
「園芸事情」・・・赤と黒
午前中は明るかったものの、午後からは曇り空です。雨にはなりませんでした。今日は土曜日です。早朝、友人がお出でになります。工房活動の進捗状況確認とコーチです。しかし、山菜にも詳しい方です。
即、昨日から水に放している黒い「アザミ」を見て驚きます。そして笑いこけます。やはり、茹(ゆ)で方に問題がありました。『アザミの茹で方は蕗(ふき)と同じです。熱湯でしっかりと煮ることがポイントです。』、と解説します。
更に、『黒くても食べるには支障は無いです。』と言います。しかし、胡麻和え(ごまあえ)を試食した結果、『アザミ特有の風味が失われています。』と引導を渡してくれます。結局、今回の作品は処分せざるを得ないようです。新たに再挑戦です。
夕刻お出でになったK社長は『水(湯)面から出たところは黒くなります。一般的には落し蓋(おとしぶた)を使います。芯(茎)が柔らかくなったら水にとります。』、と説明します。厨房には流石に詳しいです。
他に責任転嫁するつもりは無いのですが、何でも知っているWEBページには『サッと茹でる。』の解説もあったのです。まして、「落し蓋」について触れているものは皆無です。あの講釈は実際に現場を踏んだ方の解説ではなかったようです。
それらしいレポートでしたが真っ赤な嘘(うそ)だったことになります。それを信じた結果の黒いアザミです。皆さんが笑いこけるのも無理のないところです。
しかし、理屈が解った以上は、もはや完璧にマスターしたことになります。新しい世界に一歩踏み出すことができそうです。工房活動にも似ています。
「工房事情」・・・スフィンクスの謎々さまざまな課題のある中、今日は小作品に手を掛けることにしました。「杖(つえ)」です。実は、それらしい槐(えんじゅ)の枝があります。
昨年の夏、裏山の道路拡張工事の際に伐採したものです。あれから8ヶ月間、下ごしらえをして工房で乾燥させていました。
昔、ケヤキ(欅)等と炉縁(ろぶち)に使われた秀木です。このエンジュには昔からの加工方法があるそうです。製材所のY社長から伝授されました。特に床柱(とこばしら)の場合には、白身と心材の濃い色とのコントラストを生かすようです。
その黒白を生かすためには伐採後に即、表面の皮を剥いでおきます。そのままでは綺麗な白にならないのだそうです。この作業は伐採後に終えています。
しかし、実際の加工には迷いが伴うことになります。何処を深く削り取るかに迷うのです。このことについて、Y社長は『説明し難い世界です。感覚的なものです。』、と解説します。
実は、製材所にはY社長が鍛えた床柱があります。また、住宅の玄関にも、白黒の見事なコントラストになっている柱が使われています。
そのイメージを追いかけて「つえ」を鍛えます。はじめに粗目(あらめ)のグラインダーで削り、100番と240番で瑕(きず)を消します。膨大な量の微粉末が出ます。勿論、庭での作業になります。
まっすぐなもの、グニャグニャ曲がっているもの等、様々な形の中から、後者を選びました。使い勝手は解りませんが、真っ直(す)ぐであれば面白みに欠けるのです。その是非はよく解りませんが、とりあえず作ることにしました。
材料はまだ数本残っています。不満足であれば作り直すことで解決するのです。何となく「アザミの茹で方」の習得に似ているようです。
まず当面する課題は持ち手の構造と固定方法です。これまで半年考えてきました。結局、辿(たど)りついたのがピッケルやゲートボールのバット?の形です。
これは南米チリの高山地帯で使われているパターンです。ご年配の皆さんが使っている杖は皆同じ形になっています。座ったときに両手を持ち手に置けることが魅力です。
日本国内では見かけない形ですが、それがまた魅力です。逆に、何処にでもあるものは作りたくないところです。地球の裏側のアンデス文化を参考にしたことになります。
次に解決する課題は固定方法です。当初、接着部分を凹凸に加工することも考えました。ホゾ組みです。しかし、強度に問題がありそうでした。そして考えたのは金属のダボ組みです。本来の用途は解りませんが、工房にあったそれらしいビスを試すことにしました。まずヒバの端材(はざい)で試してみます。驚くほどガシッと固定できます。しかし、硬いエンジュでは不適でした。木の硬さが柔軟性を奪うのです。結局は単純なビス止めに落ち着きました。実は、工房には、先日いただいたビスが何十種類もあります。早速役立つことになりました。
