朝の一時(いっとき)は輝く青空です。オーッと期待していたところ、即、大荒れです。突然、雪吹(ふぶき)に変わります。気温は真冬なみです。昼過ぎに外出したときの舗道はツルンツルンです。下り坂が怖いです。前の車との車間を大きくし、ブレーキをかけないようにします。


午前中、工房に入ります。今日のテーマはカンナ(鉋)がけです。厚さ6分、幅2寸の青森ヒバです。これは「枡(ます)づくり」の材料として考えていたものです。尤も、他のさまざまなものに使えそうです。

実は、昨日W工房にお邪魔した折、「押し寿司器」を見ます。突然つくりたくなります。その材料にもなりそうです。どうやら、今回の「霰組み」での「枡(ます)づくり」でスイッチが入ったようです。厚さ7分ほどの青森ヒバの材で、「蟻組み(ありぐみ)」と「霰組み(あられぐみ)」で接(は)いでいます。

よく解りませんが、この「押し寿司器」は、桶(おけ)や樽(たる)、或いは蒸し器や下駄(げた)等と同じように、昔から伝えられてきた日本のフォルクローレ(folklore)のようです。

長い時間によって淘汰(とうた)された所為(せい)か、贅肉(ぜいにく)の削除された、形や構造の単純さが美しいです。


話は飛びますが、雛(ひな)祭りの霰(あられ)に由来する「霰組み」対して、「蟻組み」は蟻(あり)の頭に似ていることから命名されたようです。

これまで何回か修行したことのあるものですが、またやりたくなっています。突然つくりたくなります。どうやら、今回の「霰組み」での「枡(ます)づくり」によってスイッチが入ったようです。

この「押し寿司器」は、WEBで検索すると、木工所等、さまざまなところで制作されているのが解かります。また、台所用品として、あちらこちらのホームセンター等でも市販されています。しかし、流石(さすが)に、抗菌力に富む青森ヒバを材料としたものは、殆ど見かけないのです。

つくりたいものが山積しています。それらは、昔から受け継がれてきた伝統的なもののコピー的なありますが、これまで存在していなかったオリジナルなものもあります。そのどちらからも強く誘われている状態です。

何をつくるかの決断は、その葛藤(かっとう)の末にあります。この微温湯(ぬるまゆ)の中の煮え切らない優柔不断さは望むところでもあるのです。


結局、今日は、まだ何の材料になるのかをまだ決断できないままの鉋がけです。1m(3尺強)もの20本ほどです。簡単な作業ですが、腰痛との戦いでもあります。少しの気合いが必要です。結局、可能な限り、椅子に座りながらの作業に徹します。とても人には見せられない情景です。

しかし、自己弁護ですが、仮に、傍(はた)からは如何にお行儀が宜しくなく見えたとしても、その醜さが、或いは美しいのかも知れません。今回の冬季オリンピックも、多くの皆さんが絶賛するのは、舞台裏に対してのようなのです。

2014/03/06(木) 18:38

雪はなく穏やかな日です。昼前の外出時は6℃ほどです。圧雪によってできた氷が濡れています。


このところの工房のテーマは「枡(ます)づくり」の試みでした。ある程度の様子は把握できたようです。今は「蒔絵(まきえ)」に発展しています。絵のセンスの希薄さに耐えながらです。「打ち出の小づち」に始まって、昨日は「帆船(はんせん)」に及びます。やはり、今朝見ても冷や汗が出てくる有様です。

しかし、それを消去する前に助手に見せます。『海賊船ですか。』という評価です。即ち、「帆船」には見えることを証明したことになります。何時(いつ)でも消すことは可能です。結局、「拭漆(ふきうるし)」でカバリングし、完成に近づけることにします。それにしても恥ずかしさの限りです。


今日はW工房にお邪魔します。実は、『丸棒のジグ(jig・冶具)をつくってみた。』という電話をいただいたのです。「丸棒」はさまざまな場面で使われます。以前は、市販のものを使っていました。しかし、材質が限定されていることから、最近は「木工旋盤(せんばん)」で自作しています。

