一頃25℃もあったのが、一昨日は7℃でした。市内山間部では5cmほどの雪だったそうです。加えて「マスクの解除」です。世情の疎(うと)い老骨には、何がおこるか解らない、油断のできない夏へのイントロ(introduction)です。
プログラム原稿づくりはジャニギターの(5)です。明確な脈絡を持たないまま、いつの間にか「ジャニギター」が「島の女」に飛び、今日の原稿では「島の女」が「刑事」の「死ぬほど愛して(Sinno' me moro(シノメモロ))」に飛びます。
そのきっかけは、「刑事」が「島の女」の2年後(1959年)(筆者中学生の頃?の作)のイタリア映画で、自身の記憶の中では同次元の世界だったからのようです。
イタリア映画「刑事」は、監督・主演男優・作詞:Pietro Germi(ピエトロ・ジェルミ)、作曲Carlo Rustichelli(カルロ・ルスティケッリ )。主演女優クラウデイァ・カルディナーレ(Claudia Cardinale)。唄はAlida Chelli(アリダ・ケッリ・作曲者ルスティケッリの娘)。
ラストシーンの、刑事のピエトロ・ジェルミの傍(そば)を通り過ぎるカルディナーレが印象的でした。因みに、この主題歌を淡谷のり子(津軽の歌姫)はじめ岸洋子も唄っていました。イタリア語では次のような歌詞でした。
Sinno’ me moro(シノメモロ・死ぬほど愛して)(訳詩 水野汀子)
Amore, amore, amore, amore mio, ‘n braccio a te me scord ogni dolore
(アモレ アモレ アモレ アモレ ミオ インブラジア テメスカルド オニドローレ)・(アモーレアモーレアモレアモレミオ やさし君に抱かれるとき)
Voglio resta’ co’ te sinno’ me moro, voglio resta’ co’ te sinno’ me moro
(ボイオ レスタ コテ シ ノメ モロ ボイオ レスタ コ テ シノメ モロ)・(かなしみわすれあいのなみだ 永久に君よ いとし人)
Voglio resta’ co’ te sinno’ me moro, voglio resta’ co’ te sinno’ me moro
(ボイオレスタ コ テ シノメ モロ ボイオ レスタ コテシノ メ モロ)・(永久に君よ いとし人 永久に君よいとし人)
(アモーレ アモーレ アモーレ 泣かないで 君の悲しみ 消えるまで 私の胸にそっともたれて いとし人よ いつまでも いとし人よ いつまでも)
2023/05/10(水)
08:40
このところの奥州最北端は25℃になることもあります。昔の常識では「真夏」ともいえる気温です。春を飛び越え、厳冬から突然夏になったようなものです。慌てて、曖昧な5月を満喫したく、『♪柱のキズは一昨年の5月五日の背比べ…』の「粽(ちまき)」と、前沖(まよき)の「トゲクリガニ」をいただいているところです。
さて、連載中のプログラム原稿づくりは、ジャニギター(3)に続く(4)です。「ジャニギター」の主題歌を歌ったのがジュリー・ロンドンであることから、同じく彼女が歌った「島の女」の「イルカに乗った少年」に話が転じられてしまいます。
「島の女」の主題歌はジュリー・ロンドンの他に、ソフィア・ローレン(Sophia Loren)もギリシャ語?で唄っていました。おそらく、原曲がギリシャ語の「Ti neafto(ティ・ナフト)」だったことからのようです。J.フェーマノグロウ作詞、作曲タキス・モラキスの、知る人ぞ知る名曲です。
ジュリー・ロンドンのきれいな英語も然(さ)ることながら、ソフィア・ローレンのギリシャ語も素晴らしいです。特に、地元の人々が集う居酒屋で、素朴なギターの伴奏で歌う場面は圧巻でした。
