今日はやや寒い日です。台風のように強い風です。しかし、生垣の椿(つばき)が咲き出しています。

テレサテンが歌った『♪つばき咲く春なのにあなたは・・・』のように、椿も春の代名詞です。この寒さもまた春の象徴なのかも知れません。

昼前外出しました。数年ぶりで行った先の駐車場はガラリと変わっています。元気なIK氏とお会いしてつい長居をしてしまいました。

帰路のラジヲで雪の予報を聞きました。嘘(うそ)だろうと思っていました。しかし、帰宅後間もなく降ってきます。驚きました。

午後はその雪の中の工房活動です。勿論薪ストーブを焚(た)いてです。単なる肉体は寒さに耐えることは出来そうですが、弱い意思力はぎこちなくなります。

簡単な作業なのですが億劫(おっくう)になります。また、想像力と行動力が萎縮(いしゅく)する傾向があります。適度な暖というのは、或いは食事をとるのと同じことなのかも知れません。



箱のようなものをつくっているところです。悠長(ゆうちょう)な進捗(しんちょく)の中、昨日、「ホゾ」の一応を終えています。一応、というのは、たいていの場合は微調整が伴うことからです。

今日は相手側の「ホゾ孔」づくりです。これは、既に完成している「ホゾ」の位置に合わせます。この位置はホゾの加工よりも精密さを要求されます。

勝負の瞬間です。「墨付け」を慎重にします。これは、孔をあける場所へのマーカーです。孔は8本のフレームそれぞれに2箇所ずつの16箇所です。

すべてが同じ条件です。他に追随を許さないツールは2丁の「毛引き」です。一旦期待する寸法を記憶させることで、その16箇所に的確にコピーできる昔から伝えられている優れものの道具です。その「墨付け」後が愈々の孔掘りです。

ツールは、数年前に取得した簡易角鑿(かくのみ)です。これも優秀な道具です。しかし、所詮は簡易のものです。15mmほどを掘り込む過程でモクモクと煙を発します。そして先端の刃先が触ることが出来ないほどの熱も発します。


冷却期間の休み時間もまた貴重です。その間に、鑿(のみ)を使って開けた孔の微調整ができます。

将来をイメージしての舞台裏の作業です。この段階はまだ不安が付きまといます。実際に組み立てるまではOKの出すべきではないのです。

そして愈々の組み立てです。勿論、仮組みです。頓珍漢(とんちんかん)な矛盾は無さそうです。何とか成功のようです。当たり前、といえば当たり前のことですが感激を味わう一瞬です。

概ねの下拵え(したごしらえ)を終えたことになります。これから先は、然程の神経の伴わない単純作業の筈です。

今後の当面課題は4方の側面(幕板?)を如何(いか)にするかだけのようです。安易の見通しのようではありますが、もはやゴール近しです。その構造は、今晩ゆっくり考えることができます。


夜になっても雪です。積もることは無さそうですが少し不安です。鉢植えのシンビをまだ庭に出したままです。一進一退であることが春の定義なのかも知れません。

2011/04/19(火) 20:23

「園芸事情」・・・風媒花?

朝方、東京のT氏から『高音の出がよくありません。桜は散りましたが、目下ウグイス笛の練習中です。』の電話がありました。『今週末、お見舞いに伺います。』とのことです。

宮城県の皆さんとともに、当地にお出でになるそうです。被災地の皆さんが、その煽(あお)りを受けた奥州最北端の観光地にお出でになるのです。素晴らしいことです。徹底的にガンガンやりたいところです。

当初は、お笑は勿論、歌舞音曲までも遠慮しました。3月末は、花の東京でさえ「花見」の自粛です。しかし、今になっては、経済活動の低迷がその対応に変化を与えてきていることに気付きます。

全てが相関関係にあるからです。昨日になって漸(ようや)く『単なる自粛であれば国全体が萎縮してしまいます。』のメッセージが内閣府から号令されました。

更に、『連休中は、全国民1人1回は旅行してください。』、の号令も出さたようです。先ほど届いた地方紙では「大手クリーニング業者」の事情が紹介されています。

当地に限らず、宿泊所関係はじめ、食料等を扱っている商店、そして、土産店等には大きく作用しています。遅きに失するむきは大ですが、今回の号令は当然のことです。


昼前、別の友人からお誘いの電話がありました。『桜が咲きました。お出でになりませんか。』です。花の東京では散ったとしても、当地ではまだ咲く時季ではないと思っていたところでした。早速お邪魔しました。

