12月に入りました。やはり、奥州最北端です。厳しい寒さが続いています。しかし、今日は、寒い乍(ながら)も久しぶりの青空です。憂鬱(ゆううつ)さの片隅には、晴れやかさが見え隠れしています。
このところ、「金継ぎ(かねつぎ・きんつぎ)」なるものに挑(いど)んでいました。手がけたのは、1年ほど前のことです。それが、終盤を迎えようとしています。「茶碗3個」、「皿4枚」の7個です。これらは、100年以上も、毎日、我が家で使われてきた「九谷」の一部です。
しかし、日常の「皿洗い」で「壊れる」のが常です。その折、それを捨てる憂(うれ)いに耐え切れず、数年前から「壊れた食器」の「再利用」を考えていました。「金継ぎ」は、その延長上にあったもので。
他方の「若松(わかまつ)」の「ミニ盆栽」もまた然(しか)りです。長く、駐車場の一角にある100株ほどの「黒松」の有効活用?を考えていたところです。冬を迎える今、その収束のさせかた方を考えていました。その挙句(あげく)、両者の「ドッキング(docking)」を思いつきました。
これまで要した時間は、「金継ぎ」には、ほぼ1年、そして、「黒松」には、3年ほどです。しかし、単なる「ドッキング」であれば、簡単な作業で済む筈(はず)だったのです。とはいうものの、さまざまな準備段階がありました。
まず、「金継ぎ用」の「皿」が足りないことから、「お盆」にも出番を願いました。「駄作」ながら、これもまた、昔作ったものです。しかし、黒松の「鉢」との大きさ加減があります。「簡単」、とは言い難い事情があります。それでも、結局は、その「妥協」に甘んじることになります。
余談ですが、以前、ある方に、「盆栽をやってみようと思っている。」と話したことがありました。その折、その方曰(いわ)く、『盆栽には時間がかかる。満足する頃には、つくった本人がこの世にいないのではないか。』でした。