下孔をあけてを揉(も)んでやります。予想以上に頑丈にフィットします。頭にはダボを埋め込みます。多少の不本意さはあるものの、形だけは何とか完成です。自分で使うつもりの「杖(つえ)」です。ま、試作品としては妥協の範囲なのかも知れません。高さ調整をして、実際に使ってみると、腰が驚くほど楽です。
次の工程がまた迷うところです。塗装です。白黒のコントラストを生かすのであれば透明な「木固めエース」です。しかし、派手すぎる感があるのです。今晩考えることにしています。
宜しくない腰按配ではあっても、これまで「杖(つえ)」までは考えていませんでした。しかし、スフィンクスの謎々(なぞなぞ)のように、4本足、2本足、そして3本足と変化するのが人の世の常のようです。
今は、スキー用のストックを両手に持って歩いている方もお出でです。スフィクンスの期待する3本足でない4足までに進化(退化)しています。
いつまでも恰好つけていてもナンセンスのようです。「杖」あたりは使っても不調法では無さそうです。愛用することになりそうです。納得できる作品になった時点で、必要な方につくってあげるつもりです。
暮れて降り出しました。
2011/05/07(土)
18:41

このところ雨が続いていました。しかし、昨日から晴天です。そして明日から再び雨のようです。この機にすべきことがあります。「干しシイタケ」づくりです。
雨の恵みで数はでています。昨日も巨大化したものを収穫しました。やや水分過多のようでした。ズシリと重いものです。しかし、小さいものも収穫の時季の形を呈しています。
水分過多だったものが、昨日からの晴天と風で大分発散しています。傘(かさ)の裏を窺うと真っ白です。干すには惜しい出来のようですが決断のときです。
この種類は春と秋の2回収穫できる菌です。しかし、「干しシイタケ」には春のものが適しているようです。虫がまだ出ていないことによります。
これから数日を要してカラカラに乾燥させます。採りたても美味しいのですが、陽光を浴びたシイタケは、その風味を顕著に増すことになります。何よりも保存に適します。
そして、「ゼンマイ」づくりです。これもシイタケ同様の保存食です。初めての試みです。昨日収穫したものを何とか茹(ゆ)でました。木灰(もくばい)と塩を入れて煮立った鍋で茹でます。頃合はシナシナ感の出るまでです。その頃になると茹で汁が灰汁(あく)で茶色になります。
そのまま鍋を降ろして人肌程度まで冷(さ)まし、笊(ざる)に広げておきました。今日からは春風と陽光に晒(さら)すことにしました。時々裏返しながら揉(も)んでやりながらです。
失敗した感のあるのは「アザミ」です。昨日茹でたものを水に晒(さら)しておきました。今朝には水は茶色に変化しています。しかし、本体のアザミは更に真っ黒になっています。こういう筈(はず)ではなかったのです。
実は、アザミの茹で方にもさまざまな方法がありました。参考にしたのは、『サッと茹でて水にとる。』です。しかし、別のWEBページを見ると『10分ほどは煮る。』、ともあったのです。更に、乾燥させる方法、塩漬けの方法等もあります。混乱しているところです。
一般的なスーパーでは、水に放した「真っ青な」ものが置かれています。何らかの隠された技がありそうです。黒いオヒタシは少し都合がよくないようです。アザミの収穫期はまだまだ続きます。達人の皆さんに手ほどきを受けながら再挑戦といきたいところです。
「灰汁抜き」に使った木灰は工房の薪(まき)ストーブから排出されたものを使いました。ヒバ、スギ、ナラ、エンジュ、ケヤキ、タモ、マツ等の多種の灰です。
薪ストーブを使っている以上は確実に生まれてくる産物です。燃焼効果のため、木灰は定期的に取り除いてやります。それを缶にまとめています。一冬で相当量になります。
しかし、この「灰汁抜き」に使うにはこのままでは無理です。不純物?が多すぎるのです。細かい目の笊(ざる)で漉(こ)します。当然のことですが、漉した後は、笊に残ったものと漉されたものとに別れます。それが見事に2分されることが劇的です。
