早朝の風は台風のようでした。しかし、日中の最高気温は、このところの1~2°と違って7°ほどです。あちらこちらに白い雪は見えますが、気は楽です。

師走に入ってハードスケジュールの中、早朝と夜は木工活動です。しかし、その時間はほんの一瞬です。4~5日前の日曜日、「額」の下拵え(したごしらえ)をします。その材料は、本来、薪(まき)となるケヤキ(欅)です。薪といえども秀木のケヤキです。それだけに、鍛えたくなります。

単に「額」とはいうものの、結構な奥行があるものです。単純なものにほど、昔からの伝統文化を感じます。まず、その種類が多様です。油絵用の「油彩額」、展覧会用やカンパスを嵌めるだけの「仮縁(かりぶち)」、水彩画や写真用の「デッサン額」、色紙や短冊を入れる「和額」、賞状を入れる「賞状額」、証書等を入れる「証書額」です。

他に、「叙勲額」、「ポスターパネル」、「写真額」、そして、手ぬぐいを入れて飾る「手ぬぐい額」等です。さらには、ジグソーパズルを入れる額もあります。そのものに応じて、何にでも対応できる世界です。

今回目指したのは、ごく簡単な「絵葉書入れ」のようなものです。フレーム(枠)を組み終え、その後、黒漆で簡単な拭漆(ふきうるし)で、一応の塗装を済ませています。その段階のものを、朝な夕なに見つめています。

見つめていると、気になるところがあちらこちらに出現してきます。この世界は際限の無いものです。それだけに楽しさがあります。まずは形です。やや朽ちかけた木表(きおもて)を表面にしているものの、不満足です。整い過ぎているところが気になります。


いつも感じていることですが、一般的に、整い過ぎているものには不安感の伴う傾向があります。同じ三角形であっても、正三角形や二等辺三角形と不等辺三角形とでは、不等辺三角形にこそ、和みの要素が隠されているようなのです。

今回の額もそうです。ハガキを納める枠は4隅が直角の長方形です。そのポイントは確保せざるを得ないようですが、全体を雰囲気は、できるだけ型破りにしたいところです。しかし、型破りにしたつもりであっても、結局はチマチマとした結果になることが往々です。

今回もそうです。グラインダーであちらこちらを大胆に抉(えぐ)ったつもりでしたが、結果はおとなしいものに落ち着いているのです。無意識に手加減しているようなのです。自然の大らかさや意外性、そして造形美を表現することは難しいものです。

しかし、今の段階ではこの程度の妥協に甘んじても良さそうです。手を加える機会はいくらでもあるのです。

次は、フレーム全体の色彩です。最も不得意なジャンルです。黒漆で拭いたことで、絵葉書を入れるにはやや暗い感じがします。黒には黒の良さはあるのですが、赤を混ぜることにします。やはり、雰囲気は一変します。

当初、カラフルな色も考えていました。黒、赤の他に、緑と山吹色です。これらを組み合わせたものが、伝統文化の舞台で使われる緞帳(どんちょう)の配色です。毎週日曜日の「笑点」でお馴染みです。奇しくも、昨日、勘三郎が急逝します。是非この色使いを、別の作品で生かすことを考えています。


昨晩は、工房に薪(まき)ストーブをガンガン焚き、快適な作業環境を整えての工房作業です。夢中になります。テーマはトンボづくりです。これは、枠(フレーム)と裏板を固定する留め具です。小さい額です。4辺に各1箇を取り付けるだけで良さそうです。4個だけをつくります。ケヤキの小片4枚を重ねて同時に加工します。

つくりのポイントは、あえて、雑に加工することです。その方が面白そうなのです。このトンボは、1個10円ほどで市販されています。額もまた、100円コーナーで入手できます。買ったほうが効率的です。しかし、形は拙いものの、手作りには不思議な魅力があるものです。また、自分でつくるところに意味があります。

