秋の気配が日に日に定着しています。しかし、これまで愚図(ぐず)ついていた空模様は、今日は一転して雲一つない青空です。

今日も、朝は「漆工」、昼前は「園芸」、午後は「木工」を楽しみます。「漆工」は「ペン皿の塗り」と「瀬戸物の金継ぎ」の続きです。

「ペン皿」は、「シワシワ」削除後の塗り直しです。「生漆(きうるし)」での「拭き漆」の繰り返しです。「塗って削り、塗って削る」の繰り返しです。今後、エンドレス(果てしなく続く?)とも思える、同様の作業を続けることになります。


「木工」は、「銀閣寺」の「覆(おお)い」づくりです。「柱」と「梁(はり)」との「接(は)ぎ」の具体化です。


他方、「猫の額」ほどの畑にも手をかけました。実は「里芋(さといも)」収穫後の跡地が空いていました。そこに「大根の種」を蒔(ま)くことにしていたのです。

種を蒔く前に下拵(したごしらえ)があります。「苦土石灰(くどせっかい)」はじめ肥料や米糠(こめぬか)を土と攪拌(かくはん)して、土と馴染(なじ)」ませておくことです。

更に、WEBのご指導によると、「苦土石灰」は、種を「蒔」く前、1週間の時間が必要だ、とのことです。そのため、「苦土石灰」だけは事前に蒔(ま)いておきました。今日は、「米ぬか」、「木ばい」、「木炭の粉」等とともに土を掘り起こして攪拌(かくはん)する作業です。

その結果、これまで以上の綺麗な畑が出現しました。肝心の「種蒔き」は、明日になりそうです。「いざ、やらざるベけんや」です。

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2025/10/03(金) 05:26
いつの間にかSeptember(九月)が終わりました。昔の「九月」は、毎日のように、映画も歌も「September」で賑わったものです。しかし、近年は、どういう訳か「鳴りを潜めて」います。静かに過ぎ去った「九月」でした。

この一ヶ月、毎日のようこ愚図(ぐず)ついていた空でしたが、今日は、一転して雲一つない青空です。やはり、青空には人を能動的にする力があるようです。朝は「漆工」、昼前からは「木工」です。「漆工」は「ペン皿の塗り」と「瀬戸物の金継ぎ」です。

「ペン皿」には「シワシワ」ができています。まず、その削除からです。これは、漆を厚く塗り過ぎたことで生じる現象です。空気に触れている表面の「漆(うるし)」と内部の乾きの時間差によるものです。

「漆」の乾燥は、「高温多湿」の環境で促進されます。シワシワ回避は、「漆」の乾き難い環境で乾かすことです。それは、「低い気温」と「乾燥した空気」です。その乾き条件下で時間をかけることのようです。

「生乾きの漆」のシワシワは、粗(あら)いサンドペーパーで強引に削り落とします。その後、時間を置いての再スタートです。

「生漆(きうるし)」を薄く塗り、全体を拭き取ります。拭き取っても、「薄い漆の膜」は残ります。所謂(いわゆる)「拭き漆(ふきうるし)」の技法です。以前、この「拭き漆」を100回以上繰り返した、という御仁の逸話を聞いたことがあります。

他方「木工」は、「銀閣寺」の「覆(おお)い」づくりの続きです。今回も、事前の「設計図」は無し、です。その場その場の状況判断だけが頼りです。

簡単なフレーム(frame)はつくっています。今日は、その「接(は)ぎ方」の検討です。「柱と梁(はり)」の取り付けは「ホゾ組み」にするつもりです。「柱」は「直立」、「梁」は「水平の補助材」のことです。

しかし、筆者には、「ホゾ穴」の「掘り(穿(うが)ち)」は大仕事です。最も根気を要する加工のひとつです。更に、我が工房の「鑿(のみ)」は研(と)いでいなく、「穴掘り」には無理です。

急遽、「角鑿(かくのみ)」に登場を願います。しかし、この「角鑿」も、数年、工作室の隅に眠っていた代物(しろもの)です。多少?の「錆(さ)び」も見えています。それでも使うことにしました。

工作室の「角鑿」の刃の寸法は3種類です。既に装填(そうてん)されていたのは、最も「細い刃」です。「太い刃」に変える必要があります。

「太い刃」の一辺は9mmのようです。「ホゾ」もまた、この寸法に合わせてつくることになります。手間(てま)はかかりそうですが、何とかなりそうでもあります。

しかし、既に好い歳です。今日は、次回のスタンバイ(standby)だけで終了します。本来、この作業は、満足する結果を優先するのではなく、試行錯誤や制作過程、また、失敗することさえも楽しむことを目的としていたのです。

