先日、大阪に行ってきます。交通機関は自家用車です。青森東ICから大阪豊中ICまでです。ルートは、東北自動車道、磐越自動車道、北陸自動車道、そして名神高速道路へと続きます。

通過する府県は13府県のようです。青森、秋田、岩手、宮城、福島、新潟、群馬、富山、石川、福井、滋賀、京都そして大阪です。話は飛びますが、岐阜県が入らないことが不思議です。琵琶湖が滋賀県だけに覆われていることを初めて認識します。

話は飛びますが、本州最北端の「十和田湖」は、今は、二つの県に跨〈またが〉っています。しかし、以前は、何れの県に属すかを長い間議論していたようです。それを思うと、琵琶湖は、一方的にも思えますが、潔(いさぎよ)くもありそうです。

一気に走り抜けることで、それぞれの県の特徴を感じるとることができます。通行量、清掃の程度、路面補修のレベル、スピード違反取締レベル、運転マナー、標識内容の精度、サービスエリアの内容等、です。それらの中には、施政が関係している項目もありそうです。

スピード取締については、各県毎に取扱いのレベルが違っているようです。これまではI県やA県が厳しいといわれてきました。最近は本州最北端のA県です。それも、終点付近の取り締まりが厳しいようです。先般、東京から700km近くも走ってきた友人が、終点目前で反則切符をきられます。それも、首都圏では一般的なスピードで、です。『ここには二度と来ない。』、と言っていました。長距離を走る車にとっては、各県共通のレベルが欲しいところなのです。


路面補修の状況もまちまちです。一般的に、裕福な県の整備は行き届いているようです。他方、夏の今でも「凍結注意」の標識が掲げられている県もあります。担当するお役人の姿勢が反映しているのかも知れません。鈍感もありそうですが、或いは、手がまわらないことも考えられます。交通量の少ない山間部のF県だったようです。

以前は、サービスエリアで扱う商品には特徴があったようです。次第に画一化されてきているようです。特に目立つのは「牛タン」です。数年前にはM県独自のものだったようです。最近は軒並みです。果物等の各県の特産物の価格が驚くほど高額で店頭に並んでいます。数年前までは手ごろな値段で買う機会も多かったものですが、今は、誰も寄りつかなくなっています。

レストランやガソリンスタンドも変化しています。つい先年まであったものが突然無くなっています。緑の地に白文字の標識は緑で塗りつぶされています。今回、帰路で「阿賀野川」で給油するつもりでした。ナビゲーターでは給油所になっているのですが、実際には無く、磐梯山まで走ります。E〈empty〉ギリギリになります。おそらく、利用者が少ないことから、経営面の配慮で撤退したようです。しかし、道路利用者へのサービス提供は、貸借対照表よりも、安全で快適な走行を優先すべき責任もありそうです。

運転マナーについては、軽自動車関係が気になります。以前から感じていたことです。思うように加速が出来ない軽自動車が追い越し車線に出ます。しかし、能力が及ばず追い越せないまま走行車線と並走します。それも長い距離にわたってです。渋滞の原因の殆どに軽自動車が関係しています。今回は50ヶ所以上も出会います。その軽自動車のお尻を、能力のある車が追いかけます。ハラハラします。どっちもどっち、です。


今日は、工房活動再開の日です。まず、「シンデレラの馬車」の袋詰めです。クリスタルパックに入れます。簡単な「栞(しおり)」を同封します。内容は、素材、塗料、用途、形状等の説明 です。時間をみつけて、綺麗なリボンで結ぶつもりです。

次に、「表札」に手をかけます。先日、Y製材所からいただいケヤキ(欅)を期待する寸法に裁ちます。5年越しの課題です。ツールは、スライド丸鋸(まるのこ)です。表札には一般的な大きさがあるようです。大抵は、212.1mm(7寸)×90.9mm(3寸)×30.3mm(1寸)のようです。しかし、今回は、230mm×100mm×48mmにします。失敗したくないことから、事前に型紙をつくって貼り付けます。

伐ってみるとレンガのようにゴロッとしています。因(ちな)みに、一般的なレンガの大きさは、210mm×100mm×60mmです。厚さは10mmほど薄いものの、レンガよりも大きいことになります。それをサンダーで磨いてみます。年輪の幅が狭く複雑な曲線を描いています。しかし、裏面には、多少の木地調整が必用のようです。ここまでくれば、あとはコツコツとした作業の積み重ねです。同期会までは5週間ほどあります。何とか責任を果たせそうです。

