先日、同期会へのお誘いをいただきます。『67歳のSです。やりましょう。』の電話です。そして、昨晩、懐かしい皆さんとお会いします。50年ぶりでお会いしたK氏もいます。

第一線で指揮をとる、電機店、化粧品店、魚店、広告会社等の社長、医者、僧侶、そして、新聞配達夫です。彼は元役人です。他にラージボールの選手、そして趣味の木工に生きがいを見出しているO氏等の20名ほどです。突然白髪になっている人もいます。

話題は、1年生のときのクラスや担任、参加できなかった同期の風信です。K.S氏がお亡くなりになったことをはじめて聞きます。驚きます。純粋に生きた壮絶な生涯に敬意を払うこと頻りです。

脳梗塞や糖尿病から復活した人もいます。皆生き生きしています。岡本かの子が「老妓抄」に残した本来の意味とは異なるようですが、『年々にわが悲しみは深くして いよよ華やぐいのちなりけり』を思い出します。筆者を含めて、後期高齢者の生きがいをそれぞれが模索し、キラキラと輝こうとしているのがいじらしいです。


朝、K社長がお見えになります。朝食前です。庭に出て銀杏を植えていたところでした。実は、先日、この銀杏を植えたのですが、再び植えることにしたのです。T氏が『銀杏の殻は硬いです。孔を開けて植えた方が良いようです。』と、気になることを言っていたのです。以来、ここ数日気になり続けていました。精神衛生上もよろしくないことから、植え直しすることにしたのです。

K社長は、『裏山の残雪は、北斜面には多いが、南斜面は融けている。消えたところに次々にバッケが出ている。』、と春の訪れを知らせてくれます。話は飛びますが、このところの我が家の食卓にも変化があります。

メカブ、菜の花、フノリ、アサドキ等です。メカブは細かく刻んでから熱湯に通します。これを逆の手順で行うと大変なことになります。茹(ゆ)でた後はズルズルになってしまうのです。真っ青なメカブを生卵と混ぜてご飯にのせます。逸品です。納豆と和えたりもします。

菜の花は、単純なオヒタシです。小苦(こにがみ)が素晴らしいです。フノリは豆腐汁に入れます。しかし、鍋に入れてしまうとコリコリ感が失われ、文字通りノリになってしまいます。熱い味噌汁を椀に装った直後にフノリを入れます。アサドキは茹でた卵の白身とともに酢味噌和えです。いずれも早春の風物詩です。


久しぶりに工房に入ります。作業台は「額縁」づくりの途中のままです。この額縁は、当初、日本手ぬぐいを収めるものとして準備したものです。しかし、進路変更を余儀なくされます。フレームの寸法を10mmほど勘違いし、短くしてしまったのです。

即、色紙用に方向変換です。この色紙の大きさは、273mm×243mmと決まっているようです。昔からの決まりのようです。3個分の部材ができます。残りの端材を葉書大用のフレームにします。2個分になります。組立は折を見てのことになります。

2~3日前のバッケがパッと咲いています。釧路のT君が歩けるようになったそうです。まだ5~6歩だそうです。春が待ち遠しいです。

2013/03/30(土) 15:13

今日の奥州最北端は首都圏と同じ気温の9℃です。朝の天気予報でこの様子を、「首都圏では真冬並み」と表現しています。しかし、奥州最北端は真っ青な空と陽気に恵まれ、麗らかな春そのものです。同じ気温で受け止め方が異なるのが不思議です。

同じように、マイナス40℃を暖かく感じることもあるそうです。北極圏に近い地域では、『昨日はマイナス50℃だった。今日は暖かい。』と、マイナス40℃を評価することがあるのだそうです。

毎年この頃になると、今は無き(今年13回忌)母が『ようやく忍苦の冬が終わり・・・』と、大きな声で唱えていました。半世紀も昔の、筆者がまだ子供の頃です。母ならずとも、誰にとっても、この奥州最北端の春はそれほどの歓迎すべき歓びです。この台詞(せりふ)は、シェークスピアの「リチャード3世」の出だしです。

