一昨日の地方紙朝刊に、イクジ(アミダケ)が店頭に出た、の記事が載っていました。無論、地域それぞれの条件があり、既に出ているところも、これからの場所もありそうです。

しかし、新聞記事に拍車をかけるように、数人の友人が『出た。』、『出た。』と教えてくれます。そうなると、矢も楯もたまらず、裏山を見ない訳にはいかなくなります。

話は飛びますが、この「矢も楯もたまらず」は、「矢で攻めても盾で防いでも、相手の攻撃を食い止めることが出来ない。」という意味のようです。布団に入っていても、キノコの生えている様子が頭を占領してしまいます。

結局、今日の早朝、裏山に出かけてみます。しかし、早朝とはいっても、5:30頃です。初夏の頃とは明けるのが2時間も遅くなっています。土曜日ですが今日はお勤めの日です。山に入る時間はせいぜい30分ほどだけです。沐浴前の様子見です。

やはり、新聞の情報どおりです。発芽したてのイクジがあちらこちらに見えています。傘の大きさは50円玉、100円玉、10円玉大です。理想的な大きさです。

成長し過ぎたものはビスケットや手のひら大にもなりますが、こうなると採ることはできないのです。拘(こだわ)る自称、専門家は、小指の爪の半分大だけを採るとしています。

見るだけのつもりでしが、目の前に見せつけられては採らざるを得なくなります。30分の時間としては結構な量になります。ハツタケはほんの数個だけです。イクジ同様、大きいものが見えないことから、これからが時期のようです。


沐浴後、数人の友人がお出でになります。収穫したイクジを披露しながら、一頻(ひとしき)りの講釈をします。

今朝、山で出会った車は1台だけです。その場所は、毎年イクジの採れるところです。明日と明後日は皆さんが裏山に入るようです。


今月末、「源氏物語」についての講演会が開催されます。テーマは「夕顔」です。10月21日の日曜日です。時間があったら是非お邪魔したいところです。

話はとびますが、「源氏物語」については一向に不調法です。しかし、昔、中学校の頃は試験勉強の必須であったようです。源氏物語⇔紫式部、枕草子⇔清少納言、そして、土佐日記⇔紀貫之と丸暗記したものです。

この中で、これまでの人生に喜びを与えてくれたのは、『春はあけぼの・・・』から始まる清少納言の枕草子です。特に、『いと寒きに 火など急ぎ熾(おこ)して 炭もて渡るも いとつきづきし 昼になりて ぬるくゆるびもていけば 火桶の火も 白き灰がちになりて わろし。』は傑作です。

いつも、「あの文章は、このようなことを表現しているのだ。」と思って感激しています。実は、一昨晩は座敷にストーブを点けます。朝晩、火が恋しくなっているのです。稀有の残暑でしたが、やはり秋は確実に巡ってきています。

この「夕顔」の講演会は当地の『古典を楽しむ会』が企画しています。幼少期に奥州最北端の当地で過ごした、東大名誉教授の鈴木日出男氏が担当です。

『心あてに それかとぞ見る 白露の 光添へたる 夕顔の花』の歌があります。「心あてに」は「あてずっぽうに」の意味のようです。そして「光添えたる」の「光」は光源氏のことです。どのような解説をしてくれるかが楽しみです。


またまた話は飛びますが、「心あてに」は、あまり歌に出てこない語句です。知っているのは、凡河内躬恒(おおこうちノみつね)がつくった『心あてに 折らばや折らむ 初霜の おきまどはせる 白菊の花』です。「夕顔」では、ここまでの解説は無さそうに思いますが・・・。

この「源氏物語」の講演会にはK社長ご家族も参加するようです。現在、皆さんに声をかけているところです。

昨晩、「第六代ねぶた名人」の拝命祝賀会に参加します。その6人は、北川金三郎、北川啓三、佐藤伝蔵、鹿内一生、千葉作龍、北村隆です。名人の定義は、受賞回数、たずさわった年数、そして後継者の育成が要素になっています。

しかし、第六代名人にはその他の要素があります。それは作風です。彼自身が、『性格は作風に現れる。』と言っています。また、『これまでの伝統を受け継ぎながらも、いつも既成概念にとらわれない、他と異なる作品づくりに心がけている。』と言っています。

実際に、彼の作品は、次代を先取りする斬新(ざんしん)なものばかりです。そのことからか、ここ数年の評価は低いようです。しかし、その評価には政治的圧力も加わっている、の噂もあります。つい、ゴーギャンやピカソを思ってしまいます。名人というのは、そのようなものなのでしょう。

2012/10/06(土) 10:13