昨夕は「観桜会」でした。料亭の庭を臨む座敷を提供され、ライトアップされた満開の桜の下での夕食会になりました。参集範囲は地元に住む同級生の皆さんです。好い加減の年齢を迎えています。いつしか、『今日は、「花見を兼ねた生前葬」だ。』になってしまいます。
例年にない早い春の訪れです。主人公の桜もまたチラチラと散り始めています。良寛和尚の『散る桜 残る桜も 散る桜』のように、何時、何があっても不思議ではない、自然の営みの一端です。結局、この「観桜会」を今後、毎年行うことになります。
当初、「地べた」にシートを敷いての簡単な昼食会の予定でしたが、料亭のご配慮で豪華絢爛(けんらん)の「夕食会」になりました。酒は「冷えたビール」はじめ「田酒」、「オールドパー」、「ダルマ」等々です。
そして、「つまみ」は、「開始時刻に合わせて届いたホカホカのうな重」、「ステーキ」、「ちまき(粽)」、「トゲクリガニ」、「ホタテ(帆立)」、「ガサエビ(しゃこ)」等々、はては「エスカルゴ」等と多岐に及びます。勿論、好物の「胡麻(ご)せんべい」等は「言わずもがな」です。
さて、続けてきた演奏会プログラム原稿づくりの今日の課題は、前回の「タンゴ(4)」に続く「タンゴ(5)」です。いよいよ「ラ・クンパルシータ」の世界へのイントロ(intro)です。
タンゴの特徴のひとつはリズムのようです。基本は4ビートのようです。すべての曲には正しいビートがあるとされます。しかし、仮に、二人が同じ曲を聴きながら足踏みをするとき、一人がもう一人の速さの2倍で足踏みをすることもあります。どちらが正しく、どちらが間違いということではないようです。
ビートは基本的な時間の単位のことで「打点」です。それは基本的な時間の単位の始まりであり、時間の中の1点のことです。或いは、その1点から2つ目の点が完了するまでの時間的距離のことです。これは、1小節内に4つの拍を刻むリズムです。
タンゴでは、ベースやピアノそしてバンドネオン等が、スタッカートで「チャッ、チャッ、チャッ、チャッ」とリズムを刻みます。そして、4つの拍を刻む第一拍の「アウフタクト」に、深い「溜(た)め」をおきます。
前後しますが、「アウフタクト(Auftakt)」は「弱起」のことで、「第1拍以外から開始する」ことです。それに反映される第一拍と第三拍のスタッカートが「タンゴ」の魅力になります。
さて、「タンゴ」の代表曲といえば、やはり「ラ・クンパルシータ・La Cumparsita」といえそうです。ウルグアイのロドリゲス(Gerardo Matos Rodríguez)の17歳?の時の作品だそうです。彼は、モンテビデオの下町のタンゴバー「ベチョ(ロドリゲスの愛称)の家」のピアノ弾きだったそうです。因みに、その「ベチョの家」では、今でも毎週土日にはタンゴショーが開かれているそうです。一度、覗いてみたいところです。
「ラ・クンパルシータ」の初演は、1917年4月19日、モンテビデオのカフェ「ラ・ヒラルダ(La Giralda)」を会場に行われました。今から100年以上も前のことです。カーニバルの仮装行列のためにつくったとされるこの曲は、曲名もイタリア語の「Comparsa(仮装行列)」です。一晩で世界に知れ渡った、という逸話があります。
やがて、ラプラタ・タンゴを代表する曲として発信されます。他方、ウルグアイでは「タンゴの国歌」として愛されてきます。『毎日、世界中のどこかで必ず演奏されている曲』が、「ラ・クンパルシータ」の代名詞になります。
例年にない早い春の訪れです。主人公の桜もまたチラチラと散り始めています。良寛和尚の『散る桜 残る桜も 散る桜』のように、何時、何があっても不思議ではない、自然の営みの一端です。結局、この「観桜会」を今後、毎年行うことになります。
当初、「地べた」にシートを敷いての簡単な昼食会の予定でしたが、料亭のご配慮で豪華絢爛(けんらん)の「夕食会」になりました。酒は「冷えたビール」はじめ「田酒」、「オールドパー」、「ダルマ」等々です。
そして、「つまみ」は、「開始時刻に合わせて届いたホカホカのうな重」、「ステーキ」、「ちまき(粽)」、「トゲクリガニ」、「ホタテ(帆立)」、「ガサエビ(しゃこ)」等々、はては「エスカルゴ」等と多岐に及びます。勿論、好物の「胡麻(ご)せんべい」等は「言わずもがな」です。
さて、続けてきた演奏会プログラム原稿づくりの今日の課題は、前回の「タンゴ(4)」に続く「タンゴ(5)」です。いよいよ「ラ・クンパルシータ」の世界へのイントロ(intro)です。
タンゴの特徴のひとつはリズムのようです。基本は4ビートのようです。すべての曲には正しいビートがあるとされます。しかし、仮に、二人が同じ曲を聴きながら足踏みをするとき、一人がもう一人の速さの2倍で足踏みをすることもあります。どちらが正しく、どちらが間違いということではないようです。
ビートは基本的な時間の単位のことで「打点」です。それは基本的な時間の単位の始まりであり、時間の中の1点のことです。或いは、その1点から2つ目の点が完了するまでの時間的距離のことです。これは、1小節内に4つの拍を刻むリズムです。