この漉しきれないものの正体は、燃え残りの炭が主です。しかし、どういう訳か小石等も混ざっています。何処から生まれたか解らない不思議な現象です。他方、笊の目を通過したものは粒子が揃って綺麗です。不思議なことは重量です。風に漂(ただよ)う、パプパフとした微粉末であっても、まとまるとズシリと重いのです。
実は、この木灰をK社長からも頼まれていました。ジャガイモを植える際に使うのだそうです。不純物を取り除いておくことにしました。話は飛びますが、この木灰が小さい袋で売られているのを見ました。
その時は何に使うのかが解りませんでした。今になって、山菜の「灰汁抜き(あくぬき)」に使うことに気付きます。世の中にワンテンポ遅れているようです。この木灰が主人公になる、今が旬だったのです。
慌(あわ)ててつくった木灰の量はレジ袋2つと少量でした。実は、これまで、この灰を庭の隅に捨てていたのです。ゴミに出すのは憚(はばか)られる代物(しろもの)なのです。
今後は徹底的に純正の木灰を貯(た)めるつもりでいます。
2011/05/06(金)
18:55

昨晩と違って、今日は晴天です。朝、T氏からお誘いがありました。一昨日に続いて今日も山に入ることにしました。
数時間の山歩きは今日で3回目です。腰の不愉快さはどうしようもないことです。しかし、疲れの度合いに変化が生じています。
ほんのこのところの1~2回の山歩きで相当鍛えられているようです。呼吸の乱れ(息切れ)が少なくなり、フットワークが良くなっていることに気付きます。
体が慣れてくるからのようです。この状態はスキーに似ているようです。その年の初めて滑るときには結構疲れるようです。
しかし、2回目、3回目になるにつれて疲れを感じなくなる、ということを聞いたことがあります。スポーツ等、体を使うものに共通しているようです。
体力というのは、普段の鍛え方に正直に係わっているようです。できるだけ関節に負担をかけないように、筋肉を使う歩き方を心がけています。山菜もそうですが、冬期間の肉体の衰えを少しずつ補うつもりの散策です。
これまでの2回は「ワサビ(山葵)」がテーマでした。既に溢れています。今日は「タラの芽」狙いになりました。今日はこどもの日の祭日です。予定している場所に先客が居ることがあります。現場に行ってみなければ収穫量のほどはわからないところです。
しかし、昔から、『海はスコンクがあるが、山には無い。』の、諺(ことわざ)があります。これは、『海釣りは全く釣れないことがあるが、山は目的以外のたくさんのものが収穫できる。』という意味です。
やはり、今日の「タラの芽」の場所には先客が通り過ぎていたようです。車から降りて2~3分の場所です。然もありなん、です。それでもあるものです。
「タラの芽」に似ているものに「ハリギリ」もあります。結構な量を収穫します。同じ場所に「ゼンマイ(薇)」があります。これほど多くを収穫したのは生まれて初めてのことです。
実は、経験が少ないことで良く解らない世界でした。「男ゼンマイ」、「女ゼンマイ」、「鬼ゼンマイ」等があります。その中の「女ゼンマイ」を収穫するのだそうです。
ところが、「男ゼンマイ」の成長は早く立派に見えます。その中に遅れて「女ゼンマイ」が出ているのだそうです。
結局は、茎(くき)に産毛(うぶげ)をまとわないで、スラリと綺麗なものを採ることにしました。しかし、T氏は、『「男ゼンマイ」であっても珍重する方が居ます。採っても問題はないです。』、と勇気付けてくれます。ま、初心者としては許される範囲のようです。
「タラの芽」は木の梢です。そして「ゼンマイ」は地表です。上と下を見ながらの忙しいトレッキングです。春になって日焼けするほどの陽光を浴びたのは初めてだったようです。紫色の「カタクリ」の花、薄い青色の「スミレ」、そして真っ白の「ミズバショウ」は今も盛りです。
広い裏山です。それぞれの異なる環境があります。まだ残雪のある沢、日当たりの加減、西向き東向き等の山の方角、高低差、生えている木の種類等です。その条件によって、山菜の種類も時期も違っているようです。