午後の陽光をサンサンと受けてあれやこれやが咲いています。その中に、昨日の日記で触れた黄色のレンギョウも見えます。やはり春のようです。

話は飛びますが、桜は梅と同じように花の後に葉を出します。レンギョウもそのようです。一般的には風媒花に分類されるようです。これは虫をあてにしないで、風で花粉を運ぶ花から命名されたようです。葉が茂ると花粉の飛散の効率が落ちるからです。

しかし疑問があります。蜂蜜です。桜や梅の蜂蜜もあるようです。だとすると虫媒花に分類されても良さそうなのです。小学校の頃から理科は大嫌いでした。


「木工事情」・・・絵に描いた餅

箱のようなものをつくっています。いつものように、事前の設計図はつくりません(?つくれません)でした。これは、常に柔軟で臨機応変への対応を楽しむことをも目的としたからです。

四角形の箱は12本のフレームからなります。その柱を1寸5分の垂木(タルキ)にしました。また、面の数は6になりますが、その中の2面の下拵(こしら)えだけは終えています。

その2面のフレームのコーナーの8箇所は「留め接ぎ」です。これは、それぞれの木口を45°にカットして両者を合わせる方法です。木口を外に出さないことを目的とした昔からの技法です。将来はかんざし(簪)を刺し込むことになります。専門用語では「雇いざね接(は)ぎ」、または、「かんざし(簪)接ぎ」と伝えられています。

話は飛びますが、プロの皆さんは、木工の加工方法を、期待する結果の優先順位によって決めるようです。強度だけの優先、概観だけの優先、そして強度と概観の両者を優先させるものです。それらの如何(いかん)に応じた加工方法があることが伝統文化の素晴らしさです。感激します。

今回の目標は強度も概観も優先させたいところです。しかし、素人には更に第3の要素が絡(から)んできます。作業の難易度です。これが最も優先されることが情けないところです。

いくら望んでもそれを実現させるだけの技量が伴わなければ、現実性の無い絵に描いた餅のようにナンセンスなのです。下手は下手なりに腕を研きたくなる所以(ゆえん)のようです。

取り敢えず2面の加工は終えたものの、3本目のフレームで作戦の構築に入ります。2面を上下としたとき、その2面を支える柱にあたる角材の組み方です。4本の柱です。上下の面を「留め接ぎ」にしていることで、この3本目を「留め」にすることは出来ないようです。

結局、「ホゾ組」を考えました。これは接続する柱の先端に出っ張りをつくり、他方の、孔を穿(うが)った受ける側に刺し込む方法です。凸部分の出っ張り側が「ホゾ」で、凹部分の孔を「ホゾ孔」というようです。


ところが、この加工方法が少し厄介です。柱の一方に2箇所のホゾをつくるつもりです。それを45°に加工済みの「留め」の両者に刺し込むつもりです。

ただそれだけのことですが、ホゾとホゾ孔の数はそれぞれ16箇所ずつです。それらがピタリと一致する位置であることが要求されます。

素人の腕前では手鋸(てのこ)は無理のようです。考えた結果がテーブルソーです。一旦刃の位置を設定することで全てのカットが同じ位置になる筈です。しかし、加工する面が木口のことから工夫を要します。それなりの仕掛け(JIG)が欲しいところです。

当初懸念したのはキックバックを含めた加工材の安定度です。しかし、結果的には大成功です。簡単なし掛けでしたが見事な仕事をしてくれます。

しかし、JIGを使った後は鑿(のみ)と手鋸で手をかける必要があります。顕著に鋭利でない鑿です。しかし、電動ではないコツコツとした手作業の中に不思議な楽しさもあるものです。

ホゾの一応は完成です。次はホゾ孔の加工です。愈々勝負の瞬間です。一方が固定してしまったことで、他方の孔の位置がホゾとピタリと一致させることに気を使います。ピタリ、というよりもギシッと嵌(は)めたいところです。

様子を窺うと、ホゾがやや太いようです。ホゾの太さは受ける孔の大きさに正比例し、更にその柱の強度に反比例するようです。場合によればホゾの太さの微調整も考慮に入れることになりそうです。いずれにしても微調整は一瞬の筈です。最終的な決断は明日の楽しみに残すことにしました。

