、「千代(ちよ)の松ヶ枝」の「千代(ちよ)」と「仙台」」の「ちよ」との掛詞(かけことば)。伊達政宗の兜(上弦の月)。
⑥ 九戸城(岩手県)。土井晩翠が立ち寄ったとされる城址。

これらの中で、筆者が行ったのは、大分の岡城址と仙台の青葉城址だけです。尤も、その時刻は、何(いず)れも、「夜半(よわ)の月」の出ていない日中でした。

「岡城址本丸跡 (天守閣石垣跡?) 」の広場の一角には茶店がありました。その茶店の反対側に「荒城の月」の歌碑と音楽装置がありました。そこに近づくと自動的に「春高楼の・・・」のメロディーが流れました。

舞台の「荒城」については、それぞれに、それぞれの根拠めいた言い分?があるようです。しかし、「荒城の月」です。「うらぶれ、荒廃した城址(じょうし)の筈です。手入れの行き届いた観光地では違和感があります。

余談ですが、これと似た仕掛けは全国にあるようです。奥州最北端津軽海峡を臨む半島先にも「津軽海峡冬景色の歌碑」があります。近くのボタンを押すと「♪ごらんあれが・・・」と流れる仕掛けでした。

その是非は兎も角、全国一律の街づくりは、行政の目指す在り方なのでしょう。単に、人が訪れ来さえすれば、その地が何処であろうが、行政としては「正解」と言えそうなのです。

こうなると、「荒城の月」の舞台もまた何処であろうが、「歌詞」のイメージを瑕(きず)つけるものではなければ十分な役割を果たしていることになります。その地を訪れる人が「この世は常(つね)の無いものである」ことに気づけばそれで満足なのです。

またまた余談ですが、この原稿を書いているとき、偶然にも「月かげ」についての解説がありました。テレビの「BS103チャンネル(美の壺)」で、だったようです。伊達政宗の兜(かぶと)の「上弦の月」についてでした。

政宗が、兜(かぶと)の「前立(まえだて)」を「(上弦の)月」にした根拠は、『武運をはじめとするこの世のことは、月のように満ち欠けのあるものだ。仮に敗れてもまた満月として復活する。』の、意味からのようです。

話は戻りますが、滝は23歳で夭折(ようせつ)しました。その後、滝の譜面に山田耕筰(こうさく)が手を加えたようです。

滝の楽譜は、♯が2つのロ短調(Bm)でした。その中の『ハ ナ ノ 「エ」 ン』の「エ」は「Eの♯」です。山田は、その「♯」を削除したようなのです。その結果、廉太郎の曲とは全く異なるものになってしまいました。

当時の山田耕筰は、音楽界では相当な立場であったようです。それも手伝ってか、以後、「荒城の月」は、山田耕筰バージョンで普及されました。山田も多くの素晴らしい曲をつくりました。しかし、滝とは音楽性の次元が違っていました。

残念なことに、山田が手をかけたことで、滝の作品が駄作になったようなのです。極めて勿体(もったい)ないことでした。筆者の小学校時分の音楽の教科書も山田耕筰バージョンでした。

しかし、当時の音楽の先生が、『本来は、「エ」に♯がついていました。』と、その違いを教えて下さいました。あの折の音楽の先生の講義は、65年前経った今も「赫奕(かくやく)」として残っています。素晴らしい先生に恵まれたことに感謝し続けている老後です。

同時に、幼児期の音楽教育が如何に大切なものであるかを今もって噛みしめているところです。無論、自身が時折唄うのは、廉太郎バージョンです。

「荒城の月」のメロディーは、現在、ベルギー・シュヴトーニュ修道院の聖歌に取り入れられている、と聞いたことがあります。余談ですが、ベルギーは、イギリスのアガサクリスティーの産んだ「名探偵ポアロ」の母国です。