帰路、『アザミにも寄りましょう。』、と道草をします。アザミは味噌汁の具、ゴマ和(あ)えでいただく春だけのご馳走です。太い茎は蕗(ふき)のように扱うレシピもあるそうです。
この場所も車から降りてから1分未満の距離です。数歩山に入ると一面がアザミの絨毯(じゅうたん)です。無いところには無いのですが、あるところにはあるものです。
5~6分でレジ袋4袋にもなります。もはや十分です。T氏はどのポイントに何があるかを熟知しています。驚きます。
「ウド」に出会うのも今年初めてです。これは自分で収穫したものではなく、すべてT氏が採ったものをいただきました。一抱えもあります。
近年は栽培ものが一般的になっています。通年手に入ります。それなりの風味があります。しかし、山の「ウド」は全く違っています。「アク」の度合いは山のものが強いです。そのアクが美味しさと直結しているようです。
昼前に帰宅します。午後もまた山菜三昧(ざんまい)です。実は、収穫は夢中になり、短時間に感じる傾向があります。それでも午前中の3時間ほどです。
しかし、後始末には収穫に要した時間の5~6倍も要します。選別して洗うことに時間がかかります。そして茹(ゆ)でることです。山菜取りの宿命のようです。プロの皆さんは、その後始末の能力を考えながら収穫量を決めているようです。
ゼンマイを茹(ゆ)でるのも勿論初体験です。早速、何でもしっているWEBにお尋ねしました。しかし、諸説あります。しかも、『茹で方によって美味しくもなったり、そうならなかったりする。』、とあります。困ってしまいます。
丁度、小豆(あずき)の煮(に)方に似ています。昔からの伝統文化ではあるものの、この諸説のあることが、難しさのバロメーターのようでもあります。奥ゆかしい世界です。
大きい鍋に水を張り、塩と薪ストーブから排出された木灰を入れて沸騰を待ちます。そしてゼンマイを入れます。問題は茹でる時間です。そのことを写真で表現しているページがあります。茹で汁の色が茶色になることが目安となっています。非常に参考になるヒントです。
茹でるには結構な時間を要します。WEBでは茹で汁の色とともに「シナシナになる程度」、ともあります。奥の深い世界です。本来は、日中、ストーブの必要のない気温です。ガンガン薪(まき)をくべることで汗ビッショリになります。
さらに曖昧(あいまい)なことがあります。茹でた後の処置です。一説では冷たい水に入れる、とあります。また、別のページでは、茹で汁にそのまま漬けて冷ます、の解説です。結局は後者を採用します。触れことができるまで冷(さ)めた段階で笊(ざる)に移します。
今後は天気の良い日に外に出し、揉(も)んでやることになります。春のこの時季が正月の「煮しめ」の序奏です。普段、何気なくいただく食材に、遠大な作業過程のあることをあらためて実感することになります。
他方、アザミの茹で時間は一瞬です。パッと緑になるまでです。茹でてから即、冷水にとります。しかし、水は冷たくても茎に触ると生暖かいものです。不思議です。流し水にしています。
採ることは楽しいのですが、問題はその後の処置です。二人家族にしては何れも結構な量です。早速、夕食の膳は天婦羅(てんぷら)です。ウド、タラボ、タケノコが主体です。それを山ウドの酢味噌和え(すみそあえ)が中和します。
これから暫らくの朝昼晩の膳にはアザミが出そうです。少しクラクラしてきます。
実は、遠方に、奥州最北端の旬(しゅん)をお届けしたいところです。スーパーでは水とともに袋に入れています。何とかなりそうです。しかし、送ったところで送料の方が高額になる山菜です。迷っているところです。
コシアブラが出かかっています。ワサビもこれからです。ワラビ、シドケ、ボンナ、サンショウの芽も待っています。このトレッキングはまだまだ続きそうです。工房活動にはブレーキがかかりますが、歓迎すること頻り(しきり)です。
2011/05/05(木)
19:56

「園芸事情」・・・痕跡
昨晩は外泊しました。岩木山麓の平野です。北前船の頃、彼の地から移出された中に昆布、青森ヒバ、鉄、そして米等があったそうです。その米の産地だったようです。