他方、秋の文化祭の準備も並行します。何度も、同じような情報交換をしています。しかし、情報の伝達が曖昧です。ペンスタンド〈pen stand〉が、いつの間にかペンダント〈pendant〉になっています。事務局はよほどお忙しいようです。

2014/07/22(火) 18:20

先日、自家用車で遠方に出かけます。1日目は、東北道北端を福島に南下し、郡山JCT〈ジャンクション〉から「磐越自動車道」に入り、新潟中央IT〈インターチェンジ〉で降ります。「日本海東北自動車道」と「北陸自動車道」の交わる地点です。

今回の宿は、事前の予約無しです。JCTの料金所にお訊ねします。『駅前にたくさんのホテルがあります。そこまでのルートがこれです。私がつくったものです。』と、予(あらかじ)めプリントした地図をいただきます。感謝するとともに、「やはり、私のような旅行者がいるのだ。」と思ってしまいます。そして、プロの姿勢を垣間見(かいまみ)ます。

宿舎は簡単に確保します。夕食会場は宿近くの居酒屋です。そこで、地元の若い方とお知り合いになります。名刺をいただきます。大手企業のお勤めの好青年です。酔うほどに食べるほどに、さまざまな情報交換に及びます。楽しい瞬間です。彼は、新潟についてのさまざまなことを、そして、当方は、本州最北端の事情等について交換します。

その中の、『佐渡は良いですよ。一度、あらためてお出でください。』と勧められます。島までは1.5時間ほどだそうです。フェリーには、所要時間の早い便と遅い便があるそうです。人だけが乗るフェリーが早いのだそうです。

当方は、「夏祭り」について語ります。H市の「扇ねぷた」、A市の「人形ねぶた」、そして、G市の「立ちねぶた」です。結構な酩酊後、再会を楽しみにして別れます。そこに至って、簡単な「木工作品」を持って来なかったことを反省します。


実は、先般、九州の大分で、「竹細工」の名人にお会いする機会がありました。そのときは「名刺入れ」をプレゼントすることができました。彼からは竹でつくった干支〈えと〉をいただきます。オリジナルの見事な作品でした。

翌朝、「新潟中央IC」を立ち、北陸自動車道で大阪を目指します。出発間もなく「三条」です。「三条の技術」がテレビで紹介されることが多いです。お邪魔したことは無いのですが、馴染みがあります。床屋さんの鋏(はさみ)、爪切り、スプーンやフォーク、そして「医療に関わる術器」等です。

しかし、思い出すのは「木工愛好家」です。実は、奥州最北端の当地では「クラフト展」が盛んです。集まる皆さんに「三条」の方もいたのです。その方は、『木工は趣味ですが、本業は刃物づくりです。』と言っていました。幼児と一緒の若い夫婦でした。そのことがあってから「三条」を意識していました。可能であれば、帰路の宿泊地を「三条」にしたくなります。とはいうものの、「燕三条」か「三条燕」かが、いまだに解からないでいます。

「柏崎」の「米山SA」で、微(かす)かに見える程度の「佐渡島」と正対します。このあたり一帯が「佐渡弥彦米山国定公園」です。話は飛びますが、「三条」の海岸寄りにも「弥彦温泉」があります。掲示には「おや彦温泉」と「お」がついていたようです。そこに大きな鳥居があります。丁度、フランスの凱旋門のようでした。非日常的なひと時でした。

「北陸自動車道」を進むと、やがて、「上信越自動車道」への分かれ道があります。多くの車が入っていきます。よく解かりませんが、東京に向かう車のようです。私たちは、日本海沿いに「北陸自動車道」を進み、「糸魚川(いといがわ)」を経由します。休日にもかかわらず、空(す)いています。


「親不知」や「子知らず」等、トンネルが続きます。26ヶ所のそれぞれに番号が付されています。実は、昔から、このトンネルが苦手でした。壁面と天井の橙色(橙色)のライトが、催眠術の振り子の時計に見える不安があるのです。かろうじて、その番号に救われる気がします。最初が1/26で、最後は26/26です。それを、1つずつ確認していくことで、催眠術にかからないような気がしてくるのです。


