W氏のお宅にお邪魔した目的に、苗をいただくこともありました。ネギ(葱)です。

実は、毎年、このネギを庭に置いています。その理由は、緑の色彩によります。和みとともに、これから更に盛んになる、生命力を感じさせてくれるのです。

この緑の持つ不思議さに気づいたのは、40代になってからのことのようです。その頃、F氏が四阿(あずまや)にお出でになり、食事をしたことがあります。T氏と、今は亡きH女史もご一緒でした。

その折、F氏が、『私は緑が好きです。娘の名前も「緑」にしました。』と、言ったのです。そのときは、エッと思ったのですが、それ以来、「緑」は、殊更に意識される存在になっています。

歳を重ねる毎にその意味が次第に解りかけてきているようです。


ネギの魅力は、その緑にもありますが、現実的な次元もあります。自宅での食事の際、ソーメン(素麺)やカツオ(鰹)のタタキ等、特にナットウ(納豆)の薬味に欠かせない存在です。

それを、庭から調達することの幸せを得たいこともあります。たかがネギです。しかし、アオジソ(大葉)同様、その時刻を問わず、いざ、というきに調達できることは、無上の喜びなのです。

目撃したのは「爪楊枝(つまようじ)」よりも細いものです。しかし、グジャグジャ育っています。『すぐに植えかえてください。二股の上には土を被せないでください。間もなく、逞しくなりますよ。』と、言われます。

『ついでにオクラも持って行っていください。』と言われます。100株ほどもあります。「植える場所がありません。」と答えると、『どなたかにお上げするか、捨ててください。』と答えます。帰宅後、即、河原に畑をつくります。取り敢えず、数株を植えます。


キュウリ(胡瓜)の花が満開でした。3種類を植えています。「花付は美味しいですよ。」と、その中のミニキュウリとズッキーニ、そしてコマツナ(小松菜)を頂戴してきます。

野菜づくりの経験が浅いことから、「どのようにいただくのですか。」と訊くと、『油炒めが一般的です。コマツナの葉は捨ててください。』と、年配のご母堂が教えてくださいます。

2013/06/28(金) 20:20

寒い日です。どうやらヤマセのようです。朝、室内の石油ストーブをつけ、夕刻は囲炉裏に炭をくべます。

早朝の沐浴後、K社長が、『やりましょう。』と声をかけにお見えになります。実は、T旅館の玄関の手入れです。両側の柱に「柿渋」を塗る約束をしていたのです。

先般、「腰板」は塗ったのですが、柱には手をかけていなかったのです。実は、「脚立(きゃたつ)」に上らなければ手が届かなく、助っ人のK社長の都合の良い日を選んだのです。

作業中、「早朝散歩」から帰る方々が立ち寄ります。旅館の前に、冷えた「飲料温泉」を用意しています。散歩の帰りの皆さんの「お休み処」になっているのです。リーダーのF氏が、作業中の私たちに『写真を撮りましょう。』と言います。


塗る作業の分担は、筆者が塗る係り、そして、K社長が脚立を押さえる係りです。

しかし、塗っていた本人は気づかなかったものの、押さえる係りは手を離しているのです。これを証拠写真に、今晩グダメクことになります。

朝食後、W氏をお訪ねします。実は、いつくかの案件があったのです。ひとつは、「草刈り機」の直しです。先般に続いて、また、です。メカニズムに(も)強いW氏に修理を依頼することにしたのです。

原因は、アクセルのコントロールワイヤーの不具合です。一瞬で解決します。何の世界でも、解かる人には簡単な課題であっても、そうでない人には途方もなく厄介なものです。


午後は「糸巻」の手当てです。実は、塗りに手こずっています。厚く塗った所為でシワシワが発生しました。昨日、それをサンダーで削り、今日また削ります。ある程度納得した時点で、再び塗ります。


そして拭き取りです。この拭き取り作業は厄介です。構造が入り組んでいるからです。膨大な時間を要して何とか終えます。

そして落胆します。シワシワの余韻がまだ残っているのです。手加減して削った結果です。漆が乾いた後、またまた寄り道する羽目になります。

それでも、ゴールに向かって少しずつ変化はしているようです。身の回りに完璧な漆器があることから、それを尺度として悶々としてもいるようです。どのレベルを妥協点に設定するかを、今晩考えることにします。

2013/06/28(金) 20:16

「糸巻」づくりに時間を費やします。実は、仕上げの塗りに漆を使っています。その乾きが不満足な結果になっています。シワシワが発生しています。真っ青になります。

理由は、朱漆を厚く塗ったことです。今は漆の乾き易い季節です。その所為で、表面が内部よりも早く乾くのです。

このような結果にならないための方法は2つあります。ひとつは、もっと薄く塗ることです。もうひとつは、乾き難い漆を使うことです。

理屈は解っているのですが、つい、調子に乗って先を急いでしまうのです。その結果、貴重な時間を浪費することになります。急ぐのであれば、確かな手順を踏むに如くものはないことは、百も承知であるのにです。

