今日は土曜日です。早朝から、あちらこちらに出かけます。昨日の最低気温は4℃以下との噂があります。放射冷却だったようです。

真っ青な空に恵まれます。その空の青が海に反映し、海もまた真っ青です。堪(たま)らなくなって、小高い丘から海を眺めることにします。やはり綺麗です。

朝食後、友人がお見えになります。『行ってみませんか。』と誘われます。裏山の散策です。このところ運動不足です。即、同行します。八甲田の紅葉はすすんでいますが、里山はこれからです。しかし、一部の楓(かえで)は既に真っ赤になっています。


友人の狙いは「サモダシ(ナラタケ)」です。先日採ったのは、「ヤチサモダシ」です。崩れ易いのですが味が優秀とされる種類です。しかし、今日は、それよりも硬いサモダシです。いつものように、歩行が不得意なことから、車の近く散策します。

この時季のサモダシは倒木近辺に生えています。倒木から離れた場所には「走り根」があるからです。しかし、あるところにはあって、無い場所には全く無いのがキノコです。

やや湿気のあるところは「ミズ(うわばみ草)」が群生しています。「ホヤ(海鞘)」との相性が良いことから、ミズの旬を初夏と思っていました。しかし、『霜の降りるまでが旬です。秋のミズは春よりも美味しい、という方もいます。』と解説します。少しだけ収穫してきます。


そしてアケビも群生しています。既に割れて白い中身をのぞかせているものがあります。

その種を覆う白い部分が甘くそれを味わいます。飴(あめ)のような極端な甘みではなく、ほんのりとした味です。昔の人は種も飲み込んでいたようですが、流石に種は出します。プーッと飛ばします。

今日のコースは斜面が多く、手で立木を掴んで肘(ひじ)を曲げる動きが繰り返えされます。久しぶりの筋力トレーニングで、少し動物的になります。腕がプルプルしています。


2012/10/27(土) 20:32

朝の7:00の気温は7℃です。お勤め先に向かう途中です。秋のキノコが出る条件を満足しているようです。しかし、今秋の庭は元気がありません。

実は、ヒラタケとシイタケは出始めていますがその量が今一(いまいち)なのです。少しがっかりしています。しかし、現段階ヒラタケは、スーパーで見かけるものよりも大きいサイズになっています。

収穫するか否かに迷います。数年前、ヒラタケの収穫時期を専門家に訊いたことでは、『ヒラタケは大きくして収穫しなければ意味がない。』と答えます。

現在の状況は、小さいものの中に大きものが混じっています。まだまだ収穫の適期ではないようです。


他方、シイタケはまだ傘を開く前です。この適期にも悩みます。これまでは、シイタケも大きくなってから収穫していました。シイタケは直径20cmにもなります。重く迫力があります。

しかし、今年は、傘(かさ)を開く前に収穫することを考えています。成長の過程を楽しむことができないのが恨みですが、ギューッと締まったシイタケはマツタケと似ているようなのです。

また、キノコは、傘が開きすぎると胞子が飛散し、キノコ自体に悪影響を及ぼすのだそうです。また、養分を多く消費するため、榾木(ほだぎ)の力を奪うとされています。次第に発生が少なくなるのだそうです。




先日の日記にダイモンジソウ(大文字草)をご紹介しました。しかし、その段階では、まだ「大」の文字になっていませんでした。

今朝、ようやく「大」の文字を描いています。何にでも適期があることを見せつけられます。刻々と変化する自然の営みが不思議です。

2012/10/25(木) 18:00
寒く、風の強い日です。しかし、秋のこの頃、あちらこちらで収穫祭が行われています。我が家の向かいのお宅の玄関にも10人以上が集まってパーティーをしています。昼時分です。

いつもは誘われるのですが、昼は外出しています。残念ながら参加できませんでした。他方、夕刻は我が家にも人が集まります。急に決まったシンポジウム(symposium)です。

急に決まったことには訳があります。山と相談しながらの日取りです。キノコの収穫時期を迎えなければ出来ないシンポジウムです。

話は飛びますが、「シンポジウム」は、今は、「聴衆を集めての公開討論」などの「基調講演」や「パネルディスカッション」の意味として使われるようです。しかし、本来の意味は「ドリンクしながらの会話」のようです。今日の「シンポジウム」は、「プラトンの饗宴」の「饗宴(きょうえん)」にあたるものです。