つい自分も歌いたくなり、テレビから撮ったビデヲを何百回も再生し、カタカナで一語ずつ書き写したことがあります。長時間の作業に耐えることができたのは、単に「歌いたい」という強い思いとともに、「読み取り作業」自体が楽しく思える「若さ」があったからのようです。50年ほど前のことです。
テープから起こした読みはつぎのようなものでした。しかし、 言語は、α(アルファ)、β(ベータ)、γ(ガンマ)のギリシャ語?です。詩の意味は、ジュリー・ロンドンの英語で想像することになります。
Ti neafto Sophia Loren(唄・ソフィア・ローレン)
Sagapo,sagapo,sagapo Ti neafto pouto lene agape Ti neafto, ti neafto Pou krifa tis dardiers odigi Ki opios toniose to nostalgi (サガポー サガポー サガポー ティナフト プタレ ネハガフィ ティナフト ティナフト ポクリファ ディスダルディ ソデギ キョピスト ニョセト ノスタルギ)
ティナフト プタレ ネハガフィ ティナフト ティナフト イエリョザ クレリアカ ザグロヒ デゾエス マスケ テロス キュアルヒ ポテ ポテ カネナストーマ ゼンドブレ キエ ゼンドブレ
アコーマ ティナフト プタレ ネアガフィ ティナフト ティナフト プセカニ ナレストシコポー サガポー サガポー サガポー(???)
さて、連載中のプログラム原稿づくりは、ジャニギター(3)に続く(4)です。「ジャニギター」の主題歌を歌ったのがジュリー・ロンドンであることから、同じく彼女が歌った「島の女」の「イルカに乗った少年」に話が転じられてしまいます。
「島の女」の主題歌はジュリー・ロンドンの他に、ソフィア・ローレン(Sophia Loren)もギリシャ語?で唄っていました。おそらく、原曲がギリシャ語の「Ti neafto(ティ・ナフト)」だったことからのようです。J.フェーマノグロウ作詞、作曲タキス・モラキスの、知る人ぞ知る名曲です。
ジュリー・ロンドンのきれいな英語も然(さ)ることながら、ソフィア・ローレンのギリシャ語も素晴らしいです。特に、地元の人々が集う居酒屋で、素朴なギターの伴奏で歌う場面は圧巻でした。
つい自分も歌いたくなり、テレビから撮ったビデヲを何百回も再生し、カタカナで一語ずつ書き写したことがあります。長時間の作業に耐えることができたのは、単に「歌いたい」という強い思いとともに、「読み取り作業」自体が楽しく思える「若さ」があったからのようです。50年ほど前のことです。
テープから起こした読みはつぎのようなものでした。しかし、 言語は、α(アルファ)、β(ベータ)、γ(ガンマ)のギリシャ語?です。詩の意味は、ジュリー・ロンドンの英語で想像することになります。
Ti neafto Sophia Loren(唄・ソフィア・ローレン)
Sagapo,sagapo,sagapo Ti neafto pouto lene agape Ti neafto, ti neafto Pou krifa tis dardiers odigi Ki opios toniose to nostalgi (サガポー サガポー サガポー ティナフト プタレ ネハガフィ ティナフト ティナフト ポクリファ ディスダルディ ソデギ キョピスト ニョセト ノスタルギ)
ティナフト プタレ ネハガフィ ティナフト ティナフト イエリョザ クレリアカ ザグロヒ デゾエス マスケ テロス キュアルヒ ポテ ポテ カネナストーマ ゼンドブレ キエ ゼンドブレ
アコーマ ティナフト プタレ ネアガフィ ティナフト ティナフト プセカニ ナレストシコポー サガポー サガポー サガポー(???)
