奥州北端も「春」です。しかし、庭に出るには防寒着が必要です。それでも、週に1回ほどは「ポッ」とする暖かい日もあります。
「雪融け後」には思いがけない発見があります。どこからやってきたか解らない「プラスチックごみ」、除雪車が壊して捨てていった「板塀(いたべい) の破片」、そして、「秋に仕舞い忘れたあれこれ」等です。
井筒(いづつ)の竹蓋(たけぶた)は朽(く)ちています。竹を編んでいた「麻紐(あさひも)」はバラバラになっています。大きい植木鉢が寝っ転(ねっころ)がっています。蹲(つくばい・石の水溜め)の竹蓋(ふた)も危うくなっています。新しい「青竹」との取り換えを要します。
他に、「雪」が降る前に仕舞い忘れた「バケツ」が3個ほどです。これらにも、「春の装い」を「せがまれ」ています。
今日は、それらの片付けと整理整頓です。取り敢(あ)えず、二つの「蹲(つくばい)」に手を掛けます。「タワシがけ」で「水垢(みずあか)」を取り除き、水を数回取り替えてやります。「手」は冷たくなるものの、それだけ「春」になった気がします。
寺山(寺山修司・筆者の高校先輩)が残した歌『村境の春や錆(さ)びたる捨て車輪(すてぐるま)ふるさとまとめて花いちもんめ』のとおりです。
意味はよく解りませんが、「車輪」は、「秋」に立てかけて忘れていた「壊れた荷車」の一輪か、或(ある)いは「錆(さ)びて置き場所に困り「ほったらかし」にしていた「自転車」なのかも知れません。それが「春になって雪が融けて再び姿を現した。」ということなのでしょうか。
しかし、このテーマは別にありそうです。それは、奥州北端県の「貧困の現実」です。「寒村」では、「春)」になればあちらこちらの農家の「娘さん」が首都圏に売られた歴史があります。「不作の年」の「翌年の春」は特に、です。つい最近までの現実です。
「・・・花一匁(いちもんめ)・・・。」は、寺山がそのことを歌ったようです。これは、「メルカトール図法」では「小さく見える」、「イコールアース図法採用でなければならない。」を訴える程度でない次元です。
とはいうものの、奥州北端は、政治経済文明等には今も不遇です。特に政治的には恩恵の薄い地区です。天気予報もそうです。毎日、那覇(なは)から始まり北上して紹介はするものの、秋田からは突然、札幌に飛びます。肝心の当地の気温は釧路、札幌、秋田の「相加平均」で予想をたてる現実です。
更に、「七戸」の道路には「奥州最北端の地」の石碑はあるものの、その「奥州」の名前はお隣のI「I県」が「奥州市」として使ってしまいました。不幸?なことに、この種のパターンは通念化しています。・・・本県にも、今少しの政治力とその恩恵が欲しいところです。
それとは無縁に、「さつき」が「新芽」を出しています。「新芽」の先端の「蕾(つぼみ)」は既に膨(ふく)らみ、早晩「開花」しそうです。お茶をいただきながらの「花見」を考えているところです。