待機している次の課題は側面のつくりです。いずれにしてもフレームの補強は欠かせないようです。何とかクラシックバージョンに仕上げたいところです。


午前中、IK氏からも電話を戴きました。元気な声でした。ホッとしているところです。明日、お邪魔するつもりでいます。

2011/04/18(月) 17:30

昨日は終日の小雨でした。反して今日は晴天です。実際には昨日よりも気温は低いのですが暖かく感じます。青空が錯覚を誘発しているようです。今日は外出で一日を終えます。

僅(わず)かの量の食材を求めるために、往復4時間を要する魚采市場に向かいます。勿論、地元にも市場はあります。しかし、数年前に幻滅する件がありました。以来、敬遠しています。税金がつぎ込まれていることで益々敬遠することとなっています。

外出の目的は、単に魚菜の調達だけではなく、外部の情報の収集も期待してのことです。そのひとつが季節の変化の認識です。道路沿いの家々の前には黄色い花が見えます。

昨日の日記でご紹介した水仙(すいせん)です。どのエリアにも季節が等しく訪れていることを実感します。当たり前のことですが妙な不思議さがあります。

途中、「道の駅」に寄ります。冬の前から並んでいる長芋(ナガイモ)やヤーコン等の他に、今日は普段目にしない野菜も並んでいます。タラノ芽、アザミ、ワサビ、ギョウジャニンニク、バッケ(フキノトウ)等です。他に、食べた経験のない、名前の解らない緑の野菜がグジャグジャ出ています。

結構安価です。あれやこれやと求めてしまいました。その中にニンニクの芽があります。例によって身欠き鰊(にしん)との酢味噌和えに誘惑されました。


よく解りませんが、このニンニクの芽は、本来?のニンニクの球根の収穫を目的としたものではないようです。おそらく、春の野菜として育てたようです。

レシピをWEBで検索して驚きました。これもグジャグジャ紹介されています。豚肉、牛肉、ベーコン、海草、ジャガイモ等とのソテーが一般的のようです。今は、本来?の球根よりも人気があるのかも知れません。

園芸コーナーもたくさんの草花です。シュンラン(春蘭)、キクザキイチゲ等の鉢植えが所狭(ところせま)しと並んでいます。鉢植えのギョウジャニンニクもあります。

可笑しいことがあります。昨春から気づいていたことです。ギョウジャニンニクが野菜コーナーにもあることです。しかも、両者の価格と本数を見ると然程の違いが無いことです。

違いは、一方は土に生えている観賞用です。そして、他方は根が切られている食用です。その違いだけが両者の扱いを隔てています。その矛盾の並行が同時展開しているのは、今が旬であるからなのかも知れません。

我が家の庭にもアイヌネギを育てています。観葉用としてです。とてもそれを摘(つ)んで食卓にのせる気にはならないものです。この矛盾が普通のことと理解できることに可笑しさがあるようです。


帰宅後、あらためて自宅の庭を探索してみます。やはり、咲いています。キクザキイチゲとキクザキイチリンソウの違いはよく解りませんが、咲いてから大分時間が経っているようです。

バッケは既に花をつけています。つい先日鎌首をもたげたばかりのシラネアオイ(白根葵)は、葉の中に花の蕾(つぼみ)を見せています。

移動中の車窓から見る木々も変化しています。冬期間に葉を落として白っぽく見えていたものがムヤムヤと薄緑に煙っています。芽吹きの瞬間です。四季それぞれに変化はありますが再生の瞬間の春には特別の意味がありそうです。


魚市場にも多少の変化を感じます。塩漬けのサケ(鮭)類、冷凍のイカ(烏賊)、カニ(蟹)、そして生干(なまぼし)のサバ(鯖)、ニシン(鰊)、カレイ(鰈)等は通年見かけます。

ハタハタの干物には驚きました。おそらく、冷凍保存していることで何時でも店に出せるのでしょう。季節感が失われています。

しかし、巨大なタラ(鱈)は姿を消しています。反面、トゲクリガニは足をモソモソと動かしています。当地の春の代名詞のような存在です。あちらこちらの店がハモ(鱧)を扱っています。

関西では夏の代名詞のようですが求めることにしました。一般的なレシピには油を使うようです。しかし、蒲焼(かばやき)やシャブシャブも棄て難いところです。

旬のもの、とはいうものの、結局、求めた多くは保存のきくものです。暫らくは外出しなくても生息は可能なようです。冷凍庫の無かった半世紀前とは棲む次元が違ってきています。発電所の恩恵なのかも知れませんが、騙(だま)されているように思えてもきます。

