今年の春はいつもより早く来ました。桜の開花予報はじめ、三分散り、ご分散り、葉桜等の情報更新も目まぐるしいです。そのスピーディーな展開に釣られ、「播種(はしゅ)」も早くしました。しかし、所詮は奥州最北端です。放射冷却の折、数度の霜に見舞われます。その結果、「スナックエンドウ」、「ねぎ(葱)」はほんの少しだけ発芽し、「まんずなる(ササゲ)」の発芽は皆無でした。
結局、「まんずなる」を、1回目の播種後1ヶ月ほどを経てから2回目の播種を試みます。しかし、その2回目も、10日経った今も発芽の気配はありません。或いは、やはり、まだ、本物の春は巡り来ていないのかも知れません。
とはいうものの、「日本桜草 (ニホンサクラソウ)」の芽出しは順調のようです。昨年、庭から移植したものです。数ある「サクラソウ」の中で、最もお気に入りの種です。
今日は、暫く「冬休み」していた「木工活動」の再開日です。実は、友人からの依頼があり、「作品づくり」に迫られます。内容の多くは、これまでつくったサンプルの複製です。材料の取り寄せからスタートすることになります。
他方、昨年から手掛けてきた「カホン」にも手をかけます。実は、漆(うるし)を使ったため、その「乾き」に数ヶ月も要していたのです。尤も、当面の課題は「螺鈿(らでん)」です。「埋め込み」と「貼り付け」の試みです。
図案には、「琴柱(ことじ)」、「扇」、「米俵」、「(蔵の)鍵」、「クローブ(丁子)」、「打ち出の小づち」、そして「車」等を選びました。「琴柱(ことじ)」は「琴の弦の支え」です。いずれもお目出たい日本文化の象徴として、昔から使われてきたものです。「カホン」とのマッチングの程は解りませんが、「試み」として選択することにしました。
さて、このところシリーズ化させている「プログラム用のエピローグ」の「タンゴ」は(6)になり、最終回を迎えました。
一般的に、南米の公用語は、ブラジルだけがポルトガル語で、他はスペイン語です。日本での「ラ・クンパルシータ」もまたポルトガル語で歌われてきていたようです?しかし、「ポルトガル語」を知らない筆者は、どうしても、歌うことに億劫さを覚えて、歌うこと自体が疎遠になっていました。
その頃、彗星のように現れたのが、「藤沢蘭子」等が唄った『去りにし面影・・・』の日本語バージョンでした。その歌詞についてWEBに訊いて驚きます。その日本語訳は、あの、「好きです 好きです 好きです 好きです よしこさん・・・」の落語家林家三平によるものでした。
『去りにし面影(おもかげ)よ 今宵(こよい)もまた胸に 迫りて悩ましく 狂えるわが骸(むくろ) あてなくさまよい歩みゆくたのみなき心に我は泣きぬ 君よ今いずこ 街の酒場のもと 力つきてたたずむ ああひととき 今は望みなきやるせなのこの身 せめて今宵踊り明かそう 悩み忘れん 涙をかくしてほほえみ踊れば いとしの面影 我が胸にかえる 赤きバラの酒 飲みほしかさねて 名残(なごり)の今宵を歌わん』です。
またまた話は飛びます。先般(2019年7月頃)、奥州最北端の新聞(T日報)の文芸欄に次の短歌が載りました。
『 夜更けの風呂に浸かり ハミングの仮装行列 眼を閉ぢながら 』
仮装行列は Cumparsita(クンパルシータ)のことです。作者は「M.N氏」でした。早速、WEBで検索してみます。「津軽の方」のようです。昭和2年生まれです。その当時で91歳の方でした。タンゴが流行ったのは昭和25年頃です。彼が二十歳代の頃のようです。
あの『夜更けの風呂に浸かり・・・・』からは、若かりし頃に出会た「タンゴ」が、70年以上を経た今も、ふと口遊むほどの、彼の人生の代表曲になっていることが窺えるのです。
