駐車場に綟摺草(モジズリ)が、ひっそりと、そして優雅に咲いています。敢えて植えたものではなく、どこからか飛んできたか、或いは、鳥が運んできたものです。
古今(和歌)集にある、『陸奥 (みちのく)の しのぶもぢずり誰ゆえに みだれそめにし われならなくに』の「しのぶもぢずり」です。
因(ちな)みに、国歌『君が代』は、この「古今(こきん)和歌集」の中の「読み人知らずの賀歌」、『わが君は千代に八千代にさざれ石のいわお(巌)となりて苔(こけ)のむすまで』からの引用です。
WEBで、「みちのくの・・・」を検索してみます。詠(よ)んだのは「河原左大臣(かわらのさだいじん)」、歌の大意は、『私の心は、みちのくの信夫モジズリのように乱れています。この乱れは誰のせいでしょうか。私ではなく貴方のせいです。」
更に、英訳も載っていました。「Like the wild-looking dye patterns of Mutsu, my heart is in complete chaos. Is this chaos my fault? No, this is entirely your fault. 」
工作室の「大清掃」をしているところです。これまでの作業は資材の整理整頓が主でした。今日から「ダンボール(段ボール)」の整理です。
「段ボール」には時折手を掛けています。尤も、数日を経ると、その中身が何であるかは綺麗に忘れています。20個ほどの「ダンボール」を、「宝探し」のようにワクワクしながら開けていきます。
中身はグループ毎にまとめられていました。それらの多くは、部材(構成材・part)?です。そして、それらは、セット毎にまとめられていました。
具体的に、そのパーツは、石鹸箱、名刺入れ、小物入れ、キーホルダー、千社札、パズル、ストッパー、テイッシュボックス、箸置き、箸木地、肩もみ器、車輪、ヒバ葉書、玩具、積み木、椅子、不精箱、コースター、組子、筆箱、鍋敷き、千鳥格子等々です。
それらとの久方ぶりの出会いでした。その瞬間の雰囲気は、丁度、音楽との再会に似ています。そして、作ったときの季節や空模様、且て没頭していたあの頃の自身を甦(よみが)えらせてくれました。
今後の作業予定は、これらの再編集と箱詰めです。その後の最も大事な作業は、「行き先」を決めてやることです。「行き先」の見当たらない際は、暖房のエネルギーに落ち着くことになります。
何れにしても、最早(もはや)好い加減な年齢を迎えています。早晩の「エンプティー(empty)」が望まれます。


