薄曇(うすぐもり)からのスタートです。朝はまだストーブの欲しいところです。しかし、時刻が進むに連れて晴天になり、気温もまた上昇します。

今日もまた朝からビッショリと汗をかきます。よくもまあ、毎日肉体を酷使する作業があるものです。工房では終日作品づくりです。今日の工程は助手が担当することになっています。

他方、庭では相変わらずの「越冬準備」です。剪定(せんてい)した枝はそのままでは処理に困ります。実は、この小枝は、ストーブの焚き付けに使うものです。

燃えは申し分はないのですが散らかるのが玉に瑕(きず)です。また、管理にも手間がかかります。小枝のさらに枝葉を削除して纏(まと)めておく必要があります。

30cmほどにカットしたものを如何に纏めるかを考えていました。量が少なかったこれまでは少量ずつ紙紐(かみひも)でまとめていました。しかし、結構な手間がかかるものです。今回は一計を案じることにしました。


その結果辿(たど)りついたのが「米袋」です。実は、昨夕、HCでそれらしい袋を探しました。適当なものは無く、帰り際に見つけたのがこの再利用のこの袋でした。下世話な話題ですが、1袋18円だったようです。50袋ひとまとめで1000円弱です。即、決定です。

この袋は意外に丈夫です。マチもついています。結局、今日は24袋を使いました。やがて来る吹雪きの際、時折、薪小屋(まきごや)から1袋ずつ運び込まれて工房を暖かくしてくれる筈です。まだまだ、この「越冬準備」は続くことになります。

一心不乱の作業中、友人がお出でになりました。即、自慢の「米袋」を紹介します。すると、『もっと丈夫な豆袋があったのに・・・。』、と残念がります。毎日の、豆腐づくりの大豆(だいず)の袋です。満足の中での作業が一瞬にして複雑になります。

しかし、HC(ホームセンター)で出会うまでは思いつかなかった米袋でした。仕方のないところでもあります。次回の折には頂くことにするつもりです。


カボチャ(南瓜)の花が咲いています。1輪だけですが感慨深いものがあります。これは先般、w氏からいただいた坊ちゃんカボチャです。

しかも、花の下が球形です。おそらく、将来、カボチャになる筈の花です。これは雌花(めばな)です。ドキドキします。

しかし、相手の雄花(おばな)は未だ咲いていないのが恨(うら)めしいです。蕾(つぼみ)はたくさんあるのですが、第1号の雌花に遅れています。少し困るところです。

近くの畑にカボチャがあれば雄花をいただく手もありそうです。カボチャは人工授粉しなければカボチャにならないようなのです。

或いは、1番初めの雌花は捨てるのかも知れません。この雌花はもう少し咲き続けているようです。そのノウハウの情報を収集しながら、1~2日は様子を見てもよさそうです。

2011/06/17(金) 20:13

朝から終日に及ぶ青空です。昼過ぎに外出したときの道路の気温計は20℃です。体を動かすと暑い気温です。

今日も朝から「越冬準備」です。実は、剪定(せんてい)で出た小枝が膨大な量です。更に、H氏からも到来しています。それらの処理です。

小枝を30cmほどの長さにカットします。小型の鉈(なた)を使う簡単な作業です。しかし、量が量です。朝から夕刻まで要して、全体の1/3程度しか処理できませんでした。

軽量の鉈ですが、数千回も持ち上げ振り下ろすと華奢(きゃしゃ)な手に即水脹れ(みずぶくれ)がてきます。また、手首に違和感を覚えます。自信のある右手首だっただけにショックです。弱いながらも、昔、背負い投げで徹底的に鍛えたものです。普段の鍛え方が如何にだらしなかったかを見せ付けられます。

その最中、その背負い投げの達人のIK氏がお見えになります。颯爽(さっそう)と精悍(せいかん)な姿を見せてくれました。高校、大学、一般とチャンピオンを維持し続け、今は大監督のKUROOBIです。



外出の折、道路際を見ると、木に絡(から)みついた「藤(ふじ)」の花が延々と続いています。当地では今が花の時期のようです。庭に植えることは遠慮する傾向がありますが、雄大な自然の中では見応えこの上もないものです。

話は飛びますが、フクロウ(梟)はクロウ(苦労)を思わせることで、これまで歓迎されなかったようです。しかし、ここ10年?ほど前から、『フクロウは (不苦労)だ。』、ということで幸せの代名詞になっているようです。

「藤」もそのようです。最近になって、特に脚光を浴びてきているようです。これまでは、フジ(藤)はフジ(不治)に繋(つな)がる、という迷信があります。また、強い根が土台を持ち上げる、等で歓迎されて来なかったようです。しかし、花自体の、なんともホンノリとした趣(おもむき)は否定できないもののようです。


