降り続いた雪はピタリと鳴りを潜め、ここ数日、明るい日が続いています。山のように積もった雪の殆(ほとん)どが消え去っています。


ここ数日、「工作室」に籠(こも)る時間が多くなっています。作業テーマは「小型maracas(マラカス)づくり」です。歳も歳です。さまざまな選択肢の中から、できるだけ、簡単な「作業プログラム」を選択しようとします。

実は、当初、「箱」の「6面」を「あられ組」か「蟻組(ありぐみ)」を考えていましたが、結局、それを断念し、単に、「糊(のり)」で(貼(は)り合わせる)だけにしました。それも、今日は、6面のうちの4面だけです。

今回は、前回の「サンプル(sample)」を手本につくることにしました。材は、取り敢(あ)えず、「青森ひば」と「欅(けやき)」にしてみます。作った数は20数個分です。パーツ数としては150個ほどです。

「糊付け(のりづけ)」の際の「締め付け補助」に、「輪ゴム」と「クランプ」を使いました。配慮すべきは「直角」の確保です。簡単ながらも気の使う工程です。

更に、この作業は長時間に及ぶ「コツコツ」としたものです。「背中(せなか)」の「筋」に「違和感」を感じさせるには十分な時間でした。昔は8時間ほどはぶっ通しで作業できたものが、今は、ほんの1時間ほどで「痛く」なります。困ったことです。

それでも、単に、「続ける」ことで「結果」が出ることが、この類(たぐい)の作業の魅力です。そして、作業過程の折々には、鮮やかなドラマチック性は無いものの、「結果」を窺(うかが)うと、「作業した。」という充実感に浸(ひたら)せてもくれます。丁度、庭の「草取り」に似ています。

今日の作業は「6面中4面」だけの「貼り合わせ」です。完成までの「道のり」はまだまだです。まだまだ楽しむことが出来そうです。

出来の巧拙(こうせつ)は兎も角、これまでつくったものと合わせると80個ほどの「打楽器」が完成することになりそうです。予定している会場の収容人数は「80人」ほどです。これで何とかなりそうです。

今後の課題は、演奏会の「プログラム(program)づくり」と「楽譜づくり」です。そして、何よりも、「お稽古」です。

尤(もっと)も、「芭蕉」のように、『夢は枯野を・・・(ただ、知らぬ枯野を駆け回る夢をみている。)』、だけなのでしょうが・・・。

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2025/01/28(火) 12:21
ひと頃の最高気温は「氷点下」でした。やがて、突然「+8℃」の日が数日続きました。しかし、「氷点下」と「+8℃」の体感温度は、「+8℃」が、「氷点下」よりも低く感じられます。或いは、「氷点下」の折には、それなりの「防御規制」が働くからのようです。


先日、T君から送っていただいた「美智子」の歌集「ゆふすげ」に、即、目を通させて戴きました。やはり、いずれも「秀逸」でした。何(いず)れも感銘を受けるものばかりでした。

前回のこの日記で、その一首についてご紹介しました。
『少年のソプラノに歌ふ「流浪の民」この「歌」を愛でし少女ありしを (短歌集ゆふすげP165(平成20年の作))』、です。
その折、次の蛇足を加えました。「少年」というのは、おそらく「ウイーン少年合唱団」のことで、「少女」というのは「横田めぐみさん」のことです。等、です。

今日、そのことを「検索」してみました。やはり、「載って」いました。「めぐみさん」が小学校の卒業謝恩会で、このソロパーツを担当した「テープ」が残っていた、という情報です。おそらく、「美智子」の歌も、それを反映させたもののようです。

そのパーツの歌詞は『・・・慣れし故郷を放たれて夢に楽土求めたり・・・』のようです。「流浪の民」の「楽土(らくど)」は「ニール(Nile・ナイル)?orインドの北西」ですが、短歌の「楽土(らくど)」は、「日本」と解釈できそうです。

今となっては、なにやら、因縁めいたものを感じてしまいます。「美智子」の、「一般庶民」の「目線」とともに、彼女の「感性」が伝わってくるのです。

間もなく、待ちに待った「立春」です。まさに、
『たまさかに小枝より散る雪塊(せっくわい)をほとほとと受け泉春めく(短歌集ゆふすげP29(昭和49年作)』です。


この「春めき」の中、久しぶりに工作室に籠(こも)ります。「薪(まき)ストーブ」をガンガン焚(た)き、作業台に着き、乱雑な工作室のあちらこちらを覗(うかが)います。すると、新しい出会いに気づきます。多くは、その存在すらも失念してしまっているのです。