今回のプログラムは、テーブルにセットした丸鋸(まるのこ)とドリルの両者を回転させる方法です。しかも、所要時間はほんの3秒ほどです。一瞬です。やや大雑把な加工です。しかし、精度を高めるには、旋盤とサンダーによる手直しが可能です。

先日、WEBで、ストレートビットでダボをつくる方法を見ましたが、今回のジグは、その理屈とやや似ているようです。そして、テノンカッターの理屈にも似ていそうです。尤も、今日のジグは第一作目です。もっともっと改良が加えられることになりそうです。



日本北方領土と同じようなことが黒海で展開されているようです。しかし、そのことについては誰も触れていないようです。よく解らない世界です。

是を是、非を非としなければ、北方4島のように、既成事実で押し切られることになるようなのですが・・・。力の無い正義の難しさを感じます。

2014/03/05(水) 16:25

朝、2cmほどの積雪があります。このところずっと良い天気であったことから、春ではないか、と思いたくなっていました。しかし、やはり、冬であったことを思い知らされます。

路面はツルンツルンです。やはり、昨日、大きい交通事故があります。スリップによります。一昨日、この日記で紹介したトンネルの出口です。

どういう訳か、その場所だけが周囲よりも2~3℃低いのです。牛乳配達等、朝の仕事の皆さんの多くはそのことを知っています。そして、その場所だけ?は徐行しているようです。しかし、一般の皆さんにも、大きい立て看板等で注意を促す必要はあります。ここ何十年も、毎年のように大きい事故がおきているのです。権限を持っていそうな、そしてフットワークの良い町会の皆さんにお願いするつもりでいます。


工房では「蒔絵(まきえ)」の練習です。昨日、「打ち出の小槌(こづち)」を題材にして金粉(偽物の金です)を蒔いています。今朝、それを明確化させます。方法は、単に、筆でなぞるだけです。その後、薄い漆で覆ってやります。丁度、「拭漆(ふきうるし)」に似ています。明日までを要して、漆の乾きを待ちます。


「蒔絵」の出来不出来は、絵自体の巧拙(こうせつ)に負うところが大きいようです。最も不得意な世界です。今回の1作目の「打ち出の小槌」も悩むこと頻(しき)りです。自分で使う分には妥協できても、他へのプレゼントとしては二の足を踏みたくなるのです。

今日は、もっと簡単な題材を考えます。いくつかを紙に書いてみます。丁子(ちょうじ・Clove)、鉞(まさかり)、琴柱(ことじ)、車輪、帆船等です。昔からの憧(あこ)れの図柄です。その中の帆船(はんせん)を選択します。風を帆(ほ)に受けて進む船です。6000年の歴史があるとされています。ロマンを感じさせてくれます。

その「帆船」を、「打ち出の小槌」と同じように「蒔絵」にします。しかし、やってみると結果は同じようです。よく解りませんが、線に勢いが無い所為のようです。腕ではなく、おそらく、筆のレベルの作用のようです。実は、現在使っている筆は1本20円です。もう少しバージョンアップすることで、もう少し満足することができそうです。


話は飛びますが『弘法筆を選ばず。』の諺(ことわざ)があります。この意味を、『弘法大師はどんな筆でも立派に書ける。』としているのが一般的です。

この「どんな筆」を「どんな悪い筆でも」と意訳し、「下手(へた)な者が道具や材料の所為(せい)にするのを戒(いまし)める言葉」とされています。

しかし、本来の意味は違っているようです。「どんな」というのは「品質の良し悪し」ではなく「毛の硬軟等の種類」と考えるのが正しいようです。穂先の無い太い筆で、細い文字を書くことは不可能なのです。

何(いづ)れにしても、前作同様、不満足であればやり直しは可能です。取り敢えずの前進です。



2014/03/04(火) 15:57

早朝はカラリと乾燥しています。沐浴に足駄(あしだ・歯の高い下駄)で出かけます。途中出会ったご婦人から『良い音ですね。』と声をかけられます。雪の日には履けない足駄です。数か月ぶりでした。しかし、気温は低く、その後、モサモサと降り出します。

