ここ数日続く、輝く春です。路肩にはまだ一部残っていますが、舗道には氷は無く、カラカラとしています。庭の雪は、アプローチの概ねが融けています。雪囲いの周辺にはまだまだ残っていますが、日に日に雪融けがすすんでいます。

今日は、春の気配を感じながら、春を迎える支度です。大掃除です。実は、このところの座敷が天文学な散らかりようです。雛(ひな)人形を飾るにも、その飾る床の間が、あれやこれやで飽和状態です。

話は唐突ですが、一般的に、雛人形を飾り始めるのは2月に入ってからのようです。そして、片づけるのは3月4日よりも遅くならないように、とされています。しかし、我が家では3月に入ってから飾る習慣があります。旧暦を採用しているのです。昔からです。

その理由は寒さです。奥州最北端の2月は厳寒です。とても雛祭りどころではない状態です。旧の3月3日は新では4月の初めのようです。皆さんには笑われますが、丁度今頃から飾って、雪融けの頃に片づけています。今年は、女雛(めびな)と男雛(おびな)だけにします。それでも、季節を演出してくれます。


また、ここ最近つくった木工作品で足の踏み場もなくなっています。これまでつくった作品の殆(ほと)んどは、さまざまな会合やパーティーで皆さんにいただいてもらっています。それでも、サンプル的なものが残っています。それらひとつひとつの埃(ほこり)を払い、再び並べ直します。

それは、個々の作品の思い出に浸(ひた)る時間でもあります。制作に関わるさまざまな失敗や工夫したこと等を反芻(はんすう)する機会です。そして、現在の、個々の作品の持つ雰囲気を感じる時間でもあります。つくった当初の輝きが既に色褪せたもの、逆に、新鮮な輝きを放つもの等です。不思議な世界です。

3時間ほどを要した掃除です。いつものことですが、思わぬほどの新しい空間が生まれます。不思議なメカニズムです。今日は、箪笥(たんす)の場所も変えます。これまでの部屋の雰囲気が瞬時に変貌します。昔、亡母も、この模様替えを楽しんでいたことを思い出します。


待ち望んでいた筈の春を間近にして、やや、複雑でもあります。一方では、待ち望んでいた瞬間です。歓迎すること頻(しき)りです。他方、億劫(おっくう)でもあることです。それは、春は、夏と秋と冬の序曲でもあるからです。漸(ようや)く越えたばかりの冬に向かうことを思うと、少し、気が重くなります。

とはいうものの、明日は障子(しょうじ)の張り替えの予定です。実は、これも天文学的に破れています。春を迎えるには不都合なようなのです。

2014/03/02(日) 16:52