突風の続く昨晩でした。車の窓を開けようとすると凍っています。今日は、まさしく冬です。

ここ二日ほど「盾の番長シリーズ」が続いています。やや暗い話題で躊躇したのですが、 今日も(三)を載せることになってしまいました。

「豊饒の海」は、輪廻転生(りんねてんしょう)をそのテーマのひとつにしているようです。「春の雪」の巻末で松枝清顕は肺炎になります。本多に『いつかまた会う。瀧の下で。きっと。』という言葉を残して息を引き取ります。

そのときには、既に、聡子は「月修寺」の尼になっています。最終巻の「天人五衰」で、語り部の本多が、高齢となった門跡の聡子を訪ね、夭折した松枝清顕の事情を訴える場面があります。


聡子は、松枝清顕のことは全く記憶が無いという表情で『それも心ごころですさかい。』と答えるのです。この『心ごころですさかい。』がその後の私の大きな命題となります。

意味としては、松枝清顕には松枝清顕の事情があり、聡子にも聡子の事情がある。一つの事象に対して二人が同次元で同一の価値観を持たなくても不思議なことではない、という意味のようです。

しかし、聡子の言った、『記憶とは映る筈もない、遠すぎるものを映しもすれば、それを近いもののように見せもする幻の眼鏡のようなものですから。』のように、過去というものは刻々に無に帰しつつある存在であり、現実にあったことと無かったことに違いはないのではないか、という意味にも考えられます。

昔、松枝が命を懸けたものが、時間の流れの中で完全に風化してしまっている事実に遭遇した本多は、あたかも「漆盆の上に吐きかけた息の曇りがみるみる消え去ってゆく」ような自分を呼びさまそうと叫ぶのです。『だったら現在の自分の存在すらも曖昧になる。』と。


聡子に案内された月修寺の庭で、本多は、『この庭には何もない。記憶もなければ何もないところへ自分は来てしまった。』と、虚脱感に襲われます。時間をかけて虚空の中に辿り着いたと、時の移ろいと、人の思いの次元の違いを嘆くのです。

「豊饒の海」というのは、太陽の男性に対して、女性の神性をあらわす「月の海」のことでもあるようです。しかし、本来、豊饒であるべき月の海は、実際には何もないカラカラの砂漠です。「豊饒の海」の読後、『心ごころですさかい。』の一言が私を苛んでいます。

京都には2,500以上の寺があるようです。私は京都に行く毎に、「月修寺」のことを聞き続けています。しかし、誰もその名前の寺を知っている人はいませんでした。

しかし、「月修寺」のモデルになった寺があることを最近になって知ります。山村「圓照寺」だそうです。近いうちに訪ねるつもりでいます。

2012/11/27(火) 19:39