午後、野球の応援に出かけます。今日は県予選の準決勝です。A高校対AY高校です。一方のA高校は、県内屈指のナンバースクールです。他方は、甲子園出場10回以上の、全国的に名を馳せている私学です。筆者には、どちらも母校のようなものです。実は、今回の旅行のコースは、甲子園に乗り込むときのルートでもあったのです。

A高校は、昨日の試合で、相手チームのピッチャーがエースでなかったことに対して、『私たちを侮辱しているのだ。』と闘志を露わにします。「私学には負けるな。」とチームをまとめています。好カードです。たまらず、応援に出かけます。

試合結果は、A高校が8回までの3点のハンディを9回表で5点を奪って逆転します。先般、勝負を決める要素について触れましたが、その通りになったようです。力と技だけが勝負を決めるのではなく、心の要素が大きく作用することを見せつけている試合でした。気温は29℃、そして、真っ青な空でした。顔が相当焼けたようです。

「額紫陽花〈がくあじさい〉」が咲き乱れています。北国の須臾〈しゅゆ〉の夏です。貴重な時です。

2014/07/21(月) 18:07

ここ数日、遠方に出かけていました。交通機関は自家用車です。全走行距離は2500kmほどです。まず、奥州最北端から「郡山JC」まで南下し、「磐越自動車道」で新潟中央に向かいます。因みに、「磐越」というのは、福島県東部の「磐城の国」と新潟県の「越後の国」を結ぶ「磐越」に由来するようです。これまで何回か通った路ですが、今回、あらためてその由来を考えてみます。

「磐」は、「磐城(いわき)の国」の他、別称の「磐州」でもありそうです。そして、「磐梯山(ばんだいさん)」とも関係がありそうです。「猪苗代湖(いなわしろこ)」を左にみてしばらく走ると「会津磐梯山」と出会います。安定した下半身が圧巻です。

その裾野には「磐梯山」の恵みと慈しみが感じられます。極めて豊饒〈ほうじょう〉の地に思えます。これまで「磐梯」の意味が解りませんでした。調べてみると、「天にかかる岩の梯子(はしご)」だそうです。その命名の感性に驚かされます。素晴らしいです。

他方、「越」は「越の国〈こしのくに〉」のようです。これは、福井県の「敦賀」から山形県の「庄内地方」のようです。昔、これが分割されて「越後の国」、「越中国」、「能登国」、「加賀国」、「越前国」となり、「越州」と言われたようです。

美空ひばりが唄った『♪笛に浮かれて 逆立ちすれば 山が見えます 故郷の…』は「越後獅子の唄」です。西条八十(やそ)の詩です。『山が・・・』の山は、或いは、「立山連峰」なのかも知れません。また、水戸黄門の「越後の縮緬(ちりめん)問屋のご隠居」でもポピュラーです。

「越中」も有名です。「越中おわら風の盆」は福井県や富山県と関係しています。話は飛びますが、仕事人間の知人が、どんなに忙しくても、9月はじめは休暇をとるそうです。哀切感溢れる旋律で踊る、優雅な女踊りと勇壮な男踊りの「風の盆」のためだそうです。

また、「越中富山の薬」や「越中褌(ふんどし)」で知られています。因(ちな)みに、「越中褌」は、「越中富山の薬」の「景品」であった、という説があります。全国的に普及したのは明治の末であったようです。従前の「6尺褌」に対して「3尺」ほどの長さで、隠居した武士、医者、神職、僧侶、文化人、商人の間で用いられていたそうです。



「越前」は、「水上勉」の「越前竹人形」で耳に馴染んでいます。現在の福井県武生(たけふ)の「越前国」が舞台だったようです。他方、よく解らないのが「大岡越前」です。相模湾に面している「茅ヶ崎」では「大岡越前祭り」が行われているそうですが、「越前国」とのつながりが曖昧なのです。

話は飛びますが、この日記で、しばしば「奥州最北端」の表現をしています。しかし、つい最近、「奥州市」ができたようです。そのニュアンスでは、本州最北端の当地は奥州ではないようなのです。しかし、実際には、当地には「奥州街道」が通っています。少し当惑しています。

さて、「磐越自動車道」を日本海に向かうことは、奥羽山脈を横断することです。深い山々の中の数本のトンネルに入ります。日本の背骨の下を潜っていることを実感します。入る、よりも潜(もぐ)るが似合うようです。