ドリンクの肴は「キノコ」です。残念ながら我が狭庭の「ヒラタケ」は出たばかりです。それもポツリポツリと、です。収穫できる段階ではありません。しかし、これまで収穫したサモダシ(ナラタケ)、イクジ(アミダケ)があります。更に、ハタケシメジがあります。これは、昨日、T氏が届けてくれたものです。それらを具材にすることにします。


しかし、迷もあります。使う肉をチキンにするか、或いはポークかビーフに悩みます。直前までそれら3種類を準備していましたが、結局は、醤油味のチキンになります。カシワです。

他の具材はイモノコ(サトイモ)、ゴボウ、ネギ、ハクサイ、糸コン、アブラゲ(油揚げ)等です。それら殆どは、友人宅からいただいたものです。

「キノコ汁」の出来は優秀でした。一人で7~8杯をお代わりした御仁もいたほどです。長時間、ドリンクが続けばお腹が空(す)きます。「おこわ(お強)」も支度します。小豆(あずき)の他に栗の入ったバージョンです。いつもは炊飯器を使っていますが、今日は蒸し器を使います。これも優秀でした。

食べきれない量の刺身(さしみ)を持参した方もいます。殆どは「ズケ」になります。このレシピは、残ったサシミを酒、醤油、ワサビに漬けておくだけのものです。

極め付けは「マツタケの炭火焼き」です。マツタケもまたT氏が収穫したものです。実は、昨年に続いて今年も出来が良くなく、心配していたマツタケですが、数本は確保したのです。このレシピは、単に、手で割(さ)いて焼くだけのものです。振り塩で味付けします。

K氏が、『今年は不作です。1本1万円以上の値がついている筈です。』と脅(おど)しをかけます。皆さんが緊張していただきます。香(かおり)もそうですが、サクサクとした歯触りが優秀なのです。『匂いマツタケ 味シメジ』とはよく言ったものです。


無論、お酒にも入れます。「マツタケ酒」です。このレシピも簡単です。割いたマツタケを入れて燗(かん)をするだけです。根強い人気があります。

長時間ではあっても、楽しい時間は一瞬に過ぎます。話は飛びますが、昔覚えた英文に、『Why Doesn't Happiness Last Forever ?』があります。その通りです。


シンデレラの帰宅時刻が過ぎてのお開きになります。しかし、K社長は次の会場を準備しています。早い時刻に始めた意味が全く無くなったことになります。更に、I氏は『次のシンポジュウムの予定はいつですか。』と聞きます。

肝心のシンポジュウムのテーマは、地元の活性化に係る内容です。そして今冬の降雪量です。勿論、今後のキノコに係ってのものです。『硬いキノコが出てきました。しかし、雪が降れば、それで終了です。』、『カマキリが高いところに止まっています。今年の雪は多いようです。』と心配しているのです。

明日は仕事のある日です。開催時刻の配慮は空(むな)しかったことになります。次回の開催時刻は、もっと早いものに設定すへきなのかも知れません。


ダイモンジソウ(大文字草)の花の茎が伸びてきています。一輪だけですが花の形になりつつあります。

2012/10/21(日) 18:19
今日は日曜日です。庭の手入れ後に工房内の掃除の断行です。ここずっと気になっていた課題です。気になってはいても取りかかれなかったのは、時間と気力が伴うからです。断行という表現は決して大げさなものではないのです。

掃除の内容は工具や材料の整理整頓から始めます。部材づくりは終えてはいますが、組み立て途中の状態がしばらく続いています。その中に工具等が混じっています。それらを編集してやります。この編集作業は、数学の同類項をまとめる、という作業に似ています。いわば整理整頓の基本です。

この編集作業の段階で意外な発見をします。部材と工具に混じって、眼鏡(めがね)とライターが出てきます。どういう訳か4個ずつです。このようなものが何故こんなにも混じっているかが不思議です。予期していなかったものがあれやこれやと姿を現します。

