朝からの曇り空です。いつもは薄明るくなっている筈の時刻にはまだ真っ暗です。午後になってチラチラと白いものが降り出します。

先般、PCのハードが読み込みできなくなります。勿体ないデーターが詰まったPCです。N氏が出張ってくださいましたが、バックアップできませんでした。ハードが空回りしているのです。諦めきれずに業者に診断してもらいます。

『無理かも知れません。しかし、やるだけやってみましょう。』とのことです。コピーの可否にかかわらず5200円ほどの経費です。データー再入力のことを思えば御(おん)の字です。

他方、ハードを解体してデーターを修復する方法もあるそうです。細かい手作業のようです。この方法では1ギガ1万円の経費です。少し悩みます。1~2日を費やしても手打ちすべきとも思ってしまいます。少し考えることになります。

更にダメ押しされます。『ハードには寿命があります、また、耐久性については当たりものです。1年で不都合になることもあります。一般的には5年ほどです。不具合を感じたら即、バックアップするのが常識です。』と。ガッカリすること頻りです。


また、このハードの復元の作業中、さまざまな情報に触れます。『冷凍庫に入れることで解決することがあります。』、というものです。正しい情報であれば想像のつかない裏技です。

更に、当世情報処理事情にも触れます。N氏からは、『IT(インフォメーションテクノロジー)が遅れているようですネ。今はスマートフォンやWi-Fiの時代です。私を含めた多くの皆さんはシュガーシンクやドロップボックスを使っていますヨ。』と解説されます。

ここ数年の空白で世の中がガラリと変化しているのです。浦島太郎の心境のようです。『流行(はや)りの半纏(はんてん)着るのはバカだ。着ネのはもっとバカだ。』の諺(ことわざ)があります。

阿波踊りのように、どちらもバカの類(たぐい)です。であれば、最先端の、流行りの文明との同居も考えるべきなのかも知れません。



2011/11/30(水) 17:52

君あしたに去りぬ
ゆふべのこころ千々に
何ぞはるかなる

君をおもふて岡のべに行つ遊ぶ
をかのべ何ぞかくかなしき

もの心ついて以来、半世紀ほどもの間ご指導をいただいてきた先輩が急逝します。勿体ないこと頻(しき)りです。与謝蕪村の詩が過(よぎ)ります。合掌。




2011/11/29(火) 11:13

根雪にはならないレベルですが雪を迎えています。例年と比べると少し早い冬の風貌です。

このところお休みしていた日記です。実は、発信源のPCがいよいよ鈍くなり、ついには起動できない状態にまでに至っています。

いつものことですが、PCとの関わり歴史を思い出してしまいます。風呂敷1枚を持ち、夜行列車八甲田に乗ったのは今から30年以上の昔です。当時、カラープリンターは中古でも50万円以上の時代です。また、奥州最北端の地では、まだ店頭にはコンピューターの無い時代です。

その折、東京にお住まいのT氏と秋葉原で手に入れたのがPC98です。そのPC98シリーズを4~5台ほど使った頃にWindowsが出ます。世界が一変した瞬間です。

そのソフトは意外に安価でした。早速購入して98にインストールします。10枚ほどのCDだったようです。ワクワクしながらコピーを待つと、やがて間もなくストップします。再度インストールし直します。同じ結果です。えらい目に会います。そして笑われます。

その頃活躍していたのがMS-DOSです。K先生のVZエディターにお世話になった時代です。そしてWindows 時代が始まります。1.0、3.1、NT、95、98、2000、Me、XP、Vista、 7です。流石にiPhoneは未踏ですが、それらのどの時代にも参加してきたようです。

現在使っているノートパソコンは2台です。1台がWindows 7で、もう1台が Vistaです。今回、そのDELLのVistaがトラぶったのです。


おそらく、ハードにプログラムのカスが溜まり過ぎた所為(せい)のようです。しかし、キーボードの数ヶ所もまた反応不能です。擦り切れたコードを数回もつなぎ合わせてもいます。

騙(だま)し騙し御(ぎょ)してきたものの、先日、ついに反応しなくなります。日記用の原稿や写真を入れた直後です。それなりに手入れはしてきたものの、そろそろ限界のようです。しかし、困ったのはハードが記憶しているさまざまなデーターです。バックアップ(複製)をとっていないのです。

このバックアップは、順調が続いているときには必要とは思わない傾向があるのです。謂(い)わば危機感の欠如です。当面、年賀状が困ります。自作のアクセスのプログラムは兎も角、住所や氏名が勿体無いのです。