タンゴでは、ベースやピアノそしてバンドネオン等が、スタッカートで「チャッ、チャッ、チャッ、チャッ」とリズムを刻みます。そして、4つの拍を刻む第一拍の「アウフタクト」に、深い「溜(た)め」をおきます。
前後しますが、「アウフタクト(Auftakt)」は「弱起」のことで、「第1拍以外から開始する」ことです。それに反映される第一拍と第三拍のスタッカートが「タンゴ」の魅力になります。
さて、「タンゴ」の代表曲といえば、やはり「ラ・クンパルシータ・La Cumparsita」といえそうです。ウルグアイのロドリゲス(Gerardo Matos Rodríguez)の17歳?の時の作品だそうです。彼は、モンテビデオの下町のタンゴバー「ベチョ(ロドリゲスの愛称)の家」のピアノ弾きだったそうです。因みに、その「ベチョの家」では、今でも毎週土日にはタンゴショーが開かれているそうです。一度、覗いてみたいところです。
「ラ・クンパルシータ」の初演は、1917年4月19日、モンテビデオのカフェ「ラ・ヒラルダ(La Giralda)」を会場に行われました。今から100年以上も前のことです。カーニバルの仮装行列のためにつくったとされるこの曲は、曲名もイタリア語の「Comparsa(仮装行列)」です。一晩で世界に知れ渡った、という逸話があります。
やがて、ラプラタ・タンゴを代表する曲として発信されます。他方、ウルグアイでは「タンゴの国歌」として愛されてきます。『毎日、世界中のどこかで必ず演奏されている曲』が、「ラ・クンパルシータ」の代名詞になります。
2023/04/15(土)
10:38
朝は雨です。時折の雨は地表は勿論、越冬で鬱積している心も体も洗ってくれるようです。何よりも、新しい「緑」を再生してくれます。「良き哉」です。
裏山では「山菜採り」が始まったようです。「アザミ(薊)」、「ワサビ(山葵)」、「ササダケ(笹筍)」、「フキ(蕗)」等です。「アザミ(薊)」はゴツゴツしていますがサクサク感があります。「アク(灰汁)」は顕著ではないものの、「胡麻和え(ごまあえ)」や味噌汁で頂きます。
「ワサビ(山葵)」は「ふす(燻す?)」べたり、「酒粕」で和えます。因みに、「ふす(燻す?)べる」のレシピは、熱湯にサッと通して蓋(ふた)をして外気を絶つ方法です。それによって増したツンとした「辛さ」を楽しみます。
「ササダケ(笹筍)」は春限定の「チシマザサ(千島笹)」の「タケノコ」です。代表レシピの代表は、「糸コン」と「とり皮」との「炒め物」です。春の運動会の定番料理です。「カツオブシ(鰹節)」をかけて戴きます。孟宗(もうそう)とは異なる繊細さがあります。
「フキ(蕗)」の扱いは多岐に及びます。まず「スブキ(酢蕗)」です。これは単に、湯がいた蕗を酢に漬けるだけです。他に、「葉」を「こうなご(小女子)」と煮付る「つくだに(佃煮)」です。また、茎(くき)は「身欠きニシン」との「煮付」や味噌汁の具です。早春の「フキ」は筋っぽくなくサクサクしています。やはり絶品です。
駐車場の園芸コーナーでは「ネギ(葱)」がムニャムニャと出ています。3週間ほど前に蒔(ま)いた「石倉一本」と「小葱」です。出始めの頃「霜」を受けましたが、何とか回復しました。これも「良き哉(よきかな)」です。
さて、プログラム(エピローグ)の「タンゴ」は、脈絡のないまま、際限無くあちらこちらに寄り道しています。南米は、タンゴの他にフォルクローレで知られています。個人的にはユパンキ(Atahualpa Yupanqui)が好きです。代表曲はLos ejes de mi carreta (牛車にゆられて)、Luna tucumana (トゥクマンの月)等です。因みに、ツクマン(Tucumán)はアルゼンチン北部の町の名前です。
ユパンキは、数度来日しています。奥州最北端の市民会館にも立ち寄りました。その折、筆者も聴きに行きました。Luna tucumana(ルナ・ツクマーナ) を聴いたのは、その時が初めてでした。ユパンキの舞台での風貌は、白髪のジャン・ギャバンもどきでした。ケンカの強そうな厚い胸、そして、声は、体を使って生活している炭鉱夫のような嗄声(しゃがれごえ)です。右指の大きい緑の指輪が鮮やかでした。
ユパンキと前後して来日したのがエドワルド・ファルー( Eduardo Falu )です。二人は、「コンドルは飛ぶ」を引っ提げて日本に上陸します。センセーショナル(sensational)に爆発した曲です。サイモンとガーファンクルより10年ほども前のことです。
奥州最北端の会場で司会を担当したのが、津軽のセニョールJ.Tでした。実は、日本にフォルクローレを紹介したのが彼だったのです。彼は後に、地元放送局番組「フォルクローレ・ア・ラ・カルト」を通して南米フォルクローレを日本に浸透させます。
彼の著書に次の一節があります。『戦後、進駐兵やFENラジオ放送(米軍極東放送網)に日本中が染まっていた時期、たった一握りの若者が、未知の音楽フォルクローレを恩寵とも捉えたものである。』。
あるとき、彼に、「フォルクローレの日本語訳はどうなりますか。」と訊いたことがあります。答えは『民族文化』です。『例えば下駄(ゲタ)も日本のフォルクローレです。』でした。おみやげに「una peso(ウナペソ)」のコインをいただきました。500円玉の3倍以上の重さでした。