ベルギーはユーラシア大陸最西方のフランス、オランダ、ルクセンブルク、ドイツに囲まれた国です。更に、ほんの30km余り幅のドーバー海峡を挟んでイギリスとも対峙しています。いわば、ヨーロッパの中心地域とも言えそうです。必然的に、多くの戦禍を経、多くの文化文明を吸収した国でもあります。

そのベルギーの皆さんが、ユーラシア大陸最東端の、「栄枯盛衰・無常観」をテーマとした「荒城の月」を聖歌として歌っていることに大きい驚きと深い感慨を覚えます。しかし、残念な?ことに、その曲も山田耕筰バージョンのようです。

長話になりました。恐縮しております。



水に挿した、雪で折れた枝が「花」をつけています。
2026/03/19(木) 06:35
ここ数日、明るく穏(おだ)やかな日です。10日前、雪で折れた「枝」を室内に持ち込み、「瓶〈びん〉」に挿(さ)しておきました。その枝から「芽」が出始めています。

果樹の枝だったようですが、何の「果物」であったかは完全に失念しています。それでも、「春」を感じさせてくれています。


年甲斐(としがい)もなく、そして、ほぼ、実現の叶(かな)わなそうなものの、「第2回 お寺deコンサート」の準備をしているところです。演奏曲目に悩んでいるところです。

「第1回目」のご来場者の多くは、ご高齢のご婦人方でした。今回もそうなるのでは、の予測で「選曲」しようとしています。

その候補の一つが「荒城の月」です。70年ほど前、小学校で習った歌です。今はどうか解りませんが、当時は、日本中の誰もが歌える歌でした。

しかし、その歌詞の意味、となると、今もって頓珍漢(とんちんかん)です。流石(さすが)と思える土井晩翠〈どいばんすい〉の世界なのです。この機に、あらためてその世界を探(さぐ)るべく、何でも知っているWEBにお聴きしてみました。

「荒城の月」・・・1901年(明治34年)。作詞 土井晩翠 作曲 瀧廉太郎。

1番、「春高楼の花の宴 めぐる盃(さかづき)かげさして 千代の松が枝わけいでし 昔の光いまいづこ」は、「時」は「桜」の頃、「場所」は「見晴らしのよい部屋」、「席」は友人知人等の観桜の集まりのようです。

「巡 (めぐ)るさかづき」は、「杯をまわしながら飲んでいる様子」。「かげさして」の「かげ(影)」には、一般的には次の意味がありそうです。
① 光の反対側にできる黒い像。
② 水や鏡に映る形やもの。
③ 眼に見える姿や形。
④ 思い浮かべる人の顔や姿。実態の無いもの。
⑤ 兆候。
⑥ つきまとって離れないもの。

しかし、古語ではそれらとは異なり、「日、月、星、ともしび」などの「光」の意味が優先されます。土井晩翠も「かげ」を「光」として使っています。

「めぐる盃影さして」は、「酒に満たされた盃に月の光がさしている」、となりそうです。これは、紫式部日記「めずらしき光さし添ふ盃は持ちながらこそ千代もめぐらめ」の引用の気配もします。

「千代の松ヶ枝」は、「古木(年代を経た太い)の松の枝」は、「密集している松の古木の枝葉」のようです。「千代の松ヶ枝わけいでし」は「(月光には)密集している松の枝葉を縫(ぬ)うほどの力があり」で、「昔の光いまいづこ」は「あれほど力強かった月の光は、今は何処(どこ)へ行ってしまったのか」。となりそうです。

余談ながら、「追憶」(スペイン民謡、訳詞古関吉雄)の(星影優しく瞬くみ空に…)の「星影」の「影」も「光」として使われています。また、SEN氏の「星影のワルツ」の「かげ」、時代劇の「月影兵庫」の「つきかげ」、日本刀の刃紋の「月影(つきかげ)」等も、「光」として使われているようです。