丁度、春の雪解け跡から姿を見せるベンチやプラスチックの桶に似ています。雪で覆われている状態では、その下に何があるかを完全に失念しているのです。覆いをとった瞬間に現れる現実との遭遇はドラマチックでもあり不思議です。

編集したものを一旦、別の場所に移動して大鋸屑(おがくず)等を削除し、綺麗になった場所に戻してやります。そして床を掃きます。この作業をあちらこちらのコーナーで行います。これだけで午前中を要します。これだけで工房内は一変します。そして、突然、創作意欲が湧いてきます。この掃除後の清涼感は何度も味わっていますが、どうしても後回しになる掃除です。


午後、講演会に参加します。「源氏物語」です。半世紀前の高校時代にS先生やH先生に教わった記憶があります。それ以降は敢えて読もうとしなかったジャンルです。面白味を見いだせなかったのです。紫式部とされている作者の意図に気が付かなかったからでしょう。

今回は、国内で最も信頼できると定評のある鈴木日出男氏の解説です。開口一番、「源氏物語」の「物語」の意味を解説してくれます。ドキッとします。これまで、物語の定義については考えたこともなかったのです。

『物語は、普通ではない物珍しい人間世界の在り方の紹介です。その特殊性を紹介することで、人間というものはこういうものかも知れない、そして、その普通性を読者に考えさせるものです。』と鈴木氏は訳します。初めて出会う定義づけに驚きます。見事です。そして、恐れ入ります。

そしていよいよ『雨夜の品定め』の場面の頭中将(とうのちゅうじょう)の、夕顔との話に入ります。これは、桐壷(きりつぼ)から反映された帚木(ははきぎ・ほうきぎ)の場面です。

山がつの 垣ほ荒るとも 折々にあはれはかけよ 撫子の露

咲きまじる 色はいづれと分かねども なほ常夏にしくものぞなき

うち払ふ袖も 露けき常夏に あらし吹きそふ 秋も来にけり

高校時代に目にしている歌です。全体の意味は解かっているつもりですが、局部的には曖昧です。そして、「ことば」使いの技も理解できなかった歌です。結局、面白味を感じることのできなかった歌です。

1首目の冒頭の「山がつ」は「きこりや杣人( そまびと)」等の「山人(やまびと)」のことのようです。教えていただけなければ訳せない言葉です。

また、最初の歌に使われている花は「撫子(なでしこ)」です。次に続く2首には「常夏(とこなつ)」が使われています。この「とこなつ」は、「なでしこ」と同じ花です。この「撫子」と「常夏」が明確に使い分けられていることに恐れ入ります。


「撫子」は「(撫でし)撫でてあげた(こ)子ども」で、親子関係を表現しています。他方、「常夏」の「常(とこ)」は、婉曲的には「床(とこ)」を表しているのだそうです。これは男女関係のことです。

よく解かりませんが、源氏物語にはこのような読み替えがいたるところに使われているのかも知れません。だとすれば、文章の真意を解読するには何百回もの熟読と、曖昧な言葉を明確にさせる必要がありそうです。そうでなければ、紫式部が著したといわれる文章からは面白味を得られないことになります。丁度、暗号を解読するようなものです。

今から1000年以上も前の平安時代の常識をもとに高校生が理解するには無理のある世界です。この歌の次が「夕顔」です。今日のメインテーマです。しかし、次の会合のために中座することになります。予(かね)て計画していたsymposium(シンポジウム)です。古代ギリシャのプラトンの饗宴を真似た「キノコバージョン」です。

・・・長い文章になってしまいました。後編は別シートに載せることにします。

2012/10/21(日) 09:31

八甲田の初冠雪です。麓(ふもと)の紅葉も始まっています。今日は土曜日です。午前中は余裕のある日です。しかし、お勤めの日と同じ時刻の起床になります。不思議です。

沐浴後は庭仕事です。あっちのものをこっちに、そして、こっちのものをあっちに移動するだけです。しかし、それだけで庭の雰囲気が一変します。簡単なものであっても、整頓と掃除が秘める、これも不思議な世界です。

朝、I氏から電話があります。数年前に山荘を建てて、木工活動と野菜づくりを楽しんでいる方です。山荘をとりまく林には赤松、黒松、落葉松(からまつ)の他に、杉、藤(ふじ)、桜、コシアブラ、トリコシバ(クロモジ)等、殆どの木を楽しむことができます。