残念ながらJ.T氏は今年(2013年)4月にご逝去しました。お別れ会でのBGMは、やはり「フォルクローレ」でした。生前、『形見に俺のギターをやる。』と言っていましたが、まだ実現していないところです。「為書き」のある優秀なギターでした。

裏山では「山菜採り」が始まったようです。「アザミ(薊)」、「ワサビ(山葵)」、「ササダケ(笹筍)」、「フキ(蕗)」等です。「アザミ(薊)」はゴツゴツしていますがサクサク感があります。「アク(灰汁)」は顕著ではないものの、「胡麻和え(ごまあえ)」や味噌汁で頂きます。
「ワサビ(山葵)」は「ふす(燻す?)」べたり、「酒粕」で和えます。因みに、「ふす(燻す?)べる」のレシピは、熱湯にサッと通して蓋(ふた)をして外気を絶つ方法です。それによって増したツンとした「辛さ」を楽しみます。
「ササダケ(笹筍)」は春限定の「チシマザサ(千島笹)」の「タケノコ」です。代表レシピの代表は、「糸コン」と「とり皮」との「炒め物」です。春の運動会の定番料理です。「カツオブシ(鰹節)」をかけて戴きます。孟宗(もうそう)とは異なる繊細さがあります。
「フキ(蕗)」の扱いは多岐に及びます。まず「スブキ(酢蕗)」です。これは単に、湯がいた蕗を酢に漬けるだけです。他に、「葉」を「こうなご(小女子)」と煮付る「つくだに(佃煮)」です。また、茎(くき)は「身欠きニシン」との「煮付」や味噌汁の具です。早春の「フキ」は筋っぽくなくサクサクしています。やはり絶品です。
駐車場の園芸コーナーでは「ネギ(葱)」がムニャムニャと出ています。3週間ほど前に蒔(ま)いた「石倉一本」と「小葱」です。出始めの頃「霜」を受けましたが、何とか回復しました。これも「良き哉(よきかな)」です。
さて、プログラム(エピローグ)の「タンゴ」は、脈絡のないまま、際限無くあちらこちらに寄り道しています。南米は、タンゴの他にフォルクローレで知られています。個人的にはユパンキ(Atahualpa Yupanqui)が好きです。代表曲はLos ejes de mi carreta (牛車にゆられて)、Luna tucumana (トゥクマンの月)等です。因みに、ツクマン(Tucumán)はアルゼンチン北部の町の名前です。
ユパンキは、数度来日しています。奥州最北端の市民会館にも立ち寄りました。その折、筆者も聴きに行きました。Luna tucumana(ルナ・ツクマーナ) を聴いたのは、その時が初めてでした。ユパンキの舞台での風貌は、白髪のジャン・ギャバンもどきでした。ケンカの強そうな厚い胸、そして、声は、体を使って生活している炭鉱夫のような嗄声(しゃがれごえ)です。右指の大きい緑の指輪が鮮やかでした。
ユパンキと前後して来日したのがエドワルド・ファルー( Eduardo Falu )です。二人は、「コンドルは飛ぶ」を引っ提げて日本に上陸します。センセーショナル(sensational)に爆発した曲です。サイモンとガーファンクルより10年ほども前のことです。
奥州最北端の会場で司会を担当したのが、津軽のセニョールJ.Tでした。実は、日本にフォルクローレを紹介したのが彼だったのです。彼は後に、地元放送局番組「フォルクローレ・ア・ラ・カルト」を通して南米フォルクローレを日本に浸透させます。
彼の著書に次の一節があります。『戦後、進駐兵やFENラジオ放送(米軍極東放送網)に日本中が染まっていた時期、たった一握りの若者が、未知の音楽フォルクローレを恩寵とも捉えたものである。』。
あるとき、彼に、「フォルクローレの日本語訳はどうなりますか。」と訊いたことがあります。答えは『民族文化』です。『例えば下駄(ゲタ)も日本のフォルクローレです。』でした。おみやげに「una peso(ウナペソ)」のコインをいただきました。500円玉の3倍以上の重さでした。
残念ながらJ.T氏は今年(2013年)4月にご逝去しました。お別れ会でのBGMは、やはり「フォルクローレ」でした。生前、『形見に俺のギターをやる。』と言っていましたが、まだ実現していないところです。「為書き」のある優秀なギターでした。

2023/04/12(水)
09:40
今日の予報での最高気温は21℃だそうです。奥州最北端の常識では夏の気温です。それに釣られてか、つい2~3日前まで気配の無かった「新芽」がニョキニョキ出ています。特に、「ヤマシャクヤク(山芍薬)」と「カシス」が躍動的です。
同時に、「観桜会会場」の桜も満開です。折角の料亭での「花見」です。予定していた17日を14日に繰り上げることにしました。参加者は、何れも後期高齢者です。突然の期日の変更でも、然程の問題は無さそうなのです。
さて、プログラム原稿のタンゴは、突然、「ハンフリーボガード(Humphrey Bogart)」と「イングリットバーグマン( Ingrid Bergman)」の、「カサブランカ(Casablanca)」に転じられました。
親ドイツのヴィシー政権支配下にあったフランス領モロッコのカサブランカを舞台とした1942年(昭和17年)、マイケル・カーティス(Michael Curtiz)監督作の反戦映画です。
