冬の最中(さなか)は、太平洋側には殆ど降らないようです。冬の終わりのある日に湿った雪がドカンと降ります。それが春の合図のようです。昨日の日中は、その湿った雪がドカンと降ります。30cmほどです。

昨夜半、帰宅後にタイヤショベルを駆ります。片づけ易い雪です。気温の低いときの雪がサラサラとしてショベルのバケットに収まり難いのに対して、今回は重く粘りのある雪です。食み出してもバケットにしがみついています。それでも30分以上を要します。

この雪が奥州最北端に春を運んで来ると思うとウキウキしてもきます。今朝は青空です。綿帽子を被った木々の梢には黒っぽい大き目の小鳥がたくさん寄りついています。しかし、庭の雪はまだまだ健在です。もう少し荒れることを歓迎するところです。

雪融けを進めるには気温の高さもそうですが、雨や風もその要素になっているのです。明日からの2~3日間、遠方に出かけます。首都圏の春の様子をしっかりと目に焼き付けてくるつもりです。


今朝、若いご婦人に声をかけられます。旧姓I女史です。開口一番、『家をつくるのに夢中になっています。毎日遊んでいますよ。』と携帯電話のピクチャを見せてくれます。実は、先日「積み木」をお届けした先のお母さんです。

『高く積み上げることに興味があるようです。』と近況を話してくれます。少し不安です。高く積み上げけるには、積み木自体の精度が要求されるからです。つい先日つくったばかりですが、若干の妥協も織り込まれていたようなのです。

幼児の遊び方は今後の制作にあたってのヒントになります。子供は大人が想像しない世界を楽しむことがあるからです。貴重な情報です。早速、携帯電話のデータをmailで送っていただきます。50年前には考えられないITです。



2012/03/13(火) 17:38

豪雪の冬でした。エンドレスとも思えた冬でしたがここ一週間で顕著に雪融けが進んでいます。今日は時折、チラチラと降っていますが、屋根の軒からは滴(しずく)が落ちています。

狭い庭であっても、雪の融けた後には様々なものが姿を現します。自転車もそうですが、ベンチ、煙突の「曲り」、ツルハシ、植木鉢等です。雪が降る前に仕舞い忘れたものです。寺山修司の「村境の春や錆びたる捨て車輪・・・」を思い出します。

この詩は「田園に死す」の中にある「村境の春や錆びたる捨て車輪ふるさとまとめて花いちもんめ」です。よく解りませんが、都会に出た寺山が故郷と比較してつくったようです。実は、お勤めの関係でこのところ毎週のように上京しています。その違いを明確に思い知らされているところです。自嘲したくもなります。

「花一匁(もんめ)」は「どれだけの価値があるのか」という意味のようです。しかし、この「村境の春や・・・・」は表面的には故郷の貧しさを自嘲していますが、実際には、絶ちがたい望郷の思いを逆説的に表現しているようにも読むことができそうです。

寺山の作品には、この反語的表現をしているものが他にもあります。「田園に死す」は第三歌集ですが、第一歌集の『空には本』にある「マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや」です。「マッチ擦るつかのま(一瞬の間)に、どれだけの仕事ができるものか。何もできない。」、「マッチ擦るつかのま」だけが、置かれている状況を理解させてくれる、と訳すことができそうです。

しかし、そのように表現してはいるものの、決してその状況を諦めてはいないことが覗えるのです。その格差があるからこそチャレンジする、という気持ちの焦りと課題に立ち向かう強いエネルギーを表現しているようでもあります。


前置きが長くなりましたが、奥州最北端では太平洋側に大量の雪が降って春になる、という言い伝えがあります。3月も半ばです。花の都ではあと1~2週間で桜が咲く筈の頃です。「ふるさとまとめて花いちもんめ」のように国の恩恵の薄い奥州最北端であっても雪は日に日に少なくなってきています。

今日は日曜日です。年度末の忙しい中ですがお休みをいただきます。即、山積している課題に没頭します。まず、「椅子」づくりです。形状は風呂場用の椅子です。しかし、花瓶台、行燈(あんどん)台、幼児用の椅子等にも使えそうです。

先週は木地調整のために「簡単な刻苧(こくそ)」を使いました。漆とヒバの超微粉末を混ぜ合わせたものです。それがしっかりと硬化するためには1ヶ月は正座をして待つべきでした。「螺鈿(らでん)」の接着度もやや不十分です。