因みに、彼の短歌は、あれから4年経た今も朝刊の文芸欄に載っています。実は、時折出会う彼の歌が、現在、筆者の歌作りの手本になっています。


結局、「まんずなる」を、1回目の播種後1ヶ月ほどを経てから2回目の播種を試みます。しかし、その2回目も、10日経った今も発芽の気配はありません。或いは、やはり、まだ、本物の春は巡り来ていないのかも知れません。
とはいうものの、「日本桜草 (ニホンサクラソウ)」の芽出しは順調のようです。昨年、庭から移植したものです。数ある「サクラソウ」の中で、最もお気に入りの種です。
今日は、暫く「冬休み」していた「木工活動」の再開日です。実は、友人からの依頼があり、「作品づくり」に迫られます。内容の多くは、これまでつくったサンプルの複製です。材料の取り寄せからスタートすることになります。
他方、昨年から手掛けてきた「カホン」にも手をかけます。実は、漆(うるし)を使ったため、その「乾き」に数ヶ月も要していたのです。尤も、当面の課題は「螺鈿(らでん)」です。「埋め込み」と「貼り付け」の試みです。
図案には、「琴柱(ことじ)」、「扇」、「米俵」、「(蔵の)鍵」、「クローブ(丁子)」、「打ち出の小づち」、そして「車」等を選びました。「琴柱(ことじ)」は「琴の弦の支え」です。いずれもお目出たい日本文化の象徴として、昔から使われてきたものです。「カホン」とのマッチングの程は解りませんが、「試み」として選択することにしました。
さて、このところシリーズ化させている「プログラム用のエピローグ」の「タンゴ」は(6)になり、最終回を迎えました。
一般的に、南米の公用語は、ブラジルだけがポルトガル語で、他はスペイン語です。日本での「ラ・クンパルシータ」もまたポルトガル語で歌われてきていたようです?しかし、「ポルトガル語」を知らない筆者は、どうしても、歌うことに億劫さを覚えて、歌うこと自体が疎遠になっていました。
その頃、彗星のように現れたのが、「藤沢蘭子」等が唄った『去りにし面影・・・』の日本語バージョンでした。その歌詞についてWEBに訊いて驚きます。その日本語訳は、あの、「好きです 好きです 好きです 好きです よしこさん・・・」の落語家林家三平によるものでした。
『去りにし面影(おもかげ)よ 今宵(こよい)もまた胸に 迫りて悩ましく 狂えるわが骸(むくろ) あてなくさまよい歩みゆくたのみなき心に我は泣きぬ 君よ今いずこ 街の酒場のもと 力つきてたたずむ ああひととき 今は望みなきやるせなのこの身 せめて今宵踊り明かそう 悩み忘れん 涙をかくしてほほえみ踊れば いとしの面影 我が胸にかえる 赤きバラの酒 飲みほしかさねて 名残(なごり)の今宵を歌わん』です。
またまた話は飛びます。先般(2019年7月頃)、奥州最北端の新聞(T日報)の文芸欄に次の短歌が載りました。
『 夜更けの風呂に浸かり ハミングの仮装行列 眼を閉ぢながら 』
仮装行列は Cumparsita(クンパルシータ)のことです。作者は「M.N氏」でした。早速、WEBで検索してみます。「津軽の方」のようです。昭和2年生まれです。その当時で91歳の方でした。タンゴが流行ったのは昭和25年頃です。彼が二十歳代の頃のようです。
あの『夜更けの風呂に浸かり・・・・』からは、若かりし頃に出会た「タンゴ」が、70年以上を経た今も、ふと口遊むほどの、彼の人生の代表曲になっていることが窺えるのです。
因みに、彼の短歌は、あれから4年経た今も朝刊の文芸欄に載っています。実は、時折出会う彼の歌が、現在、筆者の歌作りの手本になっています。


2023/04/20(木)
12:59