
想像力を駆使しながら「椅子」をつくってきました。昼前、それを使うことになる子供がお出でになりました。
想像で出した結果は、やはり、机上の理論だったようです。大き過ぎたのです。事前に、1歳4ヶ月の子供の身の丈を正確に把握しておくべきだったのです。座ると足が地に着かない状況です。それでもI女史は『いずれ大きくなりますから。』と、やや苦しいお礼をしてくれます。汗顔の至りです。
とはいうものの、早朝から仕上げの作業に没頭します。座板の固定はビスどめにし、ビスの頭をダボ(太枘、駄枘)で隠すことにします。ダボの目的は、板等をつなぎ合わせるためもありますが、目隠しとしても使われるようです。
孔と同サイズの別材で孔を埋める方法です。しかし、実際にはデリケートな世界です。今回は12mmの孔に対して12mmの丸棒を使ってみます。丸棒は手を抜いて既成のものを使います。見事に失敗です。

金属加工の場合は、12mmの孔に対して12mmの丸棒は入らないと言われています。しかし、木材は異なるようです。
12mmの孔に12mmではきつく挿し込むには無理のようです。13mmの丸棒に手を掛けるのが正しかったようです。木には柔軟性があるからのようです。
結局、ダボの挿し込みは別の機会に委ねることにします。丸棒は自作することにします。今日のところは取り敢えず、座っていただきます。ま、何とかなるでしょう。

寒い春です。しかし、既にモクレン(木蓮)が咲きそうです。千昌夫の「こぶし咲くあの丘・・・」の「こぶし(田打ち桜)」との識別はよく解らないものの、春の代名詞のようです。
漱石が「草枕」で詠った『木蓮の花ばかりなる空を瞻(み)る』があります。50年以上の昔、高校の教科書に載っていたようです。前後関係は思い出せませんが、石段を登っているときに詠んだ歌だったようです。
レンギョウ(連翹)も無防備に黄色を自己主張しています。