しかし、やや不十分な状態で塗り入ります。節操の無いいつものパターンです。今回も「拭漆(ふきうるし)」にするつもりです。「拭漆」は塗った漆を拭き取る技法です。その一回目です。この一回目には特に気を使います。漆を十分に木部に浸み込ませる必要があります。これには生漆(きうるし)にテレピン油を混ぜます。粘度を低くするためです。


緩(ゆる)くした漆は木部への浸透度が高く、スーッと木地が吸い込みます。一回目は塗った直後に拭き取るようにしています。時間を経たものは粘度が高くなり、拭き取り難くなり、斑(むら)になる傾向があるからです。

塗りの後半にO氏がお出でになります。観光協会の理事長さんです。「手湯桶」の依頼人です。これまで2回お披露目しています。県や市の関係者からは好評をいただいているそうです。次回は3月18日に出張る予定です。

その前に、コックピットに若干の手直しをすることにします。お湯の注ぎ口の位置を変えることにします。僅か6cmほど下げるだけです。しかし、それにはさまざまな加工過程があります。

まず、メジャーで位置を明確にし、該当箇所にドリルビットやトリマーをあてて刳り貫きます。そして新しい嵌め口用のパネルの加工と取り付けです。使ったツールは、ドリル、ジグソー、トリマー、スライド丸鋸(まるのこ)等です。2時間以上を要して手直しを終えます。

しかし、今日は考えていたほんの一部です。満足する手直しには、ある麗(うらら)らかな春の日に手をかけることになりそうです。

2012/03/11(日) 16:01

今日の最低気温はプラス3°、最高気温は5°です。これまでの早朝の歩道はツルンツルンでしたが、今朝は濡れているだけです。歩くときの靴とアスファルトの摩擦が大きいことが快(こころよ)いです。

3月4日の、奥州最北端までの「はやて入線一周年記念行事」が新駅でありました。今回も、先般つくった「手湯桶」も参加しました。その折の写真がメールで送られてきました。スタッフとして参加した番長さんからです。

間もなく3月11日を迎えます。実は、「はやて入線」を祝うセレモニー直前に迎えた昨年の3月11日でした。今年は全国で弔意を表明することになっています。しかし当日は日曜日です。

事情によっては金曜日や日曜日に黙祷を奉げる職場等もあるようです。只管多くの皆さんのご冥福をお祈りするとともに、一日も早い復興を願うだけです。

この3月11日がアメリカの9.11と同じように3.11と表現されるのが切ないです。




2012/03/06(火) 18:58

今日は日曜日です。垂れ下がっている雪庇(せっぴ)が気になっていました。しかし、昨日の暖気で工房の屋根雪は轟音を発しながら滑り落ちます。

気をよくして朝から工房作業です。まず掃除です。端材の整理と整頓、そして工具の整理、その後は床に堆積した大量の大鋸屑(おがくず)を掃きます。ほんのこれだけで3時間も要します。

しかし、掃除を終えた瞬間には創作意欲が湧いてきます。いつものことですが不思議な現象です。即、「椅子」の手直しに没頭します。これは半年ほど前に手がけたものですが、不満足な加工になっていたものです。

不満足部分はホゾ加工の幼稚さです。オスとメスの嵌めこみに若干の隙間が生じていたのです。拙い加工技術によるものです。外に出せないことから工房の隅に追いやられていたのが掃除によってクローズアップされたのです。

腕の拙(つたな)さははじめから承知しています。手直しは憚(はばか)る勿(なか)れ、です。結局、漆(うるし)をかけることにします。まず、隙間を簡単な「刻苧(こくそ)」で埋める作業です。

「簡単な刻苧」というのは、生漆(きうるし)に青森ヒバの微粉末を混ぜ合わせたものです。本来の刻苧(こくそ)は、糊、木粉そして生漆を混ぜ合わせたものです。その糊を使わないパターンです。

勿論?自己流です。話は飛びますが「糊漆(のりうるし)」というものもあります。これは糊と同量の生漆を混ぜたもののようです。


簡単な作業ですが結構な手間を要します。それは木地の「養生(ようじょう)」です。これは不必要な部分に刻苧(こくそ)を触れさせないためです。如何に刻苧といえども白木は漆を吸い取るのです。その結果、やがて全体に漆をかける際に斑(むら)になる心配があります。