米の、大陸から我が国への伝来は南の九州説が圧倒的です。南から次第に北上したというものです。しかし、それは当時の権力の歪曲したもののようです。北上の過程を待つまでもなく、奥州最北端には既に朝鮮半島から伝えられていたそうです。
韓国時代劇にしばしば登場する製鉄技術もそのようです。岩木山麓には、当時としては比類のない優秀な製鉄文化が朝鮮から伝えられ、栄えていたそうです。その米や鉄、そして青森ヒバや松前の昆布を中央に献上していたことになります。
その事実や痕跡は、やがて中央権力によって抹殺されたようです。惜しいことです。丁度、今の原発をはじめ、朝廷、幕府等の権力を持つもののご都合主義の隠蔽工作のようです。
今となっては荒唐無稽な夢物語です。しかし、そのノスタルジアに触れるために、ここ毎年「十三湊(とさみなと)」の盆踊りにひっそりと参加してもいます。
そのことを、つい先日、被災地の石巻からお出でになった皆さんとの会食の際にお話してしまいました。復興支援をされている方々です。その中に、『知っています。実は、私も十三湊にお邪魔しています。』、という方がお出でです。驚きました。
全国どの地にもそれぞれの歴史があります。それは津軽平野に限らず、チェルノブイリも今回の被災地も例外ではないようです。歴史の痕跡を消すには忍びないのです。難しい柵(しがらみ)です。

帰路、ホームセンターに寄りました。品揃えの豊富な店です。やはり面白そうなものがたくさんあります。まず目に付いたのが「舞茸(マイタケ)」の菌床(きんしょう)です。
1ブロックが250円なのに驚きます。即、買い求めます。5個も?です。実は、数年前、この菌床を庭に植えたことがあります。1年限りでしたが「舞い踊った」ことがあります。
帰宅後、即、仕掛けをします。シイタケ、ナメコに先んじて、夏から秋にかけて収穫できるキノコです。また、ナメコやシイタケと違って、出始めは黒っぽくグジャグジャした得体の知れない様相です。
しかし、サクサク感があり、何よりも香りが良いのです。小雨の中、今年の晩夏も狭庭で一人「舞い踊る」ことを期待しながらの仕掛けを終えます。
傍らの一角には「クマガイソウ(熊谷草)」が葉を開きかけています。「一の谷の戦(いくさ)」で無官の太夫平敦盛(たいらのあつもり)を討った熊谷直実(くまがいなおざね)の名前が由来しています。背中に背負った母衣(ほろ)に姿が似ていることによります。
葉が開きかかっているだけでまだ花は見えない段階ですが、特別大切にしています。しかし、昨年、その近くにナメコのホダ木を置いてしまいました。クマガイソウのあることを失念していたのです。恐縮すること頻りですが、何とか数本は咲きそうです。
「工房事情」・・・新しいテーブル
ホームセンターでは、他にテーブルを求めました。丸鋸(まるのこ)、トリマー、ジグソーをセットできるテーブルです。勿論、求めた理由は、予想外に安価だったことからです。
しかし、このままでは使うにはぎこちないものがありそうです。これに脚(台)をつけ、テーブルを拡げることで使い易くなりそうです。
この先達はW工房です。お邪魔する度に拝見しているのですが、頭にのこっていないところが切ないです。近いうちにお邪魔して教えを乞うことになります。
使いこなすことで、またまた新しい世界が開けてきそうです。実は、次の課題は既に心積もりしています。活躍してくれることを期待しています。
2011/05/04(水)
20:05

昨日気にかけていた「仇桜」は、今朝はほとんど散っていませんでした。もう少し満開を楽しむことができます。
久しぶりの晴天です。さらに、連休真っ只中です。当然のように裏山に出かけたいところです。しかし、単独では大儀です。今日もT氏に誘われます。
『タラボ、アイヌネギ、タケノコ、ワサビ等のどれにしましょうか。』、と訊かれます。テーマによって目指す場所が異なります。結局、今日も「ワサビ」になりました。ワサビは座って収穫できるからです。
目的地はつい先日お邪魔した場所の近くです。しかし、山の景色が全く変化しています。これまで枯れ木の風貌であった木々がムヤムヤとした緑を呈しています。それも、向こう側が透けて見える程度にです。見事です。
