昨日は8℃でした。今冬の最高気温です。陽光に満ちていたことも手伝っていたようです。しかし、来週にはまた寒波がやってくるそうです。春に至るために経なければならない「陣痛」であり「関門」であり、そして「洗礼」なのかも知れません。
「荒城の月」を訳そうとしています。これはコンサートプログラムの「エピソード欄」に載せる原稿でもあります。「荒城の月」は誰もが歌える?歌です。しかし120年以上前につくられた歌です。更に、作詞が土井晩翠です。本来の日本語を使っている他に文学的すぎるものがあります。その意味を理解するには結構な気合が伴います。
「荒城の月」の歌詞は4番まであります。今日はその三番の(迷)訳です。歌詞は『今荒城の夜半(よわ)の月 変わらぬ光 誰(た)がためぞ 垣に残るはただ葛(かずら) 松に歌う(うとう)は ただ嵐』です。フレーズごとの訳は次のようになりそうです。
「今荒城の 夜半(よわ)の月 変わらぬ光 誰(た)がためぞ」は文字通り、「荒れた城にも月の光は昔と同じように射(さ)している。月は誰のために照らしているのだろうか。」となりそうです。」
「垣に残るは ただ葛(かずら)」の「垣」は「石垣」あるいは「垣根」のことのようです。そして「松」は「いつも緑」であることから「繁栄の象徴」として使われているようです。これらから、全体は次のように訳すことができそうです。
「意気盛んだった頃と違い、今の城は閑散としている。本丸の石垣(垣根?)は手入れがされていなくツタ(蔦)が絡んでいる。そして松を縫う風が蕭々(しょうしょう)と鳴いているだけである。しかし、月の光は荒廃した城にも昔と同じように照らしている。月は誰のために輝いているのだろうか。??」となりそうです。
エピソード原稿のテーマの一つは「かげ(影)」の使い方です。「かげ」を「ひかり(光)」とする場合、「暗がり・暮色・くま」とする場合、或いは「over(向こう側)」等として使う場合等があるようです。また、発音も「かげ」と「ひかり」を使い分けているようです。これは「七五調」の「詩」の事情によるようです。
余談ながら、「追憶」(スペイン民謡、訳詞古関吉雄)『ほしかげ(星影)やさしくまたたくみ空に・・・』の「星影」の「影」も「光」として使われているようです。同様に、「星影のワルツ」の「かげ」も「ひかり」の意味のようです。他に、近衛十四郎の「月影兵庫」の「つきかげ」や日本刀の刃紋(文)「月影(つきかげ)」等にも本来の「古語」としての意味が用いられているようです。