「ドゥーリイ・ウィルソン(Arthur "Dooley" Wilson)」が唄った主題歌の「As Time Goes By(時が流れても)」は映画のテーマとして今でもポピュラーな存在です。その詩も、エピローグ(epilogue)欄に加えることにします。
詩のイントロ(intro)に「アインシュタイン」の「相対性理論」が登場します。予想もしなかった展開です。難解でした。訳を友人のK.T氏やS.N氏にお願いしました。詩の大意は、「時代が変わっても、変わらないものがあるのではないか。」のようです。
As Time Goes By(時が経っても)・(映画・カサブランカ テーマ曲
作詞・作曲:Herman Hupfeld(ハーマンフップフェルド)
This day and age we're living in gives cause for apprehension with speed and new invention
and things like third dimension
今の時代に生きている私たちは、やれ、スピードの速い乗り物だの異次元のことだの将来への様々な気苦労が絶えないわね。
Yet we get a trifle weary with Mister Einstein's theory So we must get down to earth, at times relax and relieve the tension
それに、アインシュタイン博士の相対性理論だの光量子説だの。そういう難しいことも疲れちゃったし・・・。でも、こんな時代だからこそ世の中に振り回され過ぎないで、時にはリラックスして、不安を和らげたりすべきなのよ
No matter what the progress or what may yet be proved the simple facts of life are such they cannot be removed
世の中のさまざまな発展のこととか、いつか証明されるであろう立派なことばかりが重要なんじゃないわ。生きていくうえで本当に大事なことはただひとつ。そして、それはどんな時代であろうとも決して揺らぐことのないことなのよ
You must remember this a kiss is still a kiss a sigh is just a sigh the fundamental things apply as time goes by
これだけは忘れないでいて。キスといえばキスすることだし 溜め息といえばやっぱり溜め息をつくことなのよ。だから、どんなに時代が流れようともだれかを好きになったり夢中になったりする、そういう根本的なものは何も変わらないものなのよ。
And when two lovers woo, they still say "I love you" On that you can rely no matter what the future brings as time goes by
恋人たちが愛を伝えるときは今でも「私はあなたを愛している」と言うし、それで絆が深まったり・・・。この先どんな未来が訪れようとも。これは決して揺るぐことのないことなのよ。
Moonlight and love songs never out of date Hearts full of passion, jealousy and hate Woman needs man and man must have his mate That no one can deny It's still the same old story, a fight for love and glory, a case of do or die
月の明かりも愛の歌も決して時代遅れにはならないし、恋人たちの心はいつでも情熱と嫉妬と憎悪で満ちているわ。女には頼れる男が必要だし男にはいつもそばにいてくれる伴侶がいるべきなのです そんなことを否定できる人なんていないのよ。
The world will always welcome lovers as time goes by
そして、世界は恋人たちをいつでも喜んで受け入れてくれるものなの。 そう、どんなに時が経っても・・・
不思議にも偶然は重なるものです。この草稿を書いていた折(16/9/2020)、BSで、石原裕次郎の「夜霧も今夜もありがとう」が放映されていました。それが「カサブランカ」のリメーク版だったのです。因縁めいたものを感じてしまいました。

同時に、「観桜会会場」の桜も満開です。折角の料亭での「花見」です。予定していた17日を14日に繰り上げることにしました。参加者は、何れも後期高齢者です。突然の期日の変更でも、然程の問題は無さそうなのです。
さて、プログラム原稿のタンゴは、突然、「ハンフリーボガード(Humphrey Bogart)」と「イングリットバーグマン( Ingrid Bergman)」の、「カサブランカ(Casablanca)」に転じられました。
親ドイツのヴィシー政権支配下にあったフランス領モロッコのカサブランカを舞台とした1942年(昭和17年)、マイケル・カーティス(Michael Curtiz)監督作の反戦映画です。