「磐越自動車道」の事情は、宮城や福島の東北道とは異なり、その交通量は、本州最北端同様、疎〈まばら〉らです。そして、道路の殆どは、片側1車線の対面通行です。熊やカモシカ等の飛び出し注意の看板が目立ちます。

「阿賀川」と「阿賀野川」があります。太平洋側が「阿賀川」で、日本海側が「阿賀野川」です。はじめは異なる「川」だと思っていました。しかし、実際は、 猪苗代湖から日本海へ流れる同じ川です。それを福島県では「阿賀川」、新潟県に入ると「阿賀野川」となるのだそうです。実は、これまで、「磐越自動車道」は、10回以上も往復していますが、これまで、その曖昧さを明確にする機会が無かったのです。今回は、同行者とともに、さまざまな疑問や気掛かりを話し合いながらの旅になります。・・・この「紀行」はもう少し続きそうです。


2500kmの走行を終え、無事の帰宅です。4日間の留守で、最も心配だったのは庭の鉢や、トマトやナス等の野菜です。雨の様子が解からなかったのです。結果的には、皆さんが健在です。しかし、採り遅れたキュウリ(胡瓜)は巨大化しています。

夕刻、笛を聞きます。地元の「ねぶた祭り」の囃子(はやし)です。



2014/07/22(火) 07:45

蒸し暑く、終日の曇り空です。夕刻の一瞬、微弱の雨です。梅雨〈つゆ〉らしい、ということのようです。


午前中、市場を覗きます。ここ数年、車で2時間ほどの県東のH市場を利用していましたが、今日は、時間が無いことから市内の駅前の市場で妥協します。数年ぶりです。つい、両者が比較されます。

県東のH市場で目立つのはイカ〈烏賊〉と、バライティーに富む干物〈ひもの〉のです。そしていつもごった返しています。他方、市内の駅前市場にはそれらは無く、そして、客も閑散としています。やはり、コミュニティーとしての根本的思想の違いが反映しているようです。


今日の市場訪問の目的は、お土産〈みやげ〉の調達です。実は、近く、遠方に行く用事があります。海に囲まれる本州最北端として、適当と思われたのが海産物であったのです。結局、干物や乾物になります。しかし、不思議なのは、それらの多くは、産地が外国で、製造は首都圏に近いエリアです。

前沖(まよき)の産物であっても、地元には卸〈おろ〉されることなく、築地〈つきじ〉に直行するのだそうです。これにはさまざまな事情があるようです。話は飛びますが、蟹処〈かにどころ〉としては、札幌が一般的です。本来は、海に近いところが普通の筈なのですが、内陸の札幌です。


この理由は、獲ったものは売れるところに移動させなければ意味が無い、ということのようです。さまざまな舞台裏はあるものの、帰宅後、宅急便で送ります。これから飛行機の手配をすることになります。


工房では「シンデレラの馬車」に向かいます。やはり、車輪が不足します。それでも90個(?台)ほどは完成します。当面は何とかなりそうです。残った車体の数は20ほどですが、近く、車輪の材料を調達するつもりでいます。焦〈あせ〉ることなく、しかし、出番を待つ課題の一覧表には載せておくつもりです。

2014/07/16(水) 20:53
朝からボワーッと暑いです。今年になってはじめての生暖かい風です。やはりね日中は28℃にもなります。本州最北端としては、一夏に何回あるかの暑さです。


朝食後、裏山に入ってみます。目的地は、数年前にY製材所が伐採した場所です。「青森ヒバの枝」の採取のための様子見です。今年になって初めて走る道路です。事情がどのように変わっているかわからないのです。

空間的距離は然程ではないのですが、山道の大きい石のため、ゆっくりと走ります。時間的距離は片道20分ほどです。緑の山はシーンと静まりかえっています。その中に2台のカブを見かけます。おそらく、「ミズ〈ウワバミ草〉」を採っているようです。

目的地近くに、突然、赤い「スズランテープ」が張られています。通行を止めるサインです。車から降りて窺がうと、やはり、道路の一部が無くなっています。陥没か流されたのかは解かりませんが、2m近くも掘れています。それ以上車ですすむことは無理です。即、Uターンします。


実は、「熊」が心配されるのです。山に詳しいY社長は『大丈夫ですよ。』とはいうものの、作業の時は車を近くに置き、エンジンをかけたまま、そしてラジヲのボリームを上げた状態にしたかったのです。車から離れた場所での1人の仕事は、とても無理のようだったのです。