このような迷信は他にもたくさんあります。おぼろげな記憶ですが、竹取物語の最終章に登場する?フジサンは「富士山」です。これは侍(武士)をたくさんつれて登った山、の意味のようです。しかし、不老不死の薬を燃やした山だったことから「不死山」だった記憶もあります。


「死なない」、と「死」を否定するものの、露骨な「死」の文字を嫌う傾向があります。難しい日本語です。しかし、奥州最北端では、今がほんのりとした「藤」の季節です。

庭では「合歓(ねむ)」が葉を開いています。ケヤキ(欅)よりも遅く芽吹きます。間もなく薄紅(うすくれない)の花をつけます。合歓もまた巡り来る季節の代弁者です。明日は25℃にもなるそうです。愈々初夏の到来です。

Kホテルから作品納入の催促がありました。ご迷惑はかけられないところです。明日の工房活動には気合が入りそうです。
2011/06/16(木) 19:27

ぐずついていた昨日と一転して真っ青な空です。その直射日光を浴びると暑いほどです。しかし、時折吹く風は冷たいです。日中の気温は16℃程度です。この陽光と冷やりとした風とのコントラストが素晴らしいです。

今日も朝から木工三昧(ざんまい)です。当地は奥州最北端の観光地です。震災で遠のいていた旅行客の足が3ヶ月を経て漸く(ようや)く元に戻ろうとしています。それと比例して、工房KUROOBIの日常活動も以前の状態に復活しています。

昨日はKホテルにお届けする作品の下拵え(したごしらえ)でした。今日はT旅館用の準備です。まず鉋(かんな)がけです。100本にかけます。プレナー(自動カンナ)を使っての鉋がけは簡単な作業です。しかし、デリケートな配慮があります。

まず、材の両端の木口を切り落とします。次に隣り合う2面にカンナがけです。大抵は、1回では期待する結果にはならなく、同じ面に3~4回も挑戦します。配慮することは逆目にしないことです。逆方向に刃を当てるとボソボソとなります。


この逆目のコントロールは数回プレナーを通す中で調整しています。それでも、材によっては、1本の中に、逆目と順目が同居しているものもあります。

この矛盾への対応は、やがてサンダーに頼ることになります。結局、このカンナがけに6時間ほども要しました。勿論、途中の休憩時間や外出時間も含めてです。

この100本で約2000個の作品になります。暫(しば)らくは何とかなりそうです。しかし、今月末から「大人の休日」が始まります。これは期間を決めた旅行優待の企画です。JR東日本が仕掛け人です。

実は、昼前、T旅館の社長さんがお見えになりました。開口一番、『今月末からは特別期間です。十分な作り置きをしておいてください。』です。Kホテル用とともに、もう少しの下準備が必要のようです。

夕刻、福井県のH氏がお見えになります。いつも新鮮な国内や海外の状況を教えて下さる方です。お聞きすると、どの地区も当地同様、この度の震災の影響が大きいようです。やはり、でした。


H氏からは「漆」の他にキノコ栽培の情報もいただきます。実は先般からオーダーしているのが「マイタケ(舞茸)」です。近いうち何とかなりそうです。ヘラタケ、ナメコ、シイタケはあるものの、一角にはマイタケ林にもしたいところです。

前後して達人のI氏ご夫妻がお出でになります。名古屋にご旅行した帰りです。たくさんのお土産(みやげ)を頂戴します。その中に常滑焼の急須(きゅうす)があります。常滑焼は昔から甕(かめ)で有名です。急須には初めての出会いです。恐縮すること頻り(しきり)です。

お話を聞いて、昔から憧(あこが)れていた旅行に誘惑されます。朔太郎だったと思いますが、『ふらんすへ行きたしと思へども ふらんすはあまりに遠し せめては新しき背広をきて きままなる旅にいでてみん。』、『汽車が山道をゆくとき みづいろの窓によりかかりて われひとりうれしきことをおもはむ』

更に、『五月の朝のしののめ うら若草のもえいづる心まかせに。』の世界です。この、『五月の朝のしののめ・・・』の頃、というのは奥州最北端では今の時期のようです。

歩行が不如意になったことで、忘れかけていた世界に憧れます。「大人の休日」に便乗したくなってきます。サツキが花数を増しています。やはり、花よりも葉の美しさが際立ちます。


2011/06/15(水) 20:42

ぐずついた天気ですが、昼の一時(いっとき)は青空です。やや肌寒く、座敷も工房もストーブを焚いています。

今日は木工三昧(ざんまい)の一日です。実は、昨晩、T旅館から急な依頼がありました。今朝使うものです。作り置きが無かったことで、沐浴前の作業になりました。いつもギリギリで腰を上げることの報いです。それでも、何とか滑り込みセーフのようでした。