トンボの名前は、文字通り、形状が蜻蛉(トンボ)に見えることから命名されたようです。その意味では、クリオネとしても良さそうです。両面テープで4枚重ね合わせたものを、羽の無いトンボの形にし、頭の中央にビス用の穴をあけます。さらに、ビスの頭が埋まるように孔の周囲を抉(えぐ)り取るだけです。

アクリルのダストカバーと、MDFの裏板は既に仕上がっています。漆はまだ乾いていませんが、これで90%は完成したことになります。マットについて考えているところです。これは、絵とダストカバーとが密着しないための仕掛けです。

突然つくりたくなった「額」です。しかし、早速オーダーがあります。先日、厚生大臣賞を受けたK社長からです。「叙勲額」です。少し気合が入ることになります。

2012/12/06(木) 17:00

黒漆と最も相性が良いとされるひとつがケヤキです。しかし、将来的には、部分的に朱も散らしたいところです。少し考えることになります。

ストーブで燃やされる寸前の耳材が見事に?変身します。beforeとafterの大きいギャップに感動します。何よりも、作品から「和み(なごみ)」が伝わってくるようでもあります。


夕刻、O氏ご夫妻がお見えになります。目を離した一瞬、塗ったばかりの作品を手に取って鑑賞してしまいます。即、手を洗わせます。仕事に差し支えれば大変です。実は、この漆で、多くの皆さんにご迷惑をおかけしているのです。心配です。

他方、筆者の手は漆で真っ黒になっています。漆と出会った当初の10年ほど前には「かぶれ」ていました。しかし、漆を使う度ごとに鈍感になっていきます。何年も鍛えていることからか、今は、負ける(かぶれる)ことはありません。



久しぶりの木工作業です。結果は拙いものの、満喫します。不満足であればやり直ししさえすればいいのです。自分でつくったものは、その我儘がいつでも叶うのです。


工房に薪ストーブを焚いての作業でした。その間、ストーブの上ではカリンのジャムづくりです。鍋いっぱいの量をコトコトと煮ます。

例年、この時期になるとつくりたくなるのが不思議です。いつもはマルメロでしたが、今年は手に入らなく、カリンで妥協します。結果は見事に期待外れです。

マルメロの時期は過ぎたようですが、何とか探すことにします。

昼、K社長がお見えになります。いつものことですが、『当地からオリジナル作品を発信しよう。』と、意気盛んです。昨日お会いしたM先生も意欲満々です。敬服するばかりです。









2012/12/02(日) 19:27

そして、組み立ててみます。ややゴツく、そして狂っていそうですが、将来のフレームの片りんが浮かんできます。まあまあ、とするところです。

フレームの一辺は腕の太さです。これをガッチリと固定するには、45°の木口(こぐち)部分に糊(のり)をつけただけでは到底無理です。強度はゼロに近いものです。

強度を増すために簪(かんざし)を挿し込むことにします。この名前が素晴らしいです。昔から受け継がれてきた文化にはえも言われない優雅さを秘めているものです。

コーナーに溝を掘り、雇いザネ(やといざね)を挿し込む方法です。この加工にも丸鋸を使います。久しぶりにジグ(冶具。jig)を使います。

溝の幅も深さもアバウトです。埋め込むカンザシの厚さは溝幅に合わせることなります。サネ(カンザシ)の厚さの調整は、数度の現場合わせです。納得した時点で糊をつけて挿し込みます。

カンザシは大きめにし、後で食み出た部分を削除する手順です。ほんの暫くの時間でガッチリと固定されます。放り投げても壊れる心配のない強度です。

この段階で90%進んだことになります。あとは微調整です。スタートから厚さの異なる材料です。組み合わせた後に段差を解消します。グラインダーとサンダーを使います。

グラインダーの歯は、粗いものとやや細かい目の2種類使います。最後はやはり手に頼ります。この作業は彫刻に似ています。

キッチリと加工したつもりですが、コーナーの合わせ目に若干の隙間が生じています。このままではだらしないです。

塗りを漆にするつもりです。漆用の埋め剤で凌ぎます。しかし、この作業に、マスギングテープを使わなかったことで、無駄な時間を使ってしまいます。

隙間を埋めるには、人差し指に埋め剤をつけてギューッと押し込んでやります。その際、埋剤が脇に食み出ます。その削除が厄介です。またまたサンダーに助けていただきます。そして、塗りに入ります。