「ドゥーリイ・ウィルソン(Arthur "Dooley" Wilson)」が唄った主題歌の「As Time Goes By(時が流れても)」は映画のテーマとして今でもポピュラーな存在です。その詩も、エピローグ(epilogue)欄に加えることにします。
詩のイントロ(intro)に「アインシュタイン」の「相対性理論」が登場します。予想もしなかった展開です。難解でした。訳を友人のK.T氏やS.N氏にお願いしました。詩の大意は、「時代が変わっても、変わらないものがあるのではないか。」のようです。
As Time Goes By(時が経っても)・(映画・カサブランカ テーマ曲
作詞・作曲:Herman Hupfeld(ハーマンフップフェルド)
This day and age we're living in gives cause for apprehension with speed and new invention
and things like third dimension
今の時代に生きている私たちは、やれ、スピードの速い乗り物だの異次元のことだの将来への様々な気苦労が絶えないわね。
Yet we get a trifle weary with Mister Einstein's theory So we must get down to earth, at times relax and relieve the tension
それに、アインシュタイン博士の相対性理論だの光量子説だの。そういう難しいことも疲れちゃったし・・・。でも、こんな時代だからこそ世の中に振り回され過ぎないで、時にはリラックスして、不安を和らげたりすべきなのよ
No matter what the progress or what may yet be proved the simple facts of life are such they cannot be removed
世の中のさまざまな発展のこととか、いつか証明されるであろう立派なことばかりが重要なんじゃないわ。生きていくうえで本当に大事なことはただひとつ。そして、それはどんな時代であろうとも決して揺らぐことのないことなのよ
You must remember this a kiss is still a kiss a sigh is just a sigh the fundamental things apply as time goes by
これだけは忘れないでいて。キスといえばキスすることだし 溜め息といえばやっぱり溜め息をつくことなのよ。だから、どんなに時代が流れようともだれかを好きになったり夢中になったりする、そういう根本的なものは何も変わらないものなのよ。
And when two lovers woo, they still say "I love you" On that you can rely no matter what the future brings as time goes by
恋人たちが愛を伝えるときは今でも「私はあなたを愛している」と言うし、それで絆が深まったり・・・。この先どんな未来が訪れようとも。これは決して揺るぐことのないことなのよ。
Moonlight and love songs never out of date Hearts full of passion, jealousy and hate Woman needs man and man must have his mate That no one can deny It's still the same old story, a fight for love and glory, a case of do or die
月の明かりも愛の歌も決して時代遅れにはならないし、恋人たちの心はいつでも情熱と嫉妬と憎悪で満ちているわ。女には頼れる男が必要だし男にはいつもそばにいてくれる伴侶がいるべきなのです そんなことを否定できる人なんていないのよ。
The world will always welcome lovers as time goes by
そして、世界は恋人たちをいつでも喜んで受け入れてくれるものなの。 そう、どんなに時が経っても・・・
不思議にも偶然は重なるものです。この草稿を書いていた折(16/9/2020)、BSで、石原裕次郎の「夜霧も今夜もありがとう」が放映されていました。それが「カサブランカ」のリメーク版だったのです。因縁めいたものを感じてしまいました。

2023/04/11(火)
13:13
「バラのタンゴ」は映画「カサブランカCasablanca」(1942年)にも登場します。ほんの一瞬でしたが、効果的な使い方でした。「リック(ハンフリー・ボガード)の店(Rick’s Café American)」でコリンナ・ムラ (Corinna Mura)が唄います。「よき時代」を偲ぶ演出でした。ギターの、「ジャーン」のイントロで始まります。切なさがありました。圧巻でした。