当面する課題は、昨年来準備してきた「演奏会」の準備の続きです。具体的には、「打楽器づくり」です。実は、この「演奏会」の企画は、ご来場の皆さん全員が、その「打楽器」を手にして参加して戴こうとするものです。

これまで、「ジャンベ(太鼓)」、「カホン」、「(ひょうたん)マラカス」、等をつくってきました。今回は、小型の「(木製箱)マラカス」をつくろうとしています。


しかし、その「箱」を「ダブテール(dove tail・鳩の尻尾)」で組もうとし、「jig(ジグ)」を取り出したところ、その「使い方」を完全に失念しています。つい、昨年使ったばかりです。それを忘れたことに愕然(がくぜん)とします。困ったものです。


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2025/01/23(木) 13:52
待望の短歌集「ゆふすげ」が届きました。著者 美智子、発行所 岩波書店です。これは上皇后美智子さまの、妃殿下時代の歌466首をおさめた歌集です。出版は、この15日でしたが、東京にお住まいの友人T氏に依頼していたところ、今日(1月18日)届きました。

因みに、「ゆふすげ」は、
  三日(みか)の旅終へて還らす君を待つ庭の夕すげ傾(かし)ぐを見つつ
  夕暮れに浅間黄すげの群れ咲きてかの山すその避暑地思ほゆ
  ひとところ狭霧流るる静けさに夕すげは梅雨の季を咲きつぐ
  母のなく父病むゆふべ共にありし日のごと黄すげの花は咲き満つ
等から採った「題名」のようです。

これまでのように、「表紙(book jacket)」をつくり、「座右(ざう)」に置き、折に触れて読ませていただくつもりです。


加齢の所為(せい)でしょうか、昔のあれこれが思い出されます。「金色夜叉」の、「熱海の海岸のシーン」の「真似」をしたのは小学生5年生の頃でしたでしょうか。今から70年ほど前のことです。その折、小学生同士で、「寛一の履物は何だったか。」を小学生同士で議論したことがありました。

しかし、小学生当時はWEBの存在していない時代です。幼稚な想像に委(ゆだ)ねるだけでした。考えた末、「1月17日」の奥州最北端は、まだまだ雪の頃だ。「ゲタ」は考え難い。となり、多くの人の答えは「長靴」でした。他に、「革靴」の意見もありました。

今、何でも知っているWEBにお訊ねすると、「熱海(あたみ)の「像」」が出てきます。その「モニュメント」の「寛一」の足元を覗(うかが)うと、「ゲタ(下駄・足駄)」のようです。尤も、熱海の像は、単に、「それらしく」見せるための演出であったのかも知れませんが・・・。

その、「貫一」のセリフ、『来年、一月十七日になったならば・・・・』。の「今月今夜」が昨日でした。


或いは、芭蕉(ばしょう)の、『・・・夢は枯野をかけ廻る』のように、この歳の夢は、ただ、「・・・知らない枯野を駆け回るだけの夢」だけになってしまったのかも知れません。


土曜日の今日は「食料買い出しの日」です。億劫(おっくう)ながら出かけました。気温は氷点下ですが、雪は、昨晩の除排雪で殆(ほとん)どなく、無事の帰宅に至りました。

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2025/01/18(土) 16:55
今日(2025/1/17)の最高気温は「氷点下2℃」の予報です。「冬の盛り」です。しかし暦(こよみ)的には、あと数日で「立春(りっしゅん)」です。

この一週間ほど雪の無い日が続いていました。しかし、今朝は「ドッサリ」と積もっていました。自宅玄関から「お向かいさん」を窺ってみました。家が雪で埋まっています。また、駐車場の我が愛車も惨憺(さんたん)たる状態でした。

それでも、季節は「刻々(こくこく)」と、そして、確実に春に向かっている筈です。「春になったら・・・。」を思い描き、「ルンルン気分」で除排雪に挑(いど)みます。


今朝のテレビニュースの1号は、やはり、「阪神淡路大震災」についてでした。尤も、奥州最北端の、今朝のT新聞では全く触れてもいないニュースでしたが・・・。いつもながら、世情に疎い地方紙です。

30年前の今日は、バンクーバー(カナダ)から帰国した日でした。飛行機内では、そのニュースは無く、日本に着いてから震災の状況を知りました。数千人を巻き込む災害に言葉の無かったことを思い出します。

「AOJ???(青森国際空港)」に着いたその日も、今日のように雪の多い日でした。駐車場の「サファリー」は、1mほどの雪にスッポリと埋まり、車の所在地が解らないほどでした。

話は脱線しますが、世界中の空港の名前は3文字で表現するようです。奥州最北端の「青森国際空港」は「AOJ」となりそうです。これは、「A」は「アオのA」、「O」は「アオのO」、そして「J」は「JAPAN」の「J」です。

