昨日は、やや暖かい日でした。その機に乗じて野菜の苗植えを断行します。やることは簡単ですが、普段使わない筋肉を使うことから休み休みの作業になります。手加減したものの、今日になって「僧帽筋」が自己主張します。頓(とみ)に昔と事情が変化していることに思い知らされます。

10日ほど前、右肩を痛めましたが、97%は回復しています。その間、降圧剤をいただくために通院します。その折、『農夫症ではないですか。ま、そのうちに治りますよ。』と、院長先生が話していました。

「農夫症」は、戦時中、東北の男手のない農村で,農作業に従事する中年婦人が訴えた症状のことのようです。当時は、「農婦症」であったようですが、やがて、男性にも発症することから「農夫症」に名前が変わったようです。農作業というのは、それだけ、体を酷使するということになりそうです。

尤も、筆者の場合は、金槌(かなづち)の使い過ぎが原因です。大騒ぎをしたものの、やはり、1週間目には顕著な回復の兆(きざ)しを見せました。50年前の稽古で痛めたときと同じです。これには、回復に至るデリケートなメカニズムがありそうです。

苗を植えてホッとした今朝、テレビのニュースに『オランダのグリーンハウス(スマートアグリ)』が紹介されています。温度、湿度、風量、水やり、炭酸ガスの供給等はコンピューター制御で行う作物づくりです。

建物は採光のために、ビニールではなく、ガラス(硝子)張りです。天井は6mの高さです。規模の大きさとその仕掛けに驚きます。子供の頃にみたマンガの宇宙船に似ています。


話しは飛びますが、ロサンゼルスでも驚いたことがあります。今は駐車場になっていますが、10年ほど前まではディズニーランドの前はイチゴ畑でした。当時は、その広大さに驚いたものです。日系人が所有していたものです。

TPP(環太平洋パートナーシップ)協定の今ではありますが、それらと比較するとき、河原の一角の、僅(わず)か畳1.5畳ほどのスペースに、数本のナスやトマトを植えることが微笑ましくなります。

タツサワが葉を開きました。葉の肉が薄いことから葉脈がすけて見えています。毎年、この時期の日記にいつも書いていますが、タツサワは「立つ沢」のようです。これは、『心なき身にもあはれは知られけり鴫立つ沢の秋の夕暮れ』に由来しているようです。「三夕(さんせき)の歌」の一首です。

「三夕の歌」は、西行のこの歌の他に、寂蓮(じやくれん)の『寂しさはその色としもなかりけりまき立つ山の秋の夕暮れ』、そして定家の『見渡せば花も紅葉(もみぢ)もなかりけり浦の苫屋(とまや)の秋の夕暮れ』です。いずれも秋を歌ったものです。

尾崎紅葉も、自分の名前を、露骨に「紅葉」にしています。彼の「金色夜叉」の「宮さん」の姓も、「鴫(しぎ)立つ沢」からとったと思われる「鴫沢(しぎさわ)」です。それだけ、このタツサワにぞっこんだったことが窺えます。


昔、K女史が、「たつ沢」には「立つ沢」の他に「発つ沢」もあるのではないか、と語っていたことがあります。沢に立っているのではなく、沢を飛び発(た)とうとしている、という意味もある。ということです。多くの方々が意識している歌です。

タツサワ近くにある石灯籠の名前は「濡鷺(ぬれさぎ)」です。「雨に濡れながら佇(たたず)んでいる鷺(さぎ)」です。鷺(さぎ)と鴫(しぎ)の姿は似ています。100年ほど前に、我が狭庭を設計した庭師の感性に、今、あらためて出会っているところです。

西行は「秋の夕暮」を歌ったのですが、芽だし後の春のタツサワも絶品です。丁度今、カエデ(楓)の「実生(みしょう)」がたくさん出ています。タツサワはほんの少しだけです。ご近所の方が採取に来ています。小さい鉢に植え替えるためです。

雪で苛(いじ)められた椿(つばき)が今年も赤い花をつけています。

2013/05/20(月) 18:10