この「青森ヒバの枝」は「シンデレラの馬車」の車輪となるものです。これまでの作り置きが底をつき、あらたにつくる必要があったのです。自力でなければ、入手できない貴重品だったのです。親鸞上人〈しんらんしょうにん〉の『明日ありと思う心の・・・』ではありませんが、山の陥没は、丁度、仇桜に吹く夜半〈よわ〉の嵐のようなものでした。しかし、やがて道路は補修される筈です。様子をみての再チャレンジになります。



昼、市内に出かけます。市民美術館です。今日は、明日からの展示会のための作品搬入日です。市内の「長寿会」に所属している皆さんの作品展です。作品の内容は、書、絵画、盆栽、パッチワーク、和洋裁等です。我が工房では木工作品の展示です。今回は、「押し寿司器」と「木枕」を出品します。やや、異端〈いたん〉であったようです。

今年で3年目です。例年、N先生もお見えになります。昔お世話になったN先生の奥様です。85歳ほどのパリバリとしたご婦人です。実は、今日もお出でになると思い、その先生にお土産を持っていったのです。現在手掛けている「シンデレラの馬車」です。

ご挨拶をしてプレゼントを渡すと、『仏壇にお供〈そな〉えします。』と言ってくれます。拙い作品でしたが大変喜んでくださいました。逆に、新しい励みをいただきました。またまたやる気がでてきます。


ゴーヤの実がついています。



2014/07/15(火) 17:12

薄曇りです。日中は28℃とやや暑いです。昨日と一昨日の外出で、まとまった作業ができませんでした。それが作用してか、今日の時間が新鮮に感じます。まず、当面している課題を確認してみます。あれこれが浮かんできます。焦〈あせ〉ること頻りです。あちらこちらに動き回ります。

今日の課題に「表札」を取り上げます。実は数年前に依頼されていましたが、手をかける機会が無かったのです。依頼主は同期生のIさんです。先日、『そろそろ作らないと、間に合わなくなります。』と電話をいただきます。間もなく70歳です。「間に合わないことが」十分に考えられる年齢です。責任感と義務感が擽〈くすぐ〉られます。遅ればせながら、取り組みを決意します。


しかし、工房にある筈の表札用のケヤキをどうしても探すことが出来ません。結局、工房内の整理整頓の作業から始める羽目になります。1時間ほどを要しますが、探し当てることはできませんでした。記憶では、綺麗に裁(た)った3枚ほどを確保していた筈なのです。記憶力の衰えを見せつけられます。

頼りはY製材所です。適当と思われる工房内のケヤキを持ってお邪魔します。しかし、社長さんは、『表札に使うには素直で若すぎる木目です。適当なものを探してみましょう。』と、製材所の奥を探してくれます。そして、厚さ2寸のケヤキを見つけます。伐採後数十年を経た古木を挽(ひ)いたものです。そして、『この部分をつかったらどうでしょうか。』とすすめてくれます。

木目の確認のため、チェンソーで大雑把にカットし、プレナーに通してみます。密集した年輪は、ドラマチック性と意外性を持っています。そして極めて大胆な模様を描いています。それでいて、極めて自然に見えるのです。そして、芸術的です。不思議な世界です。しかし、表札として使えるのは1~2枚だけです。早速工房に持ち帰ります。今晩は眺めるだけです。作業開始は明日以降です。


昼前にW工房にお邪魔します。県の文化祭の日取りの相談と決定です。実際の開催日は約3ヶ月後ですが、広報部門としてはそろそろ細かい要項を印刷するようです。大切なことは、理屈無しのボランティア活動としての立ち位置です。それを見失うのであれば、意味の無い活動になってしまうのです。

他方、明後日からは市の展示会です。搬入は明日です。今回の出品予定は2点だけに限定されています。「押し寿司器」と「木枕」にします。「押し寿司器」は厚手の青森ヒバを「霰組(あられぐみ)」にし、数度の「拭き漆」を施しています。

他方の「木枕」の素材も青森ヒバです。これは「蟻組(ありぐみ)」にしています。無塗装です。床との接着面を、敢えて湾曲させた構造にしています。勿論、完全オリジナルです。実際に使っている方からは好評をいただいているものです。

2014/07/14(月) 17:15