「バラのタンゴ」作詞者はイタリアのフィリッポ・シュライエル(Filippo Schreier)です。そのフランス語訳もあるようです。曲想は「ファド(fado)」の雰囲気に似ているようです。ファドは、ポルトガルに生まれた民族歌謡です。現地では、今もレストランなどで歌われているそうです。伴奏は、主に、ポルトガルギター(ギターラ)と、ヴィオラ(スチール弦使用のクラシックギター)です。
余談ですが、数年前、ヨーロッパ遊山を計画したことがありました。行程は、ロカ岬(ポルトガル・ユーラシア最西端)、スペイン等のヨーロッパ音楽巡りでした。しかし、その計画が具体化しそうになった頃にコロナ禍の来襲です。下火になった今は、数年前とは全く異なる、消失したアクティビティ(activity)です。断念することになります。
「旅上(朔太郎)」の『ふらんすへ行きたしと思へども ふらんすはあまりに遠し・・・』ではありませんが、「せめて」風呂に浸かり、こざっぱりしたいで立ちで文机(ふづくえ)に向かい、パソコンでの世界旅行を楽しむことになります。
「カサブランカ」はアフリカのモロッコにある地名です。ジブラルタル海峡を挟んだスペイン、ポルトガルの目の前にあります。海峡の幅は最も狭いところで14kmほどです。この間隔では、或いは、イタリア、ポルトガル、スペイン等はアフリカのモロッコと同じ圏内として考えてもいいのかも知れません。因みに、青森・函館間は100km以上のようです。
映画での「バラのタンゴ」は、対ナチの意思表示のため、イタリア語で唄われたようです。どなたの訳かは不明ですが、筆者は、時折、次のような日本語訳で口ずさんでいます。
夢の赤きバラは 想い出残し いつしか散りゆきし ソレントの街
ただ想い出を残すだけ ナポリの街
二度と帰り来ぬ街 ただなつかしく あの日の赤きバラ 蘇る街
ただ想い出だけのナポリの街
「バラのタンゴ」作詞者はイタリアのフィリッポ・シュライエル(Filippo Schreier)です。そのフランス語訳もあるようです。曲想は「ファド(fado)」の雰囲気に似ているようです。ファドは、ポルトガルに生まれた民族歌謡です。現地では、今もレストランなどで歌われているそうです。伴奏は、主に、ポルトガルギター(ギターラ)と、ヴィオラ(スチール弦使用のクラシックギター)です。
余談ですが、数年前、ヨーロッパ遊山を計画したことがありました。行程は、ロカ岬(ポルトガル・ユーラシア最西端)、スペイン等のヨーロッパ音楽巡りでした。しかし、その計画が具体化しそうになった頃にコロナ禍の来襲です。下火になった今は、数年前とは全く異なる、消失したアクティビティ(activity)です。断念することになります。
「旅上(朔太郎)」の『ふらんすへ行きたしと思へども ふらんすはあまりに遠し・・・』ではありませんが、「せめて」風呂に浸かり、こざっぱりしたいで立ちで文机(ふづくえ)に向かい、パソコンでの世界旅行を楽しむことになります。
「カサブランカ」はアフリカのモロッコにある地名です。ジブラルタル海峡を挟んだスペイン、ポルトガルの目の前にあります。海峡の幅は最も狭いところで14kmほどです。この間隔では、或いは、イタリア、ポルトガル、スペイン等はアフリカのモロッコと同じ圏内として考えてもいいのかも知れません。因みに、青森・函館間は100km以上のようです。
映画での「バラのタンゴ」は、対ナチの意思表示のため、イタリア語で唄われたようです。どなたの訳かは不明ですが、筆者は、時折、次のような日本語訳で口ずさんでいます。
夢の赤きバラは 想い出残し いつしか散りゆきし ソレントの街
ただ想い出を残すだけ ナポリの街
二度と帰り来ぬ街 ただなつかしく あの日の赤きバラ 蘇る街
ただ想い出だけのナポリの街
2023/04/09(日)
10:08
昨日から今日にかけてのシトシトとした雨です。外での作業は足踏みです。しかし、雪融け後の埃(ほこり)を流し、再びの緑を促(うなが)す春雨です。歓迎すること頻(しき)りです。
このところ、演奏会用のプログラム原稿を作っています。尤も、数年前から既に後期高齢者に分類されている折です。しかも、演奏技術は老いてから稽古した程度です。とても演奏会なんぞの覚束(おぼつか)ないものです。それでもプログラム原稿だけには手をかけようとしている、戯言(たわごと)とも言える試みです。
プログラムに載せようとしている曲は、クラシックから歌謡曲、そして小学校で習った文部省唱歌から映画の主題曲までです。選曲の基本的ステータス(status)は、単に、ここ80年間ちかくの自身の記憶に負うものです。結果的に、そのジャンルは多岐に及び「何でもあり」になります。そして、地理的にも、洋の東西を問うことのない世界一周の「逍遥」のようなものになりました。
今回は「タンゴ(tango)」です。殊更に想い出のあるテーマです。タンゴ(tango)には、南米アルゼンチンの「アルゼンチン・タンゴ」と、ヨーロッパの「コンチネンタル・タンゴ」があります。
起源は、ユーラシア最西端イベリア半島(スペイン、ポルトガル・・)で発祥した舞曲のリズムのことのようです。それが、南米アルゼンチン・ブエノスアイレス、ウルグアイ・モンテビデオに渡り、各地のダンススポット用につくられたのがアルゼンチン・タンゴといわれています。