Kホテルの作品も気になります。お邪魔して状況をお伺いします。つい先日納品したばかりですがオーダーされます。やはり、手を掛ける時期になっていました。3月11日直後は注文が控えられていましたが、忙しさが戻ってきているようです。

今日はその下拵え(したごしらえ)です。まず、Y製材所にお邪魔し、厚さ4分、幅3寸5分の青森ヒバをいただきます。その両木口(こぐち)を切り落とし、鉋(かんな)をかけます。

それを希望する長さにカットするだけです。プレナー(自動カンナ)を使うのは久しぶりです。妙に新鮮味があります。そのプレナーを使う前に集塵機を空(エンプティー)にします。

これは、青森ヒバだけのカンナ屑(くず)にするためです。屑、とはいうものの、これにもまた需要のある逸材です。皆さんにお分けしています。



実は、既に集められたカンナ屑(くず)には青森ヒバの他に、ケヤキや外材等も混ざっています。それらはストーブに入ることになります。一般的な大鋸屑(おがくず)やカンナ屑は燃え難いものです。しかし、ヒバを含んだものは良く燃えるのです。

一応の部材づくりは終えます。これからは助手の作業になります。使うツールは糸鋸(いとのこ)盤です。ミシンに似ています。この種の作業は、どうやらご婦人の方に向いているようなのです。

つい先日まで、園芸活動や越冬準備に費やしていた時間ですが、愈々木工活動が本格化することになります。望むところです。


昼前、A工房の番長さんとO氏がお出でになります。実は、今日は「赤松」に注連縄(しめなわ)を張る日でした。その帰りです。お聞きすると近年に無い立派な縄だったそうです。先般、京ちゃん工房とO氏の3人で綯ったものです。ホッとしているところです。

神事に使った、粒餡(つぶあん)の「蓬餅(よもぎもち)」をたくさん頂戴しました。うっすらと焦げ目のついた餅が笹の葉に包まれています。

当地では「シトギ餅」といいます。1個だけでお腹が一杯になるほどの大きい餅です。京ちゃんの作品のようです。懐かしい感触、香り、味でした。豊穣を味わいました。有難いことです。

※掲載の写真は、A工房のHPから拝借したものです。番長さんが撮影しました。



夕刻、建設会社のO社長がお見えになります。事情が許せば、明日、ベンチの状況を確認することになりました。先般挽(ひ)いた落葉松(からまつ)です。間もなく着手することになりそうです。


数日前から、お隣で工事に入っています。境界線ギリギリに塀をたてるそうです。コンクリートを流す準備をしています。お聞きすると、結構な高さのようです。センスのほどはよく解りませんが、どうしても刑務所を連想してしまいます。

境界線ギリギリの塀にするために、我が家の狭庭は大分掘り返されています。型枠の設置のためのようです。一般的には考え難いコンクリート工事です。

木とコンクリートでは事情の異なるものです。そのことを認識していないようです。現場を見る皆さんが一様に不思議に思っています。ま、世の中にはさまざまな考え方があるものです。レベルは合わせた方が良さそうです。

2011/06/14(火) 18:25

夕刻から降り出しました。実は、予報には無かったものの予感がありました。それを信じて朝から薪(まき)の整理です。このところの晴天で良く乾わいていた薪を濡らすには忍びなかったのです。

薪を割った場所から薪小屋まではほんの6~7mです。しかし、細々(こまごま)とした木を普通に運ぶには結構な気力が伴います。体力と相談して少しでも安易な方法を考えたくなります。

思いついたのが「ネコ車」です。ご近所のT旅館から黙って拝借します。やはり効率的です。腕に抱えて運ぶ量を100%とすると400%の能力がありそうです。その結果、2~3時間ほども要する作業と思っていたものが小1時間で終えます。文明の利器のおかげです。

それでも朝からビッショリと汗をかきます。このところ毎日の滝のような汗です。また、不得意の筈の歩行ですが、結局歩いた量は、時間的には1時間なのです。結構な歩数の筈なのです。おそらく、良い傾向のようです。


話は飛びますが、この「ネコ車」の由来が理解できないでいました。1輪車とネコ(猫)との接点を見出せなかったのです。いつものように、何でも知っているWEBにお尋ねします。

結論は、CARTとCATの間違いが発端のようです。明治時代、舶来の猫車をCART(カート)と紹介されたのを、説明を受けた日本人がCAT(キャット)と勘違いしたかららしいです。

同じような笑い話?があります。昔、進駐軍の米兵が奥州最北端に来た折、農家のニワトリ(鶏)を獲ろうとしたそうです。それを見たお婆さんが気色ばんで、『マイヘン(だめですよ)』、と言ったそうです。勿論、英語の解らない方です。