油断したことが悔やまれます。このシワシワの対処方法を、専門家のH氏から聞いたことがあります。

答えは簡単でした。『削り取って、塗り直すことです。』というものです。ゾッとする解決方法です。組立後の作業には、手間と時間とともに、根性を要するのです。

しかし、時間はあります。気を取り直して作業開始です。テーマは、凹凸(おうとつ)を均(な)らし、平面化させることです。はじめに60番ほどの粗い目のサンダーを使います。

シワシワの出っ張り部分を削除すると、まだ生乾きの漆が出てきます。エプロンも手も真っ赤になります。

しかし、作業した分だけの結果が出るのがこの作業です。その変化に勇気づけられます。結局、只管(ひたすら)、延々の作業が続きます。やがて、自問します。実は、完璧な平面を求めていたものの、求める、完璧の次元を見失ってきているのです。

これは、休むべき、のシグナルと解釈します。一晩の時間を置いて、フレッシュな感性で判断すべきなのです。


明日の早朝、T旅館の仕事があります。玄関の円柱の塗りです。実は、先般、柿渋を塗り残した部分があったのです。

塗った部分は、赤く発色してきています。その結果、塗っていないところが目立ってきているのです。

この円柱は、工房KUROOBIが貼ったものです。正16角形で組み立てています。柿渋塗りの作業はそのご縁です。間もなく「大人の休日」が始まるようです。今回はK社長も気合が入っています。

作業の開始時刻は、沐浴後の6:00です。ほんの15分ほどで終える筈の作業内容です。

明日の朝はW氏の畑にお邪魔することにもなっています。木工、漆行、園芸、塗装等でハードスケジュールになりそうです。

2013/06/27(木) 19:04

青空ですが、冷たい風です。庭での作業は、トレーナーの上にジャンパーを羽織ることになります。

先日の大掃除で端材がクローズアップされています。その一部は、おそらく、「行燈(あんどん)」をつくった余りのようです。これで何かをつくることにします。

思いついたのは「鍋敷き(なべしき)」です。6角形です。おそらく、潜在的に先般の「糸巻」が頭にあったのでしょう。

一辺をどれだけにすれば、どれだけの大きさが出来るかをイメージします。尤も、今日は試作のつもりです。大小の多少は、然程の問題では無いのです。しかし、それぞれの各辺の長さは揃える必要があります。


各辺の接ぎ(はぎ)を「相決(あいじゃくり)」にします。両者の接合部分を同じように削除して合わせる方法です。

いつものように、スライド丸鋸(まるのこ)に活躍してもらいます。刃は、角度とともに高さもコントロールできます。

6角形です。刃の設定を30°にします。これは、90°から30°を減じて60°にし、90°に30°を加えて、60°の補角の120°を生み出す仕掛けになっています。よくできているものです。

一度設定したスライド丸鋸の状態で6本を加工するには、それぞれのフレームの表と裏を切り取ればよさそうです。その結果、60°と120°が生まれます。

気を使うのは溝の幅です。本来であればジグ(jig・治具)を使いたいところですが、今回は、丸鋸の台に目印をつけるだけにします。単純作業で部材づくりを終えます。そして組立てみます。いつものことですが、組み立てた終えた瞬間はドラマチックです。


次に、簡単な「面取り」をします。これは90°部分の鈍角化です。塗りに「木固めエース」をつかってみます。

少し大きかったようです。しかし、風貌的には面白そうです。とはいうものの、何となく不安が過(よぎ)ります。

実は、6角形の「鍋敷き」というのは一般的ではないようなのです。或いは、6角形の形状に何らかの物理的な不都合があるのかも知れません。兎も角、実際に使ってみて確認することにします。

尤も、使い道は「鍋敷き」に限るものではなく、使う側の「見立て」によるものです。ま、何とかなりそうです。

2013/06/27(木) 18:52

このところ、「下駄(げた)」づいています。ここ数日で、大小合わせて数足つくっています。午後もまた「下駄」づくりになります。

実は、『一本歯をつくれ。』という注文があったことを思い出したのです。依頼されたのは数年前です。同級生のY君からのオーダーです。

Y君は、毎年、市内のU神社の祭りで天狗の役を演じています。その時に履く「一本歯」です。この機につくることにします。

作業は簡単です。厚めの板をそれなりにカットし、歯を挿し込むだけです。しかし、これまで、その瞬時の時間でさえ、確保ができなかったのです。

今日は時間があります。自分で使う歯の差し換えを終えたことで、満足感に浸っているところです。即、作業開始です。

話は変わりますが、これまで、「一本歯」を「一枚歯」と表現していました。しかし、よく考えてみると、「歯が一枚抜けた。」ではなく、「一本抜けた。」と表現するのが、昔から一般的です。やはり、「一本」が正解のようです。

