朝食前、K社長がお見えになります。『ありますか。もう歳です。今後、見る機会はないでしょう。』、『やっと探しました。』と双眼鏡のようなものを持ってきます。「日食」です。

K社長は、この双眼鏡を、昨日、ドラッグストア-で見つけたそうです。2000円くらいだったそうです。太陽を見る仕掛けが無いのでは、と心配して持ってきてくださったのです。有難いことです。

しかし、我が家では、既に、数日前に求めています。300円ほどだったようです。本屋で見つけたものです。紙がフレームの普通のメガネ(眼鏡)の形です。立派な双眼鏡です。

話は飛びますが、「双」の2つに対して、「隻」の意味はsingle(1つ)です。半世紀以上前の日食では、透明なガラス(硝子)に蝋燭(ろうそく)の油煙をかけて観察した記憶があります。それを覗(のぞ)く際、眼の一方を閉じてウインク状態にしたようです。云わば、「隻眼鏡」、ということになります。

話は飛びますが、昔の日食は、そのようなもので見るのが一般的でした。学校の先生も勧めてくれるツールです。ところが、今の時代では良くないのだそうです。数日前のテレビで初めて知ります。

複雑な思いです。同じようなことが他にもあります。実は、あの頃の筆者はいつも風邪を引いていました。クシャミ、洟水(はなみず)は良いのですが、いつも頭がぼんやりし、難しいことを考えることが大儀でした。今になってみるとあれが「花粉症」であったことになります。


実際には昔から存在していたものです。しかし、半世紀前の医学界には存在していなかったのです。

また、昔の一般的な常識では、運動の際の水分の補給は厳禁でした。骨折や打ち身は徹底的に冷やしたものです。僅か半世紀後の今は逆になっています。煤(すす)の単(隻)眼鏡どころではない文明だったことになります。

またまた話は飛びますが、この「隻(せき)」は伊達正宗や山本堪助の「隻眼の竜」で馴染みがあります。尤も、伊達正宗の場合は「独眼竜」が一般的のようです。今は死語に近くなった「隻眼鏡」です。

更に話は飛びますが、山本堪助の「隻眼の竜」は「横山光輝」の作品です。「伊賀の影丸」や「忍者武芸帳」を書きました。その後?出たのが白戸三平の「カムイ外伝」、「サスケ」等です。

半世紀以上前に熟読したジャンルです。登場人物それぞれに得意技があります。因みに、「伊賀の影丸」は「木の葉隠れの術」、そしてカムイ外伝では「岩石なだれ渡り」と「変移抜刀霞切り(へんいばっとうかすみぎり)」です。

あの頃、本気になって練習を試みたのは「木の葉隠れの術」です。しかし、物語では見事に姿が消えるのですが、実際には無理です。とても出来る次元のものではないことを即、悟ります。あとで解かったことですが、この木の葉には痺(しび)れ薬が使われていたのだそうです。


「岩石なだれ渡り」は怖くて真似が出来ませんでした。しかし、これが最も現実的に思えました。どうやらガリレオの「落体の法則」に関係がありそうです。

要は、落下中の岩を蹴って生まれる反作用のエネルギーで、他の落下している岩に飛び移ることが可能かどうか、です。考え続けてきた命題です。

「変移抜刀霞切り」の理屈は、大刀に対するとき、小刀でも問題は無い。刀の長さの差は自分の動きでカバーできる。というものだったようです。非現実的な理論とも思いましたが試す価値はありました。練習した記憶があります。しかし、拙(つたな)い運動神経が手伝ってか、間もなく挫折します。

今日の「日食」でそのようなことを思い出しています。何十年経っても、人の精神構造には然程の変化は無いようです。

朝、その双眼鏡で、綺麗に欠ける太陽を見ます。太陽の右方から侵入した月が左方に通り過ぎていきます。しかし、40分もすると双眼鏡では見えなくなります。雲が出てきたのです。肉眼だけで見ることができます。やがて厚い雲に遮(さえぎ)られます。


種類の異なるツツジが時間差で咲き始めています。最初はピンク色、次に茜色(あかねいろ)、そして朱色です。

2012/05/21(月) 19:47