一昨日の夜中、奥州北端に震度6以上の地震の来襲がありました。グラグラしているサイドボードに手を添(そ)えるほどの大きい地震でした。
その後の二日間ほど、首都圏でも頻繁(ひんぱん)だったそうです。ニュースは、北米、ユーラシア、太平洋、フィリピン等のプレートの動きが原因ではないか、と解説していたようです。
地震は怖(こわ)いです。今は、「死語」の感はありますが、筆者の若い頃は日常的に使われていた「言い習わし」がありました。
それは、「地震、雷、火事、親父」です。これは、怖(こわ)いものを順番に並べたものです。山での雷は特に怖いです。筆者も経験しました。時計もベルトの金具も投げ出したくなります。平野の稲妻も怖いです。
火事も怖いです。泥棒は「ひと背負(しょい) 」だけですが、火事は全部を焼き尽くします。昔の「親父(おやじ)」も怖いです。地震はそれ以上です。
ニュースで、転んで怪我(けが)をされた方の紹介がありましたが、皆さまの事なきをお祈りしているところです。
稀代(きだい)のスポーツ音痴(おんち)の筆者乍(ながら)、「FIFAワールドカップ」を観ています。因(ちな)みに、「FIFA」は「Fédération Internationale de Football Association(国際サッカー連盟)」の略なのだそうです。
今日、「カボベルデ」と「サウジアラビア」との試合がありました。しかし、失礼極まりないことですが、「カボベルデ」は初めて聞く国名でした。
早速調べてみました。北アフリカ西方洋上の共和国でした。弁解ながら、高校時分、筆者が選択したのは「日本史」だったのです。
半世紀以上の昔、奥州北端地区の中学校では、サッカーはまだ亜流(ありゅう)でした。ほんの数校だけが部活として採用している程度のマイナー競技でした。
筆者の中学校にもサッカー部がありました。体育の授業はいつもサッカーでした。しかし、担当教員のつかない授業でした。
ルールの解らないまま、単に走るだけの面白くない授業でした。解らなかったことのひとつに「コーナーキック」がありました。
蹴(け)ったボールがどうしてゴールに入るのか、が疑問だったのです。それについて、堪能なサッカー部員に訊(き)いたことがありました。返答は、「コーナーからカーブをかけてゴールポストに入れろ。」でした。
当時は、サッカー部員でも、「クッションで入れる」ことを理解していない時代だったのです。
早朝、駐車場の縁(へり)の畑を覗(うかが)いました。紫色の「露草が咲いていました。「露草(つゆくさ)」の名前は、朝咲いた花が昼しぼむことが、朝露を連想させることで名付けられたようです。
「イチゴ」が「ランナー」を伸ばしています。「キヌサヤ」が白い花を無数につけています。生長すると「グリンピース」になるのだそうです。育てるのは人生初です。ワクワクします。正座しながら見守るつもりです。