話しは飛びますが、先月、イングランドで、このリチャード3世の遺骨が見つかりました。コロンブスがアメリカ大陸を発見する少し前に埋葬されたものです。DNA鑑定の結果とはいうものの、駐車場から掘り返した遺骨を、ほぼリチャード3世のものと断定しています。「ほぼ断定」の意味はよく解かりませんが、その真偽は後期高齢者には理解できない世界です。


またまた話は飛びますが、トランプゲームの中にも「リチャード3世」があります。津軽では「5人カン」といわれています。「絵っことり(絵獲り)」です。

2人のカンと3人のムカンの2チームで対戦します。1世目のカンには、ジョーカーとクラブ(三つ葉)のAの札を持っている人がなります。他の3人がムカンです。

カンのチームが8枚以上の絵札を獲ると勝ちになり、2世目に続く権利を持ちます。1世目のヤクはクラブ(三つ葉)ですが、2世目はカンの2人が決めます。1人が他方に見せる情報は3枚です。それをもとに、見せられた側がヤクを決めます。3世まで続くと一区切りになります。

我が家でも、正月になると家族全員で遊んだゲームでした。だれもが知っている常識的な遊びです。と思っていました。しかし、首都圏の人に、「5人カンをやろう。」と言ったところ、皆さんが不思議な顔をします。「リチャード3世をやろう。」と言っても通じません。驚きます。

後になって解かったことですが、どうやら、この「リチャード3世」は奥州最北端だけのゲームだったようです。当地では今でもポピュラーで、正月になるとあちらこちらで大会があります。デリケートな駆け引きがあり、奥の深い面白さがあります。大の大人が熱中する遊びです。

4人でやる「ダマリカン(黙りカン)」もあります。この場合の1世目はジョーカーとグラフのQの札を持った人がカンになります。場合によれば、スペードのQのときもあります。5人カンはスタート時点で誰がカンであるかを明確にしますが、ダマリカンでは内緒にしてスタートします。

話しは戻りますが、遺骨が発見されたことから、地元をはじめ、ネット上で「リチャード3世フィーバー」が巻き起こっています。このギスギスした時代です。奥州最北端も、このフィーバーに便乗し、悠久のロマンに浸りたいところです。


話しは戻りますが、『ようやく忍苦の冬が終わり・・・』は、シェークスピアの原文では、『Now is the winter of our discontent Made glorious summer by this sun of York』のようです。

この和訳を、「やっと忍苦の冬も去り、このとおり天日もヨークの味方、あたり一面、夏の気に溢れている。」としているようです。素人にはとても訳せない世界です。

またまた話は飛びますが、シェークスピアは(Shakespeare)です。これは、(シェークス・ピア)ではなく、(シェーク・スピア)(Shake)+(speare)となります。

その根拠は、(Shakes)も(peare)も英単語には無いことからです。結局、Shakespeareは、「槍(speare)を振り回す(shake)」という意味になりそうです。


夕刻、麗(うら)らかな春の装いに誘われて海岸に行ってみます。やはり、ノタリノタリとした海です。他方、我が狭庭の残雪は、部分的には1mほどもあります。しかし、雪の融け去った木の根元には、既にバッケ(蕗の薹)が開きかかっています。

忙しい年度末に託(かこつ)けてしばらく休んでいた日記です。その反動でしょうか、つい、長話になってしまいました。乞う、ご容赦、です。

2013/03/27(水) 18:53

先週、早朝に東北自動車道最北端を発ち、お隣の県に向かいます。出発時点で路肩に盛り上げられている雪の量は南下するにつれて少なくなり、顕著に無くなるのは、松尾八幡平の辺りです。雪の有無は別世界の様相を呈します。

花の都の東京では既に花見の宴がたけなわです。今年の開花はいつもより早いようです。例年の奥州最北端では4月末です。櫻を尺度とすると、1ヶ月の時間的距離です。

途中に見る岩手山が見事です。陽光を受けた純白の山雪は派手で目に眩(まぶ)しいです。車の中から、見え隠れする岩手山を目で追いかけます。形が変化するのが不思議です。北から見る裾野はバランスよく広がり、頂きに鋭さがあります。他方、南側からは台形のように見えます。