2011/04/17(日) 19:51

「園芸事情」・・・正解

強くはないシトシトとした雨です。沐浴時の早朝から終日続いています。昨日まではやや乾燥ぎみでした。良いタイミングのようです。花粉は今日も元気に飛んでいるようです。

久しぶりに川原に降りてみました。前回見たときと様相がガラリと変わっています。アサヅキが1尺近くにもなっています。出始めのころは美味しくいただいたのですが、こうなってはもはや硬くなっていそうです。

このアサヅキの定番のレシピがあります。身欠鰊(ミガキニシン)と卵の殻煮(からに)との酢味噌和えです。このレシピは一般的にはニラ(韮)を使うようです。しかし、春一番に出るアサヅキは格別です。

春一番が似合うものは、このアサヅキの他にたくさんあるようです。花ではフクジュソウ、ワサビ(山葵)そしてカタクリ等があります。カタクリは地元前沖の島では今が盛りのようです。

しかし、春一番に咲く花にはスイセン(水仙)も加わる筈です。未だだ、未だだと思っていたのですが、川原の水仙は満開です。これは、数年前までは庭にあったものです。それを移植したものです。スイセンが嫌いなのではなく、木が主体の庭には似合わないようだったのです。

殊更に構えた空間でないところに、普段着でいながら派手にパッと咲く姿は、やはり普段着の空間でこそ存在価値があるようなのです。太宰の、『富士には月見草がよく似合う』の世界です。花それぞれにも似合う場所とタイミングがありそうなのです。

話は飛びますが、国民的に支持を得ている、春を代表する花にサクラ(桜)があります。今の御世(みよ)はどうなっているか解りませんが、半世紀以上前の国語の教科書の出始めが「さいた さいた さくらが さいた」だったようです。

しかし、海を越えたお隣の国の教科書は「さいた さいた れんぎょうが さいた」で始まっている(?た)そうです。すべて、その状況に応じた見方がすべて正解のようです。昨日した価値判断が今日になって変わっても何ら不思議ではないのです。


「工房事情」・・・フォルクローレ

箱のような、机のような、台のような、引き出しのようなものをつくっているところです。これは練習課題として取り組んでいるものです。作業時間よりも考える時間のほうが長い悠長な試みです。

自分で使う箱です。格子もそうですが、他の面にも自身の好みを表現すへきのようです。当初からガラスは決まっています。2面目を格子(こうし)にするつもりでした。しかし、ガラスと格子を合体させての1面になりました。残りの作業が2/3から5/6に変化したことになります。

今日が2面目です。これには単なる板を考えました。厚手の7分板です。しかし、幅が幅だけに2枚の板を接(は)ぐことになりました。相欠り(あいじゃくり)です。2枚の両者を1/2ずつを欠くことで表裏とも同一平面に納まる筈です。

しかし、その1/2の値の設定に気を使います。定規で寸法を読み取ろうとするのですが、ボンヤリしてきています。老眼に乱視が進んでいるようです。

話は飛びますが、100円ショップで扱っている度は3.5までです。既にその域を超えているようです。愈々(いよいよ)眼科のお世話にならざるを得ないようです。


結局、頼りになるのは勘(かん)だけです。ツールは2種類です。最初にテーブルソーを使い、仕上げはルーターです。これは、ルーターに負担をかけないためです。W工房から教わりました。

刃の設定もまた2回になります。しかし、多少の眼違いはあったものの、何とかそれらしくなったようです。

本格的にはまだ固定はしていないものの、これで2面が完成です。残りは側面?の4面です。図案的には、可能な限り、古来からのフォルクローレを表現したいところです。和(なご)みがありそうなのです。

話は変わりますが、このフォルクローレにはさまざまな意味があるようです。一般的な解釈は、中南米の民族音楽です。これを日本に紹介したのが津軽のT氏です。長い間、フォルクローレを紹介する番組を持っていました。

その彼が中南米から帰国した折、『音楽だけがフォルクローレではありません。下駄(げた)も日本のフォルクローレです。』、と紹介していました。JT氏です。記念にウナ・ペソをいただいた記憶があります。40年も昔のことです。