またまた話は飛びますが、昔、襖(ふすま)や戸の「開け閉め」を、「あけたて」と、お袋が表現していました。しかし、この数十年、「あけたて」という言葉を聞いたことが無いのです。今日放送された「古民家」の紹介でも、「あけしめ」と表現しています。


今は、「下駄」も履いた経験の無い世代になっています。また、「襖」の無い家も多くなっているようです。「鼻緒を挿(す)げる」の「すげる」も、「あけたて」同様、今は死語になっているのかも知れません。

下駄では自動車の運転は無理です。都会に限らず、田舎の奥州最北端であっても、下駄を履いている人を見かけるのは難しいです。何千年も育てられてきた文化が、一瞬で消えるのも無理からぬことであるらしいです。

さて、「一本歯」は初めてつくります。まず、「歯」の位置の確認です。調べてみると、台の中央のあたりにあります。これだけ解かれば、あとは簡単です。しかし、台と歯は「大入れ接ぎ」です。やはり、オスとメスの寸法には気を使います。

両者の収まりを、ややキツくなるように加工します。しかし、これを嵌(は)め込むのは大変な作業です。短い歯であれば「万力(まんりき)」でジワリジワリ、そしてビシーッと挿し込むことができます。

しかし、今回は高い歯です。この段階で玄能は使いたくないところです。さればといって、非力な腕力では到底無理です。少し考えます。結局、昔、同じような加工の際につくった「ジグ」を使います。

ラチェットレンチで締め付けるものです。螺子(ねじ)は意外なほど強力です。殆ど、期待した結果が得られます。いつもは邪魔になるジグですが、いざ、というときには活躍してくれるのです。


粗末な向きはあるものの、何とか組立を終えます。問題は「塗り」です。当初は、天狗らしく、「朱漆」で仕上げるつもりでした。

しかし、Y君は、『折角の青森ヒバです。無塗装にしてください。』、と言っていました。それを尊重することにします。

結局、台の上面は無塗装、そして、他は「木固めエース」で仕上げることにします。これで、足のカタが台に残り、他につく汚れは拭き取ることができます。全体が「飴色(あめいろ)」に変化する趣向です。

何よりも、素足に接する面は、カタはついたとしても清潔です。(名にし負う)秀木の「青森ヒバ」です。仮に、ノロウィルスであっても、一晩で死滅させる力を持っているといわれています。

U神社のお祭りの行列は9月です。鼻緒挿げは折を見て、になります。しかし、できるだけ早くお届けするつもりです。数年前に依頼されたものが、いよいよ履行されることになります。


2013/06/26(水) 18:31

早朝は細かい水滴を感じる霧です。曇天の一日ですが、呼吸を止めて作業すると汗が出ます。

先般、ミニチュアの「下駄(げた)」をつくってみました。まだまだ改良の余地のあるものです。しかし、作り方の基本は、普通の大きいものと同じです。つい先日、鼻緒(はなお)の赤い、ご婦人用をつくってみました。

しかし、自身が毎日使っている下駄もまた、大分年期が入っています。右の歯が極端に擦り減っているのです。2年間、雪以外の毎日、沐浴に出かけた結果です。然もあり何、です。


この下駄は、サンプルとしてつくったものです。左右の歯は、板の使い方を変えています。

一方は、木の目を縦に使って木口面が地面にあたる方法です。これには薄めの材を使っています。他方は、逆の、90°寝せる使い方です。木端面が地面に触れる使い方です。これには厚いものを使いました。

木口が地面に着く使い方が、歯の減りは少ないと思うのが一般的です。しかし、実際に確認したかったのです。それを見事?に証明したことになります。2年間を費やす遠大なプログラムでした。

一般的な下駄は、この減りやすい木端面が地に着くようになっています。その理由は、作り方にあるようです。1つの木の固まりを、歯を含めて2分割にしているようです。

その結果、木の目は合っていますが、一方の台は木表が上で、他方は木裏が上になっています。因みに、両方が木表の下駄は、別格扱いされているようです。

2年前につくった下駄は、歯の厚さ、木端と木口、そして鼻緒の位置もまちまちです。それでも普通に使ってきました。結局、いずれであっても、下駄としての機能は十分に果たしてきたことになります。


素材は、秀木「青森ヒバ」です。清潔さを保つために無塗装にしています。

その結果、足指の一本一本のカタがついています。不謹慎ながら、つくりは拙(つたな)いものです。しかし、既に愛着は一入(ひとしお)のものがあります。

作業は一瞬です。玄能で、減った歯を叩いて外し、新しい歯と挿しかえるだけです。口の歯の手当と同じです。歯の厚さ調整だけはデリケートな世界です。明日から、一方だけが真新しい歯で闊歩することになります。

2013/06/26(水) 18:28