2023/05/06(土)
10:51
いつの間にか連休を迎え、いつの間にか5月です。その連休もいつの間にか半ばを過ぎました。時間が矢のような速さで移ろっています。尤も、老後には毎日が日曜日です。連休とはいうものの、特別なスケジュールを持たない、いつも通りの晴耕雨読の毎日です。
しかし、今年の連休は10名ほどの来客予定があり、いつものパターンとはと異なっています。それは、来客受け入れのための大掃除です。ここ数日も続いています。普段のお行儀のツケの払いのようなものです。
さて、連載のプログラム原稿づくりは、ジャニギター(2)に続く(3)です。
筆者の高校時代(60年ほど昔)、文化祭で、同級生のS君がこの「ジャニギター」を歌いました。そのとき、筆者もこれを覚えたいと思いました。しかし、今とは違い、当時は歌詞の入手等が難しく、結局、断念することになりました。
今はWEBの御代です。その文明の利器を頼りにあらためて再挑戦しているところです。謂わば、人生の卒業論文づくりのようなものかも知れません。
歌詞には簡単?な単語だけが使われているようです。しかし、筆者の英語力では訳すことのできない個所が多いです。「構文(文章の組み立て)」が使われているのです。例えば、「What if you go, what if you stay・・・」です。
このことを、ご近所のG君に訊いてみます。G君は、若い頃、6年間ほどアメリカに留学しています。英語のデリカシーをよく解っている方のようだったのです。彼曰く、『「もしも・・・であったらどうしよう。」と、困ることを想像しての「・・・でなければいいのだが・・・」ではないでしょうか。』と即答します。
「ジャニギター(Johnny Guitar)」はジュリー・ロンドン(Julie London)が歌っていました。そのジュリー・ロンドンは、「島の女」の主題歌「いるかに乗った少年(Boy on a Dolphin)」も唄っていました。映画のオープニングに使われました。
Boy on a Dolphin (唄・Julie London)の歌詞は次のような内容です。『イルカに跨(またが)った黄金の少年が、海の底から現れる・・・・。という言い伝えがある。』のようでした。
There's a tale that they tell of a dolphin and a boy made of gold.
With the shells and the pearls in the deep, he has lain many years fast asleep
What they tell of the boy on a dolphin, who can say if it's true?
Should he rise from the depths of the ocean, any wish that you wish may come true.
You say "he's only a statue, and what can a statue achieve?" And yet, while I'm gazing at you,
My heart tells my head to believe. If the boy whom the gods have enchanted
Should arise from the sea, And the wish of my heart could be granted, I would wish that you loved only me.
しかし、今年の連休は10名ほどの来客予定があり、いつものパターンとはと異なっています。それは、来客受け入れのための大掃除です。ここ数日も続いています。普段のお行儀のツケの払いのようなものです。
さて、連載のプログラム原稿づくりは、ジャニギター(2)に続く(3)です。
筆者の高校時代(60年ほど昔)、文化祭で、同級生のS君がこの「ジャニギター」を歌いました。そのとき、筆者もこれを覚えたいと思いました。しかし、今とは違い、当時は歌詞の入手等が難しく、結局、断念することになりました。
今はWEBの御代です。その文明の利器を頼りにあらためて再挑戦しているところです。謂わば、人生の卒業論文づくりのようなものかも知れません。
歌詞には簡単?な単語だけが使われているようです。しかし、筆者の英語力では訳すことのできない個所が多いです。「構文(文章の組み立て)」が使われているのです。例えば、「What if you go, what if you stay・・・」です。
このことを、ご近所のG君に訊いてみます。G君は、若い頃、6年間ほどアメリカに留学しています。英語のデリカシーをよく解っている方のようだったのです。彼曰く、『「もしも・・・であったらどうしよう。」と、困ることを想像しての「・・・でなければいいのだが・・・」ではないでしょうか。』と即答します。
「ジャニギター(Johnny Guitar)」はジュリー・ロンドン(Julie London)が歌っていました。そのジュリー・ロンドンは、「島の女」の主題歌「いるかに乗った少年(Boy on a Dolphin)」も唄っていました。映画のオープニングに使われました。
Boy on a Dolphin (唄・Julie London)の歌詞は次のような内容です。『イルカに跨(またが)った黄金の少年が、海の底から現れる・・・・。という言い伝えがある。』のようでした。
There's a tale that they tell of a dolphin and a boy made of gold.
