今朝も冷たい霧雨の朝を迎えます。黄金週間も残り少なくなっています。「花見(観)」の断行です。雨にあたっても良いように、会場を湖畔の四阿(あずまや)にします。寒いことを予想して徹底的に着込んでいきます。

しかし、暖かい冬よりも寒い5月です。寒さに抗してドリンクをいただくものの、徹底的に寒いです。皆さんは、時折、散歩します。体を動かしていなければ体温を保てないのです。

メインデッシュは鍋です。朝、庭から収穫したヒラタケ、シイタケ、そして昨秋収穫して冷凍しておいたサモダシ、ムキダケ、イクジ、エノキダケ、ナメコ等があれやこれやです。他に山菜です。極め付けはトゲクリガニです。津軽の花見には定番のご馳走です。

また、今日は5月5日の子供の日です。『柱の瑕は一昨年の5月5日の背比べ チマキ食べ食べ・・・』のチマキも登場します。あちらこちらから差し入れがあります。海から上がったばかりのアワビや鯛です。

しかし、集まった多くは何れも67歳の同期の桜です。豪語はするものの、ドリンクも鍋もご馳走の殆どは残ります。ま、年齢相応の結果であるのかも知れません。


肝心の花は、山桜がパラパラと咲いている程度です。葉が花よりも早く出ているソメイヨシノもあります、偏西風の南下による現象のようです。本格的な花はこれからのようです。


徹底的に冷えました。帰宅後、即、温泉に浸かります。ダラダラと1時間も入ってようやく体の芯に温かさを取り戻します。夕刻から工房に籠ります。連休のクライマックスです。注文が殺到しています。

右腕が上がらなくなっています。おそらく、一昨日のホゾ掘りの所為のようです。可笑しいほどの老いを見せつけられます。




2013/05/05(日) 19:17

想像力を駆使しながら「椅子」をつくってきました。昼前、それを使うことになる子供がお出でになりました。

想像で出した結果は、やはり、机上の理論だったようです。大き過ぎたのです。事前に、1歳4ヶ月の子供の身の丈を正確に把握しておくべきだったのです。座ると足が地に着かない状況です。それでもI女史は『いずれ大きくなりますから。』と、やや苦しいお礼をしてくれます。汗顔の至りです。

とはいうものの、早朝から仕上げの作業に没頭します。座板の固定はビスどめにし、ビスの頭をダボ(太枘、駄枘)で隠すことにします。ダボの目的は、板等をつなぎ合わせるためもありますが、目隠しとしても使われるようです。

孔と同サイズの別材で孔を埋める方法です。しかし、実際にはデリケートな世界です。今回は12mmの孔に対して12mmの丸棒を使ってみます。丸棒は手を抜いて既成のものを使います。見事に失敗です。


金属加工の場合は、12mmの孔に対して12mmの丸棒は入らないと言われています。しかし、木材は異なるようです。

12mmの孔に12mmではきつく挿し込むには無理のようです。13mmの丸棒に手を掛けるのが正しかったようです。木には柔軟性があるからのようです。

結局、ダボの挿し込みは別の機会に委ねることにします。丸棒は自作することにします。今日のところは取り敢えず、座っていただきます。ま、何とかなるでしょう。




寒い春です。しかし、既にモクレン(木蓮)が咲きそうです。千昌夫の「こぶし咲くあの丘・・・」の「こぶし(田打ち桜)」との識別はよく解らないものの、春の代名詞のようです。

漱石が「草枕」で詠った『木蓮の花ばかりなる空を瞻(み)る』があります。50年以上の昔、高校の教科書に載っていたようです。前後関係は思い出せませんが、石段を登っているときに詠んだ歌だったようです。

レンギョウ(連翹)も無防備に黄色を自己主張しています。

2013/05/04(土) 21:13

「椅子」をつくっているところです。少し焦っています。実は、明日、H女史が1歳4ヶ月のジュニアとともにお出でになります。

しばらく滞在の予定です。そのための椅子でもあります。残された時間が無いことから、今日である程度の目処をつけたいところです。

乾燥したミズナラを製材し、カンナ(鉋)がけをし、それぞれのパーツの寸法にカットしています。今日は愈々ホゾ組みです。1脚にまつわるホゾ孔は、数える毎に変化しますが16ヶ所のようです。


小雨の中、庭に出てホゾ孔を掘ります。ドリル(ボール盤)を使った後、ノミ(鑿)と金槌(金槌)を使います。角鑿(かくのみ)と違って、天文学的な時間を要します。肩の筋肉もプルプルとしてきます。

