
眩(まぶ)しいほどの新緑を迎えています。よく見ると、緑には濃淡があります。そして、赤い葉も混じっています。さまざまな濃淡の緑や赤のコントラストが新緑の定義なのかも知れません。
緑の傍(そば)に赤をあしらうことで、更に緑が引き立つ、ということに気づいたのは40年ほども前のことです。昔、『淡い新緑は、松の濃い緑があって美しく映ります。』と教えてくれたのは、版画家のY・S氏です。
また、『単調な緑だけの庭には圧迫感があります。緑の庭には赤をあしらいます。赤い楓がバランスを保ってくれます。』、と指摘したのは、今は亡きY女史です。来年が13回忌だった筈です。

狭庭に、その赤い葉の紅葉(もみじ)が咲きます。楓(かえで)の花は明確ではないのですが、葉を開いただけで咲いたようなのです。写真はその中のベニシタレ(紅枝垂紅葉)です。
昼前、S町にお邪魔します。「ツツジ祭り」の開催中です。その会場は城跡近辺のようですが、実際には、あちらこちらに咲いています。
話は飛びますが、ツツジの一般的な育て方は、如何に小さく育てるか、にあるようです。その意味では邪道のようです。しかし、余りにも大きい塊(かたまり)で咲いています。そして下草はフキ(蕗)です。伸びやかに映ります。個人の庭でした。
他方、草花も咲いています。「エビネ(海老根)」です。この名前は、根がエビ(海老)に似ていることから命名されたようです。ラン(蘭)特有に、下に向かって花が咲きます。このエビネは、花がサル(猿)の顔に見えることから「サルメンエビネ」と呼ばれています。

木々に比べると、ひっそりとして静かです。しかし、よく見ると見事です。人と同じく、どの花にも独自性のあることに気づかせてくれます。
明日は「修司忌」です。『マッチ擦(す)るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや』の寺山です。そして、『・・・故郷まとめて花一匁』と詠った寺山です。
文学のK女史が研究している寺山です。会うたびに熱く語ってくださいます。楽しみにしていた行事です。