With the shells and the pearls in the deep, he has lain many years fast asleep
What they tell of the boy on a dolphin, who can say if it's true?
Should he rise from the depths of the ocean, any wish that you wish may come true.
You say "he's only a statue, and what can a statue achieve?" And yet, while I'm gazing at you,
My heart tells my head to believe. If the boy whom the gods have enchanted
Should arise from the sea, And the wish of my heart could be granted, I would wish that you loved only me.
2023/05/02(火)
07:51
昨夕から降った雨は、今日は終日続くようです。それでも春は進んでいます。自動的に「畑づくり」に気が急きます。尤も、畑とはいうものの、その広さは、駐車場岸の「猫の額」程度のものです。それでも高齢者にとっては、捨てがたい世界なのです。
ここ数年の植えているのは、「ミニトマト」、「ネギ」、「ニラ」、「キユウリ」等です。何れも重宝する存在です。今年は、「ネギ」と「まんずなる(ササゲ)」を「種」から育てることにします。しかし、1回目は見事に失敗します。「霜」にあたったからのようです。
気を取り直して、新しく「種」を買い求めて再挑戦します。実は、ご近所の皆さんに、つくった「苗」をお分けすることになっていたのです。置き場所を居間のテーブルにします。結果はニョキニョキと発芽します。1回目の失敗は、この「発芽温度」の作用だったのかも知れません。
他方、演奏会用プログラムづくりは、前回ジャニギターの(1)に続いての(2)です。
「Johnny」の発音は、一般的には「ジョニー」のようです。P.P.M(ピーター・ポール&マリー)の「虹と共に消えた恋」の「Johnny's gone for a soldier.」、ジョン・レイトン(John Leyton.)の「霧の中のジョニー」の「Johnny Remember Me」の「Johnny」も「ジョニー」と発音していたようです。
しかし、ネイティブ・native(その地に住む人々)?は「Johnny」は「ジャニー」と発音しているようです。日本でも「Johnny Guitar」を、「ジョニギター」ではなく「ジャニギター」と発音しているようです。或いは、「お寺deコンサート」の「de」と同じことなのかも知れません(後述予定)。
さて、ジャニギター(Johnny Guitar)の訳は「ギター弾きのジョニー」のようです。実は、物語上での「ジョニー・ローガン(Johnny Logan)」の通り名がジャニギターです。世人が恐れと憧れをもって名付けた凄腕ガンマンの設定です。ケンカが強くギターの名手でもあることからの命名のようです。
彼が映画の中でギターを弾くのは数秒だったようです。1ヶ所、ポズィションの甘いところはありましたが、筆者なんぞの真似のできないレベルでした。
映画の内容は、アリゾナの鉄道敷設(ふせつ)工事の利権を背景に、酒場の女主人ビエンナと大地主の娘エマとの相克を描いたものです。
エマの一行に襲われる前、ビエンナが酒場のピアノでこの曲を演奏するシーンがあったようです。曖昧な記憶ですが、その時の服装は、いつもは乗馬ズボンにガンベルトの彼女が、その時だけは白いドレスに黒のネクタイとベルトでした。