「養生」はマスキングテープで行います。4ヶ所のホゾ組の手当ては32ヶ所になります。手間のかかる作業は楽しみながらに限ります。丁寧な養生とそうでない場合では全く異なる結果に至るものです。

養生が済んでから木箆(きべら)で刻苧(こくそ)を隙間に埋め込んでやります。そして3時間ほど経ってからマスキングテープを剥(は)いでやるだけです。あとは乾固を待つだけです。今の時期では1か月ほどもかかりそうです。空気が乾燥しているからです。

折角の待機時間です。有効活用することにします。「螺鈿(らでん)」です。とはいうものの、今回は「簡単バージョンの螺鈿」です。実は、この椅子は風呂場用のつもりでしたが、幼児用の椅子としても使えそうなのです。

デザインを「丁子(ちょうじ)」と「打ち出の小槌(こづち)」にします。いずれも、昔から宝物とされているものです。これは、先般、友人のH氏からいただいたものです。それを活用することにします。


本来?の螺鈿は、その形に木地を掘って埋め込むようです。今回の「簡単バージョン」は、単に生漆を接着剤にして平面の木地に貼り付けるだけです。やがて乾固後、貝の出っ張ったコーナーに漆を載せ重ねることになります。これは木地全体の拭漆と並行する作業になります。

今は漆を被った得体の知れないものです。しかし、やがてサンダーで磨くことでキラキラとした鮑(あわび)の輝きを放つ筈のものです。仮に制作過程ではDARK DUCK(ダークダック)に映ってはいても、SWAN(スワン)の遺伝子は白鳥に至る筈なのです。それを信じての手直しです。


今日は3月4日です。奥州最北端に「はやぶさ」が来て1周年記念行事がありました。夕刻のテレビには「帆立汁(ほたてじる)」だけが紹介されていましたが、例の「手湯桶」もまた活躍したようです。

しかし、ハプニングがあったようです。番町さんから『2荷のうちの1荷が洩りました。』との報告があります。然(さ)もありなん、です。桶は使う2~3日前から水を張っておいて使うものです。水が木を膨張させて微(かす)かな隙間を埋めるのを待つのです。次回使うのは今月の半ばのようです。問題は無い筈なのですが・・・。

2012/03/04(日) 19:07

昨日と今日は遠方に出張です。昨日、猛吹雪の奥州最先端から定刻の3時間遅れで飛び立ちます。いつものことですが花の都は雪の片鱗もない別世界です。しかし、乾燥した空気の所為か、雪よりも底冷えします。

雪国の春の雪には「暖かさ」があります。一般的に、雪と暖かさは矛盾するものです。しかし、実際には両立するものです。これは湿度が関係しているようです。如月も明日一日です。明後日からは弥生三月です。

話は飛びますが、昔から如月を「きさらぎ」と読むことに疑問がありました。諸説あるようですが、如月は「月のごとし」です。月は冷たさと同次元にあることは心の奥底で理解できます。

しかし、だからと言って「きさらぎ」と発音することには飛躍があり過ぎます。一説に、「きさらぎ」は寒いことから、「着る、更に着る」季節から、「着更着(きさらぎ)」となり、「如月」を「きさらぎ」と発音するようになった、というものがあります。その如月も残り一日だけになりました


さて、一昨日手がけた「箱」がそれらしくなっています。制作途中では見るも無残な「簪(かんざし)」もまあまあです。見事に?変身しています。勿論、これまでの経験で予想できてはいたものです。

早速に「積木」を入れてみます。加工の精度は兎も角、見ているだけで木の持つ独特の暖かさが伝わってきます。つい、遊んでみます。正方形を対角線でカットした直角二等辺三角形が面白いです。

高齢者でありながら、この1:1:√2の比率に深遠さを思ってしまいます。少し本気になっている自分に気づきます。同時に、これに2~3歳児がどのように対応するかが楽しみです。

しかし不安でもあります。幼児がこれを簡単に解くとき自身の拙さを見せつけられそうなのです。そして、簡単過ぎる遊びは遊びとしての意味を持たないことの不安です。

話は飛びますが、65歳以上の高齢者は飛行機の乗車券が半額になるのだそうです。今日、初めて知った恩典です。嬉しくもあり寂しくもあります。今回つくった「積木」は2組です。一方は3歳児用、他方は4,350gの赤ん坊への、遅ればせながらのお祝いです。


