つい数日前までの挨拶は、「いつ春になるのでしょうね。」が常套(じょうとう)であった春でした。いつ春になったのかは曖昧ですが、いつの間にか、今日は初夏を迎えます。

朝の天気予報では、日本全体の気温の、南北が入れ替わっています。日本最南端の沖縄よりも、最北端の北海道が高いのです。特に、日本海側が高いです。奥州最北端よりも日本最北端が高い日でした。

その初夏のような奥州最北端の今日は、やはり、庭樹にも変化があります。朝は、開花までは数日要すると思っていたツツジ(躑躅)が、夕刻帰宅すると咲いているのです。突然、です。

いつもは赤よりも遅く開花する薄紫が、赤と同時に咲いています。尤も、あわてて咲いた1~2綸です。突然の変化だけにドラマチックです。花木には草花と違った世界があります。


ケヤキ(欅)の葉も突然開いています。我が家では、ネム(合歓)よりも遅い芽だしがケヤキです。昨日は気配も見せていなかったものです。短時間の状況の変化にオロオロとするばかりです。

実は、昨朝お出でになった友人が、『いつもの場所に行ってみたが、まだ雪が融けたばかりの状態だった。ワラビ(蕨)はまだだ。』と言っていました。昨日は日曜日です。日曜日以外はお仕事の日です。

この調子で1週間が経てば、採るタイミングを失うようなのです。ヤキモキしています。話は飛びますが、山菜の中で、特に顕著な変化を見せるのはコゴミです。1日で10cm以上も伸びます。そうなったものは、山菜採りには不要です。

彼の採るワラビは優秀なものばかりです。採った後の処理も彼がやります。当地には、毎年、それをあてにしているご年配の皆さんが多いです。ワラビは次々に出ます。何とかなることを願っているところです。


昨晩は石油ストーブに点火しませんでしたが、囲炉裏には炭を熾(おこ)します。今宵は流石(さすが)に、炭のお世話にもならなくても良さそうです。

イチゴの白い花が次々に咲いています。人工授粉済みの花がどれであったか解からなくなってきています。テンポの速い状況の移ろいに、やや、当惑しています。

2013/05/27(月) 19:32

今日は、さんさんとした陽光に恵まれます。そして、久しぶりに暖かい日です。即、午前中は園芸作業です。

このところ、野菜の苗植えの他に、種まきもしています。実はこれには、1ヶ月ほど前に聞いた友人のお話が布石(ふせき)となっています。

彼が言うには、『昨秋採り残したナス(茄子)にグジャグジャと細かい種がついていた。それを洗って乾燥させておいたものを、植えたところ、一斉に芽が出た。』というものです。どうやら、そのお話しに感化されたようです。

1週間ほど前にパセリとアオジソの種を蒔きました。何れも庭の下草として風流さがありそうだったのです。発砲スチロールの魚箱に培養土を敷き、バラバラと種を蒔きます。


あとは水分を補って土の乾燥を防ぐだけです。それが2~3日前から発芽し始めます。皆同じような形の二葉です。感激します。もう少し大きくなってから植え替えすることになります。

今朝は、「スナップ(snap)エンドウ」です。よく解りませんが、スナック(snack)と同一のもののようです。ツルナシ(蔓無し)エンドウ(豌豆)のことです。

一般的なエンドウと異なり、鞘(さや)の食感に加えて、大げさな「手をくれる」必要の無いところが魅力です。つい、その誘惑に抗しかねて、昨日、その種を入手します。しかし、それを植えるためには、まず、植える場所の環境づくりです。

例によって、40cmにも伸びた草を削除し、石灰、肥料を漉き込み、畑らしきものをつくります。種の入っている袋には簡単な解説が載っています。1ヶ所に数粒を蒔き、やがて2本にするのだそうです。簡単です。


しかし、若干の憂いがあります。どうやら、多く植えすぎたようなのです。新しく開墾した場所に6ヶ所、そして、先週、トマト、ナス等を植えた場所にも10数箇所植えます。

植えた場所は適度な水分を含み、水はけの良い場所です。何よりも陽当たりが良く、生育環境が整っているようです。これらが順調に育つとなれば、大変なことになりそうなのです。ま、いいか。