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2025/10/01(水) 07:15
いつも天気予報を聞いています。予報が当たる確率には高いものがあります。今日は、晴れの予報でした。それに従って、夕刻、畑の「水遣り」を励行しました。

しかし、今日の予報精度は違っていました。晴れの予報でしたが、夜中(よなか)から日中まで続く強い雨です。傘(かさ)無しには外に出ることのできない雨でした。雨が降るのであれば、前日の「水遣り」は不要だったのです。

尤も、20年ほど前の夏の天気予報は特別でした。『今日は大雨になります。』の予報がしばらく続いたことがありました。しかし、その間は、終日、快晴のカンカン照りでした。不思議なことは、地元の局は、「我関せず」の「丘に上がった」ままだったことです。

やがて、「言い訳」がありました。『奥州北端のこれまでの情報は間違いでした。関東の情報と取り違えていました。』の「弁明」でした。おそらく、単なる、コンピューターのボタン一つでの訂正だったようです。

以来、マスコミの情報は「眉唾(まゆつば)もの程度」に認識すべきものになってしまいました。今の時代です。SNS同様、公共のマスコミも信用してはならない情報になってしまったのかも知れません。今日の予報もその類(たぐい)だったようです。


「金継ぎ」と「ペン皿」のその後は、数日前の「漆(うるし)」はまだ乾いていなく、「シワシワ」ができていました。この「手直し」は、「削った後の、更に塗り直し」です。長期戦になります。今日は、簡単な調整だけに留まりました。


「銀閣寺」の「傘づくり」は「組み立て」の第一歩です。迷うのは、「フレーム(frame)・枠(わく)」の組み立て方法を「ほぞ継ぎ」か、「相欠き接ぎ(あいかきはぎ・あいじゃくりはぎ)」の何(いず)れにするかの選択でした。

ほぞ(枘)は「出っ張り」のことです。一方をホゾにし、他方を穿(うが)って嵌(は)め込む方法です。一般的な「石組み」はこの方法のようです。他方、「相欠き」は、両者を同じように欠いて合わせる方法です。

結局、簡単そうな「相欠き接ぎ(相じゃくり)」にしました。しかし、これには、丸鋸(まるのこ)の「歯」をあてる位置の精度の高さが要求されます。助っ人は「罫引(ケビキ)」です。

ケビキは、印や平行線を付けたりする道具です。単純で且つ、合理的、頼りになる、そして、何よりも安価(1個200円ほどだったようです。)な、古来から受け継がれてきた優秀なtool(道具)です。

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2025/09/29(月) 13:22
一昨日の雨で、畑への「水遣(みずや)り作業」を免(まぬが)れました。夜も、「孟浩然(もうこうねん・唐の詩人)」の「春暁(しゅんぎょう)」ならぬ、秋の「夜来風雨」でした。

雨のお陰で「水遣(みずや)り」から解放されました。外に出ることが出来ないので「草取り」も棚上(たなあ)げです。

即、工房に籠(こも)ります。実は、駐車場の一角に「蹲踞(つくばい)」があります。「蹲踞」には、その形によって名前がついています。

我が家には数鉢ありますが、この「蹲踞」には「銀閣寺」の名前がついています。「雪」の前に、その「銀閣寺」に「屋根?覆い?傘?」を架(か)けることを目論(もくろ)んでいます。

とはいうものの、実際には、その「屋根」なるものを観たことはなく、その存在すらも不明です。或いは、全く頓珍漢(とんちんかん)な発想である気もします。

この「模索」は、丁度、「芭蕉(ばしょう)」の「旅に病んで夢は枯野をかけ廻(めぐ)る」、のようでもあります。「Forever, isn‘t bit too long.(永遠とはいっても、一瞬なのに?)」・・・です。

しかし、兎に角、材料の調達からスタートすることにしました。昨日、工房の隅(すみ)を覗(うかが)うと、それらしい「タルキ(垂木)」が出番をまっていました。

このところ手がけている「ペン皿」と「皿の金継ぎ」は、「漆の乾き」を待っているところです。「漆工」は「待つ」こと自体が作業なのです。『・・・夢は枯野をかけ巡る。』です。何とかなりそうです。

