寒さに向かう折、今春の「花見の宴」を思い出しています。ここ数年、地元割烹旅館「さつき」を会場に続けてきた交流会です。
その折、「さつき」の「高殿(たかどの)」で、「月光」を背景にした「桜」のスィテュエーション(situation)に、密かながも、いつも心の中で「荒城の月」を反芻(はんすう)していました。
「荒城の月」は、外国人が来日の折、日本文化の紹介として唄われている歌です。今では誰もが唄える「歌」です。しかし、今の小学校の「音楽の教科書」からは削除され、載っていないのだそうです。やがて、半世紀後には、日本人でさえ唄えなくなる歌になりそうでもあります。
歌詞の一番は、『春高楼の花の宴 めぐる盃「影」さして 千代の松ヶ枝分け出(いで)し 昔の光今いづこ。』です。流石(さすが)に土井晩翠です。極めて文学的で難解な詩です。少し考えてみました。
「かげ(影)」は、「追憶 (スペイン民謡) 」の(星影優しく…)、千昌夫の「星影のワルツ」、「素浪人・月影兵庫」等の「月影」同様、「光」のようです。です。
その意味は、「めぐるさかずき影さして」は、「盃(さかずき)に月光が届いている」となりそうです。「千代の松ヶ枝」は、「古木の松の枝葉」です。「昔は、枝葉が密集していても、それを縫(ぬ)って盃を照らしていたものだ。」となりそうです。
「昔の光いまいづこ」は、「且(かつ)て力強かった月の光は何処(どこ)へ失(う)せてしまったのか。」、となりそうです・・・。筆者も既に「良い歳」です。そして、早晩迎える「雪」も手伝ってか、「身につまされる」こと頻(しき)りです。
蛇足ながら、先般、「BS103」が「伊達政宗の兜(かぶと)」を取り上げていました。『半月の前立(まえだて)の意味は、「この世のことは、月のように満ち欠けるものだ。仮に敗れてもまた満月として復活する。』のだそうです。
しかし、残念なのは、折角の「滝」の楽譜に山田耕筰(こうさく)が手を加えたことです。滝の楽譜は、「♯が2つ」の「ロ短調(Bm)」でした。それは、『(花の宴)ハナノ「エ」ン』の「エ」は「Eの♯」でした。それを「山田耕筰(こうさく)」が、その「♯」を削除したようなのです。その結果、本来の「滝」とは全く異なるニュアンス(nuance)になってしまったのです。
本来の「滝」の楽譜は「東京音楽学校編『中学唱歌』(1901年)」に載っています。しかし、筆者の小学校時分の音楽の教科書は「山田耕筰バージョン」でした。
このことについて、当時の小学校の先生は、『本来は、この「エ」に♯がついていました。』と、教えてくれました。今から70年ほど前のことです。いい先生に恵まれたことに、今も感謝しています。
勿論、筆者が「酩酊」して歌うのは、「滝」の、「エ」に♯がついているバージョンです。
ここ数日の作業は「干し柿づくり」です。これは正月の「口取(くちとり)り」用です。「渋柿(しぶがき)」でつくります。皮をピラー(pillar)で剥(む)き、「紐(ひも)」に固定し、風のある環境で干(ほ)すだけです。本来は、「カビ防止」のため、熱湯に10秒ほど浸けて殺菌するようです。しかし、今回は、その過程を省略しました。
いつの間にか「立冬」です。北の紅葉(こうよう)は盛んです。そして、「木々」は既に、来春のための「花芽(はなめ)」を育(はぐく)んでいます。