昨日が、3月第一週の日曜日です。アカディミー賞授賞式の日でした。昼、その状況が放映されます。やはり見入ってしまいます。司会のエレンが頑張っています。ピザパイの出前もあります。そして、客席でグループごとに撮った写真が即、WEBに公開されていたようです。いつものフォーマルな雰囲気を変えようとしていたようです。

会場はドルビー・シアター(Dolby Theatre)です。聞いたことの無い名前です。実は、これまでのコダック・シアター(Kodak Theatre)が、単に名前を変えたものでした。どうやら、県営体育館がマエダアリーナに、そして、文化会館がリンクステーション等に改名したのに似ているようです。


ロサンゼルス(Los Angeles・天使たちの住む街?)のこの会場で、2002年から毎年開催されています。2033年まで契約しているそうです。

以前、何回か行ったことがあります。あれこれが思い出されます。近辺の建物が立体的であったようです。また、ハンバーグの美味しさです。道路を挟んだ向かいのレストランです。狂牛病盛んなころでしたが、巨大で驚くほどの美味でした。

この授賞式でいつも感じることがあります。プレゼンターが賞を発表したときの様子です。会場には、ノミネートされた皆さんが参加しているようです。そして、誰もが、自分が選ばれることを期待している筈です。

結果によっては、泣き崩れてしまうことも考えられるのです。しかし、誰に決まっても、会場全体の盛大な拍手と祝福があります。人間としての大きさなのかも知れません。


昨日の課題は部屋の掃除です。今日は障子の張り替えです。障子の場所は、廊下を鋏んだ工房の向かい側です。材料の搬入であちらこちらが破れています。このままでは人格が疑われそうです。3月の声に背中を押されて断行します。


年季が入った家です。築100年ほどです。骨(ほね)の数か所が折れてもいます。この機に修復します。勿論、簡単な応急手当です。張り替えた後に霧吹きすると、それまで緩んでいた紙がピーンと張ります。これまでと全く違った空間の出現です。不思議です。

工房では「蒔絵(まきえ)」の練習です。数年前に試したことがあります。昔は、この「蒔絵」を「巻絵」と勘違いしていました。よく思い出せませんが、その理由は、社会科の教科書で、同じ時代に「絵巻物」と一緒に載っていたようなのです。「まきえ」が「蒔絵」であることを知ったのは大人になってからでした。

この「まく」は、「種をまく」の「蒔く」です。漆で描いた絵の上に、金粉等を蒔く(振りかける)方法です。理論的には簡単ですが、最大の問題は絵の拙(つたな)さです。図案に「打ち出の小槌(こづち)」を考えます。恥を忍んでの挑戦です。尤も、結果が不満足であれば、サンダーで削り取ればいいだけです。

2014/03/03(月) 16:52

ここ数日続く、輝く春です。路肩にはまだ一部残っていますが、舗道には氷は無く、カラカラとしています。庭の雪は、アプローチの概ねが融けています。雪囲いの周辺にはまだまだ残っていますが、日に日に雪融けがすすんでいます。

今日は、春の気配を感じながら、春を迎える支度です。大掃除です。実は、このところの座敷が天文学な散らかりようです。雛(ひな)人形を飾るにも、その飾る床の間が、あれやこれやで飽和状態です。

話は唐突ですが、一般的に、雛人形を飾り始めるのは2月に入ってからのようです。そして、片づけるのは3月4日よりも遅くならないように、とされています。しかし、我が家では3月に入ってから飾る習慣があります。旧暦を採用しているのです。昔からです。

その理由は寒さです。奥州最北端の2月は厳寒です。とても雛祭りどころではない状態です。旧の3月3日は新では4月の初めのようです。皆さんには笑われますが、丁度今頃から飾って、雪融けの頃に片づけています。今年は、女雛(めびな)と男雛(おびな)だけにします。それでも、季節を演出してくれます。


また、ここ最近つくった木工作品で足の踏み場もなくなっています。これまでつくった作品の殆(ほと)んどは、さまざまな会合やパーティーで皆さんにいただいてもらっています。それでも、サンプル的なものが残っています。それらひとつひとつの埃(ほこり)を払い、再び並べ直します。

