結構、暑くなっています。木工活動にはヒタヒタとした汗をかきます。北日本だけが暑いようです。しかし、所詮は北端です。体を動かすと汗をかきますが、じっとしていると然程ではなく、風はヒヤリとしています。

今日は「正四面体」づくりに挑戦します。結果的には一瞬で終える作業です。しかし、この一瞬を迎えるために30星霜ほどの時間を費やしています。実は、この「正四面体」はパズルの一種です。

昔、大感激したものです。それは、単純にして難解、そして極めてドラマチックであることが理由です。「正四面体」には、不思議な魔力めいた謎が秘められていることを実感します。

その頃、自力でこれをつくったことがあります。勿論、テーブルソーなどの利器の無い時代です。無理でした。結果的には、紙で型をつくり、その中に石膏(せっこう)を流し込む方法です。

実は、一旦、完成した「正四面体」をカットすると鋸(のこ)の刃の厚さだけの誤差ができます。はじめから2分割したものをつくり、それをあとで組み合わせて「正四面体」をつくる方法です。この2つのパーツで「正四面体」に組み立てることがパズルです。


今は刃物があります。パーツづくりは簡単にできる筈なのです。結果的には、事実、簡単です。しかし、この簡単な加工方法を導くために30十年を要したことになります。喉(のど)に刺さった棘(とげ)がスルリと抜けた思いです。

「正四面体」は正三角錐(すい)です。四面の正三角形で構成されます。面が構成するすべての角度は60°と120°の2種類です。結局、直角の面からは30°、平面からは120°を削除すればいいだけです。今回だけは、紙と鉛筆でストーリーを確認してみます。

結局、刃は左に30°に傾けておくだけで全てが解決です。歯の右側に材を置くと、切断された右側には120°が生まれ、左側は60°になります。材の上下を入れ替えることでオールマイティーです。素人には大発見です。

しかし、ゴーンと迫力ある音をたてて回転するテーブルソー(卓上丸鋸)に材をあてるとき、小さい部材の加工には危険が伴います。如何に安定した状態で回転する歯にあててやるかも課題のひとつです。

「正四面体」には6つの辺で構成されます。これら6辺の中点を通る面でカットしたものが2つのパーツです。そのときの断面は綺麗な正方形になります。材を鋸(のこ)にあてるときは、この正方形が長さの基準になります。


丁度完成したとき、達人のI氏と奥方がお見えになります。早速、奥方の困った顔を見たく、パズルを解いていただきます。10秒ほどで正解します。少しがっかりします。実は、筆者が昔、このパズルを解くには5分も要したのです。

その後、K社長がお見えになります。勿論、挑戦させます。やはり、結構な時間を要します。やはり、大人は既成概念で考えるからなのでしょうか。幼児、3~4歳、5~6歳、小学生、中学生に解かせることで、大人への発育過程を知ることができそうです。


達人のI氏からはたくさんのお土産をいただきます。「名刺入れ」のオリジナル作品2点もいただきます。まさか、とも思える仕掛けに感激します。その仕掛けは、考えても到達できない次元のものです。

実は、先般、工房KUROOBIでもつくっています。見事に失敗した課題です。大きなヒントをいただきます。モヤモヤは吹っ飛んだようです。近く、再挑戦することになります。

2012/06/30(土) 16:45

今春植えた中にヤマクラゲがあります。文字は「山水母(くらげ)」のようです。これまで何度か食べたことのあるものです。多くは漬物(つけもの)や煮物(にもの)だったようです。文字通り、食感はコリコリとしてクラゲに似ています。

しかし、この正体が解かりませんでした。これが畑にどのように生(な)っているのか、また、大きさ、収穫時期等です。実際に食べる部分も曖昧(あいまい)です。今回は、いわば初めての出会いです。

例によって、鉢植えです。直径30cmほどの中に4本植えます。スクスク?と成長します。牛糞の窒素が功を奏したようです。葉が繁茂した後、やがて、下の葉から順に朽ちてきます。

そして、背丈が高くなるにつれて露出する茎(くき)もまた長くなります。茎はややゴツいものです。当初の、葉を食べるのではないか、の予測は見事に外れます。


いつものように、何でも知っているWEBにお訊ねしてみます。結果は、やはり、茎を食べるのです。外側の硬い部分を削除して乾燥する・・・、という手順を踏むことになります。サニーレタスやセロリは採ったものをそのままいただきますが、このヤマクラゲを食べるまでには結構な課程を踏むことになりそうです。