スペインの「フラメンコ」が、アルゼンチンの「ミロンガ」と混ざり、移民街で再生したことになります。
因みに、「ブエノスアイレス」と「モンテビデオ」は、大河「ラプラタ川」を挟んでいます。一般的には、南米のタンゴは「アルゼンチン・タンゴ」といわれますが、モンテビデオでは「ウルグアイ・タンゴ」として、「アルゼンチン・タンゴ」と一線を画しているようです。「元祖〇〇〇」と「本家〇〇〇」に似ているようです。
アルゼンチン・タンゴが粗削りであるとすれば、ヨーロッパ各地でつくらたコンチネンタル・タンゴには精錬された上品さがあるようです。「夢のタンゴ(フランス)」、「バラのタンゴ(イタリア)」、「奥様お手をどうぞ(ドイツ)」、「ジェラシー(デンマーク)」等です。
このところ、演奏会用のプログラム原稿を作っています。尤も、数年前から既に後期高齢者に分類されている折です。しかも、演奏技術は老いてから稽古した程度です。とても演奏会なんぞの覚束(おぼつか)ないものです。それでもプログラム原稿だけには手をかけようとしている、戯言(たわごと)とも言える試みです。
プログラムに載せようとしている曲は、クラシックから歌謡曲、そして小学校で習った文部省唱歌から映画の主題曲までです。選曲の基本的ステータス(status)は、単に、ここ80年間ちかくの自身の記憶に負うものです。結果的に、そのジャンルは多岐に及び「何でもあり」になります。そして、地理的にも、洋の東西を問うことのない世界一周の「逍遥」のようなものになりました。
今回は「タンゴ(tango)」です。殊更に想い出のあるテーマです。タンゴ(tango)には、南米アルゼンチンの「アルゼンチン・タンゴ」と、ヨーロッパの「コンチネンタル・タンゴ」があります。
起源は、ユーラシア最西端イベリア半島(スペイン、ポルトガル・・)で発祥した舞曲のリズムのことのようです。それが、南米アルゼンチン・ブエノスアイレス、ウルグアイ・モンテビデオに渡り、各地のダンススポット用につくられたのがアルゼンチン・タンゴといわれています。
スペインの「フラメンコ」が、アルゼンチンの「ミロンガ」と混ざり、移民街で再生したことになります。
因みに、「ブエノスアイレス」と「モンテビデオ」は、大河「ラプラタ川」を挟んでいます。一般的には、南米のタンゴは「アルゼンチン・タンゴ」といわれますが、モンテビデオでは「ウルグアイ・タンゴ」として、「アルゼンチン・タンゴ」と一線を画しているようです。「元祖〇〇〇」と「本家〇〇〇」に似ているようです。
アルゼンチン・タンゴが粗削りであるとすれば、ヨーロッパ各地でつくらたコンチネンタル・タンゴには精錬された上品さがあるようです。「夢のタンゴ(フランス)」、「バラのタンゴ(イタリア)」、「奥様お手をどうぞ(ドイツ)」、「ジェラシー(デンマーク)」等です。
2023/04/07(金)
15:23
プログラム用原稿づくりは、いよいよ「Danny boy(ダニー・ボイ)」の最終回、(5)です。テーマは、この曲にまつわる個人的な記憶の一端のご紹介です。
60年ほど昔(筆者の高校時代)、この歌をS.S君が唄いました。実は、当時のA高校は、土曜日は午前授業でした。我がクラスでは、時折、その午後を狙ったクラス会がありました。内容は、単に、それぞれが好き勝手なことを発表し合う交流会です。
芝居(かな手本忠臣蔵、金色夜叉等の寸劇等)あり、数学の文章題の模範解答づくりあり、そして歌(映画の主題歌)あり、また、サックスやギター等の演奏あり等、何でもありの交流発表会でした。その頃の筆者は、お勉強そっちのけで格闘技に没頭していました。それは、不得意な運動を克服したかったからです。
しかし、中には、東大はじめ超難関大学を目指すガリ勉連中もいました。それら得体の知れない連中が集まったクラス会です。それは、普段の学校生活では見せない素顔を見せる瞬間でもありました。S.S君は、そのクラス会で歌ったのです。
当時、この歌は、ハリー・ベラフォンテ(Harry Belafonte)やプレスリー(Elvis Presley)で知られていました。筆者も、T.Y君から借りたレコードで覚えました。尤も、「the pipes, the pipes are calling」の意味の何たるかを知らない頃でした。まして、『pipes(いくつかのパイプが)あちらこちらの峡谷や山から下りながら呼んでいる』を理解する力の無い頃でした。
しかし、その時のS.S君の唄は、同級生の多くを感動させ魅了させました。詩情溢れる歌唱力だったのです。因みに、「pipes」が、「バッグ(袋)・bag」と「パイプ・pipes」を合体した語のスコットランド民族楽器「バグパイプ・bagpipes」であることを知ったのは長い時間を経てからのことでした。
「Danny boy」は、アイルランドに古くから伝えられる、自然環境の美しさや家族愛を唄ったものです。しかし、イングランド人が唄うのとアイリッシュ(Irish・アイルランド人)が唄うのとでは全く異なる訴えがあったようです。そして、戦争による徴兵の経験の有無でも全く異なる次元と言えそうです。
