
雨が欲しいです。雪が融けてから雨らしい雨が降っていないのです。自宅前の小川は水深が浅く、鯉(こい)が背鰭(せびれ)を見せています。早朝、K社長が、『ジャガイモは植えた。砂漠のような畑だった。』と嘆いていました。
工房では「押し寿司器」をつくっているところです。今日は「塗装」です。朝食後、即、作業開始です。まず「木地調整」です。これは、「漆(うるし)」を塗る前に木地を整えることです。一般的に、「木地」の定義は、「塗装前の素肌のままの状態」のようです。しかし、今回は、1回だけ「拭き漆」をした後の「木地調整」です。

木口(こぐち)や貼り合わせ部分の隙間を埋めるだけです。昨日、マスキングテープで下拵え(したごしらえ)をしています。埋め材を擦り込むには自分の指が適しています。そのため、厚手のゴム手袋を履(は)きます。
話は飛びますが、この「履く(はく)」について、友人の奥さんが頭を傾(かし)げたことがあります。全国的常識では「はめる」のようです。あるいは「する」もありそうです。しかし、奥州最北端では「はく」が一般的です。また、「手袋して」も通じます。結局、地域によって異なるようです。その奥さんは関東出身だったようです。
枠(わく)の木地調整後、他のパーツの「拭き漆」にも及びます。午前3時間、午後2時間の強行軍です。このあたりが適度なのかも知れません。

庭の「立つ沢」の葉脈が透(す)けています。ここ毎年ご紹介している「鴫立つ沢(しぎたつさわ)」です。この名前は、西行法師が詠った『心なき身にもあはれはしられけり鴫たつ沢の秋の夕暮』からとったようです。「寂蓮(じやくれん)」、「定家(さだいえ)」とともに「秋の夕暮れ」を詠んだ「三夕(さんせき)の歌」の一首です。しかし、これは、秋だけではなく、春の芽だしもまた素晴らしいです。或いは、春こそ、が適当なのかも知れません。
話は飛びますが、金色夜叉(こんじきやしゃ)の登場人物は「寛一」と「お宮」です。「寛一」は「間寛一(はざまかんいち)」です。そして、「宮」は「鴫沢宮(しぎさわみや)」です。作者の尾崎(紅葉)は、よほどこの歌に執着していたようです。納得すること頻(しき)りです。