
シュミエン(趣味の園芸)後、今日も工房に籠(こも)ります。なんだかんだの課題が山積しています。
まず、旅館に納めている「箸置き」の下拵え(したごしらえ)です。鉋(かんな)がけは終えています。今日は、面取りとカットです。面取りは専用の鉋を使います。注意点は、刃を進める方向です。逆目(さかめ)ではボロボロになるのです。
当初不得意でしたが、何百本も作業しているといつの間にか覚えるものです。しかし、目の整っている青森ヒバといえども、中には、途中で逆目になっているものもあります。今回の材にはそれが多いです。醜い出来は、次の工程のサンダーに委ねることになります。
作業中、T氏がお見えになります。『午後から崩れます。明日からは雪マークです。柿(かき)をやっつけましょう。』と促します。近くの屋敷の柿の木の伐採です。数か月前から依頼をうけていましたが、さまざまな事情で伸び伸びになっていたのです。
様々な事情というのは、実の熟すタイミングを窺がっていたことと、何よりも、億劫さの所為です。実は、太い部分を製材して、木工の材料にするつもりでした。また、実も捨てがたいところもあったのです。
北の柿の殆んどは渋柿です。これもそうです。伐るタイミングを見計らっていた頃、『柿渋をつくりませんか。』の提案もいただきました。しかし、柿渋の柿は7月頃のものを使うのだそうです。時既に遅し、です。

話は飛びますが、数か月前、柿渋を塗り重ねた布を見ました。訊くと『これは、酒袋に柿渋を塗ったものです。』と言います。それでハンドバック等をつくっているのです。驚きます。
即、津軽の酒屋を訪ねます。将軍吉宗の頃から続いている造り酒屋です。S社長さんに、「酒袋は残っていますか。」と訊くと、『今は貴重なものになっていますが、昔は捨てたものです。残念ながら残っていないのです。』の返事です。
しかし、『南部のある酒屋には600枚ほど残っていた筈です。今は宝物として保管しています。』と教えてくれます。酒袋というのは、きつく織った麻布に渋を塗って丈夫にし、その中に発酵した米を入れて搾る袋です。残念ながら、その、渋塗りの酒袋づくりは断念することになりました。
数か月間ヤキモキしてきた柿の伐採でしたが、雪が降っては更に億劫になりそうです。友人にお尻を叩かれて断行を決意します。使うツールはチェンソーとロープ、そしてブルドーザーです。
ロープは、木が倒れる寸前に、倒れる方向をコントロールするために使います。実際に伐るのはチェンソーです。刃は、先般、新品に取り替えたばかりです。まず、木を倒す面をVの字に切り取ります。次に、反対側に刃を入れるだけです。

木を倒すために費やした時間は3分ほどです。しかし、この後が厄介です。製材する部分は地上2mほどばかりです。他は薪(まき)にするつもりです。それも、一年後の薪です。伐ったばかりの木は水分を含んで燃えないのです。
そして小枝の処理が大変です。無数にあるのです。そして、肝心の柿です。既に落ちて朽ちているもの、熟してカラスの餌(えさ)になったものが大半ですが、結構な量が残っています。
昨年、この類(たぐい)の柿を大量に手に入れて塩漬けを作りました。見事に失敗します。今回こそは何とかしたいところです。しかし、干し柿にするには蔕(へた)にT字の枝をつけていないことから無理のようです。
一般的な渋抜きには炭酸ガスや焼酎を使うようです。中には、温泉に漬ける方法もあるそうです。またまた新しい課題が出現します。
柿の木は、柿のように黄みがかっています。