若干の黒漆が残ります。勿体ないことから、別の木地を探します。候補に上がったのは「応量器」と「茶筒」です。以前、H氏から譲られたものです。何れもケヤキ(欅)です。

「応量器」というのは、禅宗の僧が使う食器です。6個の皿や椀が一番大きい椀に収納できる「入れ子」になっています。「応量器」の名前は、「食べるものの量に応じた器」から命名されたようです。

その構造は、丁度、ロシアの「マトリョーシカ」に似ています。しかし、起源については、「応量器」が先で、「マトリョーシカ」は禅宗の「応量器」からヒントを得てつくったとされています。極端に清楚で、且つ合理的な日本文化の一端です。


そして、「茶筒」です。一般的な茶筒は、内部に金属板が入っています。しかし、これには金属が使われていなく、全てケヤキです。それだけに、身と蓋(ふた)の合わせ目の加工には高度な技術が要求されます。

話は飛びますが、蓋物(ふたもの)は、本体と蓋からなります。蓋は一般的ですが、本体は「身」です。最近の国語には出会うことの殆ど無い言葉になっているようです。残念なことです。

結局、今日塗った点数は、ペン皿、バインダーのパーツ2個、応量器6個、茶筒の身と蓋、中蓋、額、額立て、そして玩具2個、更に、バイダーのストッパーとなる3片の皮です。都合19もの数になります。

これは久しぶりの数です。ビッショリと汗をかきます。気温と湿度の低い冬は漆塗りに向いていない季節です。しかし、薪ストーブによって、工房は冬でなくなっているのです。尤も、それは、日中だけのことですが・・・。

漆風呂(うるしぶろ)が飽和状態になります。この漆風呂は本来、数個の小作品用につくったものです。この分では、もう2まわりも大きい風呂にすべきのようです。

漆塗りに没頭していたのは4時間以上です。久しぶりの満喫感に浸ります。


昼過ぎ、M氏がお出でになります。数年前まで現役であったチャンピオンです。埃(ほこり)だらけの工房にご案内して、様々な講釈に付き合っていただきます。聞き入ってくれます。

2012/12/24(月) 15:02