歌詞は、ジャニーを想う酒場の女主人ビエンナの心情を綴ったもののようです。 ・・・・ やがて(3)に続く予定です。
ここ数年の植えているのは、「ミニトマト」、「ネギ」、「ニラ」、「キユウリ」等です。何れも重宝する存在です。今年は、「ネギ」と「まんずなる(ササゲ)」を「種」から育てることにします。しかし、1回目は見事に失敗します。「霜」にあたったからのようです。
気を取り直して、新しく「種」を買い求めて再挑戦します。実は、ご近所の皆さんに、つくった「苗」をお分けすることになっていたのです。置き場所を居間のテーブルにします。結果はニョキニョキと発芽します。1回目の失敗は、この「発芽温度」の作用だったのかも知れません。
他方、演奏会用プログラムづくりは、前回ジャニギターの(1)に続いての(2)です。
「Johnny」の発音は、一般的には「ジョニー」のようです。P.P.M(ピーター・ポール&マリー)の「虹と共に消えた恋」の「Johnny's gone for a soldier.」、ジョン・レイトン(John Leyton.)の「霧の中のジョニー」の「Johnny Remember Me」の「Johnny」も「ジョニー」と発音していたようです。
しかし、ネイティブ・native(その地に住む人々)?は「Johnny」は「ジャニー」と発音しているようです。日本でも「Johnny Guitar」を、「ジョニギター」ではなく「ジャニギター」と発音しているようです。或いは、「お寺deコンサート」の「de」と同じことなのかも知れません(後述予定)。
さて、ジャニギター(Johnny Guitar)の訳は「ギター弾きのジョニー」のようです。実は、物語上での「ジョニー・ローガン(Johnny Logan)」の通り名がジャニギターです。世人が恐れと憧れをもって名付けた凄腕ガンマンの設定です。ケンカが強くギターの名手でもあることからの命名のようです。
彼が映画の中でギターを弾くのは数秒だったようです。1ヶ所、ポズィションの甘いところはありましたが、筆者なんぞの真似のできないレベルでした。
映画の内容は、アリゾナの鉄道敷設(ふせつ)工事の利権を背景に、酒場の女主人ビエンナと大地主の娘エマとの相克を描いたものです。
エマの一行に襲われる前、ビエンナが酒場のピアノでこの曲を演奏するシーンがあったようです。曖昧な記憶ですが、その時の服装は、いつもは乗馬ズボンにガンベルトの彼女が、その時だけは白いドレスに黒のネクタイとベルトでした。
歌詞は、ジャニーを想う酒場の女主人ビエンナの心情を綴ったもののようです。 ・・・・ やがて(3)に続く予定です。
2023/04/26(水)
11:13
春一番に咲く梅は既に散り、追いかけて咲く桜も散りました。その後に続く、「ツバキ(椿)」、「コザクラ(小桜)」はじめ、「イカリソウ (碇草)」、「シラネアオイ(白根葵)」、「オカワサビ(陸山葵)」、そして「ヒトリシズカ(一人静)」等もまた、いつの間にか咲いています。丁度、「花をバトン」としての「駆けっこ」のようです。
こうなると、生活のパターンも、いつの間にか「冬バージョン」から「春バージョン」に変化します。昨日、今日は「作品づくり」の打ち合わせです。そして今日は材料調達に動き廻ります。数ヶ月ぶりにお邪魔する製材所の環境もまた「新緑」に埋まっていました。
そして「さつま編み」の学習です。これは「作品づくり」に必要なエレメント(element)です。20年ほど昔に友人に手ほどきしてもらいましたが、結局はギブアップした世界です。時間の潤沢になった今、あらためての挑戦です。
「ネット」で検索すると、この編み方には、「アイスプライス」と「ショートスプライス」の2種類があるようです。その「ショートスプライス」に挑みます。しかし、至れり尽くせりのご指導をいただいても、満足する結果には至りませんでした。もう少しの試行錯誤が必要のようです。