それは、個々の作品の思い出に浸(ひた)る時間でもあります。制作に関わるさまざまな失敗や工夫したこと等を反芻(はんすう)する機会です。そして、現在の、個々の作品の持つ雰囲気を感じる時間でもあります。つくった当初の輝きが既に色褪せたもの、逆に、新鮮な輝きを放つもの等です。不思議な世界です。

3時間ほどを要した掃除です。いつものことですが、思わぬほどの新しい空間が生まれます。不思議なメカニズムです。今日は、箪笥(たんす)の場所も変えます。これまでの部屋の雰囲気が瞬時に変貌します。昔、亡母も、この模様替えを楽しんでいたことを思い出します。


待ち望んでいた筈の春を間近にして、やや、複雑でもあります。一方では、待ち望んでいた瞬間です。歓迎すること頻(しき)りです。他方、億劫(おっくう)でもあることです。それは、春は、夏と秋と冬の序曲でもあるからです。漸(ようや)く越えたばかりの冬に向かうことを思うと、少し、気が重くなります。

とはいうものの、明日は障子(しょうじ)の張り替えの予定です。実は、これも天文学的に破れています。春を迎えるには不都合なようなのです。

2014/03/02(日) 16:52

待ちに待った3月です。昼前に外出したときはプラス4℃(ほど)です。この(ほど)というのは、場所によって異なることによる表現です。

3℃のところも4℃のところも、そして、6℃のところもあります。6℃を表示している気温計は、狂っているようです。それも大分前からです。今は誰もが逆算しています。周知されていることで、さほど問題化されていないようです。尤も、それは地元の方々だけです。町内も市も県も、全く無関心の次元です。

とはいうものの、この場所は最もスリップ事故の多い場所です。それも取り返しのつかない事故が多発しています。海から風の作用のようです。凍っていないと思ってもツルンツルンに凍っていることが多いのです。仮に、表示がプラス1℃であっても。実際にはマイナス3~4℃です。注意せざるを得ないところなのです。

外出の理由は「包装紙」の調達です。このところ手がけている「枡(ます)」の包装です。100円プラザを物色することにします。安価で効率の良いものを探すためです。結局、ポリプロピレンのクリアポケット18枚入りを求めます。これまで使ったことのあるものです。単価計算では5円若干です。良しとするところです。

話は飛びますが、先般、この包装に食品用の真空パックを使ったところ、天文学的な経費になります。中身の材料よりも包装が高額になるようにも思えるほどでした。今日の外出は、そのための視察のようなものです。

店では、予期しないさまざまな出会いがあります。まず、現在つくっている「枡(ます)」も店頭ニ並んいます。杉材ですが、デリケートな見事な「霰(あられ)」で組まれています。勿論?お神酒の器としては危ぶまれますが、水物ではない、簡単なものの容器としては全く問題なさそうです。これまで数週間近くもかけてつくった、我が工房の枡に疑問を覚えるほどです。


次に目に付いたのがワイヤーネットのコーナーです。実は、工房には、筆記用具やメジャーにはじまって、洗濯バサミや輪ゴム等、細々したものカが雑多にあります。これまで、それらの整理や収納方法について悩んでいたところでした。実際には、身の回りに山積していたことになります。即、あれやこれやの数点を求めます。

さて、「拭漆(ふきうるし)」仕上げの「枡」をクリアポケットで包装する際、数個に不満足さを見つけます。内容は、拭き取った筈の漆の付着です。これ等については、削り直して再び塗ることになります。不満足であれば、いつでも、そして何回でもやり直しが可能なのが自作の特権です。


ま、それでも何とかそれらしいものに辿(たど)りつきます。様子を覗うためにブランディーとワインのボトルを入れてみます。所謂(いわゆる)、「袴(はかま)」としての使い方です。

またまた話は飛びますが、今の皆さんには、この「袴」は解からないようです。『「鴨居」に頭をぶっつけた。』、『敷居が高い。』といっても、その「鴨居(かもい)」や「敷居(しきい)」が何であるかが解からないようです。

『玄関の「あがり框(かまち)」にぶっつけた。』の「框」もそのようです。この状況は、学校で教わる機会が少なくなっていることに起因しているようです。

2014/03/01(土) 18:14