
昨日は終日の小雨でした。反して今日は晴天です。実際には昨日よりも気温は低いのですが暖かく感じます。青空が錯覚を誘発しているようです。今日は外出で一日を終えます。
僅(わず)かの量の食材を求めるために、往復4時間を要する魚采市場に向かいます。勿論、地元にも市場はあります。しかし、数年前に幻滅する件がありました。以来、敬遠しています。税金がつぎ込まれていることで益々敬遠することとなっています。
外出の目的は、単に魚菜の調達だけではなく、外部の情報の収集も期待してのことです。そのひとつが季節の変化の認識です。道路沿いの家々の前には黄色い花が見えます。
昨日の日記でご紹介した水仙(すいせん)です。どのエリアにも季節が等しく訪れていることを実感します。当たり前のことですが妙な不思議さがあります。
途中、「道の駅」に寄ります。冬の前から並んでいる長芋(ナガイモ)やヤーコン等の他に、今日は普段目にしない野菜も並んでいます。タラノ芽、アザミ、ワサビ、ギョウジャニンニク、バッケ(フキノトウ)等です。他に、食べた経験のない、名前の解らない緑の野菜がグジャグジャ出ています。
結構安価です。あれやこれやと求めてしまいました。その中にニンニクの芽があります。例によって身欠き鰊(にしん)との酢味噌和えに誘惑されました。
よく解りませんが、このニンニクの芽は、本来?のニンニクの球根の収穫を目的としたものではないようです。おそらく、春の野菜として育てたようです。レシピをWEBで検索して驚きました。これもグジャグジャ紹介されています。豚肉、牛肉、ベーコン、海草、ジャガイモ等とのソテーが一般的のようです。今は、本来?の球根よりも人気があるのかも知れません。
園芸コーナーもたくさんの草花です。シュンラン(春蘭)、キクザキイチゲ等の鉢植えが所狭(ところせま)しと並んでいます。鉢植えのギョウジャニンニクもあります。
可笑しいことがあります。昨春から気づいていたことです。ギョウジャニンニクが野菜コーナーにもあることです。しかも、両者の価格と本数を見ると然程の違いが無いことです。
違いは、一方は土に生えている観賞用です。そして、他方は根が切られている食用です。その違いだけが両者の扱いを隔てています。その矛盾の並行が同時展開しているのは、今が旬であるからなのかも知れません。
我が家の庭にもアイヌネギを育てています。観葉用としてです。とてもそれを摘(つ)んで食卓にのせる気にはならないものです。この矛盾が普通のことと理解できることに可笑しさがあるようです。
帰宅後、あらためて自宅の庭を探索してみます。やはり、咲いています。キクザキイチゲとキクザキイチリンソウの違いはよく解りませんが、咲いてから大分時間が経っているようです。
バッケは既に花をつけています。つい先日鎌首をもたげたばかりのシラネアオイ(白根葵)は、葉の中に花の蕾(つぼみ)を見せています。
移動中の車窓から見る木々も変化しています。冬期間に葉を落として白っぽく見えていたものがムヤムヤと薄緑に煙っています。芽吹きの瞬間です。四季それぞれに変化はありますが再生の瞬間の春には特別の意味がありそうです。
魚市場にも多少の変化を感じます。塩漬けのサケ(鮭)類、冷凍のイカ(烏賊)、カニ(蟹)、そして生干(なまぼし)のサバ(鯖)、ニシン(鰊)、カレイ(鰈)等は通年見かけます。ハタハタの干物には驚きました。おそらく、冷凍保存していることで何時でも店に出せるのでしょう。季節感が失われています。
しかし、巨大なタラ(鱈)は姿を消しています。反面、トゲクリガニは足をモソモソと動かしています。当地の春の代名詞のような存在です。あちらこちらの店がハモ(鱧)を扱っています。
関西では夏の代名詞のようですが求めることにしました。一般的なレシピには油を使うようです。しかし、蒲焼(かばやき)やシャブシャブも棄て難いところです。
旬のもの、とはいうものの、結局、求めた多くは保存のきくものです。暫らくは外出しなくても生息は可能なようです。冷凍庫の無かった半世紀前とは棲む次元が違ってきています。発電所の恩恵なのかも知れませんが、騙(だま)されているように思えてもきます。
2011/04/17(日)
19:51