奥州北端は、日本海側に2つ、太平洋側に2つの4個の低気圧で囲まれています。しかし当地はその中間点にあるためか、時折の小雨程度で済んでいます。また、予報気温は24℃から26℃と、過ごし易い夏です。
しかし、熊本は「震度7」に酷暑が重なっているようです。心からお見舞い申し上げます。
以前、大分に用事があった際、熊本空港にお世話になっていました。熊本空港には10回ほどお邪魔しました。空港から大分まで「竹林」の中を通った記憶があります。途中、「滝廉太郎」の「荒城の月」の舞台、「岡城址」に立ち寄ることもありました。
他方、海外ではボルドーの山火事です。ボルドーはスペインと接するフランス南西部です。更にその南西部が「ジロンド」です。穏健派の「ジロンド党」は、且(かつ)て、急進派の「ジャコバン党」とともに、フランス革命の舞台に立ちました。
即、「ジャコ先生」を思い出します。実は、65年昔、筆者の通う高校には、「人気のある」先生の多くに「あだ名(渾名、綽名、ニックネーム、愛称)」がありました。
「センイスカン(潜水艦)、ドラキュラ、バフン(馬糞)、シニガミ(死神)、クモスケ(雲助)、ニンジャ(忍者)、ジャコ、ボンズ(坊主)・・・。」等です。
「ジャコ」の由来は、「K先生」の「フランス革命」の講義が発端のようです。世界史の彼の授業は多くの生徒に人気がありました。特に「フランス革命」の「あたり」です。その所以(ゆえん)で、「K先生」に「ジャコ(ジャコバン党)」の「綽名(あだな)」が付与された、という伝説が残っていました。
因(ちな)みに、筆者は、その先生に、高校卒業後も多くのお世話をいただきました。
不謹慎ながらも、地震と山火事で、つい、昔のことが思い出していまいました。再び戻ることのない古(いにしえ)の郷愁(きょうしゅう)のひとつです。因みに、筆者の担任О先生の「あだな」は「ドラキュラ」でした。東大法学部主席(東大ナンバーワン)卒業の紳士でした。
工作室では「弁当箱づくり」の続きです。今は「目地合わせ?」の段階です。「1段の弁当箱」には、「蓋と身(ふたとみ)」の「2面」、「2段の弁当箱」には「蓋」と二つの「身」の「3面」、同様に「3段の弁当箱」には「4面」の平面化が欲しいところです。この「平均化」の作業が厄介なところです。
本来?菓子箱等の場合は、大きい箱を二つにカットして「身と蓋」をつくるようです。素人の筆者には、この「目地合わせ?木地合わせ?」が大変な手間を要します。その「大変な手間」を「かけて」いるところです。





