前後しますが、「影」に、「ひかり」と「彼方(かなた)」の意味があるのは、或いは、この詩のつくられた時代背景が関係しているのかも知れません。

「荒城の月」が発表されたのは与謝野晶子が「みだれ髪」を発表した1901年です。その頃は古語(本来の日本語)と現代語が同居していた頃です。

「うつ(映)さんとてか今も尚(なお)、ああ荒城のよわ(夜半)の月」は、「輝き続ける月の光は、地上の人の世の移ろい」の表現のようです。

さて、「荒城の月」の舞台の「城」には諸説あります。
① 石動山城(せきどうさんじょう、いするぎやまじょう) (石川県・富山県にまたがる山)。「謙信陣中作」の舞台。
② 鶴ヶ城(戊辰戦争で幕府側につき敗れ荒廃した城跡。福島県会津若松市のシンボル)。土井晩翠が感動した美しくも悲しい荒城。
③ 岡城(九州大分)。作曲者滝廉太郎の出身地。
④ 富山城(富山県)。滝廉太郎が通った小学校の跡地。
⑤ 青葉城(宮城県)。土井晩翠の出身地。「仙台」の旧名が「千代」のことから、「千代(ちよ)の松ヶ枝」の「千代(ちよ)」と「仙台」」の「ちよ」との掛詞(かけことば)。伊達政宗の兜(上弦の月)。
⑥ 九戸城(岩手県)。土井晩翠が立ち寄ったとされる城址。

これらの中で、筆者が行ったのは、大分の岡城址と仙台の青葉城址だけです。尤も、その時刻は、何(いず)れも、「夜半(よわ)の月」の出ていない日中でした。

「岡城址本丸跡 (天守閣石垣跡?) 」の広場の一角には茶店がありました。その茶店の反対側に「荒城の月」の歌碑と音楽装置がありました。そこに近づくと自動的に「春高楼の・・・」のメロディーが流れました。

舞台の「荒城」については、それぞれに、それぞれの根拠めいた言い分?があるようです。しかし、「荒城の月」です。「うらぶれ、荒廃した城址(じょうし)の筈です。手入れの行き届いた観光地では違和感があります。

余談ですが、これと似た仕掛けは全国にあるようです。奥州最北端津軽海峡を臨む半島先にも「津軽海峡冬景色の歌碑」があります。近くのボタンを押すと「♪ごらんあれが・・・」と流れる仕掛けでした。

その是非は兎も角、全国一律の街づくりは、行政の目指す在り方なのでしょう。単に、人が訪れ来さえすれば、その地が何処であろうが、行政としては「正解」と言えそうなのです。

こうなると、「荒城の月」の舞台もまた何処であろうが、「歌詞」のイメージを瑕(きず)つけるものではなければ十分な役割を果たしていることになります。その地を訪れる人が「この世は常(つね)の無いものである」ことに気づけばそれで満足なのです。

またまた余談ですが、この原稿を書いているとき、偶然にも「月かげ」についての解説がありました。テレビの「BS103チャンネル(美の壺)」で、だったようです。伊達政宗の兜(かぶと)の「上弦の月」についてでした。

政宗が、兜(かぶと)の「前立(まえだて)」を「(上弦の)月」にした根拠は、『武運をはじめとするこの世のことは、月のように満ち欠けのあるものだ。仮に敗れてもまた満月として復活する。』の、意味からのようです。

話は戻りますが、滝は23歳で夭折(ようせつ)しました。その後、滝の譜面に山田耕筰(こうさく)が手を加えたようです。

滝の楽譜は、♯が2つのロ短調(Bm)でした。その中の『ハ ナ ノ 「エ」 ン』の「エ」は「Eの♯」です。山田は、その「♯」を削除したようなのです。その結果、廉太郎の曲とは全く異なるものになってしまいました。

当時の山田耕筰は、音楽界では相当な立場であったようです。それも手伝ってか、以後、「荒城の月」は、山田耕筰バージョンで普及されました。山田も多くの素晴らしい曲をつくりました。しかし、滝とは音楽性の次元が違っていました。

残念なことに、山田が手をかけたことで、滝の作品が駄作になったようなのです。極めて勿体(もったい)ないことでした。筆者の小学校時分の音楽の教科書も山田耕筰バージョンでした。

しかし、当時の音楽の先生が、『本来は、「エ」に♯がついていました。』と、その違いを教えて下さいました。あの折の音楽の先生の講義は、65年前経った今も「赫奕(かくやく)」として残っています。素晴らしい先生に恵まれたことに感謝し続けている老後です。

同時に、幼児期の音楽教育が如何に大切なものであるかを今もって噛みしめているところです。無論、自身が時折唄うのは、廉太郎バージョンです。

「荒城の月」のメロディーは、現在、ベルギー・シュヴトーニュ修道院の聖歌に取り入れられている、と聞いたことがあります。余談ですが、ベルギーは、イギリスのアガサクリスティーの産んだ「名探偵ポアロ」の母国です。

ベルギーはユーラシア大陸最西方のフランス、オランダ、ルクセンブルク、ドイツに囲まれた国です。更に、ほんの30km余り幅のドーバー海峡を挟んでイギリスとも対峙しています。いわば、ヨーロッパの中心地域とも言えそうです。必然的に、多くの戦禍を経、多くの文化文明を吸収した国でもあります。

そのベルギーの皆さんが、ユーラシア大陸最東端の、「栄枯盛衰・無常観」をテーマとした「荒城の月」を聖歌として歌っていることに大きい驚きと深い感慨を覚えます。しかし、残念な?ことに、その曲も山田耕筰バージョンのようです。

長話になりました。恐縮しております。



水に挿した、雪で折れた枝が「花」をつけています。
2026/03/19(木) 06:35