話は飛びますが、津軽の高校生に岩木山を描かせると、形がまちまちになるそうです。どのような形に描くかによって、生徒の出身地が特定されるのだそうです。弘前や板柳から見る形、稲垣から見る形、そして東西から見る姿はそれぞれ異なるのです。


このところの寒暖の差は非常に大きく、面喰っています。暖かい日には、つい、春と勘違いします。翌日は猛吹雪です。春分の日は暖かく、つい、庭に出て種植えをします。

植えたのは「銀杏」です。初めての試みです。銀杏は雌雄異株です。一般的にはオスの木が多いです。巨木といわれる殆どはオスです。銀杏の実には2面体と3面体の2種類があるようです。噂(うわさ)では、2面体が雄(オス)で3面体は雌(メス)といわれています。

銀杏の葉の形にも2種類あります。スカートの形がメスで、中央が2つに分かれているズボン型がオスといわれています。しかし、葉の形による雌雄の識別は、種から植えてしばらく経たなければできないようです。

噂を信じて、種の段階でメスを選びます。メスの3面体は少なく、オスの数の1/100ほどのようです。桶一杯の中から30個ほどのメスを選びます。表面が乾燥して硬くなっていることから、3日ほど水に漬けて植えます。

夕刻お出でになった友人にその様子を伝えます。すると、『硬い殻の場合は、予(あらかじ)め、殻に孔をあけて植えればどうだろうか。』と言います。水に漬けることだけでも勇気を伴うものでした。孔をあけて植える、ということは想像もつかなかった世界でした。ま、気長に様子を見守ることにします。


この種植えは、将来、銀杏林をつくる仕掛けです。与謝野晶子の『・・・銀杏散るなり夕日の岡に』もそうですが、葉を落とした後に現れる、空を突き刺すような枝の風情が魅力です。勿論、狭庭です。盆栽になります。

話は飛びますが、延々と続く銀杏並木を見かけます。大抵はオスです。しかし、メスの場合もあります。秋に実をつけた実が落ちて踏みつけられるとき、強烈な匂いを発します。個人的には嫌とは思わないのですが、一般的にはそのことで困っているようです。

メスを目指すオスの花粉は1里も飛ぶ、といわれています。また、受粉後に虫が出来る、とも言われています。そして、オスの出す乳液は子授けの薬とも言われています。銀杏は太古の植物といわれていますが、オスとメスの識別とともに、その生態については未だに解明されていないようです。


2013/03/21(木) 14:00

先週、用事のため東京に出かけます。渋谷駅の空は真っ青です。高村光太郎は「智恵子抄」で、東京の空を『どんよりとけむる地平のぼかしは薄桃色の朝のしめりだ・・・。』と言っています。

東京のスモッグが有名になったのは昭和40年代の頃のようです。日本では、その後の配慮でようやく青い空が回復したことになったようです。しかし、今になって、大陸が同じ現象を呈しているようです。

2週間ぶりに工房に入ります。現在手をかけているのは「額」です。日本手拭(てぬぐい)を入れるためのものです。下拵え(したごしらえ)は済ませています。あとはコーナーを45°にカットして組み立てるだけです。

簡単な作業です。しかし、その「留め」のカットは4面中の1面だけが正解です。とはいうものの、普通では間違うことの無い簡単な作業です。今回はそれを間違います。

老いた所為もありますが、大きい理由は、2週間の時間の空白のようです。記憶が薄れてそのプロセスを忘れていたのです。情けない限りです。そろそろ、知的仕事は引退すべきのようです。


カットに要する作業時間は一瞬ですが、間違った場所のカットは全てを無に帰します。ガックリします。これまで何回も繰り返してきた作業です。まだまだ学習の成果が身についていないことが悲しいです。

因みに、昨年は、「下駄(げた)」をつくったとき、本体の台をカットしています。その時も別のことを考えて、集中力を欠いた状態で作業していたようです。製材所のY社長も、『鉄は溶接で復元できるが、一旦切った木を元に戻すのは難しい。』と言っています。

