
豪雪の冬でした。エンドレスとも思えた冬でしたがここ一週間で顕著に雪融けが進んでいます。今日は時折、チラチラと降っていますが、屋根の軒からは滴(しずく)が落ちています。
狭い庭であっても、雪の融けた後には様々なものが姿を現します。自転車もそうですが、ベンチ、煙突の「曲り」、ツルハシ、植木鉢等です。雪が降る前に仕舞い忘れたものです。寺山修司の「村境の春や錆びたる捨て車輪・・・」を思い出します。
この詩は「田園に死す」の中にある「村境の春や錆びたる捨て車輪ふるさとまとめて花いちもんめ」です。よく解りませんが、都会に出た寺山が故郷と比較してつくったようです。実は、お勤めの関係でこのところ毎週のように上京しています。その違いを明確に思い知らされているところです。自嘲したくもなります。
「花一匁(もんめ)」は「どれだけの価値があるのか」という意味のようです。しかし、この「村境の春や・・・・」は表面的には故郷の貧しさを自嘲していますが、実際には、絶ちがたい望郷の思いを逆説的に表現しているようにも読むことができそうです。
寺山の作品には、この反語的表現をしているものが他にもあります。「田園に死す」は第三歌集ですが、第一歌集の『空には本』にある「マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや」です。「マッチ擦るつかのま(一瞬の間)に、どれだけの仕事ができるものか。何もできない。」、「マッチ擦るつかのま」だけが、置かれている状況を理解させてくれる、と訳すことができそうです。
しかし、そのように表現してはいるものの、決してその状況を諦めてはいないことが覗えるのです。その格差があるからこそチャレンジする、という気持ちの焦りと課題に立ち向かう強いエネルギーを表現しているようでもあります。
前置きが長くなりましたが、奥州最北端では太平洋側に大量の雪が降って春になる、という言い伝えがあります。3月も半ばです。花の都ではあと1~2週間で桜が咲く筈の頃です。「ふるさとまとめて花いちもんめ」のように国の恩恵の薄い奥州最北端であっても雪は日に日に少なくなってきています。今日は日曜日です。年度末の忙しい中ですがお休みをいただきます。即、山積している課題に没頭します。まず、「椅子」づくりです。形状は風呂場用の椅子です。しかし、花瓶台、行燈(あんどん)台、幼児用の椅子等にも使えそうです。
先週は木地調整のために「簡単な刻苧(こくそ)」を使いました。漆とヒバの超微粉末を混ぜ合わせたものです。それがしっかりと硬化するためには1ヶ月は正座をして待つべきでした。「螺鈿(らでん)」の接着度もやや不十分です。
しかし、やや不十分な状態で塗り入ります。節操の無いいつものパターンです。今回も「拭漆(ふきうるし)」にするつもりです。「拭漆」は塗った漆を拭き取る技法です。その一回目です。この一回目には特に気を使います。漆を十分に木部に浸み込ませる必要があります。これには生漆(きうるし)にテレピン油を混ぜます。粘度を低くするためです。
緩(ゆる)くした漆は木部への浸透度が高く、スーッと木地が吸い込みます。一回目は塗った直後に拭き取るようにしています。時間を経たものは粘度が高くなり、拭き取り難くなり、斑(むら)になる傾向があるからです。塗りの後半にO氏がお出でになります。観光協会の理事長さんです。「手湯桶」の依頼人です。これまで2回お披露目しています。県や市の関係者からは好評をいただいているそうです。次回は3月18日に出張る予定です。
その前に、コックピットに若干の手直しをすることにします。お湯の注ぎ口の位置を変えることにします。僅か6cmほど下げるだけです。しかし、それにはさまざまな加工過程があります。
まず、メジャーで位置を明確にし、該当箇所にドリルビットやトリマーをあてて刳り貫きます。そして新しい嵌め口用のパネルの加工と取り付けです。使ったツールは、ドリル、ジグソー、トリマー、スライド丸鋸(まるのこ)等です。2時間以上を要して手直しを終えます。
しかし、今日は考えていたほんの一部です。満足する手直しには、ある麗(うらら)らかな春の日に手をかけることになりそうです。
2012/03/11(日)
16:01