カタクリ、スミレ(菫)、キクザキイチゲ等の花が盛りです。雨上がりの透明な空気を吸いながらのトレッキングです。目的地までは散策するだけで心身がリフレッシュするようです。主題の「ワサビ地点」もまた変化しています。つい先日とは全く違っています。足の踏み場のないほど密集しています。その中から、大きめのものを選んで摘みます。勿論?座って採ります。
シドケ、ボンナ、ウドにはまだ早いようです。ウドはまだ出始めです。しかし、山に詳しいT氏は、『あと2、3日後が適期のようです。』と分析します。
ウドは一瞬で大きくなるのだそうです。2、3日後、またまた体脂肪を落とす機会に恵まれそうです。
誰にも出会わないで下山します。しかし、朝は我々の1台だけだった車が6~7台にもなっています。皆さんがそれぞれの場所で楽しんでいることになります。裏山、とはいってもどこまでも続く山です。さもありなん、です。
志功はこの地を『海も山も温泉も』と表現しました。まさにその通りです。今年も来年もお世話になりたいところです。
午後、津軽の田園地区に出かけます。「田打ち桜」は咲いていますが、田んぼにはまだ手がかかっていないようです。冬を越したままの状態です。
間もなく一斉に開始されるようです。どの家々にも黄色いスイセンが咲いています。少し不思議です。
2011/05/03(火)
13:51

「園芸事情」・・・夜来風雨声
昨日からの雨が今日は強風を伴っています。台風のようです。『・・・夜来風雨声 花落知多少』を思い出します。孟浩然(もうこうねん)の『春暁』です。
矢も立てもたまらず、近くの桜を見に行きます。見頃の桜が散っています。この風雨が影響しているかどうかはわかりませんが、散るにはまだ惜しい盛りです。
一説では、桜は風雨によって散るのではないらしいです。咲いてから一定時間が過ぎるまでは多少の風では散らないのだそうです。その期間は1週間弱のようです。
親鸞聖人(しんらんしょうにん)は『明日ありとおもうこころの仇桜(あだざくら)夜半に嵐の吹かぬものかは』と詠ったそうです。まだ子供のころの詩です。
『・・・仇桜・・・』には、「(散ってしまうかも知れない、と)気になる対象である」という意味がありそうです。いずれにしても、この時季の桜には翻弄(ほんろう)させられます。
雨の庭では「イカリソウ(碇草)」が花数を増しています。咲こうとしている花は多少の雨はものともしないようです。不思議なのは、秋に散った地表の落ち葉を持ち上げ、また、突き破っても芽を出している姿です。途方もないエネルギーが伝わってきます。
「工房事情」・・・中和研修課題として挑戦した「台?づくり」をほほ終えました。ほぼ、というのは、塗装の後始末がまだ残っていることによります。
サンダーをかけて塗ることを繰り返したものの、最終の仕上がりが不満足です。1500番あたりで軽く撫(な)でることで解決しそうです。
これまで工房内で養生していたものを、晴れて座敷に入れることにしました。高さが高さです。多少の存在感があります。話は飛びますが、台やテーブルの高さには昔から伝えられている決まりがあるようです。1尺2寸です。しかし、最近は1尺1寸が多くなっているようです。
今回の「台?」は1尺1寸7分にしました。囲炉裏(火鉢)の高さと一致します。一般的な座高の高さから算出された値のようです。
しかし、その使い易さ?が少し考えさせられる課題をつきつけています。用途です。本来はPC(ノートパソコン)を載せる台としてつくったものです。しかし、下世話な用途をも考えさせます。朝晩の味噌汁を置く台に丁度良さそうなのです。
今日は工房内の整理です。テーマは釘(くぎ)です。驚くのは、わずかここ2~3年の工房生活で膨大な量が蓄積されていることです。悲しいことは、同じ種類がたくさんあることです。買い置きがあることを失念して新しく買い求めた結果のようです。
この記憶喪失には、整理整頓の頻度を高めることで中和できそうでもあります。昔、高齢になった祖母が、いつも箪笥の整理をしていたことを思い出します。おそらく、どこの段にとのような着物が仕舞われていたかを確認していたのかも知れません。今になって納得する世界です。
夜になっても頻(しき)りの雨です。桜花を気にしながらのご酒です。明日の朝、再び確認せざるを得ないようです。
2011/05/02(月)
18:50