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2025/09/28(日) 12:30
いつも忙しいのですが、この季節は、特に農作業が忙(いそが)しいです。日本では昔からの習(なら)わしのようです。

今日のテーマは「里芋収穫」の断行です。「里芋」を育てたのは人生初です。収穫のタイミングに自信がありません。ドキドキします。

本音では、収穫には未だ早い、と思っていました。しかし、1週間ほど前、「山形」の「芋煮会」の報道がありました。誘発されました。

話は逸(そ)れますが、昔(30年ほど前)、その、「芋煮(いもに)会」に招待されたことがありました。戴(いただ)いた場所は河原だったようです。

具材は、単に、サトイモと牛肉だけでした。しかし、その取り合わせのバランスと、料理の単純さが絶妙の演出だったことを記憶しています。

その想い出が忘れられなく、今春、我が菜園に2本の苗を植えました。ほんの「猫の額」のエリアに、です。その「里芋」が収穫を迎えたのです。感無量の瞬間です。

収穫手順は、まず、全ての茎(葉)を根もとからカットします。その後、その周囲の土をスコップで掘り起こします。そして、土を払って水で洗うだけです。

「里芋」が生(な)っているのは、茎(葉)の付け根の地中部分です。折しも、今日は時折の強い雨です。根のついたまま外に置いて洗い流してやります。その後、芋(いも)を捥(も)ぎとって一件落着です。

やがて、正月の「煮(に)しめ」の具材にするつもりです。正月まで3ヶ月以上あります。その間、正座しながらじっと待つことになります。

2株中1株を、ご近所のFさんにお分けしました。ご年配のFさんからは、『収穫が早かったようですね。』の苦言をいただきました。初めての試みです。ま、いいか、です。


駐車場の工作室(物置)では「金継ぎ」です。先般手がけた続きです。「金継ぎ」は、壊れた面に接着剤を塗布し、その乾燥の力で、貼り合わせの強度を増す方法です。接着剤は「生漆(きうるし)」と「やまと糊(のり)」を捏(こ)ね合わせたものです。

今日は「ペン皿」の「塗り直し」にも手を掛けました。「ペン皿」とはいうものの、「濡れタオルのトレイ」兼用です。「欅(けやき)」の台に、拙(つたな)い「鍔(つば)」を彫っています。

蛇足とは思いつつ、更に、「貝」を貼り付けて「螺鈿(らでん)」の演出もしてみます。作業は簡単です。しかし、長時間が伴います。ま、何とかなりそうです。


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2025/09/26(金) 08:07
厳しい残暑の中、突然、秋がやってきました。暑さから一転しての、騙(だま)されたような寒さです。部屋には石油ストーブを焚き、同時に扇風機も稼働させています。

畑にも端境期(はざかいき)の様子が顕著です。ここ数日の作業は、どちらの方も、夏バージョンの作物から秋作のダイコンやカブの植え付け準備です。草刈り機のエンジン音があちらこちらから聞こえています。

そして、「ゴミ収集所」は、毟(むしり)とった草や、トマト、ナス、ササゲ等の「茎」の残骸物でいっぱいです。我が「猫の額」ほどの畑の事情も同様です。『・・・わが身ひとつの秋にあらねど 大江千里』です。

今日の「草取り開始時刻」は、薄明るくなった5:00頃から、NHKのラジヲ体操後までです。ゴミ袋15袋ほどにもなりました。このところ日課になっている、1日のイントロです。


工作室では「金継ぎ」作業です。実は、愛用の皿を壊してしまいました。もはや、好い加減の歳です。仕方が無いところです。その修復です。今日はその初日です。

「金継ぎ」は、割れた瀬戸物を「漆で貼り合わせる」作業です。数年前もやっています。しかし、この歳です。そのknow Howの細部は、既に記憶には残っていません。

結局、第一歩からの作業に甘んじます。尤も、相手は「漆(うるし)」です。完成までには1ヶ月以上は要しそうです。まだ時間は残っていそうです。何とかなりそうです。


「里芋(さといも)」の、葉の一部が枯れているようです。或いは、「採り頃」なのかも知れません。「里芋」を植えたのは人生初です。緊張すること頻(しき)りです。ご近所から、沢山の「栗(くり)」を戴きました。大きい栗です。たくさんの「ミヤマアカネ」が飛んでいます。やはり、本格的な「秋」なのでしょう。

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2025/09/24(水) 09:40