エゾマツに新しい葉が出始めています。通称クロエゾです。長径30cmほどの楕円形の鉢に3本植えています。本来は、大きいもので樹高40m、幹の直径は1m以上に達するものです。

太い材は弦楽器の材料に使われる逸材です。しかし、やはり鉢植えです。20年ほど前に植えたものの、幹の太さは植えたときと然程の変化はないです。しかし、見応えのある一瞬です。


日中は28℃ほどと暑い一日です。しかし、時折そよぐ風はヒヤリとしています。太平洋側は、顕著なヤマセなのかも知れません。

夏に咲く草花の中にシドケがあります。モミジガサ(紅葉笠)です。全国どの地であっても、山菜の王様に位置付けているものです。数年前、友人が持ってきたものを庭の一角に植えたところ毎年増えています。楽しんでいます。

特に、春の芽だしは圧巻です。モミジ(紅葉)の葉の形の5mmほどの芽が次々に出ます。今は2尺以上の長さになり、モサッと茂っています。そして花をつける支度をしています。シドケの花は夏から秋にかけてです。そろそろ秋の気配なのかもしれません。

2012/06/28(木) 20:29

今春も野菜を植えます。植えるスペースが確保できないのを承知して、です。必然的に、殆どは鉢植えになります。その限定された条件で意識して植えたのは、これまで経験の無い種類につとめます。

面白そうだったのは、セロリ、サニーレタス、ヤマクラゲ等です。しかし、解からないことばかりです。植えるときの苗と苗との間隔、どれだけの苗でどれだけ収穫できるか、どのようになった時点で収穫するか、等です。

木工活動と同じく、「ま、何とかなる筈だ。」、の姿勢でスタートします。殆どは葉物です。葉はチッソ、実はリンサン、根はカリウムと聞いています。当然?肥料にはチッソを意識します。他に生育に必要な要素は、日当たりと水分の筈です。

陽当たりは、単に、置き場所を配慮するた゜けです。実際は天の恵みを期待するだけです。問題は水遣りです。ほんの1~2日の晴天でプランターの水分は枯渇します。結構な手間のかかるものです。

その甲斐あってか、葉物は見事に育っています。顕著なのはサニーレタスとセロリです。たかがプランター育ちといえども、食べきれない量が生るものです。尤も、野菜を植えた目的は、その生態観察もありますが、緑と花に出会うことです。自然に朽ちらせることも目的としているのです。


実際に食べて驚くのはセロリです。スーパーのものとは、鮮度もそうですが、味が異なっているのです。多少の塩味がするのです。

同居人に聞くと、『これが本来のセロリの味です。』と答えます。今まで味わったセロリは一体何だったのか、と思ってしまいます。不思議な世界に迷い込みます。


早朝、河原に降りてナス(茄子)を見ます。胸のすくような紫の花が咲いています。感激すること頻りです。この一瞬だけで植えた甲斐(かい)があります.草花よりも見事な花です。

2012/06/27(水) 20:16

今日も晴天です。気温は然程でもないのですが、日中は、背広の上着を脱ぐ時間が結構あります。

一昨日の日曜日、「名刺入れ」づくりに挑戦します。手のひらに載るほどの小さい作品です。一見、簡単な作品づくりのようですが、実際には結構手ごたえのあるものです。

身と蓋(みとふた)を構成する部材の数は10ピースです。それぞれが隣り合う辺の数は40です。それらがピタリと一致するためにはお互いの辺の長さと角度の等しさが要求されます。

その意味では、作品づくりの難度は、その大小とは無関係のようです。むしろ、小さい方が加工し難いことになるようです。


話は飛びますが、題名は忘れましたが、昔見た映画を思い出します。飛行機が砂漠に不時着し、脱出するストーリーです。

結局、紙飛行機の設計を得意とする乗組員の一人が、その技術を駆使し、大型の飛行機を改造します。そして砂漠を脱出するのです。

その意味では、作品の大小には全く関係ないようです。むしろ、加工技術的には、小さい作品づくりの方に難度が伴いそうです。必要なのは妥協を許さない清潔さ、というか謙虚さのようです。

ともあれ、今回の「木地づくり」は自己採点では35点以下です。お恥ずかしいスタートですが、今回は研修会のようなものです。恥ずかしい結果になることを承知で、最後まで仕上げることにします。