ホゾを「止めホゾ」にします。正確?には、「二方胴付き平ホソ接ぎ」です。これは、釘やネジなどの金属に頼らない接(は)ぎ方の一種です。

これまでは4方にすることが殆どでした。2方は今回初めて試します。2方の加工は、いつものように昇降盤です。ホゾ掘りよりも遥かに短時間の作業で済みます。

1脚にかかわるパーツの数は11です。オスとメスの収まりを微調整しながら仮組していきます。その他に、5枚の座板です。それぞれの部材を作っている段階では、全体像は全く現れていないものが、組み立てることで、一瞬にして完成します。不思議でドラマチックな瞬間です。


昔懐かしい椅子との出会いです。あらためて見てみると、質素で単純で、それでいながら優雅です。しかし、その舞台裏は途方もないデリケートな下拵えがあったことを実感する瞬間でもあります。

丁度、水面を穏やかに泳ぐ水鳥が、実は、止まることなく脚の水かきを動かしているようなものです。また、座面にはデリケートなカーブを施しています。この加工ツールはスピンドルサンダーです。

座板の固定は明日にするつもりです。方向が定まれば、作業時間は瞬時です。実は、この座板の固定方法に迷っているところです。実は、昔から伝わっているものは、正々堂々と釘止めにしているものが一般的です。

潔い(いさぎよい)のですが、折角ホゾ組にしています。釘(クギ)の頭を見せるべきか否かを考えているところです。

2013/05/03(金) 20:50

寒い日が続いています。雪が降っても可笑しくないほどです。「花見」の企画がありますが、その日取りに迷っています。

しかし、自宅近くのT旅館の駐車場の桜が咲いています。葉も出ていることから、おそらく、ソメイヨシノではないようです。

シュミエン(趣味の園芸)でシンビジュウムに堪能な、今は亡き江尻さんは、しばしば、『植え替えはソメイヨシノの咲く頃です。』と仰っていました。その意味は、霜がおりなくなってから、という意味だったようです。

午後、Y社長がお見えになります。『畑に手をつけたいが、もう少し暖かくなってからだ。』と、奥州最北端の遅い春を憂いています。しかし、連休は連休です。県外からの花見客がお見えになります。お土産(みやげ)づくりの催促をされます。

工房では「椅子」をつくっているところです。幼児用です。とはいうものの、使う側の想像力によって「花台」等にも使えそうです。作品づくりの楽しみは、完成後の姿を思い浮かべながら作業することにもありますが、その使い道を想像しながらつくることも楽しいです。

今回の材料は硬いミズナラです。40年ほど室内乾燥していたものを先日製材しました。若干の憂いは、結構なアマが目立つことです。しかし、今回は(?も)稽古です。最後まで断行し、腕を磨くことにします。


今日の作業は、昨日の「墨付け」の続きからのスタートです。まず、昨日の結果をあらためてチェックします。恥ずかしいほどの大きい誤差に気づきます。

その原因は、部材自体の寸法の不揃いです。大きいものは1mmもあります。しかし、手直ししさえすれば済むことです。「分」を揃え直し、仕切り直しします。

「墨付け」の作業は、パズルのようなものです。いつものことですが、つい、右と左、そして上と下を取り違えます。はめ込むホゾの深さを事前に明確にして、他の部材と対応させることもポイントのようです。

この工程には加減乗除(足し算、引き算、掛け算、割り算)が伴います。昔は頭だけで処理した筈の計算を、今は紙に書いて行います。一度計算した結果をすぐに忘れてしまうのです。

数種類の部材は、それぞれ使う箇所が異なります。何回も確認しながら確認します。納得した時点て次の作業に進みます。しかし、思わぬ勘違いが結構あります。ドキッとする瞬間です。その勘違いとの出会いは、自身の診断結果を表現しているようでもあります。

間違いを発見する方法として、簡単に組み立ててみることにしています。あれやこれやの寄り道の末、大雑把ながらも何とか「墨付け」を終えます。おそらく、プロの皆さんが数分で終える程度の作業に、4時間ほども要します。ま、いいか。

次の工程は愈々「ホゾ加工」です。きっちりと組み立てるためには、きっちりとした「ホゾ加工」が必要です。実際の作業の前にイメージトレーニングをすることにします。

軟らかい木は、ホゾ孔(メス)よりもホゾ(オス)が太くても「木殺し」すること等でビシーッとはめ込むことができます。


しかし、硬い木は柔軟性が乏しいことから、金属の加工のように、精密なオスとメスの関係が必要のようです。

しかし、この「ホゾ付」は、昔から、新人の大工職人が担当するものとされています。驚きです。筆者のこれまでの経験では、最も気力と体力、そしてデリカシーの必要とされる工程なのです。

この「ホゾ組み」は、我が国だけではなく、五大大陸の何れの地にも昔から伝えられている技のようです。それだけに、昔から伝えられている一般的な手順があるようです。

①ホゾ孔を先に掘る。②ホゾ孔は、はじめに小さ目にあら彫りをし、最後に墨に合わせて仕上げる。③ホゾ孔の深さは板厚の2/3程度。④ホゾ孔の木口をきつくなるようにする。⑤孔の深さは、ホゾを挿し込んだ後に若干の隙間ができる程度にする。⑥ホゾはホゾ孔に合わせる。というもののようです。