1回だけの「拭漆」です。たっぷりと漆を吸い込ませてから綺麗に拭き取る方法です。

2012/12/02(日) 18:49

早朝、沐浴に出かける時の路面はツルンツルンに凍っています。氷点以下ということになります。まだ本格的な冬とはいえませんが、キリリとした寒さです。

昨日、木工仲間のI氏とW氏がお見えになりました。当然ながら、木工の話題に終始します。その所為か、今日は、無性に何かをつくりたくなります。作品づくりは、作らなければならない課題と、作りたい課題があります。

今日は、後者になります。実は、昨日いただいたストーブ用の薪(まき)の中に、燃やすには惜しいものがあったのです。転用することにします。

ケヤキを製材した耳です。丁度、三日月の形です。その外側の白味にはアマ(腐り)が入っていますが、削除することで何とかなりそうです。

額(がく)をつくることにしました。素朴さを生かし、和(なご)みを醸し出すことをテーマとします。まず、半月型の薄い部分をスライド丸鋸(まるのこ)で削除します。この段階での寸法はアバウトで良さそうです。

それをプレナー(自動カンナ)に通して幅を一致させます。この段階で、厚さはまちまちですが、基準は確保できます。その基準をもとに、裏板を納める溝を掘ります。使うツールは、これも丸鋸の昇降盤です。

当初、ルーターを考えました。加工は綺麗に正確にできる利器です。しかし、ビットの交換を考えると少し億劫です。妥協します。


4辺を留め接ぎにします。両者を45°に加工して2辺を合わせて直角にする方法です。加工は一瞬です。

しかし、向かい合う辺の長さが等しいことが条件です。額の大きさは、葉書が収まる小さいものです。これまで各辺の長さはアバウトでしたが、この段階で正確を期します。

2012/12/02(日) 18:34

今朝の気温は氷点前後です。しかし、雪は、日中にチラチラ程度です。奥州最北端の感覚としては、積もっている雪を見なければ冬とは言い難いところです。

寒いながらも、まだ晩秋の表現が似合いそうです。しかし、今日から師走(しわす)です。やはり、あれやこれやと気が急きます。今日は所用のため県東に車を走らせます。奥州最北端では、県東を南部と表現します。自宅から70分ほどのところです。

一般的に、雪は、日本海側が多く、東部の南部?の積雪は殆ど無い地理的条件です。しかし、今日は寒く、南部でも一瞬雪がチラつきます。

久しぶりの外出です。用事を済ませた帰路、道の駅に寄ります。道の駅は季節を移す鏡のようなものです。野菜等の農産物がメインです。しかし、ゴボウ、ハクサイ、ダイコン、ニンジンは1ヶ月前と同じです。

ところが、今日は見慣れないものがあります。袋に貼られたシールには「とっくりいも」とあります。初めて見るものです。若い店員さんに訊いてみます。しかし、彼女も初めてみるものだそうです。頭を傾げています。納品した農家に問い合わせます。


大騒ぎの末たどり着いた結論は「自然薯(じねんじょ)」です。長芋(ながいも)よりも粘りがあり、擦って良し、煮物(にもの)良し、だそうです。自然薯に憧れた御仁がつくったもののようです。

処によっては一般的なのでしょうが、初めての出会いです。その得体も顧みず、2袋を求めます。即、夜は鍋です。キノコ、白身魚、豆腐、ホタテ、シジミ、ネギ、そして「トックリイモ」等を入れて醤油味にします。結果はこの上の無い美味です。

件(くだん)の「トックリイモ」は山形の芋煮会(いもにかい)で使われるイモノコと同じ状態です。「トックリイモ」の「トックリ」は「酒徳利」の「徳利」のようです。それも平べったい形のトックリです。