仕上げは木地(きじ)調整と塗りです。木地調整は何とか終えています。塗りは漆(うるし)です。

日曜日の夜と昨晩の2回、拭き漆をした結果が今日の状況です。塗ることで大変身するのが作品づくりの醍醐味であることを見せつけられます。

こうなったら、途中で投げ出すことなく、最後まで行く末を見守る以外にないことを改めて思わざるを得ない流に陥ってきます。作品づくりの業(ごう)なのかも知れません。


2012/06/26(火) 21:15
雨が上がり、早朝から眩(まぶ)しい白雲と青空です。沐浴の前に狭庭を巡ります。ツツジが終わり、サツキになり、そのサツキも多くは終わろうとしています。しかし、今、その中の遅咲きのキンサイ(金采)の花が盛りです。

実は、一般的でないこの花の名前を最近になって知ります。半世紀以上も同居しているにもかかわらず、です。少し恥ずかしさを覚えているところです。

正式には「十二金采」というようです。花弁のそれぞれは細く、色は赤系統です。系統、というのは、どのような表現が適しているのかの判断に迷うことからです。茜(あかね)、緋(ひ)、朱、臙脂(えんじ)等の言葉を使いたいところです。

「茜(あかね)」は英語でscarlet(スカーレット)です。黄味がかった赤の意味のようです。日本では織物の「茜染」で馴染みがあります。植物のアカネの根で染めてできる暗い赤です。夕暮れの空の色の形容にも使われています。

このアカネをもとにして作られる色が「緋色」です。英語ではmadderです。これは茜色よりも明るく鮮やかな赤を指すようです。『青は藍より出でて藍より青し 』の図式のようです。

朱色の定義も難しいです。もともとは天然鉱物の辰砂(しんしゃ)の色のようです。別名、賢者の石、丹砂、朱砂と言われてきたようです。日本では「丹(に)」と呼ばれているようです。今は銀色の「仁丹」は、もともとは赤かったようです。


またまた話は飛びますが、赤い花、「丹花」を使った歌を思い出します。

『丹花を口に含みて巷(ちまた)をゆけば 畢竟 (ひっきょう)虞(おそ)れはあらじ』です。

「岡本かの子」の作品です。この歌を、『自分の主義主張を明確に外に発信することで、敵は居なくなる。』と勝手に訳しているところです。口にくわえる赤い花はバラなのかも知れません。

話は戻りますが、今の時代では、これまで数々の色を見事に表現してきた言葉の多くは一般的でなくなっているようです。キンサイ(金采)の花の色をどのように表現したらよいのか右往左往している有様です。


「ユキノシタ」の花が散り始めています。花は、パラリとしています。ダイモンジソウ(大文字草)に似ています。ここ数日、目を向けてやれなかったことが悔やまれます。

この「ユキノシタ(雪の下)」の名前もよく理解していないところです。葉が産毛(うぶげ)に覆われていて、雪が降り積もった下であっても健在な葉です。この状態の所以(ゆえん)のようです。

しかし、或いは、このハラリとした花を雪に見立てているのではないか、とも思いもします。ダイモンジソウが秋になって咲くのに対して、「雪の下」は初夏に咲いているのです。

この葉は、衣をつけて「てんぷら」でいただくそうです。これを「白雪揚げ」と表現されるそうです。昔、菊の葉の天ぷらはいただいたことがありますが、「雪の下」は未経験です。婉曲的かつ文学的過ぎる命名です。奥ゆかし過ぎる文化を感じます。


「キウイ」が咲いています。まだ雄花(おばな)だけです。雄花が散るころに雌花(めばな)が咲く筈です。毎年500個ほどの実がなりますが、昨秋はほんの少しだけでした。

花との出会いは拒(こば)むものではないのですが、このキウイについて当面している課題があります。伐(き)るか伐らざるべき、かの選択を迫られているのです。

実は、枝が元気良すぎるのです。キュウイの枝は水平に6~7mも伸びていきます。その枝先は触れたものに見境なく絡(から)みつきます。エントツ(煙突)、松やカエデ等の立木、テレビのアンテナ、棚、四阿(あずまや)等に、です。

更には、工房内にも侵入してきます。僅かの隙間から入り込み、室内で堂々と青々とした葉を茂らせるのです。お行儀のよくない枝をカットすれば良さそうですが、これがまた困ることになります。