しかし、それを聞いた兵隊さんは即退散したそうです。「マイヘン」を「My hen(わたしの雌鶏)」と解釈したからのようです。国内でも理解し難い津軽弁が異文化の大陸の皆さんに通じた瞬間です。

因(ちな)みに、「だめです。」を当地では「マイネ」というのが一般的のようです。この「マイヘン」は、その謙譲語です。断固として拒むとともに相手を思いやる言葉遣いの一種です。

結果的には、この謙譲の美徳をご年配のご婦人が持ち合わせていなければ「My hen」にはなり得なかったのです。この種のデリカシーを持った言語は世界中、どこにも無さそうです。

とはいうものの、狭い通路を巧に移動する点ではカートを猫とすることも全くの間違いではなさそうです。この種の笑い話は他にたくさんあるようです。実は、奥州最北端の言語は、昔の首都圏の京都の文化を受け継いでいます。オバマ大統領の国に通じない津軽弁では無い筈なのです。


昨日の草毟り(くさむしり)で庭がすまし顔をしています。これまで蕗(フキ)の下に甘んじていた「アイヌネギ(行者ニンニク)」の花が誇らしげです。

万年青(オモト)やエビネ(海老根)の葉に出会うのも久しぶりです。他方、河原もまた変化しています。昨日、1輪の花で感激したキュウリの花が今日は数輪にもなっています。


今のところはシトシトと降り続いています。南の大雨の皆さんには恐縮するところですが、もう少しまとまった雨になってもらいたいところです。これまで続いた晴天で、殆どの畑は乾燥しきっているのです。
2011/06/13(月) 18:51

はっきりとしない天気です。しかし、気象的には晴天に分類されるようです。南では大雨のようですが、当地では降れないでいます。

早朝、T氏から野菜が届きます。ミニダイコン、ミズナ、ラディシュ等です。採ったばかりのものです。朝食前です。即、ドレッシングで頂戴します。貴重な瞬間です。

今日はさまざまな予定がバッティングしていました。恐縮するところですが、庭の手入れを優先することにしました。実は、初夏?になって草木の繁茂が顕著になっています。通路の確保すらもおぼつかなくなり、お化け屋敷状態なのです。

まず、剪定(せんてい)です。はじめに、大木になったシダレイシ(糸ヒバ?)の枝の処理です。枝垂れ(シダレ)の名前のように下方に垂れ下がる傾向があります。庭を歩くとき、しゃがまなければならないありさまです。更に、そのことで、下のサツキに陽光が届かなくなっています。

この枝切りにはチェンソーを使います。アバウトな見当をつけて、枝を幹から落とします。その瞬間、突然見晴らしがよくなり、明るくなります。

さらに、その瞬間、既にこれまでがどのようであったかを忘れてしまいます。現金なものです。


次は、道路に面しているマサキの生垣(いけがき)です。この1年で大分混んでいます。この剪定には多少の美的センスが伴います。

用いるツールはバリカンのようなものです。昔は鋏(はさみ)で一枝一枝伐っていました。膨大な時間を要するとともに、カット面に凹凸ができます。バリカンではほぼ一瞬にして、ほぼ綺麗な?平面に仕上がります。

生垣の剪定には基本的な原則があるようです。地面に近い裾(すそ)を幅厚にし、上部になるにしたがって窄(すぼ)めるようです。そして上辺はやはり水平にするようです。さらに、向こうが透(す)けるように、結果がパラリとなるようにすることが原則のようです。

カットだけの作業時間はほんの一瞬ですが、後始末に時間を要します。厚さをほんの10cmほど狭(せば)めるだけで、切りとられたものは膨大な量になります。その始末です。


剪定のメインテーマは花を終えたツツジです。やや悲惨な状況です。毎年、この花柄摘みのために、木を切り詰めています。ツツジやサツキは、鋏を入れなければどこまでも大きくなります。

醍醐味は如何にコンパクトに切り詰めるかがテーマになります。ツツジやサツキのこの時期は途方もない力強さがあります。それに便乗します。それは、新しい葉を見ることができることもありますが、幹を太くしたい思いも作用しているようです。

最終的には、通路確保のための「草むしり」です。草の正体はフキ(蕗)、ミズヒキ、ミツバ、オオバコ、ドクダミ等です。これらも、とったものをまとめると膨大な量です。これらは一角に積んでおきます。やがて、腐葉土化するようです。

庭の手入れというのはやたら手間のかかるものです。しかし、その作業を楽しんでやることが本来の庭の存在意義でもありそうです。そのことを望まないのであればアスファルトを敷けばいいだけなのです。デリケートな選択です。

2011/06/12(日) 20:15