昨晩の就寝時刻が早かった所為(せい)か、今日の起床時刻は2:00前でした。起床後、「囲炉裏(いろり)」に「炭(すみ)」を熾(おこ)し、湯を沸(わ)かしたりなんぞしているときに、テレビに「ベラフォンテの1960年日本公演」が入りました。

その舞台を「縦の番長」の「三島」も観ていたようです。当時、「三島」はベラフォンテの舞台を次のように評していました。『ここには熱帯の太陽があり、カリブ海の貿易風があり、奴隷たちの悲痛な歴史があり、力と陽気さと同時に繊細さと悲哀があり、素朴な人間の魂のありのままの表示がある。そして舞台のベラフォンテは、まさしく太陽のやうにかがやいてゐる・・・。』と。

ベラフォンテはニューヨーク生まれ、父親はフランス領マルティニーク生まれ、母親はジャマイカ系でした。


「弁当箱づくり」が塗装段階を迎えています。「朱漆」を先日塗りました。よく乾いていますが、塗った跡がザラザラです。或いは、「朱漆」の作り方に問題があったのかも知れません。

「朱漆」は「生漆」と「顔料」を攪拌(かくはん)してつくりました。或(ある)いは、その「捏(こ)ね」が十分でなかったことも考えられます。

今日の作業は、その「ザラザラとり」からです。作業内容は、塗った面に「サンドペーパー」をかけて「平滑化(へいかつか)」するだけの簡単なものです。しかし、数が多いので、結構な時間を要します。

「ペーパー」の「番手(ばんて)」は、240番~400番です。はじめに、「粗(あら)い240番」を使い、最後は400番で仕上げました。「ペーパー」をかけた後の「木地(きじ)」は、艶(つや)が失せています。

その面に「拭き漆(ふきうるし)」を施(ほどこ)し、「艶(つや)」を復活させます。「拭き漆」というのは、文字通り「塗った漆」を「拭き紙」で拭き取る作業です。この作業に一時間以上を要します。

「素手(すで)」で「拭き紙」を使ったことで右手が真っ赤になっています。しかし、数日経てば元に戻ります。同期のH君は「うるし」と聞いただけで発疹が出る体質でした。しかし、筆者の場合は、20年ほど前、初めて「漆工」に触れた時の最初の一度だけでした。2回目からは「発疹」は「出なく」なりました。一度の「カブレ」の経験で、漆に負けない体に変身したようです。

今後の作業は、漆の乾燥を待ち、愈々(いよいよ)、本体への「生漆」の「拭き漆」です。2~3回は塗るつもりです。

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2026/08/10(月) 08:24