2013/05/26(日) 13:06

昨晩は、シンデレラの帰宅時刻よりも遅くなります。それでも今日は土曜日です。朝食後、遠方に出かけます。

車で2時間弱の太平洋側です。朝のニュースでは、日中の最高気温は16℃と報じていました。しかし、実際には13℃程度です。

既に済ませたところもありますが、本格的な田植えはこれからです。それでもツツジは見事に咲いています。東に移動するにつれて、色とりどりの花が顕著です。奥州最北端にようやくツツジ(躑躅)の季節が巡ってきました。

しかし、我が狭庭のツツジはこれからです。薄紫のツツジはまだ開花していませんが、蕾(つぼみ)は既に色づいています。あと数日で咲きそうです。

イチゴが白い花をつけ始めました。数輪です。1週間前、W氏の畑から移動してきたものです。早速、今朝、人工授粉をしてやります。夕刻見ると、花数が突然増えています。

耳かきの柔らかいボンボリを使っての交配が明日からの毎日の課題になりそうです。W氏に訊くと、これによって形の整ったイチゴができるのだそうです。

今朝は木の苗も植えます。菩提樹(ぼだいじゅ)です。インドのものではなく、シューベルトの歌曲にあるドイツのリンデンバウム(Lindenbaum)です。『♪泉に沿いて繁る菩提樹・・・』の菩提樹です。

これは、昨日、S町のM氏からいただいたものです。種を発芽させたものです。M氏は、このリンデンバウムを乾燥させ、煎じて飲んでいるそうです。極めて優秀な精神安定剤だそうです。しかし、我が家は狭庭です。2本だけいただいて鉢植えにします。


太平洋側のH市に行った帰り、S町の「道の駅」に寄ります。その時々の季節の認識には、市場や道の駅を見るに限るのです。そして、その時々の流行も感じ取ることができます。驚いたのはシドケです。

道の駅の野菜コーナーは、春の山菜で溢れています。ワラビ、ウド、ウルイ、コゴミ、タラボ、アザミ、ゼンマイ、そしてシドケがあります。

山野草のコーナーにも、クマガイソウ、白と紫のシラネアオイ、ハッカク、エビネ、サクラソウ等の鉢の中に、シドケもあります。太いシドケです。食用としてではなく観賞用としてあるのです。

苗売りコーナーもそうです。トマト、ゴーヤ、ハクサイ、ナス、ピーマン、トーモロコシ、パセリー、レタス等の中に、「シドケ」があるのです。しかもダーッと並んでいます。

昨年までは見かけなかった光景です。我が狭庭の一角にもシドケが群生しています。葉がモミジ(紅葉)に似ていることから、別名はモミジガサです。勿論、観賞用です。食用としてではなく、アイヌネギ同様、観葉として、です。庭と馴染んでいます。


これまで何十年も庭の下草について考えてきました。結局、行き着いた先が、フキ(蕗)、アイヌネギ、オモト、ワサビ、ヤマシャクヤク、イカリソウ、一人静、八角、山荷葉、クマガイソウ、コゴミ等になっています。

個人的に気に入ってはいるのですが、庭の下草としてのシドケは一般的ではなく、自分だけの世界だと思っていました。

しかし、供給が、多くの方の需要に応えてのものであるとすれば、やはり、多くの皆さんが観賞用としてのシドケを考えていることになります。世の中の価値観が少しずつ変化してきているようです。

或いは、世の中が求めていものが、ようやく供給する側に反映してきているのかも知れません。更には、それだけ山のシドケが少なくなっているのかも知れません。


2013/05/25(土) 18:12

久しぶりに暖かい日です。ここ毎朝、下着のシャツは長袖に決めています。しかし、今日は迷います。結果的には半袖でも良かったようです。

「第20回寺山修司忌」に参加しました。A高校同期生のK氏(文筆家)、F氏(写真家)そして他県から仲間に入ったY氏(事業研究所)のお3方によるトークイベントが圧巻です。