この手順に従って、いざ、作業開始です。取り敢えず、一か所のホゾ孔をドリル(ボール盤)で下拵え(したごしらえ)をしてみます。ま、何とかなりそうです。

2013/05/01(水) 17:23

「椅子づくり」を楽しんでいます。カンナ(鉋)がけを終え、各パーツの寸法にカットしています。今日は、いよいよ「墨付け」です。これは、ホゾ孔の位置決めです。

以前は鉛筆で印をつけていました。しかし、我が工房には芯先の鋭い筆記用具が無く、丸くなったものばかりです。芯の鈍い鉛筆を定規にあてて線を引いても正確な位置にならないことが多いです。


今回のホゾ加工には、どうしても正確さが要求されます。結局、使ったツールは「しらびき(白引・白柿)」と「けびき(毛引・罫引)」です。何れも昔から伝わるツールです。

しかし、今の時代、「白引」という名前を知る人は多くはないようです。別名「白柿」ともいうようです。かくのたまう筆者もまた、数年前、木工仲間のI氏からいただいたときに初めて知ります。彼も首都圏から求めてきたようです。奥州最北端では入手の難しいもののようです。

そして何よりも肝心なのは位置をきめるための道具です。一般的にはメジャーを使うのですが、細かい目盛を何回も読む歳ではなくなっています。仮にメジャーを使っても、同じ場所を何回も確かめる羽目になります。それでも計るたびごとに異なる場所に印をつける有様です。



使ったツールは「バカ棒」です。予め(あらかじめ)、別材を必要な寸法にしておいた単なる棒です。

一旦「バカ棒」を設定することで、目盛を読む必要がなくなります。すこぶる優秀なツールですが、失礼というべき「バカ」がついています。この名前の所以(ゆえん)は、考えることもなしに正確な結果が得られることに由来しているようです。

この名前と優秀きわまりのない能力の、両者の隔たりについ苦笑してしまうほどです。特に今回は、同じ寸法の部材の同じ位置に印をつけることになります。結局、数種類の「バカ棒」をつくります。

くどいようですが、「白引」には2種類あります。一般的な刃は右側についています。右手に「白引」を持ち、左手で「バカ棒」を支えて使うものです。他方は、刃が逆についています。素晴らしい文化遺産のひとつです。

体重を乗せる椅子です。対応する位置が異なれば斜めになります。ホゾと孔の大きさが一致しなければグラつきます。今回の「墨付け」にはある程度の正確さが要求されます。作品の出来の全てを決定づける工程のひとつです。

このようなツールを使っていると、昔の大工さんになった錯覚に陥ります。腕の巧拙は全く関係なく、その実感が湧いてくるのが不思議です。大ロマンの世界に浸ります。コツコツと楽しむつもりです。

2013/04/30(火) 18:58

昨日の日記は数編に及んでしまいました。恐縮するところです。実は、この日記の一編に載せる写真は、マックスで3枚です。このところの目くるめく草花の芽出しを一編に収めることが出来ませんでした。

早朝の沐浴の際、見事な椿を見ます。T旅館の露天風呂です。八重の「椿乙女」のようです。一般的な椿は赤です。次に白です。この「椿乙女」はバラ(薔薇)のようです。朝から満ち足りた思いになります。

我が狭庭にも変化があります。将来、どうなるか解からない正体不明の芽が出ています。正体不明というのは、記憶力減退と同一の意味があります。昨夏親しんだ草花を忘れているのです。


雪融け直後のまだ芽を出していない庭を眺めるとき、記憶力の衰えを思い知らされます。どこの場所に何が咲いていたかが思い出せないのです。

大切にしている筈の山芍薬(やましゃくやく)、八角(はっかく)、熊谷草(くまがいそう)、山荷葉(さんかよう)等の場所も失念しています。丁度、冬、雪が全てを覆った瞬間に、仕舞い忘れたベンチや植木鉢を忘れてしまうのに似ています。

春、雪が融けて、初めて秋に仕舞い忘れたものが出現する瞬間の場面です。寺山の表現したかったのは別の世界のようですが、『村境の春や 錆たる捨て車輪 ふるさとまとめて 花いちもんめ(一匁)』を思い出してしまいます。




そのため、春の庭の散策は、渡石(わたりいし)の上だけを歩くことにしています。出かかっている芽を踏み潰さないためです。離れた場所からは、つい、自己主張している芽に気づかないことが多いです。

今日は、輝く青空と雨が交互にやってきます。奥州最北端では、まだ、小夜嵐に吹かれる桜は無いものの、三島が残した『散るをいとふ 世にも人にもさきがけて 散るこそ花と 吹く小夜嵐』を思い出しています。


「一人静」が咲きそうです。
2013/04/30(火) 18:53