2番、「秋陣営の霜の色 啼(な)き行く雁(かり)の数見せて 植(う)うるつるぎ(剣)に照りそひし むかしの光 今いづこ」も、一番の「春高楼の・・・」と同様のようです。

場景は、「・・・雁の数みせて」と「植うるつるぎに・・・」で、秋の「出陣前夜」、と推察できそうです。

『霜の色 啼き行く雁の数見せて』は、「霜に反射した月の光は、啼〈な〉きながら空を渡る雁までもクローズアップするほど皎々(こうこう)としている。」となりそうです。

「植うる剣に照りそいし」は、「気勢を挙げている兵士がかざしている剣や槍の穂先、鉄砲の銃身等に月光があたっている。のようです。

「昔の光いまいづこ」は、一番同様、「あれほど力強く煌々(こうこう)としていた月の光は、今は何処(どこ)へ行ってしまったのか」。です。

3番、「今荒城の夜半(よわ)の月 変わらぬ光 誰(た)がためぞ 垣に残るはただ葛(かずら) 松に歌う(うとう)は ただ嵐」は次のようです。

「今は荒れてしまった城にも、月の光は昔と同じように射(さ)している。月は誰のために照らしているのだろうか。」となりそうです。

「垣に残るは ただ葛(かずら)」の「垣」は「石垣」あるいは「垣根」のようです。そして「松」は、「いつも緑」であることから「繁栄の象徴」の役割として使われています。これらから、全体の訳は次のようです。

「意気盛んだった頃と違い、今の城は閑散としている。本丸の石垣(垣根?)は手入れがされていなく蔦(つた)が絡んでいる。その荒れた城には、今は、ただ松を縫う風が蕭々(しょうしょう)と吹いているだけだ。しかし、煌々(こうこう)とした月の光は、昔と同じように、荒廃した城を照らしている。月は誰のために輝いているのだろうか。」、となりそうです。

4番、「天上影は変わらねど 栄枯(えいこ)は移る世の姿 映(うつ)さんとてか今もなお ああ荒城の夜半の月」にも「かげ」が使われています。この「かげ(影)」をこれまで通り「ひかり(光)」と訳すと、「月の光は昔と同じですが」となりそうです。そして、続く「栄枯は移る世の姿」は、「地上においては、栄枯盛衰は一般的な摂理である。」と訳せます。

しかし、この解釈には他説があります。「天上影」の「影」を「over(離れた真上・上方・彼方・奥)」とする考え方です。その意味では「天上影は変わらねど」は「眼に見えない不変天然の力」と訳すことができそうです。

そうなると、もはや「大宇宙の公理」です。それをベースにすると、「人為とは無縁の天然の営みは、今も昔も変わらないが」となり、対語の「栄枯は移る世の姿」は、「(それと同様、)栄枯盛衰は人の世の習いである。」となり、鴨長明の「方丈記」の「無常」の世界のようでもあります。〈次回に続く予定〉

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2026/03/15(日) 09:02
寒いものの、春の気配が漂(ただよ)っています。昨日は力強い陽光が射していました。つい、その気になり、「第2回 お寺deコンサート」の準備を思い立ちました。

この名前は、単に、会場が「お寺の本堂」のことからです。「第1回」は6年ほど前でした。しかし、その後に襲来した「コロナ」です。「第2回」が開催できず今になってしまっていたのです。

この演奏会は、地元のご年配の方々を対象にした、入場無料のボランティア演奏会です。とはいうものの、それなりの準備は必要です。

まず「お稽古です。次に「プログラムづくり」、「スタッフや演奏者の検討」、「譜面づくり」、「広報活動」等と、あれこれあります。

「お稽古」には参っているところです。実は、つい数年前まで、「お稽古」は永遠にできるものと思っていました。しかし、既に今は、好い加減な歳です。ギターを弾くと「爪(つめ)」が壊れてしまうのです。マニュキアを塗っても無理です。老骨には、それなりの事情があるものです。予期しない事情に当惑しているところです。

