昨夕、降るのでは、と思っていたのですが降りませんでした。今日の空は明るいです。やや、強い風ですが能動的になれる日です。

明日から11月です。この頃に優先されなければならない課題は冬支度です。しかし、このところの毎日は、「枕づくり」に終始しています。おっかない冬将軍を前にしては、やや、悠長に過ぎているようです。

1作目は思いついた儘につくります。次からは不都合の手直しです。結果的に、今日で9作目になります。「枕」は、エジプト時代よりも更に遡(さかのぼ)る時代から今までの古今、そして、世界各地の東西で必要とされてきたものです。

一般的なものは、布の袋に藁(わら)を詰めたもののようです。他に、石や木でつくられたものもあります。日本の江戸時代は木製の「箱型」のようです。これは、髷(まげ)に関係していそうです。

結(ゆ)った髪を崩さないために、木の箱に、頭ではなく首を乗せて使ったようです。その潜在的記憶が、今回の「箱型」になったのでしょう。実際に、つくるに際してのポイントは、使う際、痛くないことが条件のひとつです。

この解決として、頭を載せる部分に撓(たわ)みを持たせてみます。やはり、大きく変化します。昨日は、1面の3本の桟(さん)にカーブをつけます。しかし、その加工には、結構な時間を要します。


今日は、作業の簡素化を考えます。まず、枕の木口面の簡素化です。単に、コーナーだけの加工にします。1円玉を使います。

また、、これまでの中央はそのままにして、両端だけにカーブを持たせてみます。そして、その加工にスピンドルサンダーを使ってみます。それだけで、作業時間は極端に短くなります。

実は、今回の作品は、単に、結果が優れているだけではなく、如何に短時間でつくるかも条件のひとつです。

何回もゴロンとなり、頭の座り塩梅(あんばい)を試してみます。やはり、手をかける毎にバージョンアップされていることを感じます。そろそろ満足しても良さそうです。というか、妥協しても良さそうです。

午後、W氏がお見えになります。同じ木工仲間です。早速、横になってもらい、それぞれの状況を確認してもらいます。結論は、最初につくった「蟻組み」に軍配を上げます。実は、昨夕お見えになったT氏も同じ評価だったのです。

これから冬にかけて数種類の作品をつくることになります。「枕」もそのひとつです。何れのバージョンを採用するかは、頭を冷やして判断しなければならないようです。


津軽のH市のF庭園で「、松の枝吊り」が始まったそうです。当地といえども、冬までの距離は同じです。我が家でも本格的な冬支度に迫られなければならない時点です。

庭のあちらこちらに、さまざまなものが散在しています。まず、それらをしかるべき場所に避難させます。一旦、雪が降れば、どこに何があったかを思い出すことは無理です。春まで、雪の下に甘んじてもらうことになります。

肥料の袋、植木鉢、ベンチ、積んでいる薪、ハシゴ(梯子)、物干し竿、等です。春にになって、剪定鋏(せんていばさみ)や鋸(のこぎり)が出てくることも屡(しばしば)です。


次は、枯草の刈り取り、伸び過ぎた枝葉の払い等です。掃き掃除後、漸く、「雪囲い」の準備です。

H市のF庭園では、たくさんのプロの皆さんが出張っています。しかし、我が家は、素人の老夫婦だけです。庭を維持し続ける体力は、既に失せているようでもあります。

夕刻、Y製材所にお邪魔します。「薪(まき)」の相談です。工房用です。奥州最北端の冬は、マイナス5℃、10℃です。気力や行動力を萎えさせるに足るものです。何よりも、想像力を喪失させます。暖房は、「雪囲い」以上に、切実な冬支度です。

丁度、「番屋」用の薪が残っているようです。頂戴することにします。因(ちな)みに、「番屋」は、「なかにし礼」がつくった「石狩挽歌」の、『・・・雪に埋もれた 番屋(ばんや)の隅で・・・』の「番屋」です。

漁師の作業小屋です。「ニシン(鰊)御殿」も「番屋」です。北原ミレイ同様、冬が似合うのが不思議です。赤バットが逝きます。今日の夕刊のコラムのテーマは「終活」です。何となく、落ち込まないでは無いところです。

しかし、アメリカではBチームが優勝します。大正7年以来だそうです。若い、U選手やT選手の活躍が眩(まぶ)しいです。

2013/10/31(木) 18:08