さて、他方、越冬の手慰みとして手をつけた「プログラム原稿づくり」のテーマは、今日から「ジャニギター」に移ります。この曲は、おそらく、同年代の殆どの知る映画音楽です。つい先般から、「老いた人の若かりし頃の愛唱歌」のメニューにも入っていそうの曲です。
「ジャニギター」は「大砂塵」のテーマ曲です。作詞と歌を担当したのはペギー・リーです。彼女は、若い頃、家庭環境に恵まれていなかったそうです。歌詞にある「I was always a fool ・・・(私はいつもバカだった?)」のストレートで説得力ある表現は、彼女自身の本音に聴こえるようです。或いは、その若い頃の生活が反映されているのかも知れません。
作曲したビクター・ヤング(Victor Young)は他にも多くの映画音楽をつくりました。その中に「シェーン(Shane)」の主題曲「遙かなる山の呼び声」があります。この曲も、ジャニギター同様、弱起(アウフタクト・Auftakt)から始まるようです。
4拍目のアウフタクトは、当時の映画音楽に特に多いようです。シノメモロ(Sinnò me moro ・1959年・刑事の主題歌・歌:アリダ・ケッリ(Alide Chelli))。イルカに乗った少年(Boy on a Dolphin・1957年・「島の女」主題歌・歌:ジュリー・ロンドン(Julie London)&ソフィア・ローレン(Sophia Loren))等です。或いは、当時の傾向であったのかも知れません。
余談ですが、アランラッド(Alan Walbridge Ladd)は、「シェーン」で知られていますが、「島の女」にも出演します。「シェーン」は1953年作です。そして「島の女」は1957年作です。その4年間でアラン・ラッドの体重は30kg以上も増えたようでした。



こうなると、生活のパターンも、いつの間にか「冬バージョン」から「春バージョン」に変化します。昨日、今日は「作品づくり」の打ち合わせです。そして今日は材料調達に動き廻ります。数ヶ月ぶりにお邪魔する製材所の環境もまた「新緑」に埋まっていました。
そして「さつま編み」の学習です。これは「作品づくり」に必要なエレメント(element)です。20年ほど昔に友人に手ほどきしてもらいましたが、結局はギブアップした世界です。時間の潤沢になった今、あらためての挑戦です。
「ネット」で検索すると、この編み方には、「アイスプライス」と「ショートスプライス」の2種類があるようです。その「ショートスプライス」に挑みます。しかし、至れり尽くせりのご指導をいただいても、満足する結果には至りませんでした。もう少しの試行錯誤が必要のようです。
さて、他方、越冬の手慰みとして手をつけた「プログラム原稿づくり」のテーマは、今日から「ジャニギター」に移ります。この曲は、おそらく、同年代の殆どの知る映画音楽です。つい先般から、「老いた人の若かりし頃の愛唱歌」のメニューにも入っていそうの曲です。
「ジャニギター」は「大砂塵」のテーマ曲です。作詞と歌を担当したのはペギー・リーです。彼女は、若い頃、家庭環境に恵まれていなかったそうです。歌詞にある「I was always a fool ・・・(私はいつもバカだった?)」のストレートで説得力ある表現は、彼女自身の本音に聴こえるようです。或いは、その若い頃の生活が反映されているのかも知れません。
作曲したビクター・ヤング(Victor Young)は他にも多くの映画音楽をつくりました。その中に「シェーン(Shane)」の主題曲「遙かなる山の呼び声」があります。この曲も、ジャニギター同様、弱起(アウフタクト・Auftakt)から始まるようです。
4拍目のアウフタクトは、当時の映画音楽に特に多いようです。シノメモロ(Sinnò me moro ・1959年・刑事の主題歌・歌:アリダ・ケッリ(Alide Chelli))。イルカに乗った少年(Boy on a Dolphin・1957年・「島の女」主題歌・歌:ジュリー・ロンドン(Julie London)&ソフィア・ローレン(Sophia Loren))等です。或いは、当時の傾向であったのかも知れません。
