「福田蘭堂」の『まだ見ぬ国に住むという 紅き翼(つばさ)の 孔雀(くじゃく)鳥 秘めし願いを知るという 秘めし宝を知るという・・・。』や、『ポンポンポン、那智の小四郎さま、ポンポン。』は「新諸国物語 紅孔雀(べにくじゃく)」だったようです。
子供の頃、土日以外の毎夕刻、ラジヲに齧(かじ)りついて聴いていたのは、これら、「(徳川無声の)宮本武蔵」や「(ヒャラリヒャラリコ・・・)の笛吹童子」等でした。経済的には兎も角、精神的には裕福な時代でした。
「ノスタルジア(nostalgia)」なのでしょうか、その記憶が今でも残っているのでしょう。最近、ラジヲの愛聴者になっています。これまで、ラジヲを聴くのはドライブ中だけでしたが、今は、工作室や畑に「ラジヲ」を持ち込んで聴いている始末です。
更には、テレビ視聴中、睡眠中にでもかけています。テレビ視聴中は、テレビの音声を消し、ラジヲのボリュームを小さくし、それら両方を視聴しています。スーパーインポーズ(superimpose)では音声を消しても様子は理解できるのです。特に、「ラジヲ深夜便」は聴きごたえがあります。
他方、「漆工」、「金継ぎ」は、「手掛けている」あれこれを書斎に運び入れ、「養生」しているところです。結構な時間を要するようです。
「木工」は「目途(めど)」がつくまであと一歩です。激闘中です。

