冬の定義は、秋と春の間のようです。奥州最北端の感覚では、冬は雪とダブるようです。降っていることで、今が確かに冬であることを悟ります。
早朝の沐浴の際の履物(はきもの)は、昨日までは雪駄です。しかし、雪の下駄とは書くものの、実際の雪では役に立たないものです。今日はゴム長になりました。まさしく冬です
今日は12月12日の「山の神」の日です。工房の大掃除を決意しました。本来は昨日すべきでしたが気力が衰えていました。天文学的な埃(ほこり)?と乱雑ぶりです。趣園(趣味の園芸)の放送後からの掃除は延々6時間にも及びました。
埃の正体は、スライド丸ノコから排出された大鋸屑(おがくず)です。10cmほども積もっています。スライド丸ノコもそうですが、テーブルソー、プレナー、ジョインター、糸ノコそしてサンダー等は少なからずの大鋸屑を排出します。そしてその排出の方向が決まっているようです。
本来のこれらツールの置き方は、その大鋸屑の出る方向を広い空間にセットすることが正しいようです。実はこれまでのスライド丸ノコの場合は、その大鋸屑の排出される方向を隅に追いやっていました。その隅というのは掃除のし難(にく)い場所なのです。
今後、180°の変換をすることにしました。掃き集めた大鋸屑はゴミ袋一杯になりました。勿論、それらは薪ストーブに収納されました。
そして端材(はざい)です。膨大(ぼうだい)な量です。鉋がけした端材は魅力的です。惜しいものの、その殆(ほとん)どはストーブ用になりました。そして整理整頓です。これまで飽和状態であった工房にカラリとした空間が生じます。善きかな、です。
久しぶりに樽(たる)と石灯籠(いしどうろう)が姿を現しました。樽は漆を詰めて中国大陸がやってきたものです。贅肉(ぜいにく)が完全に削(そ)かれている機能だけの樽です。粗末極りないものですが、本来はこれで十分なのです。
「小屋棒」は庭の片隅に設(しつら)えるものです。実は、工房のある場所は2年前までは庭です。いくつかの石灯籠がありました。小さいものは移動しましたが、大きいものはギブアップしました。
その結果、残った「小屋棒」です。場違いな頓珍漢(とんちんかん)な灯篭になってしまいました。
愈々(いよいよ)メインイベントの神事です。まず三方(さんぼう)を登場させました。神事に欠かせないツールです。2脚です。ひとつには80年の歴史があります。他方は今年つくったものです。
いつものように、お供えは家にあるものになりました。米、塩の他に、スルメ、昆布、サツマイモ、ハクサイ、ダイコン、カキ、キウイ、そして稲穂です。
この中の昆布は隣町のT女史から、ハクサイはW氏、カキはI氏からの頂き物です。有難いことです。稲穂とキウイは庭から収穫したものです。
そして御神酒(おみき)は津軽の古酒の岩木正宗です。昼食抜きでの大掃除でした。当然、早い夕刻から、「山ノ神」を祝福するランディナー(ランチ兼ディナー)です。
その頃、W女史がお出でになりました。彼女は隣町の石材所の娘さんです。『我が家では毎月12日に行っています。』、と言います。驚きました。
実は、これまで山ノ神に関係するのは林業、製材、工房等に係わるものと認識していたのです。考えてみれば、石も山から切り出します。しかも、石は木よりも重量があり、危険の伴うものです。山ノ神を大切にする文化があって当然のことなのです。
一日ものづくりを絶つことでムラムラと創作意欲が増します。演歌も手伝ってか、酩酊した思いに、あれもこれもと、試してみたいことばかりが過(よ)ぎってきます。・・・明日も冬のようです。