しかし、「関西国際空港」は「KIX」のようです。「KI」は「KANSAI INTERNATINAL」の頭文字のようですが「X」が不明でした。同様に、「Los Angels国際空港」の「LAX(ラックス)」にも「X」ついています。この「X」の正体について、あるコンダクターに訊いたことがありました。

意外な答えでした。『「X」には意味はありません。Los Angelesを略すと「LA」です。その2文字を無理やり3文字にするために、単にバッテンを加えたのです。アメリカ人はよくバッテンを使うんですよ。』でした。


間もなくの「如月(きさらぎ)」は、一説には、「着更着(着る、更に、着る)」の意味だ、そうです。やはり、「藤村」の、『浅くのみ春は霞(かす)みて・・・』の「浅い春」までには、まだまだ、のようです。「一筋縄(ひとすじなわ)」でない「春の序奏(introduction)」です。「春」は、「正座(せいざ)」しながら、気長に、そして、じっと待つべきものなのでしょう。


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2025/01/17(金) 09:17
30年来の雪の量だそうです。しかし、あれほど「ノンノン・ノノノノ」と降り続いていた雪も、この暫(しばら)くは、沈黙を保っています。路面には一切の雪は無く、夏の様相を呈しています。老人だけの住まいには「良き事頻(しき)り」です。

因(ちな)みに、「ノンノン・・・・」というのは、「雪が頻(しき)りに降る」状態を更に強調する「副詞」です。今は使うことの殆(ほとん)ど無くなった?ものの、筆者が子供時代には日常使われていた「文化」です。

降雪は無いものの、駐車場の車の通るルートは、圧雪によって8cmほどの厚さにカチンカチンに凍(こお)っています。昨日、それを「ツルハシ」で割り、剥(は)がし、地表を露出させました。その作業中、あちらこちらのお宅からも、「カツン、カツン」と、氷を砕く音がしていました。やはり、「春を待つ思い」は、皆さん同じなのでしょう。


LA(ロサンゼルス)の「wildfire(山火事)」は大変なようです。テレビニュースでは、閑散としたチャイニーズシアター前やユニバーサルスタジオ等を紹介していました。

LAには6~7回ほどお邪魔しています。その記憶が残っているだけに、そのニュースにはリアル感がありました。

前後しますが、筆者がロスに行くのは、大抵11月末です。その時節では、太平洋を越えて大陸上空にさしかかると、機内左方の窓から見下ろすロスの山は赤茶けています。その山が、微小の雨を得て緑に変わるのは冬です。今回の山火事は、その「雨期の前」に発生したようです。


1月も中盤になりました。厳しい冬ながらも、あちらこちらに「春の気配」が感じられます。今日は、季節を先取りして、「甘酒(あまざけ)」をつくってみました。この時期の我が家の文化です。「えも言われぬ微(かす)かな甘さ」が昔を思い出させてくれました。

2025/01/15(水) 09:06
今日は、久しぶりの「日本晴れ」でした。尤も、「快晴」の定義は、「空全体」に対する「白雲」の割合が「30%」ほどの状態のようです。因(ちな)みに、その「30%」が10%ほどにもなれば、その状況を「日本晴れ」と称するようです。今日の天気は、その「日本晴れ」だったようです。

ところが、「日本晴れ」になる前夜は、雲の無い、「星空」です。そのため、ギリギリと冷える「放射冷却」の環境です。毎土曜日の「買い出し」の時刻の路面は「ツルン、ツルン」でした。しかし、それは、ほんの2時間ほどの経過で、氷は融けてしまいます。


昨日の、美智子妃殿下時代の「短歌集」入手について、東京にお住まいのT氏にご相談しました。すると、即、今朝、ご連絡を戴きました。結果は、『間もなく、奥州最北端に届くように手配した。』の朗報を戴きました。感謝に耐えないところです。

実は、同じ「日本」とはいうものの、奥州最北端の「情報の伝達能力」は、首都圏とは全く異なっています。つい、T氏に、頼ってしまうのです。先般の、「ふりさけ見れば(阿部龍太郎著)」の入手も、T氏のお世話を戴いた結果だったのです。

「短歌」については、昔から憧れる世界でした。しかし、所詮(しょせん)は、師匠を持たない素人です。妃殿下の「短歌集」は、必ずや、自身の「お手本」になりそうだったのです。


厳冬の中、「紅紫檀(べにしたん)」の自己主張が盛んです。切った枝を部屋に持ち込み、「徳利(とっくり)」に「生(い)け」たりなんぞして楽しんでいます。

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2025/01/11(土) 17:01