この失敗はしみじみと味わう必要があります。この種の間違いは、達人といわれる棟梁クラスにもあるようです。昔、お城をつくる時、太い柱を、寸法を間違ってカットしたことがあったそうです。

貴重な材料を自分で工面することが出来なかった棟梁は、短い柱を生かして別の組み立てをし、独特の建築様式を編み出した、と言われています。

尤も、カンナがけから始めさえすれば済むことです。気を取り直してやり直すことにします。間違ってカットしたものは、小さい額の材料にするつもりです。


暖かい日が続き、先週は、家の前の雪は無くなっていました。しかし、昨日と今朝は猛吹雪です。最高気温は氷点下です。

またまた雪道に逆戻りです。この頃になると、吉丸一昌がつくった「早春賦(そうしゅんふ)」の2番を思い出します。

『氷融け去り 葦は角ぐむ さては時ぞと 思うあやにく 今日も昨日も 雪の空 今日も昨日も 雪の空』です。もうすぐ4月ですが、奥州最北端は、まだまだ「早春賦」の世界です。

2013/03/11(月) 20:11
前回作った額は葉書大用でした。今回は大分大きいものになります。額の材料とフレームのボリュームに悩みます。

製材した栗(くり)はあるのですが、少しゴツいです。結局、「青森ヒバ」の1寸角にします。

即、行動開始です。まず、木口を丸鋸(まるのこ)でカットし、プレナー(自動鉋)に数回通します。そして、ダストカバーと裏板を納める溝を欠きとります。これには昇降盤を使います。


電動工具での作業は一瞬ですが、どの部分を削除するかを予めプログラムする必要があります。鉋がけはしていますが、実際には、節や虫食いの跡等、それぞれに事情があるのです。

材料の様子を見て欠きとる部分を決めることはパズルのようなものです。次に、トリマーに坊主面ビットを装着して面取りします。

前回の額には、分の不揃いの枝を使っています。それと比べれば作業は格段と簡単です。しかし、単純なデザインです。清潔さと潔(いさぎよ)さは表現できそうですが、何となく面白みに欠けるようです。


まだ組立てないことにします。組み立て後であれば、デザインの変更が厄介になります。一週間ほど見つめ続けることにします。工房に合う「與樹共呼吸」の額をイメージしながら楽しむことになります。


工房ではガンガンストーブを焚いています。「囲炉裏火はとーろとーろ 外は吹雪」ではありませんが、本当に、外は猛吹雪です。

その合間をみて皆さんが雪かきをしています。我が愛車のブルもボランティア活動に参加します。


2013/02/24(日) 15:13
今日も猛吹雪です。早朝にブルを駆ります。しかし、シュミエン(趣味の園芸)が終わる頃は再び10cmほども積もっています。今日は日曜日です。フットワーク良く、即、除雪です。


一週間ぶりに工房に入ります。先週、掃除をしていたことでやる気が出ます。前回に引き続いて、今回の課題も「額」にします。実は、昨日、S町のM氏にお邪魔した際に、文字入りの「手ぬぐい」を2枚いただきます。


「與樹共呼吸」と書かれています。これは、M氏の父君の造林にかける姿に共感した「胡蘭成」が贈った書です。見事です。

「與」は「与」です。漢文では「と」と読みます。『樹と共に呼吸す』と読むようです。彼は日中戦争の解決に努め、後に「心経随喜」を著しています。

文字の美しさもそうですが、工房KUROOBIとしては、その意味も味わいたいところです。



箪笥(たんす)に仕舞い込んでおくのは勿体なく、額に入れることにしたのです。

「手ぬぐい」の寸法はさまざまに変化しているようですが、今は、約90cm×35cm程度だそうです。しかし、実際には34 cm×90や、33 cm×90 cmが多いようです。今回いただいたものは、33 cm×86cmです。

この曖昧さがたまらなく愛おしい世界です。
2013/02/24(日) 15:03