午後、友人のI氏とW氏がお見えになります。実は、「薪(まき)」を持ってきてくださったのです。1寸ほどに製材したケヤキ(欅)です。

話は飛びますが、一般的に、工作では、ケヤキは芯を使います。芯の赤味は堅いからのようです。他方、外側は柔らかい白身です。山から伐り出したケヤキは外に数年置いておきます。やがて、柔らかい白味は朽ち落ち、堅い赤味が残ります。この赤味は何年野ざらしにしていても朽ちることはないようです。


しかし、今日、薪用として持ってきてくれたものの中にも赤味部分があります。薪とするには勿体ないようです。一瞬考えたのは、ペン皿、各種の箱類、額等に使うえそうです。困ってしまいます。


先週「雪囲い」を済ませた庭は冬の佇(たたず)まいです。紅葉を楽しませた木々の葉は既に散っています。しかし、イカリソウ(錨草)には黄色の葉が残っています。例年は真っ赤になるのですが、今年は少し変です。

今朝のテレビに「尾瀬」の湿原が映っていました。その中に、草の紅葉が紹介されています。これを「草紅葉」と表現しています。初めて知る表現です
2012/12/01(土) 18:57
突風の続く昨晩でした。車の窓を開けようとすると凍っています。今日は、まさしく冬です。

ここ二日ほど「盾の番長シリーズ」が続いています。やや暗い話題で躊躇したのですが、 今日も(三)を載せることになってしまいました。

「豊饒の海」は、輪廻転生(りんねてんしょう)をそのテーマのひとつにしているようです。「春の雪」の巻末で松枝清顕は肺炎になります。本多に『いつかまた会う。瀧の下で。きっと。』という言葉を残して息を引き取ります。

そのときには、既に、聡子は「月修寺」の尼になっています。最終巻の「天人五衰」で、語り部の本多が、高齢となった門跡の聡子を訪ね、夭折した松枝清顕の事情を訴える場面があります。


聡子は、松枝清顕のことは全く記憶が無いという表情で『それも心ごころですさかい。』と答えるのです。この『心ごころですさかい。』がその後の私の大きな命題となります。

意味としては、松枝清顕には松枝清顕の事情があり、聡子にも聡子の事情がある。一つの事象に対して二人が同次元で同一の価値観を持たなくても不思議なことではない、という意味のようです。

しかし、聡子の言った、『記憶とは映る筈もない、遠すぎるものを映しもすれば、それを近いもののように見せもする幻の眼鏡のようなものですから。』のように、過去というものは刻々に無に帰しつつある存在であり、現実にあったことと無かったことに違いはないのではないか、という意味にも考えられます。

昔、松枝が命を懸けたものが、時間の流れの中で完全に風化してしまっている事実に遭遇した本多は、あたかも「漆盆の上に吐きかけた息の曇りがみるみる消え去ってゆく」ような自分を呼びさまそうと叫ぶのです。『だったら現在の自分の存在すらも曖昧になる。』と。


聡子に案内された月修寺の庭で、本多は、『この庭には何もない。記憶もなければ何もないところへ自分は来てしまった。』と、虚脱感に襲われます。時間をかけて虚空の中に辿り着いたと、時の移ろいと、人の思いの次元の違いを嘆くのです。

「豊饒の海」というのは、太陽の男性に対して、女性の神性をあらわす「月の海」のことでもあるようです。しかし、本来、豊饒であるべき月の海は、実際には何もないカラカラの砂漠です。「豊饒の海」の読後、『心ごころですさかい。』の一言が私を苛んでいます。

京都には2,500以上の寺があるようです。私は京都に行く毎に、「月修寺」のことを聞き続けています。しかし、誰もその名前の寺を知っている人はいませんでした。

しかし、「月修寺」のモデルになった寺があることを最近になって知ります。山村「圓照寺」だそうです。近いうちに訪ねるつもりでいます。

2012/11/27(火) 19:39