レンギョウ同様、お国柄で違うオリジナリティーがフォルクローレのようです。日本では太陽よりも月に惹かれる傾向があります。快晴よりも、今日のようにシトシトと降る雨等です。表現し難い感性の世界の表現です。

現在手がけている台へのフォルクローレの移入というのは、その下駄や扇子、琴柱(ことじ・琴の弦の支柱)、打ち出の小槌、鉞(まさかり)等です。花ではサクラ、ウメ、キキョウ、タチバナ等でしょうか。特に、下駄や琴柱にあっては残しておきたい、失われつつあるフォルクローレです。

2011/04/16(土) 20:51

「園芸事情」・・・イカリソウ

昨日より暖かくなったようです。しかし、朝は依然としてストーブを焚(た)きます。あるいは、単なる習慣のなせる業なのかも知れません。しかし、無くてはまだ寂しい火です。

気温の上昇が草花の成長を一気に促しています。昨日は「白根葵(しらねあおい)」でしたが、今日は「イカリソウ(碇草)」です。昨日はまだ芽を出していなかったものが、今日見ると既に5~7cmにもなっています。驚きました。これも、土から「鎌首」を擡(もた)げて出ます。

「イカリソウ」を庭に植えているのは爽(さわ)やかな緑を楽しむためです。シャキッとした勢いがあるところが魅力です。しかし、実は、毎日お世話になっているものでもあります。薬湯用です。ツチアケビ、サルノコシカケ、クロモジ、キササゲ、ドクダミ、ホンゾウハトムギ、・・・等の8種類の中に、この「イカリソウ」も含みます。

若い頃は馴染みの無い世界でした。4~5年前、『古代から伝承されている極力優秀な抗がん剤です。』の触れ込みで友人から薦められました。特に否定する必要も無さそうでした。結局、今は毎日お茶代わりに飲んでいます。


「工房事情」・・・冬の序奏

簡単?な箱をつくっているところです。当初、寸法だけは正確にするつもりでした。しかし、作業が進んでくるにつれてその場しのぎの微調整に走りたくなります。

この意思の弱さが次の矛盾(ツケ)につながります。すべてが相関関係にあります。1箇所の修整がすべてに反映します。簡単な筈が大変な事態になってしまいました。しかし、1回で済む作業を何回も繰り返すことで解決はするものです。ま、今回は様子見の試行です。繰り返すことで腕に磨きがかることにもなりそうです。無下に歓迎すべきもので無くはないのです。

結局、今日は格子(こうし)の組み立てとフレームへの嵌(は)めこみだけに止まりました。悠長なものです。一応は何とかなったようですが、微妙な不満足が伴います。若干ではあるものの、微調整が必要のようです。しかし、この若干?の調整が、どの部分にどれだけの影響を与えるかを分析する必要があります。一旦頭の冷えた明日の作業に委ねることにしました。


午後、数人の客人がありました。その中にH氏がお出でです。これまで知らなかった彼の得意技をご紹介いただきました。広葉樹と針葉樹、国内産材と外材、クワガタとカブトムシ、・・・等の違いです。また、キノコ(茸)の菌の培養方法です。

またまた誘惑されます。実は、現在庭で栽培しているのはシイタケ、ナメコ、ヒラタケです。マイタケはじあれやこれやもまた楽しそうなのです。


Z氏は『薪を使いますか。』と、軽トラで運んできました。ケヤキのような硬い木のようです。今はまだ春ですが、実際には冬へのイントロダクションです。半年後の冬のための薪(まき)集めの時期なのです。

冬に使う薪は夏のお盆の前までに準備するのが昔から受け継がれている智恵です。これは乾燥に要する時間を計算してのものです。有難いことです。今春も皆さんのお世話をいただいて、冬の暖が得られることになります。

2011/04/15(金) 20:17

「園芸事情」・・・鎌首

日中は昨日よりも気温は高くなったようです。しかし、朝は依然として寒く、ストーブ無しでは集中力が散漫になります。青空ですが風は強く空気が乾燥しています。

今日は花粉の飛散量が顕著に多いようです。鼻がグジャグジャ、目がショボショボしています。風邪(かぜ)の症状に似ています。

話は飛びますが、今回の震災に係わる放送の中で、しばしば、『歯磨きを励行してください。風邪の予防になります。』の指導がありました。我が意を得たり、でした。昔は口を綺麗にすることと風邪との関係をよく理解していませんでした。このことを説く権威の方も居なかったようです。