意を決して、復活を試みることにします。頼りはN氏です。昨日連絡します。すると、『ハードを取り出してデーターをコピーしましょう。一時保管のハードは持参します。簡単です。』との返事です。朗報です。今日の午後、その手並みを拝見できることになっています。有難いことです。

話は戻りますが、Windows 7に入っているマイクロソフトは2010です。これまでのものは2000です。これにも驚かされています。様相がガラリと変化しているのです。改良はされているのでしょうが、使いこなすには結構な時間が必要のようです。老骨を激励しながら挑戦することになります。

話は飛びますが、今朝のニュースには、何度目かの年金問題を浮上させています。実際には昔から危惧されていた課題のようです。紙台帳からの集計では然(さ)もありなんことです。PCの恩恵を今更ながら思わせます。



2011/11/26(土) 09:48

突風の昨夜半でした。隣家の屋根のトタンの煽られる音が続いていました。早朝外に出ると、やはり、道路に剥(は)がれたトタンが散在しています。やや凄惨な風の爪痕です。

久しぶりの低い気温です。道路脇の気温計は場所によって違っていますが、概ね0.5°~2°です。今日の予想最高気温は3°だそうです。

時刻がすすむにつれて雪のチラつきが密度と頻度を増します。細かいフレークですが、外が暗くなるほど降っています。いつの間にか、車にも積もっています。朝には無かったものです。僅(わず)か1時間ほどで一変します。冬本番の感です。


昨日は雨のため、本格的な庭仕事は断念します。あれやこれやの工房活動を楽しみます。その中の一つが「下駄(げた)づくり」です。下駄には何十種類ものパターンがあるようです。

はじめての試みですが、これまで数種類をつくっています。昔から慣れ親しんできた下駄ですが、いざ白紙状態からつくるとなると、さまざまな点に曖昧(あいまい)さがあるものです。

そのひとつは歯の位置です。履き易いものは意外な場所にあるものです。そして歯の嵌め方です。一般的な下駄は台と歯が一体になっています。しかし、高い歯は嵌め込み式になっているものです。

その一般的な嵌め方は単に台に凹の溝を穿ってそこに歯を嵌めています。しかし、先般の作品第一号は、両者をダブテール(鳩のしっぽ)型に加工しています。ややデリケートな加工です。

2作目と3作目は凹凸型の加工にしています。ややゴツい感がありますが、単純で頑丈そそうでもあります。このところ愛用しているゲンコツ(厚手の足駄)はそのパターンです。快い音に加えて結構な履き心地です。とはいうものの、まだまだ試行錯誤の段階です。


しかし、このゲンコツが多くの皆さんから要望されています。とりあえず2足ほどをつくることにしました。いつもは一気につくるのですが、今回は時間が制約されています。少しずつの味わいながらの作業になりそうです。

昨日は板にカンナをかけ、まず、台の下拵(こしら)えだけです。この段階で既に迷いが生じてきます。歯の厚さをどれほどにするか、です。台と同じであれば作業し易いのですが、やや厚すぎるようなのです。

ま、1~2日ほど悩むことにしています。これがまた作品づくりの楽しさでもあるのです。

2011/11/22(火) 08:12

昨日に続いて今日も小雨です。気温はバフーッとしてやや高めですが、雪は確実に近づいています。

今回の土日の課題に「雪囲い」を予定していました。しかし、コンディションに恵まれないことから、次の機会を待つことにします。このような判断から、毎年、雪が降ってからになります。

しかし、その頃は小雨どころではない、もっともっと良くないコンディションになっています。いつもこのパターンです。そしていつも滑り込みセーフの人生です。

地表の緑は次々に黄色くなり、そして失せ始めています。その中で生き生きしているのは山葵(ワサビ)です。ワサビの旬は早春と晩春の年2回と聞いたことがあります。それぞれにはそれぞれの季節があることを見せ付けています。


工房ではこのところ「抜貝(ぬきがい)」の貼り付けに挑戦しています。「抜貝」というのは、貝の一部を切り抜いてつくる模様です。この模様に拘(こだわ)っているところです。

何回かご紹介していますが、昔から伝えられてきた「宝づくし」です。いつも目にする模様からは、是非、ほんのりとした和(なご)みを発信したいからです。これまで何回か自作してきました。

その結果は、頗(すこぶ)るゴツものになっています。アワビ貝には意外なほどの湾曲と凹凸があるものです。しかし、その素朴さに惹(ひ)かれる方もいます。作品の評価はそれぞれの感性に委ねられるもののようです。