ベラフォンテもこれを歌いました。切々とした歌でした。彼は数回来日したようです。三島由紀夫(盾の番長、豊穣の海の著者)もベラフォンテの1960年日本公演を観たそうです。三島は、次のような感想を残しています。『彼(ベラフォンテ)のステージには、悲痛な奴隷の歴史、力と陽気さ、繊細さ、悲哀、そして素朴な人間の魂があった。』、と。
ベラフォンテ自身もアメリカ・ニューヨーク・ハーレム生まれの黒人です。あるいは三島は、ベラフォンテの歌に、アイルランドの歴史を見たのかも知れません。因みに、番長が割腹し、介錯を受けたのは、その数年後の1970年(昭和45年11月25日)でした。
やがてこの歌はアイルランドからの移民によってアメリカに伝えられます。1960年代の「虹とともに消えた恋」(PPMピーター・ポール&マリー)のコーラス部分『Shule,shule shulee-a-roo shule -a-rak-shule,shule-a-ba-ba-coo』にも反映されているようです。
PPMは、且て、筆者も唄いました。勿論その頃は、「シュール シュール シュラル・・・」が何のことかは解りませんでした。ゲール語(古アイルランド語・ケルト語)であることを知ったのは後年になってからです。
奇遇というべきか、先般、BS103でケルト文化の紹介がありました。その中で、アイルランドの山々に囲まれた夏の草原も紹介されました。中でも、アイリッシュハープ伴奏による「danny boy」と「庭の千草('Tis the Last Rose of Summer)」は圧巻でした。
60年ほど昔(筆者の高校時代)、この歌をS.S君が唄いました。実は、当時のA高校は、土曜日は午前授業でした。我がクラスでは、時折、その午後を狙ったクラス会がありました。内容は、単に、それぞれが好き勝手なことを発表し合う交流会です。
芝居(かな手本忠臣蔵、金色夜叉等の寸劇等)あり、数学の文章題の模範解答づくりあり、そして歌(映画の主題歌)あり、また、サックスやギター等の演奏あり等、何でもありの交流発表会でした。その頃の筆者は、お勉強そっちのけで格闘技に没頭していました。それは、不得意な運動を克服したかったからです。
しかし、中には、東大はじめ超難関大学を目指すガリ勉連中もいました。それら得体の知れない連中が集まったクラス会です。それは、普段の学校生活では見せない素顔を見せる瞬間でもありました。S.S君は、そのクラス会で歌ったのです。
当時、この歌は、ハリー・ベラフォンテ(Harry Belafonte)やプレスリー(Elvis Presley)で知られていました。筆者も、T.Y君から借りたレコードで覚えました。尤も、「the pipes, the pipes are calling」の意味の何たるかを知らない頃でした。まして、『pipes(いくつかのパイプが)あちらこちらの峡谷や山から下りながら呼んでいる』を理解する力の無い頃でした。
しかし、その時のS.S君の唄は、同級生の多くを感動させ魅了させました。詩情溢れる歌唱力だったのです。因みに、「pipes」が、「バッグ(袋)・bag」と「パイプ・pipes」を合体した語のスコットランド民族楽器「バグパイプ・bagpipes」であることを知ったのは長い時間を経てからのことでした。
「Danny boy」は、アイルランドに古くから伝えられる、自然環境の美しさや家族愛を唄ったものです。しかし、イングランド人が唄うのとアイリッシュ(Irish・アイルランド人)が唄うのとでは全く異なる訴えがあったようです。そして、戦争による徴兵の経験の有無でも全く異なる次元と言えそうです。
ベラフォンテもこれを歌いました。切々とした歌でした。彼は数回来日したようです。三島由紀夫(盾の番長、豊穣の海の著者)もベラフォンテの1960年日本公演を観たそうです。三島は、次のような感想を残しています。『彼(ベラフォンテ)のステージには、悲痛な奴隷の歴史、力と陽気さ、繊細さ、悲哀、そして素朴な人間の魂があった。』、と。
ベラフォンテ自身もアメリカ・ニューヨーク・ハーレム生まれの黒人です。あるいは三島は、ベラフォンテの歌に、アイルランドの歴史を見たのかも知れません。因みに、番長が割腹し、介錯を受けたのは、その数年後の1970年(昭和45年11月25日)でした。
やがてこの歌はアイルランドからの移民によってアメリカに伝えられます。1960年代の「虹とともに消えた恋」(PPMピーター・ポール&マリー)のコーラス部分『Shule,shule shulee-a-roo shule -a-rak-shule,shule-a-ba-ba-coo』にも反映されているようです。
PPMは、且て、筆者も唄いました。勿論その頃は、「シュール シュール シュラル・・・」が何のことかは解りませんでした。ゲール語(古アイルランド語・ケルト語)であることを知ったのは後年になってからです。
奇遇というべきか、先般、BS103でケルト文化の紹介がありました。その中で、アイルランドの山々に囲まれた夏の草原も紹介されました。中でも、アイリッシュハープ伴奏による「danny boy」と「庭の千草('Tis the Last Rose of Summer)」は圧巻でした。
2023/04/05(水)
07:29