切り口から樹液が出てくるのです。丁度、蛇口を閉め忘れた水道のように、です。それも延々と、です。これを伐ることは、おそらく、樹勢を著しく損ないそうです。

結局、躊躇せざるを得ない結果になります。『窮鳥(きゅうちょう)懐(ふところ)に入れば猟師もこれを殺さず』 の心境になるのが不思議です。悩むこと頻りの人生です。

2012/06/25(月) 18:51

寒さがずっと続いていました。そして毎日がどんよりしていました。今日の日中は炭もストーブも必要の無い暖かさです。そして午後、久しぶりに陽光とお会いします。

昨日、今日は木工活動に没頭します。没頭せざるを得ない、というところです。実は、依頼されている課題が山積しています。昨日は数百個の作品をつくります。何回か催促されて、昨晩、漸く納品します。納品した瞬間に、『次の作品は今から作り始めてください。』、と念を押されます。これはホテルに納品するものです。

他方、数か月前に依頼されている「額とイーゼル」もまた昨晩納品します。ホッとすること頻りです。これは旅館用です。実は、丁度今、「大人の休日倶楽部」中です。そぞろ歩く旅行者へのおもてなしのためのご案内です。

この旅館には「棟方志功」の肉筆画がたくさん展示されています。旅の皆さんに、「ご自由にお立ち寄りくださいませ。」というメッセージを伝えるためのシグナルです。旅館の玄関に置くものです。

当初、どのようなつくりにするかを数日間考えます。作品づくりのポイントは、周囲の雰囲気に如何にマッチングできるかにありそうです。結果的には、少し型破りの作品になったようです。しかし、先ほどお出でになったK社長は、『今朝、早速絵を見に来ました。』、とご満悦のようです。一般的ではないところが歓迎されたようです。


そして今日も早朝から作品づくりです。これは依頼されているものではなく、自分の研修のための試みです。勿論、初めて挑戦する課題です。本来は簡単な「箱」の筈です。しかし、徹底的に鍛えられる結果となります。

箱づつくりに不可欠の要素は正確な寸法と角度です。寸法というのは、それぞれの部材の向かい合う辺は平行で、4隅が正確な直角(90°)であることです。更に、コーナーを「留め(45°の両者を合わせる方法)」にしたことで少し厄介です。

最初に設計ミスでつまずきます。頭の中で描くだけで、実際に紙に表してみなかった報いです。次に、4隅の正確な直角です。実は、自作の丸鋸(まるのこ)テーブルの定規が微かに狂っていたのです。永遠とも思える微調整を繰り返す羽目になります。

45°の加工には、最終的には昇降盤を使います。例の、ゴーンと逞しい音を立てる逸材?です。実は、当初は、面取りカンナ(鉋)に頼ります。しかし、不満足です。ルーターをセットする気力も衰えています。この昇降盤は、切り口は極めて素朴です。そして角度もアバウトです。しかし、何とか妥協に甘んじます。

「箱」、というのは、実は「名刺入れ」です。素材は「青森ヒバ」です。実は、当初、ケヤキ(欅)の薄い板でつくりかけました。漆(うるし)をかけることで見応えがおりそうだったのです。しかし、思い直して「青森ヒバ」にします。

しかし、ヒバは木目に直角な方向には強度が高いですが、木目と平行なラインには弱いものです。やはり、デリケートなコーナーは、数か所欠けます。途中で投げ出すことが出来なく、最後まで断行することにします。


残されている最後の機会はパテによる目地調整です。超微粉末の青森ヒバと接着剤を捏(こ)ね合せたもので、欠けた部分と隙間を埋めます。少し時間を置いた後にベルトサンダーをかけ、そして坊主面ビットで面取りします。最後はサンドペーパーで整えます。

これで「木地(きじ)」づくりは終了です。現在の満足度は35%以下です。理由の1番は、カットのだらしなさです。それ以上に、大きさがあります。胸ポケットに納めるには、やや大きすぎるようなのです。作品づくりの上達には、この失敗が不可欠の要素なのです。

しかし、蓋(ふた)をとった時に漂う青森ヒバ特有の香りには捨てがたいものがあります。悩んでしまいます。将来は漆(うるし)をかけるつもりです。しかし、それは外側だけです。内部は木地そのままにします。漆でコーティングすることで香りが閉じ込められてしまうのです。

2012/06/24(日) 16:21