朝は雨です。時折の雨は地表は勿論、越冬で鬱積している心も体も洗ってくれるようです。何よりも、新しい「緑」を再生してくれます。「良き哉」です。

裏山では「山菜採り」が始まったようです。「アザミ(薊)」、「ワサビ(山葵)」、「ササダケ(笹筍)」、「フキ(蕗)」等です。「アザミ(薊)」はゴツゴツしていますがサクサク感があります。「アク(灰汁)」は顕著ではないものの、「胡麻和え(ごまあえ)」や味噌汁で頂きます。

「ワサビ(山葵)」は「ふす(燻す?)」べたり、「酒粕」で和えます。因みに、「ふす(燻す?)べる」のレシピは、熱湯にサッと通して蓋(ふた)をして外気を絶つ方法です。それによって増したツンとした「辛さ」を楽しみます。

「ササダケ(笹筍)」は春限定の「チシマザサ(千島笹)」の「タケノコ」です。代表レシピの代表は、「糸コン」と「とり皮」との「炒め物」です。春の運動会の定番料理です。「カツオブシ(鰹節)」をかけて戴きます。孟宗(もうそう)とは異なる繊細さがあります。

「フキ(蕗)」の扱いは多岐に及びます。まず「スブキ(酢蕗)」です。これは単に、湯がいた蕗を酢に漬けるだけです。他に、「葉」を「こうなご(小女子)」と煮付る「つくだに(佃煮)」です。また、茎(くき)は「身欠きニシン」との「煮付」や味噌汁の具です。早春の「フキ」は筋っぽくなくサクサクしています。やはり絶品です。


駐車場の園芸コーナーでは「ネギ(葱)」がムニャムニャと出ています。3週間ほど前に蒔(ま)いた「石倉一本」と「小葱」です。出始めの頃「霜」を受けましたが、何とか回復しました。これも「良き哉(よきかな)」です。

さて、プログラム(エピローグ)の「タンゴ」は、脈絡のないまま、際限無くあちらこちらに寄り道しています。南米は、タンゴの他にフォルクローレで知られています。個人的にはユパンキ(Atahualpa Yupanqui)が好きです。代表曲はLos ejes de mi carreta (牛車にゆられて)、Luna tucumana (トゥクマンの月)等です。因みに、ツクマン(Tucumán)はアルゼンチン北部の町の名前です。

ユパンキは、数度来日しています。奥州最北端の市民会館にも立ち寄りました。その折、筆者も聴きに行きました。Luna tucumana(ルナ・ツクマーナ) を聴いたのは、その時が初めてでした。ユパンキの舞台での風貌は、白髪のジャン・ギャバンもどきでした。ケンカの強そうな厚い胸、そして、声は、体を使って生活している炭鉱夫のような嗄声(しゃがれごえ)です。右指の大きい緑の指輪が鮮やかでした。

ユパンキと前後して来日したのがエドワルド・ファルー( Eduardo Falu )です。二人は、「コンドルは飛ぶ」を引っ提げて日本に上陸します。センセーショナル(sensational)に爆発した曲です。サイモンとガーファンクルより10年ほども前のことです。

奥州最北端の会場で司会を担当したのが、津軽のセニョールJ.Tでした。実は、日本にフォルクローレを紹介したのが彼だったのです。彼は後に、地元放送局番組「フォルクローレ・ア・ラ・カルト」を通して南米フォルクローレを日本に浸透させます。

彼の著書に次の一節があります。『戦後、進駐兵やFENラジオ放送(米軍極東放送網)に日本中が染まっていた時期、たった一握りの若者が、未知の音楽フォルクローレを恩寵とも捉えたものである。』。

あるとき、彼に、「フォルクローレの日本語訳はどうなりますか。」と訊いたことがあります。答えは『民族文化』です。『例えば下駄(ゲタ)も日本のフォルクローレです。』でした。おみやげに「una peso(ウナペソ)」のコインをいただきました。500円玉の3倍以上の重さでした。

残念ながらJ.T氏は今年(2013年)4月にご逝去しました。お別れ会でのBGMは、やはり「フォルクローレ」でした。生前、『形見に俺のギターをやる。』と言っていましたが、まだ実現していないところです。「為書き」のある優秀なギターでした。


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2023/04/12(水) 09:40