寺山は筆者の10歳上です。世代は違っていても、寺山の高校時代のことに触れるとき、共通な因数に出会います。まず、先生の名前です。懐かしいです。

寺山はA高校入学後、文芸部に入ります。そのときの顧問がO先生です。東大法学部首席卒業生です。そのO先生が最後に担任したのが3年6組の筆者のクラスです。勿論、不肖の終え子です。


また、K先生の名前も出ます。世界史の西洋史が得意でした。特に、フランス革命のジロンド党とジャコバン党では熱の入る先生でした。そのことから、K先生のあだ名が「ジャコ」になります。

当時のA高校では、ほとんどの先生にあだ名がついていました。因みに、前述のO先生のあだ名は「ドラキュラ」です。これは単に、その風貌によるものです。他に、「ボンズ」、「センスイカン」、「クモスケ」、「フグ」、「ダンブリ」等がいました。

寺山が「田園に死す」で残した『村境の春や 錆びたる捨て車輪 ふるさとまとめて花いちもんめ』は、奥州最北端のどうしようもない寒村の程度を歌っているようです。しかし、実際には、それほどまでに「故郷が恋しい」という反語的表現のように解釈できます。

同様に、「われに五月を」と「空には本」の両方に載っている、『マッチ擦(す)るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや』は、「世の中の状況が解からないのに、一瞬の命を奉げるだけの価値はあるのか。」という問いかけのようですが、実際には、「それほどまでに故郷は恋しいものである。」と歌ったものと思われます。


その奥州最北端の八甲田の「雪形」が「yZ」になってきています。残雪が残す模様です。この季節に寺山も見た「雪形」です。八甲田の「yZ」は、初夏の知らせとともに、田植え時期の目安です。やはり、この2~3日は、あちらこちらで、遅れていた田植えが行われています。

今年の春は、いつ来て、いつ過ぎたかが明確ではありませんでした。今日も、気温はあがったものの、夕方の風は冷たいです。その、遅い春の中、八重桜が満開です。赤いツツジ(躑躅)が間もなく咲きそうです。

河原のニホンサクラソウ(日本桜草)はガンガンと咲いています。しかし、周囲の草取りを怠ったことで、草の中に咲いています。数年前に津軽の庭からいただいたものです。近いうち、草取りの時間は生まれそうです。

2013/05/22(水) 19:20

昨日は、やや暖かい日でした。その機に乗じて野菜の苗植えを断行します。やることは簡単ですが、普段使わない筋肉を使うことから休み休みの作業になります。手加減したものの、今日になって「僧帽筋」が自己主張します。頓(とみ)に昔と事情が変化していることに思い知らされます。

10日ほど前、右肩を痛めましたが、97%は回復しています。その間、降圧剤をいただくために通院します。その折、『農夫症ではないですか。ま、そのうちに治りますよ。』と、院長先生が話していました。

「農夫症」は、戦時中、東北の男手のない農村で,農作業に従事する中年婦人が訴えた症状のことのようです。当時は、「農婦症」であったようですが、やがて、男性にも発症することから「農夫症」に名前が変わったようです。農作業というのは、それだけ、体を酷使するということになりそうです。

尤も、筆者の場合は、金槌(かなづち)の使い過ぎが原因です。大騒ぎをしたものの、やはり、1週間目には顕著な回復の兆(きざ)しを見せました。50年前の稽古で痛めたときと同じです。これには、回復に至るデリケートなメカニズムがありそうです。

苗を植えてホッとした今朝、テレビのニュースに『オランダのグリーンハウス(スマートアグリ)』が紹介されています。温度、湿度、風量、水やり、炭酸ガスの供給等はコンピューター制御で行う作物づくりです。

建物は採光のために、ビニールではなく、ガラス(硝子)張りです。天井は6mの高さです。規模の大きさとその仕掛けに驚きます。子供の頃にみたマンガの宇宙船に似ています。


話しは飛びますが、ロサンゼルスでも驚いたことがあります。今は駐車場になっていますが、10年ほど前まではディズニーランドの前はイチゴ畑でした。当時は、その広大さに驚いたものです。日系人が所有していたものです。

TPP(環太平洋パートナーシップ)協定の今ではありますが、それらと比較するとき、河原の一角の、僅(わず)か畳1.5畳ほどのスペースに、数本のナスやトマトを植えることが微笑ましくなります。