しかし、今になって納得します。自身を振り返ってみると、咽(むせ)る等で、食物や唾液を誤って気管に入れた後に気管がゼイゼイし、やがて本格的な風邪に至ったことを思い出すのです。

気管は口の中で育つ雑菌に弱いのだそうです。時々水を口に含むだけで風邪の予防になるようです。食道にゴクンと飲み込んでも効果はあることになります。或いは、ガムにもその効果があるのかも知れません。

今回の『歯磨きの励行』は、その意味の風邪防止対策だったようです。これまで明確に訴えられたことが無いだけに新鮮な情報でした。優秀な妙薬を使うこと無しの原始的な対応にこそ本質が潜んでいたことになります。感激し、そして納得すること頻(しき)りです。


庭の草花が次から次に芽を出し始めています。白根葵(しらねあおい)も鎌首(かまくび)を擡(もた)げています。よく解りませんが、芽が土の表面を破って出る形には何種類かあるようです。今は小学校3年生の理科で習うようです。しかし、これまで皆目(かいもく)曖昧模糊(あいまいもこ)のジャンルでした。

葉がスッと天に向かって伸びるもの、そしてムニュッと鎌首のように出るもの等です。話は飛びますが、この鎌首というのは湾曲した鎌のような首です。蛇(へび)やカマキリ(蟷螂)等が頭を擡(もた)げる様子に似ています。話は戻りますが、この白根葵はその鎌首のように出ます。地表から出て成長する様子は動物のようにドラマチックです。


「工房事情」・・・海のもの?

その風邪もどきの中の、昨日から始めた台づくりです。本来はPC(愛用のノートパソコン)を載せる台です。しかし、手をかける毎に得体の知れないゴールに向かう傾向があります。今日は、台というよりも箱になってしまいました。

四角い箱の12本のフレームを3寸5分の垂木(たるき)にしています。そのフレームのコーナーの処理にこそロマンが秘められています。今回は練習も兼ねたものです。これまで経験していない、新しい分野に挑戦したいところでした。しかし、花粉症が作用しているのか、調べるとクラクラしてきます。

平打ち接ぎ、打ち付け接ぎ、包み打ち付け接ぎ、片胴付き追い入れ接ぎ、二枚組み接ぎ、五枚組み接ぎ、留め形通しほぞ接ぎ、上端留めほぞ接ぎ、剣留めほぞ接ぎ、平留め接ぎ、欠き込み留め接ぎ、引き込み留め接ぎ、蟻手千切り引き込み留め接ぎ、雇いざね留め接ぎ、留め形隠し三枚接ぎ、留め形あり三枚接ぎ、留め形隠しあり三枚接ぎ、二胴付き平ほぞ接ぎ、三方胴付き平ほぞ留め形隠し三枚接ぎ・・・等々です。

結局、45°の留めに妥協です。いつものことですが、一旦カンナ(鉋)をかけると先を急ぎたくなるのが不思議です。折角の楽しみの芽を自ら摘んでしまったことになります。将来はカンザシ(簪)を挿すことになりそうです。


さて、6面の1面はガラスのつもりです。2面目を格子(こうし)に考えました。これには1寸の垂木にしました。本来の「組子」は互い違いになっているようですが、これも同じ方向で妥協です。

しかし、両者は相欠り(あいじゃくり)で接合します。それぞれの相関関係上、寸分の違いも出したくないところです。

加工ツールは卓上丸鋸(まるのこ)です。以前何回か経験済みです。紙一枚の厚さが問われる加工ですが何とかなったようです。ま、75点あたりでしょうか。惜しむらくは、カンナをかけたばかりの折角の青森ヒバに、黒く潤滑油が付着しています。不本意ですが、サンダーに頼ることになりそうです。

当初は難しい加工をキッチリとすることが目的でした。次第に次第に妥協が市民権を持ってきます。しかし、当初掲げたレベルが高ければ高いほど、相当な妥協があったとしてもゴール時点ではこれまでよりも成長した結果になりそうです。やはり、志は高きに置くに如くものはなさそうです。

6面の内の2面の見通しがついただけですが、この時点で既に得体の知れない、これまで見た事のない風貌を呈してきています。行き着く先が楽しみです。この、海のものか山のものか解らない将来の見通しの曖昧さがのぞむところなのです。

2011/04/14(木) 20:07