「プログラムづくり」は「ワード」でつくります。慣れ親しんだ作業です。簡単な筈でした。しかし「ワード」を使うのは久しぶりです。昔の記憶を綺麗に忘れているのです。

プリントもそうです。「A3横置き二つ折り」の「中とじ印刷」で仕上げる目論見(もくろみ)です。しかし、今は、その操作手順をほぼ忘れています。

「原稿づくり」にも多くの時間を要しました。何せ、好い加減な歳です。何回もの「校正」を強いられました。特に、「見出し」等が一貫性に欠けるのです。この歳になって、改めて鍛えられている有様です。それでも、何とかなったようです。


ここ数日、遠方から来客がありました。「ハイハイ」はできるものの、まだ「伝い歩き」のできない幼児とともに、です。受け入れ準備は、室内の「あれこれ」を「段ボール」に収納することから始まります。

風邪をひかせたくないところです。石油ストーブ、電気ストーブ等3台の他、囲炉裏〈いろり〉に炭をくべて歓迎します。


数ヶ月前から、「これまでの電話が使えなる」のメッセージが盛んでした。数十年前に「入手」したときは説明の無かったことです。「看板に偽りあり。」です。

歳が歳です。もはや必要ではない「電話」です。これを機に、「電話」から「足を洗おう。」と思っていました。

とはいうものの、「いざ」、というときが心配です。結局、「今流行り(いまはやり)の電話」を求めることにしました。

即、客人が「行こう。」と専門店に案内してくれます。そして、全てを解決してくれます。結果は来週の受け渡しになるのだそうです。老若の差を見せつけられた一日でした。


「椿(つばき))」が、「赤」花を開いています。一週間ほど前、「生垣〈いけがき〉」を挟(はさ)んだ時は、まだ硬い花芽だったものです。また、氷の中から掘り起こした「梅」も咲き始めています。

やはり、「春」は巡(めぐ)ってきているのでしょう。

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2026/03/13(金) 14:36
毎週土曜日は「食料買い出しの日」です。この土曜日も「アッシー君(運転手)」になりました。「買い物先」はスーパー、ドラッグストア、ホームセンターです。

ホームセンターは一週間前の雰囲気から一変していました。「雪片付け」のコーナーが「赤や青」の色とりどりの草花と入れ替わっています。そして、「サクランボ」、「イチヂク」、「ブドウ」、「モモ」、「キウイ」等の、果物の「苗木(なえぎ)」が並んでいます。「世の中的認識」では、もはや冬は終わり、春なのでしょう。

果樹の「説明ラベル」の「写真」がクリアーで綺麗(きれい)」です。つい、植える場所が無いことを忘れ、また、「実を生(な)らせる」だけの時間が無いのに、入手したくなります。


3月も中旬です。雪融けが進んでいます。それが、昨晩(3月7日)の強い「暴風雨雪」で一段と進みました。そろそろの、「畑の手入れ」時期を思わせます。具体的には、まず、「寒起こし」です。

これは、畑の「耕(たがや)し、かき混ぜ」です。これによって、土に酸素が入り、通気性が良くなるとともに、土が寒気にさらされ殺菌され、更に、凍結と融解を繰り返すことでフカフカの土になります。

所謂(いわゆる)、作物の生育環境の整備です。とはいうものの、この「寒起こし」なるものの経験はありません。年甲斐もなく、やってみようか、なんぞと思っているところです。


つい数日前まで雪に埋まっていた「葱(ねぎ)」が「緑化」し出しています。「すき焼き」を待っているかのように「茎(くき)」が「太」くなり出しているようです。


「生垣(いけがき)」から摘(つ)んだ白かった「椿」の「花芽(はなめ)」が赤く「色づ」いています。10日前(2月27日)に「鉢(はち)」に活(い)けていたものです。

人力では難しい「季節の変化力」です。


春よ来い、早く来い。

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2026/03/08(日) 09:56