『キノコが生えています。』という電話です。即、車を駆ります。30分ほどの距離です。松林で考えられるのは、アミダケ(イクジ)、ハツタケ、ラクヨウ等です。シメジも考えられます。運転中、あれやこれやを想像しながら運転します。


『これです。』と教えられたものはラクヨウです。見上げるとやはり落葉松です。落葉松の下には、必ずといっていいほどラクヨウが生えるものらしいです。既に過ぎたと思っていました。大小さまざま生えています。大きくなり過ぎたものは食べませんが、傘を開く前のものはナメコ以上の取扱いをします。

ラクヨウに似ているものにアワダケがあります。両者の違いにスネ(足)の太さがあります。ラクヨウのスネは太く硬いです。そしてスネの内部は真っ黄色です。アワダケも美味しいのですが、敢えては採らない種類です。

1週間ほど前に裏山で採ったラクヨウは、既に傘を開いた後でした。しかし、今日のものはコリッとした幼菌です。他のキノコとともに佃煮にすると極めて美味となる具材です。スライスして吸い物にする方もいます。

その近くにはマツキノコがあります。小さいときには傘の中心がキューピットのように尖がっています。しかし、大きくなるとその尖がりが消えて平面になります。殆どは、その尖がりが無くなっています。


手のひら大もあります。しかし、どれもしっかりした形をしています。熱を加えると小豆(あずき)色に変化する特徴があります。我が家では父の代から珍重している菌です。

実は、明日の午後、「キノコパーティー」があります。メインディッシュはキノコ鍋です。その席には本物のマツタケも出る筈です。おそらく今日は、T氏がその具材探しに裏山に入っている筈です。

本物のマツタケが採れた暁には、炭で炙って塩をまぶしていただくつもりです。香りもそうですが、あのシャキシャキ感が魅力です。

急に決まった日取りです。数人にはこれからの連絡です。今日ご案内したI氏は快く参加していただけることになりました。


帰宅後、即、拵(こしら)えます。石づきを取り、洗い、適当な大きさにカットした後に塩水に浸けます。そして水切りです。結構な量になります。別の種類のキノコとともに佃煮にするつもりです。


山荘から帰る際、たくさんの野菜をいただいてきます。大根、蕪、白菜、人参、高菜、ピーマン等です。丹精した作物です。明日の鍋に使うことになります。

2012/10/20(土) 15:39

最低気温7°で、最高が17°ほどです。こうなると、シイタケとヒラダケが気になります。背庭では、この条件でも気配を見せていないのです。

今日はどうなっているだろうかと、このところ毎日凝視しています。気温は条件を満足しているようですが雨が少ないことが不満足のようです。

ここ数日、待望の雨です。そろそろの筈です。今朝、まだ薄暗い中で変化を認めますが。劇的というよりも我が意を得たり、です。




話はとびますが、杜甫の作品に『・・・好雨知時節・・・(こううじせつをしる)』があります。これは春を詠った詩のようですが、キノコの立場では秋にも当てはまるようです。時節を知って雨が降り、その雨がキノコの発芽を促すメカニズムです。

榾木(ほだぎ)には朝晩水遣りをしています。しかし、空から降る雨には及ぶべくも無いのです。時折の雨で発芽したことになります。発芽しているシイタケはほんの数本です。これからが時季のようです。

菌には、秋に生る種類、春と秋に生るものがあります。春に生るものは雪融けの水分を十分に吸って成長します。そのスピードは速いようです。他方、向寒の秋に生るものは成長が遅いようです。

発芽はしても、条件を満足しなければ、いつまでも蕾(つぼみ)のままのことがあります。そして、多くの時間を経て成長します。成長が遅いことから、一般的に、秋のシイタケムは肉が締っています。これから時間をかけて楽しむことにします。


シイタケの発芽の確認後、もしや、と思い、ヒラタケを見ます。見るといっても、陰になっている見難いところに目をやります。すると、ポツリ、ポツリと見えます。既に、スーパーで見かける大きさになっているものもあります。

1ヶ月ほど遅れましたが、今秋も何とか対面することができました。

2012/10/19(金) 17:01