余談ですが、アランラッド(Alan Walbridge Ladd)は、「シェーン」で知られていますが、「島の女」にも出演します。「シェーン」は1953年作です。そして「島の女」は1957年作です。その4年間でアラン・ラッドの体重は30kg以上も増えたようでした。



2023/04/22(土)
13:26
今年の春はいつもより早く来ました。桜の開花予報はじめ、三分散り、ご分散り、葉桜等の情報更新も目まぐるしいです。そのスピーディーな展開に釣られ、「播種(はしゅ)」も早くしました。しかし、所詮は奥州最北端です。放射冷却の折、数度の霜に見舞われます。その結果、「スナックエンドウ」、「ねぎ(葱)」はほんの少しだけ発芽し、「まんずなる(ササゲ)」の発芽は皆無でした。
結局、「まんずなる」を、1回目の播種後1ヶ月ほどを経てから2回目の播種を試みます。しかし、その2回目も、10日経った今も発芽の気配はありません。或いは、やはり、まだ、本物の春は巡り来ていないのかも知れません。
とはいうものの、「日本桜草 (ニホンサクラソウ)」の芽出しは順調のようです。昨年、庭から移植したものです。数ある「サクラソウ」の中で、最もお気に入りの種です。
今日は、暫く「冬休み」していた「木工活動」の再開日です。実は、友人からの依頼があり、「作品づくり」に迫られます。内容の多くは、これまでつくったサンプルの複製です。材料の取り寄せからスタートすることになります。
他方、昨年から手掛けてきた「カホン」にも手をかけます。実は、漆(うるし)を使ったため、その「乾き」に数ヶ月も要していたのです。尤も、当面の課題は「螺鈿(らでん)」です。「埋め込み」と「貼り付け」の試みです。
図案には、「琴柱(ことじ)」、「扇」、「米俵」、「(蔵の)鍵」、「クローブ(丁子)」、「打ち出の小づち」、そして「車」等を選びました。「琴柱(ことじ)」は「琴の弦の支え」です。いずれもお目出たい日本文化の象徴として、昔から使われてきたものです。「カホン」とのマッチングの程は解りませんが、「試み」として選択することにしました。
さて、このところシリーズ化させている「プログラム用のエピローグ」の「タンゴ」は(6)になり、最終回を迎えました。
一般的に、南米の公用語は、ブラジルだけがポルトガル語で、他はスペイン語です。日本での「ラ・クンパルシータ」もまたポルトガル語で歌われてきていたようです?しかし、「ポルトガル語」を知らない筆者は、どうしても、歌うことに億劫さを覚えて、歌うこと自体が疎遠になっていました。
その頃、彗星のように現れたのが、「藤沢蘭子」等が唄った『去りにし面影・・・』の日本語バージョンでした。その歌詞についてWEBに訊いて驚きます。その日本語訳は、あの、「好きです 好きです 好きです 好きです よしこさん・・・」の落語家林家三平によるものでした。
『去りにし面影(おもかげ)よ 今宵(こよい)もまた胸に 迫りて悩ましく 狂えるわが骸(むくろ) あてなくさまよい歩みゆくたのみなき心に我は泣きぬ 君よ今いずこ 街の酒場のもと 力つきてたたずむ ああひととき 今は望みなきやるせなのこの身 せめて今宵踊り明かそう 悩み忘れん 涙をかくしてほほえみ踊れば いとしの面影 我が胸にかえる 赤きバラの酒 飲みほしかさねて 名残(なごり)の今宵を歌わん』です。
またまた話は飛びます。先般(2019年7月頃)、奥州最北端の新聞(T日報)の文芸欄に次の短歌が載りました。
『 夜更けの風呂に浸かり ハミングの仮装行列 眼を閉ぢながら 』
仮装行列は Cumparsita(クンパルシータ)のことです。作者は「M.N氏」でした。早速、WEBで検索してみます。「津軽の方」のようです。昭和2年生まれです。その当時で91歳の方でした。タンゴが流行ったのは昭和25年頃です。彼が二十歳代の頃のようです。