貼り付けの作業は、ある意味では一瞬です。しかし、実際には膨大な時間を要します。その殆どは漆が乾わく時間です。

この「抜貝」の貼り付けに普通の接着剤を使う方もいるそうです。しかし、最近の我が工房では漆を試しているところです。貼り付けが落ち着いた後、更に、貝の出っ張った凸部分のコーナーにも漆を置きます。

これには、貝の密着度を高める思惑(おもわく)があります。要するに、剥(は)がれ難くするためです。実は、この接着方法には伝統技術がありそうです。しかし、素人の我が工房ではこれを「拭き漆」にしています。



「拭き漆」というのは、一端塗った漆を拭き取る方法です。拭き残した漆は微量ですが、何回も繰り返すことで鋭角のコーナーが鈍角に変化してきます。

今回試している「抜貝」は福井県のH氏からいただいたものです。漆問屋の方です。見事な平面に切り抜かれています。「琴柱」、「鍵」、「米俵」、「扇」、「丁子」、「花弁」、「打出の小槌」等です。いわば「宝づくし」です。

今日で3回目の拭き漆です。そろそろ先が見えてきたようです。話は飛びますが、近く、作品展があります。当初は及び腰であったものです。しかし、先ほど、仕掛け人の町会長さんがお見えになり、是非、と勧められます。いつものことですが、厚顔を承知で出品することにします。

手元の抜貝の数は600~700フレークもあります。失われつつある文化の一端を、この「宝づくし」の文様で再発信したいところです。

2011/11/20(日) 12:26

今日は朝から小雨です。外の作業はやや億劫(おっくう)です。当面するいくつかの課題の中から、まず「糠漬(ぬかづけ)」を優先させます。

漬ける前の段階として干しています。大根とカブです。実は、多少、干す期間が長くなっています。一般的には1週間から10日ほどのようですが、今回は3週間にもなっています。

特に大根は、太さも長さも当初の半分近くにもなっています。また、カブからは新しい葉が出ています。どうやら限界のようです。

漬け方は簡単なようです。糠(ぬか)に塩と若干の粗目(ざらめ)砂糖を混ぜ、大根と交互に敷いてやります。そして、各段ごとにタカノツメを散らしてやります。

しかし、これまでの漬け方から変えたことがあります。隙間(すきま)に菜っ葉(大根の葉)を埋めることです。

話は飛びますが、この菜っ葉には思い出があります。今は一般的でなくなっていますが、半世紀前には各家庭の一般的な食材でした。冬期間の味噌汁の具です。独特の風味とともに歯ざわりに記憶があります。その味が忘れられないで今でもこの菜っ葉をつくっている友人がいます。



思い出の菜っ葉は黄色だったようです。今回の干した結果は一部がまだ緑です。このことを、先日、Y女史から訊きします。意外な答えが返ってきます。『まだ暖かい時期に干したものは黄色に変色します。しかし、寒くなってから干すといつまでも緑のままです。』なのだそうです。

その一部が青い状態の菜っ葉を無理やり大根を並べた隙間と蓋(ふた)から食(は)み出る上部に敷きます。例年よりもバージョンアップした漬け方になったようです。あとは水が上がるのを待つだけです。1ヶ月は見守ることになりそうです。


他方、「渋柿の塩漬け」が気がかりです。先般、漬けてから14~5日を経た頃試食してみます。そのときにはまだキツい渋味です。3週間を経た今日は殆ど渋味が感じられなくなっています。

しかし、それは皮を剥いていただいた場合です。ガブリと皮ごと食べると結構な渋味です。どうやら、皮近辺の渋がまだ抜けきってないようです。WEBでは漬ける期間は20日間頃だったようです。あるいは、塩加減も作用しているのかも知れません。



WEBの指導では塩の濃度は海水程度ですが、お椀に2杯ほどの量を足してやります。あと数日、成り行きを見守ることになります。因(ちな)みに、塩水で漬けても、柿自体にはまだその塩分は浸透してない状態です。

夕刻、友人がおいでになります。その渋柿が話題になります。『今は「渋取り名人」があります。』と言います。初めて聞く世界です。実は、柿専用の焼酎があるのだそうです。47°だそうです。少し力が抜けます。

ま、今回は半世紀前のレシピの復元のつもりです。只管(ひたすら)にやり抜くことになります。

2011/11/19(土) 11:10