2012/02/28(火) 21:27

昨朝、電話が入ります。達人のI氏からです。『体でも壊しているのですか。』というものです。実は、昨年の秋ころまでほぼ毎日更新していた日記が数日毎になり、ここ最近はついに一ヶ月も空白になっていたのです。ご心配おかけする結果になってしまいました。

肉体的には極めて健康です。また、創作意欲も旺盛です。活動はお休みしていたのではなく、単に、生来の文不精に加えて、文章を書くための寸刻を確保できなかったことが理由のようです。

実は、このところ、二足の草鞋(わらじ)を履いています。話しは飛びますが、この「二束の草鞋」は、本業と正反対の業種とを並行して勤めているときに使う言葉のようです。この正反対の業種ということが定義のひとつになっているようです。古くから例に出されるのは十手持ちとヤクザです。

ここ数年、工房活動だけの草鞋を履いていたものが、昨年秋から二足目を履いています。その結果、工房活動の紹介が疎(おろそ)かになっていたのです。とはいうものの、舞台裏では二足目の草鞋も結構な活躍をしています。

先週末は朝から終日に及ぶ工房作業に浸ります。毎日の課題の、旅館やホテルに納品する作品づくりに加えて、「桶づくり」、「箱づくり」、更には「お水さまづくり?」等です。日曜日は夜中まで作業が続きました。


「桶」は「手湯桶」のバージョンアップです。初舞台は先月でした。大成功の評価はいただきましたが、根本的に修正したい箇所があります。しかし、次回は今週末の3月3日です。「はやて」の一周年で使うのだそうです。時間が無いことから妥協するつもりです。しかし、桃の節句でもあります。若干のお化粧は加えることにしました。

「箱」は「積み木」の収納ケースです。予定では正月の三が日に完成するつもりでしたが、いつの間にか二ヶ月が一瞬に過ぎてしまいました。既に一年の1/6が経過しています。このペースでは来年になってしまいます。とりかかることにしました。

これまでつくったことのある単なる箱です。しかし、カンナがけから完成まではそれなりの過程が伴います。コーナーは「留め」にしました。これは、45°の両者を合わせて直角にする方法です。簡単な作業ですが、実際にはデリケートです。

45°は目盛りが教えてくれますが、所詮はおおよその目安としての参考に過ぎないのです。目盛りには誤差があるものです。その微かな違いは、やがて組み立ての段階で4隅のどこかに反映してくるのです。いつものことですが、昔の大工さんの偉大さを思い知らされる瞬間です。

底板は3枚の板を「相決(あいじゃくり)」で接(は)ぎ、側面の掘った溝に埋める方法です。本来は簡単な加工ですが、寸法の設定に手間がかかります。

更に、「簪(かんざし)」を挿します。1つのコーナーに2箇所のカンザシです。2個の箱では16箇所です。これは箱全体の強度の確保のためです。子供は大人が想像できない使い方をすることがあるのです。


そして「面取り」です。これは怪我の防止が目的です。全ての陵辺に手を加えます。Rの大きい「坊主面ビット」を使います。トリマーでの作業は一瞬です。しかし、若干のササクレが出ます。それをサンドペーパーで整えます。

問題は塗装です。折角の「青森ヒバ」です。その素肌と香りを表現したいところですが、素肌は汚れを伴います。塗るか塗らないかはいつも悩む課題となります。

今回は、その折衷案を採用します。手に触れることの多い外側だけを塗り、内側は白木にします。初めての試みです。シンナーの臭いの洗礼を受けながら漸くゴール近くに辿(たど)りつきます。なんとか先が見えてきます。

「お水さま」は「かまくら」に祀(まつ)る札のことです。友人のT氏の依頼です。昨年の冬は「水神様」と書いたようです。今年は「お水さま」にします。

適当な板に筆で書き、塗りを施すだけのものです。簡単な作業です。しかし、実際には、材の選択から始まってカンナがけ、カット、筆の準備、塗装へと続きます。

工作作業は料理に似ています。実は、昨秋漬けたタクアンの出来が不満足です。聞くと、多くの皆さんが同じ結果のようです。気候の所為か、糠が香ばしく発酵していないのです。

2012/02/29(水) 08:29