あの『夜更けの風呂に浸かり・・・・』からは、若かりし頃に出会た「タンゴ」が、70年以上を経た今も、ふと口遊むほどの、彼の人生の代表曲になっていることが窺えるのです。
因みに、彼の短歌は、あれから4年経た今も朝刊の文芸欄に載っています。実は、時折出会う彼の歌が、現在、筆者の歌作りの手本になっています。


結局、「まんずなる」を、1回目の播種後1ヶ月ほどを経てから2回目の播種を試みます。しかし、その2回目も、10日経った今も発芽の気配はありません。或いは、やはり、まだ、本物の春は巡り来ていないのかも知れません。
とはいうものの、「日本桜草 (ニホンサクラソウ)」の芽出しは順調のようです。昨年、庭から移植したものです。数ある「サクラソウ」の中で、最もお気に入りの種です。
今日は、暫く「冬休み」していた「木工活動」の再開日です。実は、友人からの依頼があり、「作品づくり」に迫られます。内容の多くは、これまでつくったサンプルの複製です。材料の取り寄せからスタートすることになります。
他方、昨年から手掛けてきた「カホン」にも手をかけます。実は、漆(うるし)を使ったため、その「乾き」に数ヶ月も要していたのです。尤も、当面の課題は「螺鈿(らでん)」です。「埋め込み」と「貼り付け」の試みです。
図案には、「琴柱(ことじ)」、「扇」、「米俵」、「(蔵の)鍵」、「クローブ(丁子)」、「打ち出の小づち」、そして「車」等を選びました。「琴柱(ことじ)」は「琴の弦の支え」です。いずれもお目出たい日本文化の象徴として、昔から使われてきたものです。「カホン」とのマッチングの程は解りませんが、「試み」として選択することにしました。
さて、このところシリーズ化させている「プログラム用のエピローグ」の「タンゴ」は(6)になり、最終回を迎えました。
一般的に、南米の公用語は、ブラジルだけがポルトガル語で、他はスペイン語です。日本での「ラ・クンパルシータ」もまたポルトガル語で歌われてきていたようです?しかし、「ポルトガル語」を知らない筆者は、どうしても、歌うことに億劫さを覚えて、歌うこと自体が疎遠になっていました。
その頃、彗星のように現れたのが、「藤沢蘭子」等が唄った『去りにし面影・・・』の日本語バージョンでした。その歌詞についてWEBに訊いて驚きます。その日本語訳は、あの、「好きです 好きです 好きです 好きです よしこさん・・・」の落語家林家三平によるものでした。
『去りにし面影(おもかげ)よ 今宵(こよい)もまた胸に 迫りて悩ましく 狂えるわが骸(むくろ) あてなくさまよい歩みゆくたのみなき心に我は泣きぬ 君よ今いずこ 街の酒場のもと 力つきてたたずむ ああひととき 今は望みなきやるせなのこの身 せめて今宵踊り明かそう 悩み忘れん 涙をかくしてほほえみ踊れば いとしの面影 我が胸にかえる 赤きバラの酒 飲みほしかさねて 名残(なごり)の今宵を歌わん』です。
またまた話は飛びます。先般(2019年7月頃)、奥州最北端の新聞(T日報)の文芸欄に次の短歌が載りました。
『 夜更けの風呂に浸かり ハミングの仮装行列 眼を閉ぢながら 』
仮装行列は Cumparsita(クンパルシータ)のことです。作者は「M.N氏」でした。早速、WEBで検索してみます。「津軽の方」のようです。昭和2年生まれです。その当時で91歳の方でした。タンゴが流行ったのは昭和25年頃です。彼が二十歳代の頃のようです。
あの『夜更けの風呂に浸かり・・・・』からは、若かりし頃に出会た「タンゴ」が、70年以上を経た今も、ふと口遊むほどの、彼の人生の代表曲になっていることが窺えるのです。
因みに、彼の短歌は、あれから4年経た今も朝刊の文芸欄に載っています。実は、時折出会う彼の歌が、現在、筆者の歌作りの手本になっています。


2023/04/20(木)
12:59