
今日も、先の見えない猛吹雪です。除雪には神経を使います。
今日もお休みをいただいています。正月らしく、「ウィーン・フィル・ニューイヤーコンサート」を観ます。勿論、テレビで、です。新年の一大イベントです。元旦に行われた再放送です。
感激します。まず、メスト(フランツ・ウェルザー・メスト)が良いです。細かいことですが、お辞儀が綺麗です。両手の指をピタリと合わせています。最近のオーストリアではカラヤンに次ぐ逸材とされています。
深刻さを見せることなく優雅に振舞っています。音楽的には、曲にドラマチック性を持たせています。それも洗練されたものです。強弱とテンポの操作によってつくられる曲の表情が良いです。
今年も、掉尾(とうび・ちょうび)の2曲は「美しく青きドナウ」と「ラデツキー行進曲」です。前者はヨハン・シュトラウス2世、後者は1世の作品(の筈)です。

解説者の池辺晋一郎が、「私の日本の先輩が、『普遍的なものは民族的なものである。』と言っていました。」と言っていました。
よく解りませんが、その意味は、それぞれの事情がそれぞれの文化を育み、それぞれの色合いを醸し出す。ということのようです。
その、事情に応じたオリジナリティーにこそ価値がある、ということなのでしょう。何となく理解できる世界に思えてきます。鑿(のみ)や鉋(かんな)を使う木工の作品づくりにも通じるところがありそうです。
くどいようですが、テレビ画面で観る限りですが、色彩が見事です。残像としては黒、赤、緑、金色です。勿論、白もあります。しかし、それは他の色彩によって美しく映っているようです。これがヨーロッパに長い間受け継がれる、新年を寿(ことほ)ぐ演奏会の所以(ゆえん)に思えます。
来年のコンサートのチケットは、既に一昨日の2日から売られているそうです。それも抽選の参加申し込み券のレベルです。一度、タキシードを着こなして参加したい世界です。
さて、今日は「ほしぼりトレイ」の試作品づくりに挑戦します。少し、気合いが入ります。実は、これまで、頭の中にはあったのですが、そのデザインと加工方法に悩んでいたのです。
加工技術というのは、曲面の作り方です。当初、平板も考えました。それであれば、プレナーに通すだけの作業です。一瞬で済みます。しかし、やはり、曲面にします。
このツールを手鉋(てかんな)にします。実は、気合いが入る、というのは、修行していない手鉋を使うことだったのです。正確には、「外鉋(そとまるかんな)」です。昔、桶(おけ)づくりのために新潟三条から求めたものです。

しかし、実際の桶づくりには別のツールを使っていました。今回、初めて試すツールです。刃をほんの少し出しておそるおそるかけます。
勿論?材料は端材です。しかし、素性の良い「青森ヒバ」です。結果は、意外に簡単に削ることが出来ます。ホッとします。この「外丸鉋」で底も削ります。座りの安定を考えてのことです。
その後はサンダーで微調整です。今日は、試作品です。1個だけにします。要した時間は10分ほどです。
少し満足しています。このデザインと材質は、世界中の誰もつくっていないバージョンの筈です。勿論、手前味噌と心得てはいます・・・。明日からの日課に組み込まれそうです。