タツサワが葉を開きました。葉の肉が薄いことから葉脈がすけて見えています。毎年、この時期の日記にいつも書いていますが、タツサワは「立つ沢」のようです。これは、『心なき身にもあはれは知られけり鴫立つ沢の秋の夕暮れ』に由来しているようです。「三夕(さんせき)の歌」の一首です。

「三夕の歌」は、西行のこの歌の他に、寂蓮(じやくれん)の『寂しさはその色としもなかりけりまき立つ山の秋の夕暮れ』、そして定家の『見渡せば花も紅葉(もみぢ)もなかりけり浦の苫屋(とまや)の秋の夕暮れ』です。いずれも秋を歌ったものです。

尾崎紅葉も、自分の名前を、露骨に「紅葉」にしています。彼の「金色夜叉」の「宮さん」の姓も、「鴫(しぎ)立つ沢」からとったと思われる「鴫沢(しぎさわ)」です。それだけ、このタツサワにぞっこんだったことが窺えます。


昔、K女史が、「たつ沢」には「立つ沢」の他に「発つ沢」もあるのではないか、と語っていたことがあります。沢に立っているのではなく、沢を飛び発(た)とうとしている、という意味もある。ということです。多くの方々が意識している歌です。

タツサワ近くにある石灯籠の名前は「濡鷺(ぬれさぎ)」です。「雨に濡れながら佇(たたず)んでいる鷺(さぎ)」です。鷺(さぎ)と鴫(しぎ)の姿は似ています。100年ほど前に、我が狭庭を設計した庭師の感性に、今、あらためて出会っているところです。

西行は「秋の夕暮」を歌ったのですが、芽だし後の春のタツサワも絶品です。丁度今、カエデ(楓)の「実生(みしょう)」がたくさん出ています。タツサワはほんの少しだけです。ご近所の方が採取に来ています。小さい鉢に植え替えるためです。

雪で苛(いじ)められた椿(つばき)が今年も赤い花をつけています。

2013/05/20(月) 18:10

今日は日曜日です。土、日は入れ代わり立ち代わり友人がお見えになります。昨日は、『これは良い炭(すみ)です。』と、O氏が自身でつくった炭をたくさん持ってきます。

また、『やや煙の出る、出来のよくないものがたくさんあります。使うのであれば持ってきますよ。』と言ってくれます。火鉢を使っている我が家では重宝します。夕食時、カレイ(鰈)やアジ(鯵)の干物(ひもの)を焼くには最高なのです。

昨朝、河原を耕(たがや)します。『座って半畳、寝て1畳』の諺(ことわざ)は、『物欲や名誉に拘(こだわ)らない人生観。』の意味のようですが、我が畑は畳1畳半ほどです。質素というべき楽しみです。


昨年活躍したマルチシートを剥ぎ取り、土を起こし、石灰、肥料を混ぜるだけです。実のなるものにはリンサン(燐酸)を多く与えるようです。

シュミエン(趣味の園芸)やプロの皆さんの指導では、この後、一週間はそのままにしておくようです。しかし、苗を入手したのは2週間ほども前です。やつれ始めている苗もあります。

寒い春ですが、もう5月も末です。1週間を1日に縮めて、今朝、苗植えを断行します。ナス5本、ピーマン5本、桃太郎(トマト)2本、そしてミニトマト3本です。昨年は何(いず)れも豊作でした。今年も、ま、何とかなるでしょう。

カホチャの苗も入手したのですが、植える場所が見当たらず、庭の中央の大きい鉢に植えることにします。将来、松の幹に大きなカボチャがぶら下がることになりそうです。


苗はまだ入手していませんが、ここ毎年植えていたキウリについて悩んでいるところです。本来は、2本ほどで食べきれないほど収穫できるものです。捨てがたいところです。気力が充実した暁には、河原の一角を耕すつもりでいます。

1週間前に蒔いたパセリとアオジソの種がようやくポツリポツリと芽が出始めています。赤い楓(かえで)が葉を広げ、線香花火のような花をつけています。遅い春を貪(むさぼ)っています。

2013/05/19(日) 13:50