
長く続いた残暑でした。しかし、ここ数日に至って、ようやく涼しくなっています。早朝、友人の畑に行きます。目的は、紫蘇(しそ)のトウ(薹)の生育状況の確認です。
この季節になると「トウの佃煮」が恋しくなります。今は一般的でないようですが、我が家では母が残した文化のひとつです。行ってみると、畑の一角に、先端に一輪ほどの紫色の花をつけたトウがワンサカ生っています。
即、収穫します。一本ずつ扱(しご)いて採ります。1本についている種はほんの少しです。しかし、30分も続けると小さい袋一杯になります。親指と人差し指が赤茶色に染まります。

帰宅して早速、佃煮(つくだに)づくりです。レシピは簡単です。まず、数回水洗いします。それを沸騰した湯に通します。色がパッと緑に変化します。次に冷水に漬け、笊(ざる)に移して乾かします。佃煮は余分な水分を嫌うからです。
されを、沸騰させたミリン、酒、醤油、砂糖に入れてある程度の水分を飛ばして完成です。しかし、今回は昆布を入れてみました。
この「トウの佃煮」は一般的でないものと思っていました。しかし、今日の朝刊に、これが載っています。びっくりします。やはり、皆さんが気にしていた季節の贈り物だったようです。
畑近くに「芙蓉(ふよう)の木」があります。今、しきりに薄紫の花をつけています。話は飛びますが、旧制第一高(現在の東大教養学部)の寮歌に『芙蓉の雪の精をとり 芳野(吉野)の花の華を奪ひ・・・』があります。
この「芙蓉」は富士山のことのようです。富士山を芙蓉の花に見立てていることになります。
一高寮歌は、学生寮から下界を見下ろすと、平和ボケしている様子がわかる。それを嘆き、自治の理想と救国の使命に燃える心意気を鼓舞しているようです。

またまた話は飛びますが、小説「嗚呼(ああ)玉杯に花うけて」は佐藤紅緑が書いたものです。
おそらく、大正の頃です。寮歌がつくられた時代と一致していそうです。佐藤紅緑は奥州最北端の当県出身です。その食客に文人の福士幸次郎がいます。「トウの佃煮」をつくりながら、あれやこれやと思いが馳せます。
夜、地元の八幡宮の宵宮です。歩行困難な筆者は行くことができませんでしたが、幼児を含めた3人がお参りしてきます。当然、「飴煎餅(あめせんべい)」を求めてきます。